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種もみ学院~契約の泉へ

リアクション

 ダリルが言った通り、襲撃のパラ実生は続々と集まってきていた。
 運転席の武尊にカンゾーは重い声で告げた。
「振り切れねぇか。しつけぇ野郎だ」
「降りるか?」
「ああ。ジンベーも来たしな」
 側面から現れた新たな一団の先頭に、金色のリーゼントの大柄なパラ実生がいた。ジンベーだ。
 武尊は窓から顔を出すと荷台の又吉に向けて怒鳴った。
「又吉、アレだ!」
 あいよ、と返事をした又吉が大型銃を構える。
「これでもくらいな!」
 メギドショットのトリガーを引いた。
 とても威力の強い銃のため切り札にとっておいた武器だ。
 その分反動も強力で、又吉は後ろに転がった。
 熱線は狙いをそれてパラ実生の集団のだいぶ後方を焼き払った。
 自慢のモヒカンやリーゼントを焦がしていったその余波に彼らは慄く。
「ぎゃああああ! 殺人猫ー!」
 叫び、群がっていたパラ実生が逃げ帰っていった。
「よし、いなくなったな。カンゾー、オレも残る。ジンベーの周りにいるあいつら、邪魔だろ」
 武尊は軽トラックを停めた。
「総長にはこの一行を頼みたいと思ってたんだが」
「ブラヌ達がいるさ。契約者もな」
 ドアを開けた武尊に続いてカンゾーも降りると、竜司が荷台から顔を出した。
「ぐへへ、いよいよジンベーかァ? てめぇはオレの優子にちょっかいを出すふてぇ野郎だが、今日はてめぇの顔を立てて代わりにこいつらを泉まで連れてってやるぜェ」
「おまえの優子じゃねーだろ。あの人はな、俺がもっとふさわしくなるのを待っててくれてんだよ。──だが、移住者達のことは助かる」
 カンゾーは礼をすると、舎弟を連れてこの集団から離れた。
 その後を、天音とブルーズが追う。
「何だおめー、あの百合園の女の子はいいのか?」
「話はしてあるからご心配なく」
「邪魔はすんなよ」
「そんな野暮はしないよ。ジンベーと一対一でやるんでしょ。向こうの舎弟には邪魔させない」
 武尊と同じことを言う天音に、カンゾーは笑みの形に口元を曲げた。
「ところで、どうして彼は連打のジンベーと言うんだい?」
「おもしろいことを聞いてくれた」
 カンゾーはクククッと笑う。
「もとはゲーセンでの得意技だったんだよ。格ゲーでな、たいして技コマンド使わねぇくせに、パンチとキックの連打だけでトップの座に居座り続けてたんだ」
「それで連打のジンベー?」
「ああ。だが今は、それを自らの技として使うからという意味のほうだな」
 呆れるぜと言い捨てるカンゾー。
 そして、カンゾーとジンベーは約10メートルほどの距離をおいて対峙した。
 しばらくの睨み合いの末、先に口をきいたのはカンゾーだった。
「てめーもこりねぇ奴だな。あんだけやられたくせにまた恥をかきに来たのか?」
「へっ。俺は欲しいもんは必ず手に入れる。逃げることは許さねぇ」
「しつけぇ野郎だ。嫌われるぜ、特に女子にな」
「女なんかどうでもいいんだよ。だいたいてめーも年中嫌われてんじゃねーか」
「嫌われてねぇよ。モテ期がまだ来ないだけだ。お前には一生来ないだろうがな」
 内容はだいぶ違うだろうが、喧嘩の前にお互いを罵り合う様ははるか昔のやくざ者の出入りに似ている。
 それはともかく、先に口を出したのはカンゾーだったが、手を出してきたのはジンベーの舎弟のほうだった。
 クロスボウから発射された矢が、ピコンッと間抜けな音を立てて種もみ生の額に立った。先は吸盤になっていた。
「ぎゃはははははっ、見ろよあの間抜け面!」
「野郎、許さねぇ!」
 額の矢を打ち捨てた種もみ生が飛び出す。
 これがきっかけとなり、たちまち乱闘が始まった。
 武尊もその中に混じり、拳で殴りつけていく。
 そうしながら、カンゾーとジンベーから少しずつ舎弟達を引き離していった。
 天音も武尊の動きにあわせて巧みに立ち回った。
 カンゾーは心の中で二人に感謝しつつ、頑丈なグローブをはめた拳をジンベーに向けた。
「二度と立ち上がれねぇようにしてやる」
「今日の俺はちょっと違うぜ……はぁっ!」
 気合を吐き、大きく踏み込むジンベー。
 空を裂き突き出された拳をカンゾーがかわすが、連打と言われるジンベーは上から下から変幻自在に攻撃を繰り出してきた。
 カンゾーはそれら全てを受けたりよけたりした後、大きく後ろに飛んで間合いをとった。
 すかさずジンベーが詰めてくる。
 うなりをあげて迫る拳を、カンゾーは軽く手のひらをあてて軌道をそらすと、ぐっと深く踏み込みジンベーの腹に拳を沈めた。
 ぐっと呻いてジンベーが膝を折る。
 それを見下ろすカンゾーが失望したように言った。
「お前、クスリやったのかよ。この短期間でそんなに連打の数が増えるもんか。体つきも変わったしな……見損なったぜ」
 カンゾーはドーピングをひどく嫌っている。卑怯者のすることだと思っているからだ。
 ふと、周りが静かなことに気がついた。
 武尊達も片付いたらしい。
「すっきりしない顔だな」
 そう聞いた武尊に、しかしカンゾーは何も答えず視線をそらす。
 武尊はうずくまるジンベーの傍に膝をついた。
「なあ、喧嘩はここまでにして、オレらと来ねぇか? オアシスを救うため、種もみ学院にさ」
「……行かねぇ」
 どうにかジンベーが絞り出した声は、拒否を発した。
「S級四天王の言葉でもそれは聞けねぇ。カンゾーがオアシス再興をやめねぇと同じだ」
「……総長、行こうぜ」
 カンゾーはジンベーを見ないまま背を向けた。
 その背にジンベーが怒鳴った。
「いつまでも逃げられると思うなよ……!」
 恨みのこもった叫びだった。

☆ ☆ ☆


 単調な景色を広げる荒野の上空をワイルドペガサス・グランツが駆ける。
 その背に乗る桜月 舞香(さくらづき・まいか)は焦っていた。
 彼女がヴァイシャリーの百合園女学院に誘った女子中学生との連絡が途絶えてしまったからだ。
 そもそも彼女達は舞香を待たずに荒野に行ってしまっていた。
 慌てて携帯にかけ、その場にいるように言っておいたのだが、着いてみれば誰もいなかったのだ。
 それも、女の子達のものと思われるバレッタを残して。
「かどわかされた……!?」
 パラ実生の欲望まみれの汚い笑顔が脳裏をよぎり、舞香の目がつりあがる。
 怒りのままに飛び出そうとしたが、舞香はハッとしてすぐに気持ちを落ち着けた。
「どこへ行こうというの。まずはあの子達がどこへ連れて行かれたのか見つけだすことが先よ」
 声にだして自分に言い聞かせた。
 舞花は乾いた地面に目を凝らし、行方の手がかりを探した。
 そして、タイヤの跡を見つけたのだ。
 それが向かう方向を確認すると、今度こそ舞香はワイルドペガサスに乗り追いかけた。
 ほどなくしてパラ実生が飛ばす数台のバイクを見つけた。
 舞花の探し人もいた。
「種もみ生には見えないわね」
 仮に種もみ生だとしても許すつもりはないが。
「そこの汚いパラ実生、止まりなさい!」
「誰だ!?」
「おい、上だ!」
「桜月先輩!」
 女の子が叫ぶ。
 その声は、望んで彼らといるわけではないことが明らかだった。
 パラ実生がバイクを止めたので、舞香も地上におりた。
「もしかして、この子達のお姉さまってやつか? お前もかわいいじゃねぇか。契約の泉に行くんだろ。俺らが連れてってやるよ」
 パラ実生がへらっと笑った直後、彼は風のように間合いを詰めてきた舞香のハイキックに倒されていた。
「方向が違うのよ、おバカさん」
「てめぇ、何しやがる!」
「それはこっちのセリフよ! ばい菌だらけの手でこの子達に触るなんて! 変な病気にかかったらどうするの!」
「俺はそんな汚くね……ぐほっ」
 舞花のスカートが翻り、すんなり伸びた脚が回し蹴りを決める。
「あなた達は何もかもが手遅れなのよ! 生まれ直してきなさい!」
「ひでぇ! お前、足癖も悪ぃが口も悪ぃな! ……ふごっ」
 ハイヒールの鋭いつま先がパラ実生の頬を抉る。
「あなた達に合わせてあげたのよ」
 パラ実生は舞うように繰り出される舞香の蹴り技と身のこなしに翻弄され、あっという間に全員倒されたのだった。
「みんな、ケガはない?」
 振り向いた舞香に、一塊になっていた少女達は何度も頷く。
「桜月先輩、ありがとうございました! それと、勝手に荒野に飛び出しちゃってごめんなさい……」
「本当よ、ひやひやしたんだから。……でも、自分で行こうとする姿勢はいいことだと思うわ」
「本当にありがとうございました」
 丁寧に頭を下げる少女達は、躾の行き届いた子達だった。
 それから、顔を上げた一人が憧れの目で舞香を見て言った。
「それにしても先輩は強いんですね! 私、しびれちゃいました!」
「契約者になってきちんと鍛錬すれば、これくらいできるようになるわ」
「ほんとですか!?」
 頷く舞香に、少女達はワッと盛り上がる。
「じゃあ、やっぱり契約の泉に行かないとね」
「案内するわ。今度は飛び出して行っちゃダメよ」
「は〜い」
 と、少女達の声が重なった。
 舞香を先頭に、少女達は雛鳥のように後をついていった。


 カンゾーとはまったく別行動をとる者もいた。
 ラスベガスで出会った元ディーラーの老紳士を連れてキマクを訪れたジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)だ。
 二人は闇市を歩いていた。
 通りの両側に隙間なく並ぶ露店には、さまざまな品が売られている。
 食品はもちろん、衣類、生活用品、家畜……もっと秘められた場所では人も商品となっている。
 そのうちどの程度が盗品なのか。
 しかし、老紳士はそのようなことは聞かなかった。
「ここが、この荒野でもっとも大きいオアシスなんだな?」
「ああ。カジノをつくるなら、やはり人が集まるところだろ?」
「金持ちを集めんとな。さっき行ったあの塔、あれは悪くないな」
 ここに来る前、二人は種もみの塔へ行ってきた。
 管理人は家賃さえ払えば後はどうでもいいと言うような人物だ。
 しっかり経営すればカジノも入れてくれそうだ。
「ここも悪くはないが……首長の許可が必要になろうな。どんな人物かは知らんが、法外な場所代やら税金やら取られかねんな」
 それを回避するために、どこかの誰かに袖の下を渡す必要が出てくるかもしれない。
 面倒だな、と老紳士はもらした。
 その点、種もみの塔なら家賃だけですむし、施設の内容に口を出してくる者もいない。
「他に候補地は?」
「アトラスの傷跡の近くに大きな施設があるが……」
「そこは活火山があるんではなかったか? 噴火したらたまらんな」
「ならば契約の泉周りか……? 今は何もないはずだがな」
 老紳士は少し考えた後に言った。
「確か、キマク商店街が今回の移住者訪問をきっかけに再起を図っているのだったな。ちと、行ってみよう。その契約者が誓い合う儀式めいたところというのが引っかかる」
「わかった」
 二人は方向転換し、闇市を抜けた。