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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:1日目

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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:1日目

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第5章 私にも魔鎧は作れますか?


 時間は少し遡る。



 令嬢たちの華やぐホールに、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)佐々木 八雲(ささき・やくも)がいた。
 地元タシガンで怪しい活動をしているという話を聞き、『地方の貴族の代理』としてこのクラフトワーク教室に堂々と参加したのだ。【メンタルアサルト】を使って。
 こっそりと潜入するのではなく、参加者たちの中に紛れ込んで、この怪しげな教室の真の狙いを探ろうとしていた。
「そんな遠くからわざわざいらしたんですねぇ」
「長旅は難儀ですけど、ちょっとした旅行気分で楽しゅうございましたわ」
「それにしても皆さん、魔鎧作りに興味津々なんですねぇ」
 親しくなった令嬢と言葉を交わしながら、弥十郎はぐるりとホールの中を見回す。
 緊張感のない、楽しげな娘たちの群れ。『イベント』なのだ、彼女らにとっては。
 それ以上のものだとは考えない、平和で幸せな少女たち。
 ――自分たちが悪意の標的にされているかも知れないだなんて疑ってみたこともない顔だ。
 弥十郎はにこにこと令嬢たちの話に耳を傾け、相槌を打ちながら、周りの様子を観察する。なぜこの教室の主催者たちは、このような貴族悪魔の子女を集めているのか。何故魔族、何故貴族の子女なのか。それが気にかかっていた。
 ただ単に、この教室を通じて何かをさせるために、世事に疎い、世間ずれしていない人種の方が扱いやすいと思っての選択なのか。
 それとも、もしかしたら世間に疎い――穢れを知らない女の子やそれに近いものを集め、その中から、何らかの基準である特定の子を選び、何かを企んでいるのではないか……
 今の段階ではどちらともいえない。とにかくそれを探るため、参加者の令嬢たちとの交流を試みていた。
 ……にしても。
「……なので、魔鎧を作るというのも、手際とセンスが要求されるものではないか、などとじいやが申しておりますのよ」
「あぁなるほど、魔鎧作りも料理のような感じなんですねぇ……!」
「まぁ! お料理だなんて、面白い方ですこと」
 うふふおほほとおっとり笑う令嬢たちと、普段通りののほほんとした弥十郎の物言いは、不思議に波長が合っているようでもある。

(……いやいや料理と一緒ということはないだろう。というかそのじいやとやらも魔鎧作りの何を知ってるんだか)
 隣でその呑気な会話の声を聞くともなく耳にしながら、八雲は内心で溜息をつきながら、
「こんにちは、君も魔鎧作りに興味あるの?」
 そんな風に、令嬢たちにナンパ風に声をかけている。――いや、これも立派な作戦の一環である。
(クラフトワーク感覚で魔鎧作りって……魂をもてあそぶなんてねぇ)
 強化人間としての自身の過去もあって、そんなことを計画する者たちに対して内心怒りを覚えていた。この怪しげな教室を潰したいと真剣に考えて、そのために令嬢たちに声をかけているという次第である。
 社交界デビューを済ませているらしい令嬢たちは、男性と失礼にならない程度に軽く、粋に会話するという社交術を身に着けているものである。彼女らが社交界で会う男性よりは多少砕けている八雲のそんな言葉も、無作法にならずにさらりと受け止めては適度に流し、しかし適度に楽しく言葉を交わす。そして八雲が探ろうとしていることの真意には全く気付かない。
「可愛いね。君みたいな子が魔鎧を作るなんてちょっと想像できないな。普段は何をして過ごしているの?」
 たまたまそう声をかけた子が、今までの令嬢のようにスマートな受け答えができず、「わ、私ですか、あの……」と詰まってしまった。
「私は別に何も……嗜みのない、つまらない者なので……」
 小さな声で口ごもる令嬢を不思議そうに八雲が見ていると、どこかからからかうような声が飛んでくる。
「誰かさん、クローリナさんをいじめてはダメよ、殿方とは口をきけない可愛らしい方なんだから」
 クローリナと呼ばれた令嬢はますます顔を赤らめ、八雲の顔も見られないほどに俯いてしまう。
「すみません……私、人様に話すような趣味も特技もありませんし、頭もよくないしお話も退屈で……」
 恥ずかしがりながらの酷い自己卑下だった。それからもしばらくぼそぼそと、ほとんど聞き取れないような声量で何か喋っていたが、「すみません……失礼します」と言い残して逃げるようにその場を去っていった。
 可愛い、などと言われて、嬉しいとか照れるというより、あまりの内気さゆえに恥ずかしくていたたまれなかったのかもしれない。後になって思った。




 本部(仮)。
 キオネは、空京警察の警官たちと話し合いをしていた。
「もし、本当にコクビャクが『魂』を大量に持ち込んで、それをまともに魔鎧が作れるかどうかも分からない貴族令嬢たちに手芸感覚で作らせるのだとしたら――」
 そんな風に、彼は警官たちに、自分の見解を話し始めた。

「最初は、それは口実で、何か別の企みがあるという可能性も大きいと思っていました。
 けれど、誰の目に留まってもおかしくないビラでこの教室を宣伝し、身元のしっかりした令嬢を誘っているという点が気になるんです。
 幾ら田舎の無名貴族たちといっても、彼らには社交界があります。下手なことが起これば、悪い噂が立つのは免れません。
 ……シイダ? あぁ、彼女の身の上については、またちょっと違った事情があるんです。いずれお話ししましょう」

 いつになく鋭い目を虚空に上げて、キオネは話を続けた。

「とにかく、そういう事情を鑑みると、意外と連中は、このビラで知らせた通りのことをやるのではないかと思うのです。
 それによるメリットは何か?
 ――自分たちの仕掛けた戦いで死んだ者たちの魂を回収して、魔鎧を作るつもりだとしたら。
 それは、魂をいわばリサイクルしての戦力増強……そんな風にも思いました。
 けれど、本当に魔鎧を作る才があるのかも定かでない令嬢たちに作らせて、戦力を増強するような魔鎧ができるのか。
 そんな不確かなことに手間をかける意味が分からない」
「じゃあ、何が目的だと……?」
 警官の問いに、キオネはしばらく口をつぐみ、そして続けた。
「この場合、クオリティは度外視していると考えるべきでしょう。――そうすると、どうなるか。
 俺はさっき、魔鎧になることは、生きながらに違う種族に生まれ変わることだと言いました。
 しかし、これに一つ付け加えることがありました。
 ――もともと『魔族』ではない者が、『魔族』になるという意味もあるのではないでしょうか。
 悪魔の手を経て、その製作物となる。そういう意味で、魔鎧は一応魔族にカテゴライズされるものでしょう」

「そうなることでコクビャクが何を得るのか、俺にはまだ見当が付きません。
 でも、コクビャクは『魔族』がその構成員に多くいる、と聞きました。恐らく、幹部も。
 彼らが魔族の同胞を増やしたいんだとしたら……?
 『魔の眷属』であるのなら、出来の悪い魔鎧でも構わない。そういう魂胆でこの会を企画したのではないかと思えてくるんです」

「……しかし、やはりおかしい。せめて、きちんと魔鎧を作れる者に託せば……」
 警官の一人の簡単な反論に、キオネは目を半分伏せて応じた。
「コクビャクに協力する魔鎧職人の存在は聞いています。……けど、手が足りないとしたら?」
「手が?」
「コクビャクの犠牲となって死んだ者は数多く、それに対して魔鎧職人は何人いる知らないが、手が回らない。
 だから、幾つかの魂を無駄にすることは計算の内で、不慣れな令嬢たちのクラフト教室で、ていのいい『家内制手工業』を運営するつもりなのかもしれない。
 山のような死者の魂をリサイクルして使う、即席の魔族生産工場として」

 その目に、暗く怒りが光る。
「もしそうなら――命の尊厳もへったくれもない行為ですよ」





 クローリナは昔から、自分に自信が持てず、それゆえに人付き合いが少なかった。
 自分のような者から親し気に振る舞われても迷惑だろう……そんな感情が先立って、深く他人と関われない。どうしても。
 そんな自分と親しくしてくれていた数少ない友とも、最近はめっきり疎遠になっている――
 寂しさと自己嫌悪が募っていた時だった。「初心者にも優しい魔鎧作り教室」の参加者募集の話を聞いたのは。
 魔鎧は、ふつう製作者に従うと聞く。己の手で強力な武具を作りたいという望みはなかった。ただ、自分の手で魔鎧を作ることができたら、ずっと自分の傍にいてくれる「お友達」ができるのではないか――
 そう思って、教室に参加してみた。のだが――


「ここ、いいですカ?」
 3人掛けくらいの大きさのアンティーク風の長椅子に腰を掛けていたクローリナは、そう声をかけられて顔を上げた。また男性だ。あまり貴族然としては見えない。自分のような田舎貴族の娘ばかりの集まりのように思っていたのに、さっきの男性のような、ちょっと違ったコミュニティに属している感じの参加者も結構いるのだろうか――そこまで考えて、首を振る。
 自分のような、花咲くような令嬢たちの中でパッとせず沈んでいる者が、何の権利があって人様を詮索するのか……と。
「あ、席を占めていてすみません、どうぞ……」
 そう言って(別にど真ん中に座っていたわけではないが)さらに端っこに詰めた。空いた場所に腰を下ろしたゲルヴィーン・シュラック(げるう゛ぃーん・しゅらっく)は、そんな彼女の様子をちらっと見て、それからふうっと溜息をついた。
(魔鎧職人として、どうしても……こういうのは見逃せないネ……)
 この魔鎧製作教室の話を聞いて、ゲルヴィーンが思ったのは、これを許してはいけないという使命感に似た否定的感情だった。
(魔鎧とは、双方の情熱あってこそ完成する、大量生産なんて出来ない、してはいけないものなんダ)
 魔鎧職人として、望まぬ者の魂を使って、ましてや手芸感覚で魔鎧を作ることをに過ごせないという強い思い。かつては自分も、戦場で果てた者の魂で沢山作ったりもしていた。そのような経験をへてこその、真摯な感情だった。
(同じような罪を誰かに犯させるわけにはいかない!)
 その強い思いで、パートナーと共に潜入を決めた。館周囲の見回りをすることにしたパートナーと別れ、「初心者にも分かり易い説明に興味を持って聞きに来た」という触れ込みで、参加者に混ざってきてみた。
 さて、そこから、どのようにこの会の核心に迫るべきか……
 考えているうちに、隣で浮かない顔で座っているクローリナが目に入った。どう見ても正真正銘の「初心者」だろう。暗い顔は、魔鎧作りという未知の領域への緊張からだろうか?
「初めまして。あなたも、魔鎧作りに興味があって、参加したんですよネ?」
 思い切って、話しかけてみる。ちょっとびくっとしたようにクローリナはこちらを見て、「え、えぇ」と頷いた。
「楽しみですよネ〜。初心者に教えてくれるという教室は、今までなかなかなかったですからネ」
 表情が硬いのが気になって、なるべく明るく話しかけてみる。未経験者がこの教室に実際どのような心構えで臨んでいるのか、知りたかった。
(ザナドゥの者だからって、誰もが魔鎧を作れるわけじゃナイ……)
 そう確信していたからだ。すると、出し抜けに、思い切ったようにクローリナが口を開いた。
「私……自信がないんです。初心者にもやさしく教えて下さるというので参加してみたんですが……
 私のような何の才も知識もない者に、魔鎧を作るなんて、出来るのでしょうか!?」
 思いもかけず、自分が訊きたかったことを逆に問われてゲルヴィーンはやや面喰らった。
「……もしかしたら、特殊な機材でもあるのかもしれませんネ」
 あまりに不安になっているクローリナの様子が些か気の毒になり、初心者へのシビアな見解を正直に口にする気になれず、この教室について考えていた推測を、軽い感じで口にしてみる。すべての悪魔に魔鎧職人の素質があるとは思えない、それでも『初心者にも魔鎧が作れる』と謳っているというのなら、資質のない初心者をサポートする強力な『何か』があるのかもしれない。
「機材……ですか?」
「詳しくは分かりませんけどネ。何か、聞いてないですカ?」
 機材……と呟き、クローリナは考え込んだ。



「あの……キオネさん……?」
 警官たちとの話を終えたキオネのもとに、ネーブルがどこか控えめな足取りでやってきた。途中までシイダらと一緒に行ったのだが、途中報告のために小屋に一時戻ってきたらしかった。
「? 何?」
「あの……あのね……?
 キオネさんに個人的なお願いがあるんだけど……いいかなぁ?」
 不思議そうに見るキオネに、ネーブルは少し――了解を得られるか不安なのか――やや戸惑いがちに切り出した。
「えっと、えっとね……
 死んじゃった魂でも……魔鎧にできるんだよね?
 もし、私がその人から了承を得る事ができたら……その人の魂で魔鎧を作ってもらいたいんだぁ……」
 その申し出に、キオネはしばらくの間、瞠目してネーブルを見ていた。
「まだ、その魂も見つかってないんだけど……
 駄目……かなぁ……?」

「何かの事情で魂の条件が整っていなくて、魔鎧にするのが難しいってパターンもあるけど……
 ちゃんと魂がそれを受け入れてくれさえすれば、出来ると思う」
 キオネの返事に、ネーブルは顔を上げて彼を見る。
 何故かはわからないが、その目は笑みを湛えながらどこか寂しげに光っていた。

「けど、前に話したこと、聞いてるよね? 俺は決して、高クオリティの魔鎧を作れるわけじゃない。腕のいい職人じゃないんだ。
 その人の人生を魔鎧としてリスタートさせるのに、俺という作り手が本当に良い縁なのか……
 死んでしまったその人に問う方法は見出し難いと思うから、君が本当によく考えて、考えた上で結論を出して……」

 ――その上でだったら、俺は、いいよ。約束する」

 真剣な声音に、ネーブルはこくんと頷く。
 だが、気になったかのように、不安そうな顔で口を開いた。


「キオネさん……?
 どうして……そんな、寂しそうな顔、するの……?
 分からないけど……私が、お願いしたせい……?」


「? 寂しそうだった?」
 ネーブルの言葉に、キオネは我に返ったように表情を変えて、はっきりした笑いを浮かべた。
「そんなことないよ。……ただ、少し考えさせられただけで」
「考えさせ…られた……?」
「うん。『魔鎧』の周りには、いろいろな……魔鎧になった本人以外のものも含めて、本当にいろんな想いが集まるんだなぁって。
 そんなことを今更、改めて考えたら……ね」
 少し感傷的になっちゃったかな、とキオネは苦笑する。






「これ……何……?」
 クローリナは瞠目していた。
 ここは地下室の一室。

 光のない部屋の中、浮かび上がる簡素な寝台。近付くと、手足を拘束するためのものと思われるベルトがついているのが見えた。それ以外は、医師の使う診察台と見えなくもない。
 だが、周りに置かれた得体のしれない器具に、何とも言えない不吉なものをクローリナは感じた。寝台を覆ってしまうようなゴムのような素材の天蓋、何かを噴霧するような長いチューブのついた奇妙な器……
(こんなものを、魔鎧を作るのに使うのかしら……?)
「クローリナ様! 逃げて!!」
 声が響き渡り、ハッとして振り返った瞬間、どんっと体に衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。



 ぐったりとした華奢な令嬢の体を抱え、男は、一緒にいた2人の男に指示をする。
「何をしている! さっきの女を追え!!」
 そして、2人の男が弾かれたように部屋を飛び出しているのを見ながら、腹立たしげに舌打ちをした。
「全く……!! 何十年前の『灰』の残留を心配してるんだ!! どいつもこいつも!!
 そんなものを怖がって見回りを疎かにしているからこの体たらくだ……!!」