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殺人鬼『切り裂きジャック』

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殺人鬼『切り裂きジャック』

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 4章


 すずとりん。二人の殺人鬼少女は空京の建物の屋根を伝い、移動している。
「りん。あの人、やりますよ」
 ゴスロリ眼鏡で鎌を持つ少女、すずがぼそりと呟き、大きな鎌を掴む。
 髪が長く、タクティカルベストを着用している少女、りんは、こくり、と頷く。そして自分の身体の至る所に仕込んでいるナイフ、糸、その他諸々の刃物を、かちゃかちゃと取り出す。右手にはダガーナイフを握り込み、左手には『殺人用』に仕立て上げた特製のワイヤーを手にする。
 今回彼女達が狙いをつけた女性は、如何にもその辺りをうろついていそうな、ただの大学生。そういった風貌だった。まさか自分が殺人鬼に狙われているなどと夢にも思っていないようで、ただスタスタと歩いている。
 すずとりんは建物の屋根から飛び降り――着地。そのまま一直線に女性の元へ駆ける。
 音も無く。りんがワイヤーを女性にひっかけ、軽く拘束したところで――すずが狙いを定め、女性の脳天めがけて一気に鎌を振り下ろす。
 一閃。女性の頭部から胴までをかけて、縦に2つに裂ける。鮮血をまき散らしながら、悲鳴もなく、ただ倒れ込んだ。女性の顔は何をされたのかすら分かっていないように無表情だった。それを見て、すずも同じような無表情で言う。
「やっと、一人、ですね」
「そだねー。というか私、ちょっと疲れてきたんだけど……。休んでいい?」
 しかし、そんな暇はなかった。りんが呟いた瞬間、どこからか鎖が飛んできて、りんの右腕に絡まったのだ。
「捕まえたでありますよ! 真っ白殺人鬼×2! 自分の金の為……! 大人しくお縄につくであります!」
 妙にハイテンションな葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は、不気味な笑みを浮かべながら近づく。
「おりゃ!」
 葛城は叫び、鎖を自分の元へたぐり寄せる。当然、腕に鎖が絡まっているりんは、たぐり寄せられる。
「りん!」
 すずは思わず叫ぶ。が、その瞬間、背後から何か気配がしたのを感じ、咄嗟に空へ逃げた。
「ち、逃したか」
 すずの背後でナイフを構え、突き出していた及川 猛(おいかわ・たける)は呟く。
「及川、今殺す気じゃなかった? あくまでも捕獲が目的だぞ」
 そう言いながら暗闇から現れたのは神崎 荒神(かんざき・こうじん)だった。神崎はすずに向かって言う。
「お嬢ちゃん。今のうちならケガさせずに捕まえてやるからさ。大人しくしてくれない?」
 対し、すずは、
「嫌ですよ。だって――」
 言いかけたが、その先は言えなかった。
 ナイフを構えて及川が突っ込んで来て、ガントレットを装備した神崎が拳を繰り出して来たからだ。すずは咄嗟に鎌の柄で2つの攻撃を受ける。だが、大人二人の力に耐えきれず、後ろに弾き飛ばされた。
「じゃあ、仕方ない。お嬢ちゃん……確か髪が短くて鎌を持ってる方だから、すずちゃん? まぁ何でもいいさ。こっちは全身全霊を以てあんたを捕まえるぜ。ケガの1つや2つは覚悟しとけよ!」
 神崎と及川はさらに追い打ちをかける。
「むぅ。分かりましたよ。男は殺さないようにしてましたが、そんなことは言ってられないようです。それでは――殺りますか」
 すずは鎌を構え、二人に対峙する。やがて、甲高い、武器を打ち付け合う音が辺りに響いた。

   ■

 一方、葛城に引っ張られそうになったりんは、なんとか踏みとどまり、右腕の鎖をほどこうとしていた。
 葛城はそれをみて、りんを諭すように言う。
「無駄でありますよ。そう簡単にほどけるものでは……」
「あ、とれた」
「…………」
 ぽい、と鎖を投げ捨てるりんを見て、思わず沈黙する葛城。
「……こうなったら」
 葛城はマチェットを取り出し、特攻する。
「ちょっと痛いかもしれませんが我慢でありますよ!」
 葛城は一瞬で距離を詰め、マチェットを振るう。りんはダガーナイフでそれを受け、全く無駄のない動作で手首を返し、カウンターする。葛城は顔を狙って来るナイフを、首だけ動かして避ける。
「おねーさん女だから、殺しちゃうかもしれないけど、いい?」
「駄目でありますよ。というか真っ白殺人鬼、あなた強いですね。動作に無駄がない。どこでそんな技術を?」
「我流だよ。何したって言われると……これまでに殺した死体をバラして、筋肉、骨の構造、関節の可動区域――とかを調べ上げて、研究したの。筋肉一筋まで理解していれば、人間として最速かつ無駄の無い動きを実行するのは簡単だよ」
 りんはさらっと異常な事を告げ、葛城の身体にワイヤーを引っ掛けようとする。しかし、
「『それ』については聞いているであります。ですが、所詮は糸。このマチェットなら、その程度ならば切り裂けるであります」
 言って、糸があるであろう空間を斬りつける。微かにパラパラと、糸が落ちる音がする。
「むぅ。仕方ないね。疲れるけど、本気だすか――」
 りんは呟き、ワイヤーの塊を捨てた。代わりに、服の裾から、ベストから――至る所からスローイングナイフを取り出し、右手と左手にそれぞれ15本ずつ持つ。
「……よくそんなに持てるでありますね?」
 葛城は少し顔を引きつらせる。
「私はすず姉とは違って器用でね?」
 りんが思い切り振りかぶり、ナイフを投げようとしたとき。
「やぁ。殺人鬼さん」
 と、りんの背後から、不意に声がした。りんが背後を見ると、そこには、既に拳を突き出して来ている男――ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)がいた。
「うっ――あッ!?」
 ナイフを振りかぶっていた為に、回避、防御行動をとれず、りんはまともに拳をくらう。小柄な身体は吹っ飛び、壁に打ち付けられた。
「あ、やり過ぎたかな。まぁいいか。とりあえず、腕を縛るか壊すかして、動きを止めないと」
 ハイコドは、壁に打ち付けられ、そのまま動かないりんの元へ駆ける。
 しかし、その間に鎌を持った少女、すずが割り込み、ハイコドを妨害した。
「ふぅっ……はぁ、流石に……疲れました。なんとか逃げてきましたが――ってもう来ましたか。りん、起きなさい。寝てる場合じゃないですよ」
 すずは、自分を追って来た神崎と及川を横目にしながら、崩れ落ちているりんを叩き起こす。
「――ん、あ? あー……気絶してた? ごめん。今どういう状況?」
 りんは目をこすりながら起き上がる。そして、自分達を捕まえようと武器を向けている、神崎、及川、葛城、ハイコド、そしてその隣にいる見知らぬ男を見て、呟く。
「んー、最悪ってとこかな? ってか、見知らぬ人が増えてるね?」
「あぁ、私を捕まえようとして、途中から乱入してきた人ですよ」
 すずはそう呟き、その男に目を向ける。
 男、いや、ハイコドのパートナー、藍華 信(あいか・しん)は十字型大銃【蒼の十字架】を構え、殺人鬼二人に言う。
「俺の魂は本家本元とは違うが『切り裂きジャック』だ。老若男女23人、24人目を殺ろうとしたらそいつが悪魔でとっつかまって改造、俺が出来たわけだ。人格は別もんだ、記憶はある。俺はそれを――、昔は相当悩んだりもしたが、背負っていくことに決めたんだ」
「べらべらと五月蝿いですね。それが私たちと何の関係が?」
「女ばかり狙ったり、予告状出したり。『ジャック』と似通った真似しやがって。気に喰わん。まずは両足を千切ってくれる」
「別に本家のジャックを意識したりはしてないですよ。なんか格好いいってことで――りんが勝手にやりました。なのでやるならりんを――」
「うわひどい! 私を売ったな!? 馬鹿姉!」
「五月蝿いですね。あまり五月蝿いと――」
 すずは何か言おうとしたが、突然口をつぐむ。
「? すず姉? ……あれ? まさか」
 りんは、すずが何かをされたと確信し、ばっ、と藍華を見る。しかし、既に藍華は、すずに向かってスキルを唱え終えたところだった。
「容赦はしないぞ。殺人鬼。まぁ今のは別に、傷つけるようなスキルじゃない。ただちょっと――さらに幼くなってもらおうと思ってな」
 藍華がすずに向けて唱えたのは、【タイムコントロール】。対象を最大で10年分、老わせるもしくは若返らすことができるスキルだ。今回の場合、藍華は、すずを10年分、若返らせたのだ。
 すずはみるみる若返り、やがて1、2歳の幼児まで戻ってしまった。
「……え、えぇ!? ちょっ……すず姉ぇ!?」
 りんは動揺する。その隙に葛城が飛び出し、幼児状態のすずをすばやく抱えた。
「よし! 一人確保であります!」
 葛城がすずを抱きかかえる。タイムコントロールの影響で頭も幼くなったのか、突然すずはわぁわぁと泣き出してしまう。
「ふぉ!? え、えぇと、子供をあやすにはどうすればいいでありますか!?」
 葛城はそんなことを言いながら、ひとまずその場を離れて行った。
 残されたのは殺人鬼一人とそれを捕まえようとする4人の契約者。
「お姉ちゃんは捕まったぞ? お前も捕まっておけ!」
 及川がりんに向かって叫ぶが、
「い、嫌だよ。すず姉取り返して一緒に逃げるもん」
 りんは子供のように(実際子供なのだが)言う。りんはこの場を切り抜ける為に、身体中のナイフをいつでも取り出せるように準備する。
 しかしそこで、りんは足に何か違和感を感じた。がしり、と何かに掴まれる感じ。なんだろう? と下を見る。そこには。

「捕まえました」

 と、先程殺した――頭部から胴までを真っ二つに切り裂かれ死んで逝ったはずの女性が、りんの両足をがっしりと掴んでいた。
「――!! ッ!!?」
 りんはこれまでにない程取り乱す。少し前に体験した同じような事がトラウマになっているようだった。
 女性の正体はアルベール・ハールマン(あるべーる・はーるまん)という神崎のパートナーが、女性に変身したものである。神崎に殺される事前提で囮になれと命令され、それを快く承諾したのであった。真っ二つにされても生き返る理由は、『彼がそういう存在だから』という他に説明できない。ある意味、殺人鬼少女よりも異常で理不尽な存在だ。
 取り乱したりんは、わけもわからず無理矢理に手をほどいた。そのまま空に逃げる。壁をつたい、建物の屋根に出ようとするが、
「逃がさないよ!」
 と、ハイコドが【寄生獣ワーム】を出せるだけ繰り出し、りんの身体をつかみ取った。両手足、胴、全てを触手で固定する。
「ふやぁああ!! いやあ! ぬるぬる! 触手! 触手の人やめて! えろい! 触手の人えろい! 助けて!」
 りんは触手が苦手のようで、半狂乱状態に陥る。苦手なのは幼い頃に見たとあるSFホラー映画が原因だったりするのだが、それは置いておいて。
 続けざまにトラウマが蘇り、やがて彼女の脳内容量は限界を迎え、
「あ、気絶した」
 ハイコドが言うように、がくり、と首が落ちる。ハイコドは気絶したフリという可能性もあるので、慎重に彼女に近づくが、そんなことはなく、りんは本当に泡を吹いて気絶していた。
 それを確認して、神崎はため息をつく。
「ふぅ、最後はまぁ、あっけなかったが――ひとまず殺人鬼『切り裂きジャック』、捕獲完了だな」
 空京を騒がせた殺人鬼は、そんな風に、こんな感じで、あっけなくも、捕まったのだった。