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侵入者たち 1

 一方、屋敷の外の森の中では――
「――半径一メートル、異常なし。警備続行。監視を続けます」
 ヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)が淡々たる様子で警戒を続けていた。
 森の中にはこのようにいくつもの警備班が潜んでいる。木々の梢の上に立って、音もなく周囲を見渡す様はまるでハンターのようだ。
 いや、事実――ヒルデガルドはそうかもしれない。侵入者という獲物を冷然と狙う、ハンターだった。
「……――」
 ヒルデガルドは侵入者の足音に気づいた。
 どうやら数名の下着ドロが森へ足を踏みこんだらしい。
 ヒルデガルドはすぐさまその侵入者の頭上に移動すると、一瞬で地上へと降下した。
「だ、誰だっ!?」
 後ろにいきなり現れた影に、男たちが度肝を抜かれる。
 けれど、その相手をはっきりと視認する前に――ヒルデガルドの手刀が男たちの首に叩きこまれていた。
「ぐっ――」
 どうっと、男たちは気絶して倒れた。
 ほんのわずか、一瞬の出来事。ヒルデガルドは淡々と、つぶやいた。
「ターゲット殲滅――完了しました。引き続き警戒レベル3で待機します」

*  *  *


 御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は屋敷の外で警備を担当していた。
 森の中に潜み、ダークビジョンの魔法で暗視効果を得ながら辺りを監視しているのだ。
 そこに契約者である御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の姿はない。今回は陽太はなしで、舞花一人で仕事に着手しているのだった。
 それはいい。陽太がいないのはいつものことであるし、彼は忙しい。舞花は自分一人でも、随分と仕事をこなしてきた。もう個人行動には慣れたものだった。
 舞花には、それよりももっと気になることがあった。
(……夢安とかいう方がいらっしゃるという噂ですけれど……)
 陽太から教えてもらった情報だ。
 なんでも下着ドロの集団の中には、陽太とも親交のあった蒼空学園の生徒である夢安京太郎なる人物がいるという話なのだ。
 陽太からは、出来れば夢安には悪いようにはしないでやってくれと頼まれていた。
 どこまで出来るかはわからない。が、その意思は尊重したいと思っていた。
(しかしどういうお方か――)
 特徴は聞いているが、舞花は夢安を一度もこの目で見たことがない。
 果たして、わかるかどうか……。不安に思う。が、それは懸念に過ぎなかった。

「金だああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「見つけたぞ! 追えーっ!」

「…………」
 どこぞからか聞こえてきた声を辿って、こそっと梢の上から確認すれば。
 そこには金はどこだと追い求める少年と、それを追いかける兵士の姿があった。
 間違いない。あれが夢安である。だって金って言ってるし。金が大好きらしいし。
(う、う〜ん……しかし……)
 出来ればあまり関わりたくない相手である。
 舞花は夢安の姿に嫌な予感めいたものを感じていた。
「……うん。私はなにも見なかった。見なかったのです」
 舞花は自分にそう言い聞かせて、その場を離れることにした。
 後で陽太に問いつめよう。アレのどこが「いい人」なのですか? と。

*  *  *


 森の中――。
 一匹の潜む影が、侵入者たちに襲いかかっていた。
「ぎゃっ!」「ぐえっ!」
 足を踏みいれた侵入者たちは無慈悲に影にやられて、ばたんと倒れこむ。
 これでもう十二人目だ。森からのほうが警備には気づかれないと判断してやって来た男たちは、無残にもその期待を裏切られていた。
 それは、葛城 沙狗夜(かつらぎ・さくや)によるものである。
 侵入者に容赦はしない。
 沙狗夜はあえて自身に冷酷に言い聞かせ、獣のごとく敵を仕留めていた。
 と、そのとき――
「…………」
 ざっと、茂みの向こうから一人の侵入者があらわれた。
 これまでの相手とはひと味違う雰囲気である。纏っているオーラが違うとでも言おうか。
 明らかに小物ではないと、沙狗夜は悟った。
 相手は構えを取る。沙狗夜も無言で臨戦態勢に移る。お互いに動かぬ一瞬の間を置いて、二人は同時に地を蹴った。
 そして――
「……ぐふっ……」
 交差した後、先に倒れたのは侵入者だった。
 しかしその手には戦利品の、沙狗夜の秘部を包む下着が握られている。
 世界を股にかける下着ドロの笑みは満足げで、試合に負けたが勝負に勝った男の顔をしていた。
「…………」
 沙狗夜は無言で男の手から下着を奪い、いそいそと穿く。
 それから何事もなかったかのように、再び森の闇に消えていった。

*  *  *


 屋敷の正面玄関からは、白のタキシードを着て花束を持った若者がやって来たという話だった。
 警備や監視員たちがそちらに気を取られている間に、別ルートからアメーリエの部屋を目指す者たちがいた。
 森も駄目、正面からも駄目。となれば、頭上、つまり屋根からいけば道は切り開けるかもしれない。そう考えたのである。
 だが――その前に立ちはだかったのは、一人の若者だった。
「だ、誰だ!」
 侵入者たちが身構えて問いかける。
「誰だって言われると、ちと困るんだが……」
 若者――十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は刀を構えてそう苦笑した。
 ルートは見つけようと思えばいくつも存在する。もしかすれば屋根伝いに来る奴も少なくないかもしれないと予期していたのだが――まさかこんなにも見事に的中するとは。
(なんとかと変態は高いところが好きっていうけど……)
 あながちその噂は間違ってないかもしれない。
「やれーっ! かかれかかれー!」
 侵入者たちが一気に襲いかかってくる。
 と、その瞬間、ぼふぅっとすさまじい風が吹き荒れた。
「な、なんだなんだっ!?」
 宵一の後ろから姿をあらわしたのはスレイプニルという八本足の馬だった。
 小型飛空艇よりも遙かに速いスピードで動けるというその馬に翻弄され、侵入者たちは逃げ惑う。
 そこに、宵一の刀が一閃した。
「ぐあぁっ!」
 どすっと倒れる一人の侵入者。
 宵一は刀を構え直し、残る侵入者たちに告げた。
「俺はしがないバウンティハンター……変態と戦うのも、仕事のうちさ」
 言いながら、彼は内心で思っていた。
(か、かっこいい〜、いまの俺! ぜひ賞金稼ぎ語録に追加しておこう!)
 日々、賞金稼ぎとして生きる中で、使えそうなフレーズを記録しておく。
 それが『賞金稼ぎ語録』である。
 本日のはなかなかの出来映えだった。
「うんうん……。変態と戦うのも仕事のうちさ…………ああ、いや、ここは『変態と戦うのも俺の仕事さ』のほうがいいかな……。なんかそっちのほうが渋い? この『変態』ってところを『魔物』に変えると…………『魔物と戦うのも俺の仕事さ』――おおっ! なんかスゲーかっこよくないか!?」
「……………………あ、あのー…………僕らのこと覚えてます……?」
「ああ、ちょっと待って! いま、台詞の微調整中だから!」
「………………」
 侵入者たちはしばらく、待ちぼうけを食らった。

*  *  *


 夢安は困っていた。
 というのも、これまでに何度となく邪魔が入っていたからだ。
 アメーリエの部屋を目指そうとすると、常に“奴”がいる。
 武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)に――すっかり邪魔立てされていた。
 屋敷をうかがって物陰でこそこそとしていたら、鉢植えを持った幸祐が転げてそれが顔にぶつかったり。屋敷に侵入して洋服ダンスを漁っていると、いきなり幸祐が扉を開けてそれに押し潰されたり。あげくの果てには茂みに隠れると、そこでなぜか焼き芋をしていた幸祐の焚き火でお尻に火がついたりした。
(な、なんなんだあいつは〜っ!)
 すっかり憔悴し切っている夢安である。
 しかし、今度こそ……今度こそは、それに終止符を打つ時だった。
(ふはははは! まさか空から侵入してくるとは思わないだろう!? このロープを使って、ターザンのように華麗に突入するのだ!)
 ロープをしっかりと握った夢安は、木の上から跳躍する。
「アアアァァァァアアアァァァァ〜〜♪」
 軽やかにターザン気分を味わう夢安だった。
 が――
「おや? こんなところにロープが……」
 それを幸祐が発見した。もちろん、ロープのみだったが。
「こんなところにあったら危ないなぁ。誰かがつまづくかもしれないじゃないか」
 ぷつっと、幸祐はハサミでロープを切った。
「どわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……――――」
 どこか遠くで、悲鳴のようなものが聞こえる。
 小さな人影が屋敷の向こうに落下していって、べしゃっと音がした。
「うん、よしよし」
 それにまったく気づかない幸祐は、綺麗になった森の散歩道を見て満足そうに笑い、徒歩で帰っていった。

*  *  *


 衣装部屋を守るエリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)は、近づいてくる侵入者たちを次々と討ち倒していった。
「まったく……懲りない人たちね」
 呆れたように言いながら、エリザベータは気絶させた侵入者をずるずると引きずっていく。
 どこから集まったのか、もうすでに、気絶した下着ドロたちは十名を越えて山積みになっていた。
 困ったものだ。そんなにも下着が欲しいのだろうか?
「それなら――ぜひ同じ目にあっていただきましょう」
 エリザベータはくすっと笑って、さっそく自身の思いつきを実行した。
 しばらくすると、衣装部屋にパンツを剥ぎ取られて無残なさらし者になった侵入者たちが吊るされる。
「ふっふっふ……圧巻ね…………」
 エリザベータの深い笑みが、衣装部屋に低く木霊する。
 すっかり悪女になってしまった彼女だった。