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第1章  アリスに負けるな避球大会


「ハイナの為に、ハイナに勝利を……」
(「できることはすべてやったから、あとは……」)

 センターラインを挟んで、忍と対峙するローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)
 しかしその表情は穏やかに、頭上のボールだけを見詰めていた。
 ハイナを含む、チームメイト10名の期待を背負って。

「それでは、参りましょう」

 双方を確認して、房姫は言う。
 その手から、黄球が放られたとき。
 だんっと、ローザマリアは床を蹴った。

「全力を尽くす、のみっ!」
 思い切り振り抜いた右手が、ボールの中心を打つ。
「いっけぇーっ!」
「ほっ……確かに」

 拮抗する力と力の対決を、ローザマリアが押し切った。
 ボールは、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の腕のなかに収まる。
 【秘めたる可能性】の能力で【ディメンションサイト】を発動させ、空間認識能力を強化していたのだ。
 相手方のフォーメーションを読み、的確にボールをまわすために。

「セレンフィリティ、頼んだわ」
「オッケー任されたっ!」

 そのまま横流しした相手は、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)
 頼れるパートナーに、セレアナは次の一手を託す。
 ちなみにセレンフィリティとセレアナは、葦原へは教導団少尉としての出張に来ていた。

「ドッジボールなんてのはね、パッと逃げて、ガッと取ってサクッと当てちゃえばいいのよ」

 自信満々でセンターラインまで駆け寄り、サイドスローで投げ込んだ。
 セレンフィリティの剛速球は早速、アリスチームのメンバーを毒牙にかける。

「ざっとこんなもんねっ!」
「油断しないで、来るわよっ!」

 だがしかし、ドッジボールを指定して勝負を挑んでくる相手だ。
 すぐに態勢を立て直し、次撃を放つ。

「なんのっ!」
「きゃっ!」
「きゅーっ!」

 ぎりぎりまで引きつけておいてからの【ゴッドスピード】で、華麗にボールを躱した。
 すると当然、セレンフィリティの後ろにいた一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)に危険が及ぶわけで。
 立木 胡桃(たつき・くるみ)が、隅っこで大きく叫んだ。
 と言っても、隣の人に聞こえるかどうかくらいの声量でしかないが。

「きゅーん……」
「ふぅ……なんとか、間に合いましたね……」
「きゅっ!?」

 淋しく零す胡桃の隣に、どこからともなく現れた悲哀。
 頬に、一筋の汗が流れていく。

「きゅ?」
「あぁ、隠れていたのですよ……」
「きゅー♪」
「ええと……実は初めてやるのですが……ようは決まった線から出ないでボールを取り、相手チームの人へ当てれば宜しいんですよね」
「って呑気に話している場合ではありませんわっ!
 それで大丈夫ですから、まずはしっかり避けてくださいね」
「はい、ありがとうございます……」

 胡桃の傾げる小首に気付き、にっこり笑ってみせた。
 【隠形の術】を発動して、ボールから逃れていたのだ。
 嬉しそうな胡桃に、悲哀は今更ながらルールの確認を始める。
 しかしいまは、まさに試合の最中。 
 話していられたのは、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が護ってくれていたおかげ。
 相手チームからのボールを【殺気看破】で見極めキャッチし、【投げの極意】で外野へまわす。
 自陣でボールをキープできていたからこそ、悲哀と胡桃の安全な会話時間が確保されていた。

「エリシアー!
 そろそろいいかー?」

 エリシアとキャッチボールをしながら、相手を翻弄していた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)
 こちらも【投げの極意】を修得しており、そうそう甘いボールは投げない。
 暫く投げ合い、フィールド内の落ち着きを見てとった唯斗が、エリシアに叫んだ。

「えぇ、やってくださいませ!」
「ぃよっしゃ、待ってましたっ!」

 エリシアからの返答を受け、唯斗はボールを腕のなかで握り直す。
 ラインから距離をとり、上空斜め45度に目線をやった。
 誰しもが、味方でさえ、高く投げてパスをするものだと考えたのに。

「覚悟っ!」
「なんだとっ!?」

 投げ付けた先は、アリスチームのフィールドだった。
 意表を突く【メンタルアサルト】で、アリスを射止めた……かに思えたが。

「やらせないのでありますっ!」
「なっ……」

 唯斗の豪速球は、確かにアリスの右肩を打った。
 だが葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が、床よりも早くボールをキャッチ。
 アリスの生命を、繋いだ。

「吹雪、かたじけない」
「いえいえ、仲間を助けるのは当然であります」
「仲間、か……」

 アリスは丁寧に、吹雪へ礼を伝える。
 同じチームであるうえ、互いに忍であることが、2人の意識を高めていた。

(「何だろうこのドッジボールマシーンみたいな忍者は……」)
「来るぞ、気を抜くな!」

 唯斗の声に、味方は気を引き締める。
 当てる自信のあったボールを、ぎりぎりとはいえ止められたのだ。
 警戒するなという方が、無理な話である。

「吹雪!」
「フフフ、ハイナの秘密を暴いてやるであります!」

 イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)の外野からの呼びかけに、吹雪は頷く。
 実は先程から【潜在解放】を発動しており、唯斗のボールも視えていたのだ。
 妖しく笑いながら、ハイナ越しのイングラハムめがけて、直球を飛ばす。

「ハイナっ!」
「ぅわっ!?」
「ちっ!」

 吹雪のボールに誰よりも早く反応したのは、ローザマリアだった。
 本人にすら秘密にしていた、ハイナ囮策戦。
 敢えてハイナをフリーにし、少なくともアリスに狙わせる。
 【行動予測】で相手の動きを追っていれば、ある程度の防御は成功するのだ。

「今度はこっちからいくわよっ!」
「フハハハ!
 ならば俺達はフォーメーションBで迎え撃とうではないかっ!」

 右手を深く引くローザマリアに、高々と言い放つドクター・ハデス(どくたー・はです)
 事前に打ち合わせておいたポジションは、ハデスの【優れた指揮官】あっての賜だ。
 臨機応変に鋭く指示を飛ばし、アリスの危機を救っている。

「ようやく……ようやく先輩とでーと……見回りできることになってたのに邪魔するとは……ゆるすまじ!」
「きゅー♪
 きゅー♪」

 それでもアリス側から返されたボールは、ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)と胡桃を捉えられない。
 愛しき先輩との約束をふいにされた恨みは、このペアに負けることなど許していないのだ。
 舞うように逃れるミーナと、胡桃はすばしっこく走り抜ける。

「あたらなければどうということはないのですよ!」
「きゅきゅきゅー♪」

 特にミーナは【超感覚(山猫)】に【野生の勘】まで使い、フィールド内を自在に逃避。
 最早、2人の足は誰にも止めることなどできなかった。

「おいおい、そんなへっぴり腰で投げても相手は倒せないぜー?
 もっと気合入れろキ・ア・イ!」

 そんな選手達に届く、朝霧 垂(あさぎり・しづり)の大声。
 しかしその傍らには、既に空になった瓶が。
 ラベルは滲んでしまって読めないが、『超有名銘柄の日本酒』のようだ。
 自らお猪口に注ぎ足し注ぎ足し、ほろ酔い気分で両陣営に声援を贈っている。

「ふれーふれー!
 みーぃーなー!
 くるみおねえちゃーん!
 がんばれがんばれおねえちゃーん!
 がんばれがんばれおにいちゃーん!」

 フランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)も、大きな声で叫んだ。
 ぴょんこぴょんこ跳ねて、ポンポンを振って。
 パートナー達とハイナチームを、応援する。

「ほらほら〜あたらないよ〜」
「うむ、我等の前に敵はおらぬ」

 外野からのボールを華麗なジャンプで避けて、仁科耀助(にしな・ようすけ)は笑んだ。
 応えて、横で首を縦に振ったのは夏侯 淵(かこう・えん)である。
 淵は、燿助を試合に誘った張本人だった。

「いや〜しかし、身体を動かすのはいいけど、とんだとばっちりだよな〜。
 もう何年も前の話なんだろ?」
「確かに、折角の休日が潰れてしまったのは残念だ。
 だが理由はどうあれ、血を流さぬ戦いを選択したのはいかにも現代の世らしくて良いと思うぞ。
 それに……」

 余裕綽々でそんな会話も弾む燿助と淵だがいったん、口を噤む淵。
 なにやら、少し表情が険しい。

「それに?」
「俺は……仁科殿と一緒に汗を流せて、とても充実しているぞ」
「ぉおぅ……」
「あ、いやその変な意味ではなくてだな。
 葦原が負けるのは宜しくないゆえ、仁科殿に助力を請うたのであって……」
「あはは〜分かってるって〜」

 なんて笑いながらも、しっかり攻撃は躱して、キャッチ&リリースまでしている。
 燿助も淵も、なかなかの運動神経である。

「もらったでありんす〜っ!」
「そんな簡単には当たれませんからっ!」

 しかし、20分も逃げれば少なからず疲労も見え隠れ。
 ハイナもアリスも、そろそろ体力の限界を迎えてしまっていた。