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一会→十会 ―領主暗殺―

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一会→十会 ―領主暗殺―

リアクション

 表宮の中規模のホール。
 豊美ちゃん曰く『おつかれさま会』は急だったが、流石に城の使用人の仕事はそこら辺のアルバイトと比べようもないものだった。領主の一言に「お任せ下さい」の返答で完璧に整えられた飾り付けと食事を前に招かれた契約者たちは、それに眼を奪われ高揚しているようだ。そのうち宴会が始まりめいめい皿やグラスを手にする契約者達の前へ出て、バァルが今回の事について彼等の助力に礼を述べ労をねぎらう。
 そんな風に騒がしいホール内の中を横切った折、カインは何かに引っかかりそうになる。
 リカインのパートナーウェインが、帰宅する事も出来ずに何とホールの絨毯の上に寝転んでいたのだ。信じられない行為を、カインは咎めるでも無く只見下ろし、そのうち何事もなかったかのようにウェインを踏みつけてその場を去って行く。
 そんなカインの横をすり抜けていくのはセテカだ。
 あのリカインの説教の後、まだお小言を続ける彼女と馬宿と三人真っ直ぐに此処へ向かったセテカを待っていたのは、リカインのもう一人のパートナー河馬吸虎の襲撃である。
 最近分かった事らしいが河馬吸虎はリカインが見当たらないなどの理由で緊張が限界突破している際に酒が入ると、普段の小動物的メンタルの皮を破って一時的に『俺様モード』なる状態になってしまうらしい。見た目は子供だが中身は立派過ぎる大人だと誰に見抜かれ薦められたのかは知らないが、酒が入った河馬吸虎はパニックから俺様モードへと進化してしまったらしい。
 そしてリカインがまだくどくど言っていた「女装アイドル」の言葉を拾ってしまったのだ。
 斯くして「フハハハ、女装アイドルになるのは気持ちいいぞ!」と馬宿が河馬吸虎に裸に引ん剥かれている隙に、セテカは彼を犠牲に影も形もなくホールから無事に消え去ったのである。
 そんなセテカと入れ替わる様に豊美ちゃんとアレクがホールへ入ってくる。魔法少女たちに呼ばれそちらへ行った豊美ちゃんと別れ、バァルの元へ真っ直ぐ向かおうとするアレクの背中に「お疲れさん」と声が飛んできた。
 振り返ればカガチの後ろ姿が見える。
(あれだけ大人しくしてたんだし、今日は大変だったよな。今度何か美味いもんでも奢ってやりたいなあ)
 そんな風に考えているカガチの声はアレクに届いたのだろうか。
「おにーちゃん」と呼ばれ、アレクはバァルの前に声の方へ足を向けた。
「ああ、やっぱりさっきの声は壮太か。お前俺に気づかなかったろ」
 アレクの拳骨に頭をウリウリとされて、痛みに悶えながらも壮太は笑っていた。
「いて、いてて。
 ま、おにーちゃんが無事だったからいいか」
「よくねえよ。弟なんだからしっかり気づいとけよ」
「だって謁見もしてねえし、組織のヤツ等探すのに必死で貴賓席とかステージとか見てる暇なかったもん」
「お前な、そうやって言い訳すると女装アイドルにさせられるんだぞ?」
「は? 何それ」
 やり取りの中忍ぶような笑い声が聞こえてきて、アレクは壮太の指へ視線をやった。
「こんにちは」
 と挨拶すれば「はじめまして、フリーダよ」とフリーダは穏やかな笑顔を返してくる。
「あなたがアレクちゃんね。いつも壮ちゃんが話してくれるわ」
 言葉には色々な好意的な意図が含まれていた。フリーダは、今迄の話しと今の様子から、パートナーの壮太がアレクに対して信頼を寄せているのをよく理解していたのだ。
「これからも壮ちゃんをよろしく」
 そう付け加えられて、アレクの目元だけが僅かに微笑んでいた。
「こちらこそ宜しくフリーダ」
 こうして壮太と別れたアレクは、今度こそバァルの元へ向かい挨拶を交わす。
「――少々演出は派手になってしまいましたが――、我々は目的のものを手に入れ、貴方がたの探していたものも有るべき場所へ戻った訳です。何より貴方がご無事でしたからね、不測の事態も良しとして水に流して頂けると有り難い」
「そうだな」
 先ほどの騒動を思い出し、苦笑しつつバァルは返した。あそこで会場が沸き返らなければまた違っただろうが――結局のところ、これは民のためのイベントであり、顛末に民が満足しているのであれば多少のハプニングも十分許容範囲だ。
「それで――、貴方個人の望みは? 果たせましたか領主様」
「望み、か」
 バァルは一度言葉を切る。そして何か、どこかを見つめるような眼差しで宙を見つめ、独り言のようにつぶやいた。
「己に一番うといのは己だということを、あらためて知った。いろいろとな」
 あの場にいなかったこの米軍将校には分かるまいが。そう思いつつも、バァルはあえて問いとは違う答えを返す。
「成る程、それは良かった」
 アレクの方は予め用意されていた反応を適当に返しただけだ。
 いつの間にか近づいていた陣が、ぽん、と後ろから肩を叩いた。
「なぁ、バァル。落ち着いたら、ヤウズととことん話し合え。おまえがまだあいつをダチだって思ってんならな」
「しかし――」
 ヤウズは捕縛され、今はその処罰――領主暗殺計画首謀者としての死罪――が下されるのを待っている段階だった。
 今さら何を言ったところで彼を助けるには手遅れだ。そうバァルが思っているのを見抜いて、陣はさらに言葉を重ねる。
「人が理解し合うのに、遅すぎるってのはねぇんだよ。本当に遅すぎるのは、どちらかが死んでしまったときだけだ。
 おそらく死を覚悟していたあいつにとっては、それが唯一の救いになるはずだ」
 その言葉に、すっと胸が軽くなる気がした。
「ありがとう、陣」
 なんてことないさ、と言いたげに手を振って、陣は離れた所で待つユピリアやティエンの元へ戻っていく。
 アレクがさて締めの言葉を吐いて終わりにしようかというところで豊美ちゃんがこちらへ合流した。
「このたびはご苦労だった。遠路はるばるアガデまでご足労いただき、わが民をねぎらっていただいたのに、せっかくの舞台を見ることができずすまないことをした」
「いいえ、こちらこそ、『MG∞』を開かせてくれて、ありがとうございますー。
 バァルさんやセテカさん、騎士の皆さんのおかげで無事にイベントを終了させる事が出来ました。機会があったらまた、東カナンに来たいです」
 丁寧に頭を下げた豊美ちゃんはもう一度バァルと視線を交わしながら微笑んで、次にくるりとアレクへ向き直る。
「アレクさん、リカインさんがアレクさんを探していましたよ。
 そういえばさっきからウマヤドの姿を見ませんが、どうしたんでしょう?」
 首を傾げる豊美ちゃんの言葉に、アレクは思い当たるフシがあった。素早く目線を巡らせればセテカの姿もない。
(Thank God Almighty...(全能なる神よ感謝します)
「I am free at last! (俺は遂に解放された!)」
 首を傾げるバァルと豊美ちゃんを置いてけぼりに、アレクは拳を握りしめていた。そう、折角堅苦しくて肩の凝る替玉という仕事をやり遂げたのに、また捕まってなるものか。しかも今度待ち構えているのは領主の物真似を軽く飛び越えた災厄とも言うべき難題だ。
「Drag idol!? No Thank―you!!!(女装アイドル!? お断りだ!!!)」
「ア、アレクさん?」
 唐突なハイテンションに面食らっている豊美ちゃんに、アレクはまたも唐突にクールダウンして喋り出した。
「どうしよう豊美ちゃん。実はさっきリカインに今回の事で色々言われて……」
 普段無表情の癖、今だけ哀れっぽく同情を誘うアレクの表情は非常に胡散臭い事極まりないが、素直な豊美ちゃんとバァルはそれを疑いせずに受け止める。
「そうか。もとを返せばきみはこちらの提案に乗ってくれただけだ。リカインと話す機会があれば、きみは悪くないのだと話しておこう」
「それは有り難い。
 ああ、でも……」
 またも不自然に困り顔を作るアレクだったが、豊美ちゃんは「どうしましたー?」と心配気な声を掛けてしまう。
「困ったな。領主様がお声を掛けてくれる前にリカインに捕縛されたらどうなる事か……」
 これ以上顔を作るのが面倒で、口元を隠すという適当な手段に出始めたアレク。その間に豊美ちゃんは何かを思いついて、背中の後ろにこっそりとヒノを喚び出した。
「じゃあ、最初に約束していたように、羽根を伸ばしにいきましょうー」
 言って豊美ちゃんが人差し指を口に当てると、アレクは豊美ちゃんの意図を理解して頷いている。
 次の瞬間、バァルの目の前で桃色の光りが瞬いたかと思うと豊美ちゃんとアレクの姿は完璧に消え失せていた。
「バァルさん、セテカさんや騎士の皆さん、今日は本当にありがとうございました。
 皆さんにどうか安心と、平和を」
「Farewell Ba’alu.I pray from the bottom of my heart for many years of happiness for the your East Canaan.(御機嫌ようバァル。貴方の東カナンの末永い幸せを祈ります)」
 残されたのはそんな二人の別れの挨拶だけで、その慌ただしさと愛らしい魔法に、バァルは苦笑しつつ背を向けると、後ろに控えて待っていた己の騎士たちの元へ戻っていった。
 彼らと違い、バァルの「羽を伸ばす」時間は終わった。彼にはここで、領主としてやるべき事が待っている。そしてそれは、途切れることなく彼の前に伸びる、彼だけが歩む道なのだった。



 日が沈んだ後も、バザールの盛況が途絶える事はない。そこかしこで売り買いの声が響き、軽快な音楽を奏でる楽団や踊り子などのパフォーマーが観光客の輪を作っていた。
 そんな中を散歩するように二人は並んで歩いている。ファストファッションブランドの一切芸が無いパーカーとジーンズのアレクと、歳相応? らしくリボンやフリルで彩られた可愛らしいセットアップの豊美ちゃんは、傍目からは『軍人と魔法少女』よりも『お兄ちゃんと妹』に見えているのだろう。
「華やかだな」
 素直な感想に豊美ちゃんが顔を見上げてきたので、アレクは「否」と前置きしつつ続けた。
「偏見が有った訳じゃないんだ。ただ想像よりずっと華やかで、賑やかで明るい場所だと……」
 余り歯切れの良く無い言葉だったが、豊美ちゃんには伝わっていた。本人の持つ落ち着いた雰囲気と経験の量から時たま忘れてしまいそうになるが、アレクはまだ実際は歳若い青年だ。英霊として『昔』を知る豊美ちゃんと違い、中世というキーワードを聞いてもっと暗く荘厳なものを想像していたのかもしれない。しかし人の営みは、生きる強さは過去も昔も変わらないのだと、そういう部分をアレクは今噛み砕いている最中なのだろう。
 国も時代も違うが、豊美ちゃんが生きていた世界に触れているのだろうアレクの姿に、春先に始まったこの奇妙な関係の距離がまた一歩縮まったような気がして、豊美ちゃんは声を弾ませる。
「はい、まるでお祭りみたいですー。皆さん笑顔で、心からバザールを楽しんでいるんだって分かります。
 私は、この光景が好きです。キラキラしたものよりは、この方が風情がある、そんな気がします」
 豊美ちゃんが通りを見渡して、どこか遠くの景色を思い出しているような顔で、呟く。今見ている景色は決して派手ではなく、生活の一部と言ってもいいものだが、そこには確かに営む者たちの生き生きとした姿が、平和な光景があった。
「疲れたけど、こういう平和な風景見てると『まあ良いか』って気分にさせられるよな。強制的に」
 皮肉を交えているがアレクの本心の言葉に豊美ちゃんがはいー、と頷く。そのまま二人並んで通りを歩き続ける。そうするうちに豊美ちゃんがふと足を止めたのは、各地の名産品を取り扱っているという店だった。
「わー、本当に色々な物がありますねー」
 軒先に並べられた数々のアイテムに、豊美ちゃんが目を輝かせて見入っているのでアレクもそれに習った。
「そういえばアレクさんはパラミタにくる前お仕事で沢山国を回ったりしたって言ってましたねー。例えば……このお土産の国は、行った事有りますか?」
 豊美ちゃんが示した何かの動物を象った木彫りの小さな像を前に、アレクは逡巡する。
「…………多分」
「多分、ですか?」
「確かに行った国の数は多いが――気にした事無かったんだよ。そういう、土産物とか。
 ……豊美ちゃんと居ると色々なものに眼がいくようになるな」
 照れたのか些かばつの悪そうに眉を顰めたアレクに、豊美ちゃんは微笑んで感慨深げに吐き出した。
「今まで本当に、色々な事がありましたねー」
「忘れたい事も多かったけどな」
「はぅ……こ、コロシアムの事は一番最初に忘れたいです。ぱんつをアレクさんに渡すなんて、必要だったとはいえ……」
「あ、それは忘れるつもりは無い。それを忘れるなんてとんでも無い!」
「もう、アレクさんヒドイです。忘れてくださいっ。
 ……あ、えっと、贈り物、ありがとうございました。大切にしますね」
 ぽかぽか、とみぞおち辺りを叩いていた豊美ちゃんが、改まってお礼を言ってぺこり、と頭を下げる。
 お礼を言われるという行為自体に慣れていないアレクが反射的に妹達にするように黒い頭を撫でようと手を置いて、果たして年上の女性に対して相当失礼な事をしてしまったのでは――とそのまま固まった。
 挙げ句の果てに「……ごめん?」と言い出したアレクに、豊美ちゃんは花が開く様ににっこりと笑ってみせる。『茶飲み友達』などと古風な言い回しで遠ざけられていた関係は、アレクの中でももうきっと友情に変わっているのだと、彼の気を許した態度に確信したのだ。 
「『一期一会』という言葉を、アレクさんはご存知ですか?」
 突然の質問に、アレクは首を横に振って答える。
「元々は茶道に由来する諺なんです。
 『出会いを生涯に一度しかないと考え、大切にしましょう』という意味です」
「A Once in a lifetime chance.
 ――が、近いかな。『一生に一度の機会』、多分ちょっと……フゼイが足り無い」
 豊美ちゃんはアレクの言葉に、アレクは自分の言った事に二人同時に苦笑する、それから豊美ちゃんは居住まいを正してアレクを真っ直ぐと見上げた。
「一度出会えた事は二度無いものです。
 でも同時に、一度の出会いはたくさんの出会いを生んでくれます。私とアレクさんが出会って、それから私はたくさんの人と、ものと、出会うことが出来ました。
 『一会(ひとえ)』はたくさんの『あい』、『十会(とえ)』に繋がっていくんです」
 豊美ちゃんが言う、一つの事はもう一度起きることはなく、けれどそこで起きた事は無数の事に続いている。
 それが楽しい事か悲しい事か、そればかりは誰にも分からないが、一つ言えるのは今こうしている事は『一会』があって、その後にたくさんの会、『十会』があった先の結果なのだということ。
「アレクさん。これからもどうぞ、よろしくお願いします」
 そう口にして、頭を下げて起こした豊美ちゃんの顔は、少女のものばかりではない何かが含まれていた。多分それは、英霊として長い間を生きてきた者の顔なのだろう。
「初めて会った時も、その後も共同戦線を――と言ったが、こういう場合は何て言うのかな……」
 少しの間視線を宙で泳がせて、言葉が見つからなかったのか「まあいいや」と早々に諦めたアレクは手を差し出す。その手を掴もうとした豊美ちゃんは、何時もの黒いライナーグローブが無い事に気づいて少女の顔に戻って、笑顔を浮かべた。
「これからもどうぞ宜しく」
 不器用な返答に確かに頷いて、豊美ちゃんは大きさどころか肌の色さえ違う手をぎゅっと握り返した。
 二人の出会いを、『一会』を『十会』に繋げる為に――。


担当マスターより

▼担当マスター

菊池五郎

▼マスターコメント

 本シナリオに参加頂いた皆様、読んで下さった皆様、どうも有り難う御座いました。

【寺岡 志乃】
 ご参加いただきました皆さん、ありがとうございました。
 今回お声をかけてくださいました東マスター、猫宮マスターにも感謝いたします。
 バァルとセテカがメインNPCとして登場するシナリオはこれで最後になるかと思いますが、カナンを舞台にしたシナリオはこれからも出していきたいと思っています。
 これからもよろしくお願いいたします。


【東 安曇】
 東です。終止キメ顔で真面目に書きました。


【猫宮 烈】
 猫宮です。自分はいつも通りだと思いますよ?
 ややオサレ気味という噂があるようですが。

 『MG∞』の所は、昔そういえば色々と書いたなぁなんて思い出しながら書いてました。
 自画自賛ですが、『Elements―5!』はいいセンスしてるなと。

 後は、タイトルの『一会→十会』を回収させてみたり。
 色々とありますが、なるべく多くの人と書けるならいいなー、と個人的には思っています。


 それでは、一会を十会に。また皆様とお会い出来る事を切に願って――。