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腐り落ちる肉の宴

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■ 死者達の宴 【7】 ■



 死者の増援が断ち切れたことを知ってレティシアが腰を落とした。
 行動予測でその先を読み取ったベルクが指印で呪を宙に描く。
 空から降ってきた具現化した無数の杭――貴族的流血に貫かれ棒立ちになった死者に向かってレティシアの剣が大きな一薙ぎ一閃の弧を描いた。
 水の魔力から解放されて、勇敢な子供が一人噴水から飛び出した。その子供を空かさずゾンビが捕らえる。「離せ!」という声を耳にして、自分が死んでは元も子もないとただひたすら自らの生存率だけを上げていたジェライザ・ローズは今初めて被害者を視界に入れた。
(あれは……子供?)
「離せって、離せってば!」
 抵抗しようとするだけ元気な子供。
 眺め、ジェライザ・ローズは、ヒーローになるなと信条を胸中で呟く。
「……はなせ……やだ、ぐすっ……たすけて」
 抵抗しようとして、現実に直面した子供。
(……)
 恐怖に泣きじゃくり始めた子供を助けようとする大人が居ない。あの子供に気づいているのは自分だけだ。
 子供を助けることができるヒーローは自分一人だけだ。
 いつまでヒーローにならないつもりなのか。
 では、
(……いつ、ヒーローになるの?)
 あんなにも子供が助けを求めているというのに。
 問いかけは自分に。何を優先するのか、判断するのは、自分だ。
「やだぁ、たすけ、助けてえぇッ!」
 ジェライザ・ローズは得物を握りしめる手に力を入れた。
(ヒーローになるなら――今でしょ!!)
「おーい! こっちに活きがいいのがいるぞー!!」
 ジェライザ・ローズの登場に子供を水に投げ込もうとしたゾンビが、ゆっくりと体を伸ばした。
「……ウイシア、イプシロンを頼む」
 好機と判断した勇平はパートナーに請うた。
 落ち葉の少ない噴水の周り、火術で焼き払おうという考えは、民間人を巻き込む可能性と自身の魔力の低さから鑑みて、すぐに振り捨てた。
 なれば、剣を、と。
 光りの属、光条兵器ならば、と。
 勇平の要請に、頷きで答ええたウイシアは自身が保持する光条兵器「イプシロン」の本来の姿を彼に手渡した。
 魔法が決壊した。そのことから導き出されるだろう事を予感して、ルカルカは火術を付与しアーツの怪力に任せたままシーリングランスの武技でばったばったと敵を薙ぎ倒すことを止めた。ちなみに、最初に試したフールパペットでの死者の操作は失敗に終わっている。
「まだ人が居るのよ!」
 シェリーを助けだすと破名にも言っていたのに。
 目的がなければ人々を水中には落とすなんてことはしない。こちらが魔法の解除を成功させたのなら、向こうも動き出すはず。場合によっては強引にでも!
「させないわッ」
 咄嗟に先に投げ放った式神が水中から伸びる腕を、見覚えのあるリストバンドを付けた右腕を掴み引き上げられている所を、ダーク鞭を鷲掴んだルカルカはその腕を振るった。一本釣りの要領で一息に力を込めた。噴水からびしょ濡れのシェリーが水場より引きずり出される。
 戦況が変わりました。エルデネストからその連絡を受けて、ゴルガイスは深く息を吸った。肺に満ちる腐臭の濃さに、カッと両目を剥く。赤色の瞳に睨まれてスケルトンが反応した。ブロードソードの一撃を半歩下がって躱し、退いた足を踏ん張り逆に懐に入り込むように肉薄したゴルガイスはドラゴンアーツの怪力を乗せた拳をスケルトンの顔面に叩き込んだ。
 そんなゴルガイスの隙を狙って横手から伸びてきた別のスケルトンの剣先は、グラキエスの滅技・龍気砲でスケルトン諸共明後日の方へと吹っ飛んでいった。溜めが無かったが生体エネルギーの一弾に何事かと空を見るとエルデネストに支えられながらグラキエスが任せろと頷いている。
 パートナーの天からの支援にゴルガイスが振るう力の威力は衰えない。
 出口を壊されて、スケルトンの判断は早かった。
 妨害者は排除すべしとマーガレットに飛びかかろうとしたスケルトン達に向かってナディムはエネルギー体の矢を放った。頭蓋に描かれた呪が崩れればスケルトンは沈黙する。空を裂く様に疾走った鏃がその赤く描かれた文字に刺さり、字の形状が崩れた。
 ガラガラと崩れるスケルトンに気づきマーガレットは空を仰いだ。ペガサスの上からナディムが軽く手を振っている。マーガレットは妖精のジュースの効果が残っているうちにと退却を選んだ。
 銃声が響き渡る。スナイプの狙い撃ち効果で確実に一体一体仕留めていくセレンフィリティは肩に衝撃を受けて反射的に首を巡らせた。突き飛ばされ開いた空間をブロードソードが縦に振り下ろされていく。獲物を見失って慌てて身を捩るスケルトンの頭部をセレアナが狙い撃った。
「平気?」
「ええ」
 終わらない襲撃に一瞬の隙を突かれたセレンフィリティは助かったとセレアナに頷く。
「正直終わりが見えないかなーって思ってたけど」
「なんとかなったみたいね」
 しかし、今、死者の流出が止まった。
 あとは一掃するだけと、二人は気合を入れ直すように互いの銃を持つ腕を一度押し付け合い、笑った。
「ぬぅッ」
 羽純が側に戻り、スピード勝負と剣の花嫁が体内に内包する光条兵器を抜き捌く甚五郎は、魔法陣が崩され戸惑うように動きを鈍らせた死者達に、奥歯を噛み締め大剣型の魔法の剣を力いっぱい握りしめる。
「キリがないかと思ったが――」
 地面を蹴って向かった先は、スワファルが放ったゴアドースパイダーの糸の強力な粘着性でもって絡め身動きできなくさせた死者達の塊。
「そうだもないようだな!」
 ゴアドースパイダーの糸を伝ってのサンダークラップの電撃攻撃にで瞬間的に萎縮したゾンビに甚五郎の剣が振るわれた。
 スワファルの糸が死者を捕らえ、甚五郎が斬り伏せる。斬るものと斬らないものとを選べる魔法の武器は気遣いが要らない分、爽快でもあった。



「破名が、いるだって?」
 ルシェードの呟きに和輝は転落防止用の柵を掴み、周囲の監視カメラにハッキングしようとして出来ず、掛けていても仕方がない電子ゴーグルを顔から外すと公園を見下ろした。
 小さいが、確かに見覚えのある姿が在る。
「(破名)」
『(和輝、か?)』
 試しにと送ってみたテレパシーに反応が返ってくる。脳内に響く声は心なしか焦りが滲んでいるように感じた。肉声であれば声が震えているというやつに似ている。
「(なにを巻き込まれている。ルシェードから聞かなかったのか?)」
『(これはルシェードの仕業か!)』
 破名のこの反応は和輝からしたら些か意外だった。あの魔女とつるんでいるのだから察してもよかっただろうに。と思う。それともそこまで考え至る余裕が無かったのか。
『(今すぐに手を引かせろッ!)』
 怒号めいた声を受信し、後者かと和輝は判断した。和輝が魔女に退けと言っても仕方ないことを知っているのになんとまぁ、短絡的な事だ。
「どうしたのぉ、和輝ちゃん?」
「……破名が手を引けと」
 聞かれ、数秒考えた後、和輝は素直に伝言を伝えた。
「うはぁ、怒ってるぅ。この前の喧嘩がまだ尾を引いてるのかしらぁ。全く文句があるのなら飛んでくればいいのにぃ」
 まぁ、きっとお得意の転移魔法で飛んでは来ないわねぇ、と確信している表情でくすくすと笑うルシェードは、つぃ、と和輝に視線を向けて、やんわりと茶色い目を細めた。
「ねぇ、和輝ちゃん」
「なんだ」
「和輝ちゃんはぁ、あたしとはなちゃんのどっちが好きぃ?」
「どんな意味で聞く?」
「そのままの意味よぉ? ああ、でも――」
「和輝ッ!」
 アニスが名前を呼んだのと同時に和輝も反応した。
 範囲と精度の違いでアニスが先に気づいた。周囲に展開していたアニスのディテクトエビルと和輝のディメンションサイトそれぞれに一点の反応があったのだ。
 まっすぐとこちらに向かって空を飛んでくる人物が居る。
「和輝、どうする?」
 近づく気配は激しいまでの怒りを抱いているようで明らかな敵対意識の塊に、アニスは和輝を見仰いだ。
「逃げるぞ」
 判断し、手を伸ばす和輝にルシェードは首を横に振った。
「拒否権は無い!」
「んーんー。実験の仕上げしないとぉ。それにぃ、今日は特別にはちみつちゃんがいるから絶対大丈夫よぉ」
「ルシェード」
「安心してぇ? もし捕まったらこの喉掻っ切ってあげるぅ。はちみつちゃんに誓ってぇ約束するわぁ。それに期待値は低いけどぉ、最悪はなちゃんもいるしねぇ」
「破名が?」
「はなちゃんってぇ、あたしを売ったり裏切ったりできるけどぉ、亡(な)くせないのよぉ。それだけでも十分保険になるでしょぉ?」
 だから遠慮無く先に逃げるといい。彼女がそれだけいうのならと和輝はアニス達に振り返る。
「和輝……」
 歩いてくる和輝に神降ろしの陣を消したアニスが立ち上がった。
 ルシェードが自分を見ていることに気づいて和輝の影に隠れる。
「またねぇ、アニスちゃん。今度ガールズトークでもしましょうぅ? リオンちゃんもぉ、道具が手に入ったら連絡するわぁ」
 ルシェードは手を振って、三人を見送った。