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機晶姫と夜明けの双想曲 第2話~囚われの大音楽堂~

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機晶姫と夜明けの双想曲 第2話~囚われの大音楽堂~

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■登場
 ――奮闘する弥十郎、八雲、エース、メシエだが、ゾンビは際限無く沸いてくる。撃退した数は百を超えているが終わらない。疲労が滲んでくる。避難も崖を登るため遅々として進まない。徐々に後退を続け、ついには物量に圧迫されすぐ背中に観客が居るところまで追いつめられてしまった。
「流石にこれだけの相手はきついね」
 誰だって弱音の一つも吐きたくなる。救助者の後方は間近に迫った恐怖に冷静さを失いつつあった。ここでパニック状態に陥れば逃げ場などなく、最悪の事態が訪れるだろう。
 特殊9課はまだか、脱出はまだか。そして……ようやく着いたみたいだね、メシエの言葉と同時。
「むんっ!」
 起こる小さめの爆発。気を引くには十分。視線は煙を上げるゾンビ群に釘付けになる。紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の《爆炎掌》が火を噴いていた。待望の瞬間、空京警察特殊9課の到着……のはずだった。
「ふう……おや? 一般市民が……」
 潜入捜査中に巻き込まれた唯斗。援軍には違いないが人数は一人だけである。
 音楽堂の外側、処刑場跡地に人が居たことに驚くエース、弥十郎、八雲だったが、メシエだけは違った。
「やっと出られたみたいだね」
「強さは大したことないけど、数が多かったから手間取ったよ……って、俺が居たことが知ってたみたいな口ぶりだね?」
 『サイコメトリ』で調べましたから、メシエはさらっと答える。
「その時、中にクルスシェイドって奴はいたか?」
「いえ、居ませんでしたよ。見つけたのはあなただけ。普通こんな危険な場所に自分自身を晒すことはしないでしょう」
 どうやらクルスシェイドは大聖堂内にも処刑場跡にも居ないらしい。けれども、近くで見張っている可能性は高い。エースは現状を伝える。
「……となると、到着までココの一般人の安全確保が最優先ってわけね。承知」
「話は終わったかなぁ?」
「そろそろ協力してくれないか? 二人だと更にきついんだ」
 エースとメシエは掃討に戻り、唯斗は逃げる人々に、
「今、俺たち警察の部隊が救助に向かってるのよ。大人しく言うこと聞いてねー、OK? ま、不安もあるだろーけど、静かに落ち着いて行動して下さいねー。迂闊な行動は死ねから本気で止めてね?」
 大凡警察と思えない言い方で注意を促す。避難者は静かに頷く。
 それじゃ、やりますか。唯斗は《不可視の封斬糸》を『武器凶化』し、辺りに張り巡らせる。ワイヤートラップ。そこを通過したゾンビは知らずのうちにバラバラと崩れていく。通り抜けようものなら力技で押し返し、またトラップの餌食に。まさにデッドラインを築き上げた。
 そうこうしているうち、今度こそ待ち焦がれた瞬間が訪れた。遠距離からの『我は射す光の閃刀』がゾンビを射ぬく。
「私は教導団ルカルカ・ルー少佐、皆さんの救助に来ました。落ち着いて焦らず避難してください」
 ルカルカ、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、引き連れた《親衛隊員》。ようやっと特殊9課の介入だ。
「遅かったな」
「監視の目が光っていたからな。ようやくと言ったところだ」
「歌ちゃん、誘導頼んだよ!」
「はいっ!」
 防衛線が活性化する。ルカルカはトラップを飛び越えゾンビ群の中へ躍り出ると、『ドラゴンアーツ』で向上した膂力で《ティー・レックス》を操り、『シーリングランス』で薙ぎ払う。更には『フールパペット』で同士討ちを引き起こす。後方からはダリルが『連射体勢』の《機晶魔銃マレフィクス》と『無量光』で援護。戦線を押し返した。これを機に唯斗はもう一度、今度は処刑場跡と音楽堂を繋いでいる出入口にワイヤートラップを張り直す。これである程度の余裕は生まれただろう。ダリルは肝心の案件を尋ねる。
「唯斗、クルスシェイドは見つかったか?」
「いや、中にはいないみたいだ」
「地震発生装置――機晶剣の発見は?」
「見かけなかった。ゾンビの相手でそれどころじゃなくなったからな。大方、奴がまだ手元に持っているんじゃないか」
「そうか……とにかく、シェイドは声明文から近くに潜伏している可能性が高い。探し出してくれ」
「ま、やってみるさ。集中するからその間、防衛は任せる」
 超感覚。明鏡止水の境地で相手を探し出す唯斗。人が多い。中々見つからない。それでも必ず見つける。そうすれば必ず……。
「見つけた。奴は――上、天井だ!」
 救出が半数に届くかといった頃……とうとう首謀者が姿を見せた。
「あれだけの声明文を出したのに、俺の要求は受け入れられなかったということかな?」
 屋根の骨組みに立ち、こちらを見下ろしてくるクルスシェイド。どうやら死者の掃討で騒ぎすぎたらしい。監視に見つかり現れたようだ。このままだと、もう一度局地地震を起こされ建物が崩壊してしまう。
「エレーネ、どうするの?」
 ルカルカがエレーネに通信を図る。《籠手型HC弐弐・P》越しに返ってきたのは少し慌てたエレーネの声。
「連絡があり、今クルスが護衛と共にこちらへ向かっていると報告がありました。到着まで時間を稼いで下さい」
 了解、とは言うものの、ルカルカは一抹の不安が隠せない。今の状態でクルスを渡してしまっては、世界が破滅に向かう可能性がある。本当にクルスの到着で解決するかどうか。知り合い一人と万を超える人々の命、この二つを天秤に乗せることになるかもしれない。
「まだわかりません。何か策があるかもしれませんし、それは最終手段。今はまだ彼を信じましょう」
 交渉が始まる。
「どうした、時間稼ぎかい?」
「クルスは今、こちらへ向かっているわ。もちろん機晶合体用パーツを持って」
「それを信じろとでも?」
「彼は保護観察状態だったのよ、誰かさんのおかげでね。そのせいで手続きに戸惑ったの。これって自業自得じゃない?」
「だとしてもだ。人一人と万の人間、どちらを優勢にするかは明白だろ?」
「一筋縄じゃいかないのが、警察の辛いところよね」
 肩を竦めるルカルカ。ダリルは相手の情報を引き出そうと話題を変える。
「アームズタイプはこちらで捕獲した。捕まっていた機工士も解放、お前の持つ機晶剣についても聞き出した」
「……中々優秀じゃないか」
「俺“たち”って言ってたが、クルスシェイド、お前はもう一人だ」
「ふんっ、それはどうかな。これさえあれば、俺たちは悲願を達成できる」
 衆目に晒された両刃の大剣――機晶剣。切り札を早くも取り出したが余裕の態度を変えないクルスシェイド。おそらく援軍が潜んでいるのだろう。
「自信があるみたいだな。どうだ、後少しだけ待ってみるのは?」
「……ふん、わかった。後5分だけだ。あいつが来なかった時はわかっているな?」
 クルスシェイドは時間を確認し……
「5分経った。時間だ」
 機晶剣を逆手に、振りかぶるクルスシェイド。局地地震を起こすつもりだ。全員が身構える。そして――
「待ってください!」
 その声はなぜか、人々の視線を集中させた。