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【アガルタ】宇宙(そら)の彼方で待つ者

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【アガルタ】宇宙(そら)の彼方で待つ者
【アガルタ】宇宙(そら)の彼方で待つ者 【アガルタ】宇宙(そら)の彼方で待つ者

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■一人ぼっちの終焉■


 森に闇が訪れた。

 どうやら夜が来たらしい。捜索は一度止めざるを得なかった。
 見つかったコールドスリープだったが、数は3つほどで。中にはダレもいなかった。
 しかしその周囲にあるのは間違いない。夜を徹して捜索したいのが、今回の作戦に参加したものたちの心情だった。だがそれを土星くんはしなかったし、させなかった。
 皆が身体を休める中、住居の入口からその方角をじっと見つめるほど、今すぐに飛んで行きたいと誰よりも思っているのに。

「それ以上外に出るのは危険ですよ」
『お前……寝たんとちゃうんか?』
「俺はあなたの護衛ですから」

 声に土星くんが振り返れば、いつのまにか陽一がいた。彼の言葉に、土星くんは自身が少しずつ外へと向かっていたことに気づく。どうやら無意識だったらしい。
 そんな自身を少し笑ってから、土星くんは弐号を振り返った。今ココには、大勢の人間がいる。昔と同じように、たくさん……。

『不思議なもんやな』
「え?」
『わしとこいつ(弐号)にとって、住民ってのは自分よりも大事やのに……仲間を助けに行くために危ない目にあわせとるなんて』
「それは」
『こんな闇の中、捜索してくれって、言いそうな自分がな。信じられへんかったわ』

 そう言わなかったのは、それを言ってしまえば自分を許せなくなりそうだったからだ。
(二度も大事なもんを失ってもうたら、わしはもう)
 
 ぐっと口に力を入れた土星くんを見て、陽一は首を横に振った。何か言葉をつむごうとしたが、今の彼には届かない気がして……旋律を口に乗せた。

 不安で不安で仕方のない彼の心を、少しでも落ち着かせるために。

『……ええ歌やな……すまん。ありがとう。もう大丈夫や』
 しばらく静かに聴いていた土星くんは礼を言った。

 森に、微かな光が差し始めていた。


* * *


「コールドスリープがここで、アルカヌムたちが見つけたのがここ。たしか」
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が確かめるようにイーオンへ目を送ると、イーオンは頷いた。
「ああ。操縦席のようだった。こことよく似ている」
「わしらが見つけた住居部分はこのあたりだな」
「俺たちが見つけたのは住居の右側で、ここかな」
 今までに発見された痕跡から、さらに捜索範囲を絞っていく。呼雪が考え込む。
「コールドスリープは住居の中心。東が見つけた破片もその一部。セイルーンたちのが住居の先頭部分……」
 発見された部位のことも考え、墜落時に進んでいた方角を推測。破片の痕跡からどの程度に分かれて落ちたのかも考える。
 他の皆も意見を出し合い、捜索の範囲をかなり絞り込んだ。だがそれでもまだまだ広いため、一日目同様別れて探索を行うこととなった。

 呼雪のあとを歩きながらマッピングしていたヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は、呼雪がつけた蛍光塗料の印をなんとなく眺めた。
 ほとんど色がないこの森の中では、本来目立つはずの色ですらかすんで見えた。
「……ニルヴァーナ人は、コールドスリープで眠ってるんだよね?」
「ああ。おそらく、な」
 ぽつり、と呟いたヘルに、呼雪は首をかしげた。

「だったらスークシュマの子はずっとこんな寂しいところで、ひとりでみんなを守ってたんだね。一万年もの間」

 早く助けてあげなきゃ。ニルヴァーナ人も、スークシュマの子も。

 いつもの明るい口調とはまるで違うヘルの声に、呼雪はしばし目を瞑って「そうだな」と返した。


* * *


「土星君があんなに焦ってるのは初めて見たわ」
 そう顔を引き締めながら探索をしているのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だ。緑の瞳はいつになく真剣で、まとう空気もいつもと違う。

 風が吹くたびに揺れるロングコートから見える白い肌とメタリックブルーのトライアングルビキニが、やっぱり雰囲気とはかみ合っていなかったが。

 彼女の隣で周囲を警戒していたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、ちらとパートナーを見る。
 セレアナの脳裏に、自分たちを送り出す時の土星くんの様子が浮かんだ。必死にいつもと同じ顔を浮かべようとして、でも失敗した姿が。

「そうね」
「なんだか調子が狂うわ。さっさといじりがいのある土星くんに戻ってもらわないと」

 内容はふざけているようにも思えるが、その実重みのある声だった。セレンフィリティの本気が伺える。
「……っと、また1つ発見報告が……あら。ここから近いわね」
「なら直接行って調べましょ。そっちの方が早いわ」
 向かった先にあったのはコールドスリープの破片。先ほどから多く発見されているが、こんかいはかなり大きなものが地面に埋まっていたようだ。砂で汚れたそれを見つめ、地図を見つめ、考え込む。

 徐々に明らかになってきた墜落時の様子から、探すべき場所を絞りこむ。
 2人は顔を合わせると、同時に地面を蹴った。

 立ちはだかる魔物は、無駄な体力を使わないよう、素早く打ち倒す。急がなくてはならない。

(土星くんに『ニルヴァーナ人の全員死亡』なんて報告は、したくないものね)


* * *


「絶対にみんな助けるよ!」
「ええ! 必ず」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の2人は森の中を駆け回っていた。襲い掛かってくる敵はブライトマシンガンを撃ち、撤退させる。深追いはしない。
 とにかくはやく、土星くんに元の笑顔を。そして

「元気な土星くんをいじるんだから」
「もうっ。美羽さんったら」

 わざと明るい声で言う美羽に、ベアトリーチェはいさめるような声を出す。だが美羽の言葉の真意を理解しているため、瞳は真剣なままだ。
 駆けながら素早く痕跡を探す。

「本当にこっちであってるんだよね?」
「はい。他の場所では考えられません」

 出来る限り速さをキープしたまま進んでいた2人だが、進路を妨害される。なんとか避けようとしてみたが、素早い動きが回り込まれる。戦いは避けられない。

「お願いだよ。どいて」
「ぐえっほほおお」
 奇妙なうめき声を上げる猿のような魔物に、退く気配がない。美羽が仕方なくマシンガンを撃ち抜くが、倒れない。報告にあった弱点とやらをつかないとダメなのだろう。しかし表皮の腐敗が少ない猿方の魔物に、赤い光は見えない。
「なら……裁きの光」
 ベアトリーチェが唱え、光の雨が降り注ぐ。全身に雨を浴びた猿は、やがて動かなくなった。

 それを完全に見届けることなく、2人は再び地面を強く蹴った。

「待っててね。絶対に、助けるから」
「お願いです。もう少しだけ待っていてください」

 無事であることを祈りながら。


* * *


「周囲を警戒せよ。状況から見て急がねば救助対象が死ぬと想定せよ」

 部下たちに指示を飛ばすのは相沢 洋(あいざわ・ひろし)
「今回は空挺ミサイルしなくていいとはいえ、救助作戦は疲れるのですが」
 みとはいつもの小型飛行艇特攻しなくてよいことに安堵しながらも、決して楽観できない現状に眉を寄せた。心なしか、洋の表情も険しい。
 
「分散索敵かあ。こういう場合は必要だけどさあ。敵性勢力との遭遇とか考えると分散は不利なんだけどなあ」

 物々と呟きながらも指示に従っている相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)が、ふいに真剣な顔をした。
「本音で言えば、さあ。協力を申し出る際にアガルタの治安維持本部設立計画、提案しても良かったんじゃないかな?」
 元々彼らがアガルタにいたのは、教導団の駐屯地というか連絡所を作る計画についてだった。
 だがその話をする前に土星くんの話を聞き、急遽参戦となったのだ。
 洋は洋孝に向かって首を縦に振り

「たしかにな。しかしそれはいつでもできる。今は目の前の救助に専念するべきだろう」
「……わかったよ」

 そんな彼らの最後尾を歩くエリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)は、スークシュマの反応が消えてからの時間を計測し、しばし黙り込んだ。

(……少々時間が経ちすぎていますね)
 洋に時間のことを報告。そして提案をする。

「提案があります。私達も2手に別れてはいかがでしょうか。以上」
「たしかにそうですわね。戦力の分散はよくありませんが……どうされますか?」
「――よし、分かった。洋孝とエリスは東方向へ」
 洋はすぐさま決断。部隊を分けることになった。それだけ、鬼気迫る状況とも言えた。
 これ以上時間をかければ、要救助者が助からない可能性が高まる。

「各員、より周囲を警戒せよ。必ず見つけ出せ」

 訓練された動きで森へと突入していった彼らは、その後いくつかの破片や手がかりを見つけた。それらはコールドスリープがある部屋とは別の部分であったが、それらが発見されたことによりさらに範囲が絞られた。

「食堂部分と言うと……ここか。それが落ちていたなら、救助者がいると思われる場所は」
 洋は土星くんから渡された住居の見取り図と森の地図を見比べた。みと、洋孝、エリスも覗きこむ。洋が洋孝を見る。
「おっけー。墜落の際の角度がたぶんこんなもんか。んで、今までの破損具合からすると墜落ルートは」
「ここを通っていったことになりますわね」
「しかしこの先には川があり、私たちの現在地から少し離れています。パワードスーツならば川の影響もないかと思いますが。どうされますか、以上」
 3人の目を受けた洋は、みとに通信を開くよう指示を出す。

「あちら側を捜索している者たちがいたはずだ。彼らにそちらへ向かってもらおう。もちろん、私たちも急いでいくぞ」
「かしこまりましたわ」


* * *


「……リーダー。土星さん、大丈夫でふか?」
「みゅ〜。元気なかった。心配」
 前へ前へと進んでいた十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は、後ろを振り返る。リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)コアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)が、自分自身たちの方がよっぽど元気ないほど、沈んでいる。
 もともと宵一が今回の作戦に関わることになったのは、この2人の純粋で熱い想いに背中を押されてのことだ。

『土星さんがすごく困ってるみたいでふ』
『ニルヴァーナの人たち助けたいの。みゅ〜。お兄ちゃん』
『はあ。土星くんはいつも大変だな。
 ……まあいい、たまには報酬のない仕事もいいものさ』
『ありがとう、お兄ちゃん』
『ありがとうでふ、リーダー!』

 そのときのことを思い出しながら、元気付けるために少し笑う。

「大丈夫だろ。傍には何人もいるし、探索も順調だ。もうすぐ元気になるさ」

 宵一はそう2人を慰めながら、内心は少し焦っていた。たしかに探索は順調だが、要救助者たちの容態までは分からない。コールドスリープとやらも限界があると聞く。状況は厳しい。
 そんな思いは表に出さず、宵一は先ほどの洋たちからの報告受けて捜索の方角を変えようとしていた。

「リイム。どっちだ?」
「えっと……こっちが弐号さんの方でふから……あっちでふ」
 不安を押し隠した宵一が方角を確認する。コンパスも狂うこの森で、リイムの方向感覚は強みだ。さらに視力も強化しているので、何かを見逃すことはないだろう。
 よしっと頷き、スレイプニルに方角を指示して素早く飛んでいく。全速を出さないのは周囲をしっかりと確認するためだ。
 リイムは「聖騎士の駿馬」に、コアトーは自身の羽で飛びながら、ニルヴァーナ人を探す。
 さらにコアトーはシャンバラ国軍軍用犬も連れてきており、捜索を手伝ってもらっていた。その軍用犬が小さな破片を見つけた。
 コアトーは喜ぶのも後に、腕を破片にかざして意識を集中させる。サイコメトリで何か少しでも情報を読み取れないかと何度も挑戦している。
 今まで見つけた破片からは情報は得られなかった。一万年と言う月日のせいだろう。それでも諦めることなく、コアトーは目を瞑った。

「コアトーさん。頑張れでふ!」
 リイムが応援を送る中、コアトーが目を開けた。一瞬。ほんの一瞬だったが、映像が浮かんだ。
 コアトーの腕がある方向を指差す。

「みゅみゅっ? お兄ちゃん、あっちに落ちたみたい」
「急ぐぞ」
「はいでふ!」

 宵一たちは速度を上げて向かいながら、その情報を仲間たちへと伝えた。


* * *


「待ってろよ。今行く!」
 ガーゴイルに乗って低空飛行している白銀 昶(しろがね・あきら)は、始終元気のなかった土星くんの姿を思い出し、ぐぎぎと歯をかみ締めた。

(分かってる。本当はアイツが一番駆けつけたいんだ。
 弐号から動けないあいつの代わりに、オレ達がお前の仲間を見つけてきてやるぜ)

 かなりのスピードを出しているが、超感覚の目を駆使して森の中をすいすいと進んでいく。
 そんな昶のあとを、同じく超感覚と宮殿用飛行翼を使って清泉 北都(いずみ・ほくと)が追いかけていく。先ほどから入る情報で、もうほとんど位置はつかめていた。今向かっている方角のどこかにいるはずだ。
 北都は目だけでなく、嗅覚、聴覚にも意識を研ぎ澄ませる。表情などは昶と違い冷静そうに見えるが、想いは同じ。

(やっと土星くんの仲間が見つかったんだ。一人ぼっちは寂しいもの。だから助けてあげたい、会わせてあげたい)

 互いにほとんど会話はなかったが、お互いの想いは理解していた。
 しかし途中で北都が昶を呼び止め、自身も動きを止める。
「北都?」
「しっ」
 口元に指を当てて、耳を済ませる。不気味なうめき声が響く中、微かに聞こえる別の音があった。
 昶の目が見開く。その音は

 機械の駆動音のようだった。

 音に従い、進んでいた方角を少し修正し、報告もする。その後はただひたすらに前へと進んだ。
 幸い特に邪魔が入ることなく、2人はそこにたどり着いた。

 今まで発見された破片の中では最も大きいと思われるソレは、一見ただの岩のようだった。ただ触れてみると、それがただのカモフラージュなのだと分かる。おそらくそういった装置でも動かしているのだろう。昶が鼻を動かすが、特に人の匂いはない。
 だが。だからこそ、一万年もの間、ここの間者たちに見つからずに生きていられた可能性がある。
 北都は昶に向かって頷き、比較的薄い場所を破壊して中へと入る。

 まず見えたのは、何度も見てきた卵形の装置。そして

「サターン?」
 土星くんに似た何かが床に転がっていた。昶が慌てて駆け寄るが、反応はない。
 ただかすかに目蓋が動いた。まだ助かるかもしれない。昶がほっと息を吐く。
 その間に北都はコールドスリープを覗いていた。息苦しそうに苦悶の表情を浮かべた老人はもとより、まだコールドスリープの中にいたものたちも見たが、その表情は曇る。
 北都も多少医療知識はあるが、彼らの状況は予想よりも悪い。すぐさま医療の心得があるものへと連絡し、判断を待つ。

「ここか!」
 そこへ駆けつけたのはリオフェルクレールト。リオがすぐさまスークシュマに気づいて駆け寄る。
 心配そうな昶に「僕は整備士だ」と告げて場所を代わってもらう。
「壊れてるのを放っておけないのが整備士って奴の性なんだよ。大人しく修理されてな」
 そう声をかけてから、自身の道具に手を伸ばした。
 内部を見たリオは、「土星くんの言っていたとおりのようだ。これなら」と安堵の息を吐き出した。だがすぐさま再び手を動かしていく。

『う、あ?』

 修理の途中で、スークシュマがかすかに目を開けた。まだ言葉を発することは出来ないらしいスークシュマを安心させようと、リオは口を開く。
「安心して。
 助けるよ、君も、君が守ってきた者も全部……って言い切れないのが情けないな。けど……最善を尽くすよ」
 
 言葉が聞こえたのか。スークシュマは一粒の涙をこぼした後、再び眠りに着いた。

 スークシュマ・レーダーに再び反応が現れたのは、その5分後のことだった。