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リアクション
■ 魔女 神隠し【5】 ■
確かに室内のそれらは鮮烈なインパクトを四人に与えたが、だが、よく考えてみるとそれは純粋な驚きだったに過ぎないことを知る。
ひと通り驚いて冷静さを取り戻すと、目に映る光景は印象が和らぎ、それこそ実験室に迷い込んだような気分にさせられた。
何事も見慣れるとこんなものなのかもしれない。
のそりとフードの中で身動ぎしたノーンはナオの肩をポンポンと叩く。
「先生?」
「肩に力が入りすぎているぞ」
指摘というより、ノーンに励まされ、ナオは「うん」と自分を奮い立たせた。
「先生ばかりというのもあれですから俺も頑張りますよ!」
意欲を示し、そうだと思いつく。
「サイコメトリを使って何か情報が得られないかやってみます」
「おお、やるのか?」
「はい。触るのはちょっと怖いですけど」
苦笑して、近くにあった比較的小さな硝子瓶を手に取った。
ゆっくりと集中する。
「はちみつちゃん。あたし何かおかしいわぁ。痛くないのにぃ、血が流れるのぉ。斬られてもあたしの体全然痛くないのぉ。潰しても潰しても痛くないのぉ。どうしようぉ、あたしぃ、死んじゃったのかなぁ? 痛くないよぉ。痛くないぃ」
物品が鮮烈に覚えていたのは、笑うしか出来ない少女の語りであった。
ナオは持っていた硝子瓶をそっと元の場所に下ろす。
次の手がかりを。という気になれない。
映像はあったにあったが黒く塗り潰されて、音声だけが鮮明。
その生々しさに、本当に誰かの秘密を暴いている様で、ナオは肩を落とす。
そんなナオにかつみが気づかないわけがなく、「どうした」と優しい声で問うた。
部屋の様子を探り、話し合う四人を見つめる瞳に、かつみ達は誰一人気付かなかった。
ポイントシフトの撹乱に攻撃の隙を伺う和輝を、その速さに怯まないフレンディスが妨げ、反撃にレティシアがその距離を詰める。間断無い攻防に茶々を入れようとする死者にベルクは容赦なく杖を振り下ろした。
ネーブルがアルティマトゥーレで倒すことはできなくても、せめてと足周りごと凍らせて足止めを図るも、
「あ、だめ!」
氷漬けに成功したと思った矢先に、氷だけ残してゾンビだけが消えてしまい、思わず声を漏らした。
「君は、協力したら駄目だよ」
和輝やルシェードに応援のゾンビを文字通り飛ばして送る破名にエースは、自身に襲いかかるゾンビを裁きの光の光属性で弾き倒しながら、知らず奥歯を噛み締める。根源のルシェードを先にと思うがセレンフィリティとセレアナが真剣そのもので捕らえに掛かっていて下手に助力できない。少し乱暴にでも何でもして破名を何とかしないと転移魔法の引っ掻き回しは終わらないようだ。
女王の加護で守られた体は多少の無茶を可能にさせる。無茶をしなければ目的は達成されないとセレンフィリティは魔銃杖を構えた。雷術の魔力を込めて床を蹴る。ゴッドスピードの速さに加えメンタルアサルトという組み合わせでこちらの動きを読めなくさせてての接敵。
ルシェードの鼻先で杖を振り下ろす!
網膜に影を焼き残す激しい電撃がルシェードを襲った。爪先から頭の天辺まで硬直による棒立ち状態に少女は陥った。術を切ってそのまま次の手に移ろうと二人挟み込む形で囲い追い詰めた瞬間、ルシェードの姿が消える。
反射的に破名の方を見れば、少女の姿はそこに在った。
「ちょっとはなちゃん。可愛い子ちゃん達だけって言ったじゃないぃ」
言いつけを守らなかった破名にルシェードが文句を付ける。
「ルシェード、あなた……」
セレアナの訝しむ目に、ルシェードは埃を払うように服を軽く叩き、電撃で一度硬直した体をゆっくりと伸ばした。その動作は自然で雷のダメージを受けたようには見えない。
セレアナの呟きを拾ってルシェードは、にやっと笑った。
「痛くないわぁ」
「どういう意味?」
「そのままの意味ぃ。無意識に手加減でもしたぁ?」
答える少女は変わらず腹の底を見せない。
少女とセレアナの遣り取りを聞いて、部屋の隅で空間把握に和輝や破名に情報を提供していたアニス達もまた眉根を寄せた。
ルシェードは特に防御の魔法やアイテムを使わないし持っていない。雷をまともに受けて硬直しておきながら、何事もなかったように振る舞う姿は、見ていて不気味である。
「殺す気で来ないと駄目よぉ?」
余程楽しいのだろう。珍しく挑発の言葉を発したルシェードの腕を、破名は掴んだ。
挑発を受けてこの性悪がと殺気立ちに目を細めたセレンフィリティは、ぎろりと破名を睨んだルシェードの様子に、ちらりとセレアナを一瞥する。
「はなちゃん。一度しか言わないわぁ、離してぇ」
初めて聞いたルシェードの声色に、その場にいた全員の動きが止まった。それだけの、異変を感じさせる程の豹変ぶりだった。
レティシアが近寄ってきたゾンビを薙ぎ飛ばす。
「……ルシェ、頼む」
ゾンビが壁に叩きつけられる音と破名の囁きが重なった。懇願の言葉にルシェードは掴まれた腕を大きく振り払う。口を閉じる力も無い破名の手は少女の力でも簡単に振り払いに離された。
「い、や、よ!」
強めに言われて、銀の眼に怯えを走らせた破名は、しかし、退かなかった。再度掴もうとした青年の手をルシェードは叩き落とす。
「しつこいわぁ、はなちゃん。嫌なものは嫌って言ってるじゃないぃ」
「すまない。けど……無理なんだ。無理、なんだ……無いモノを再構築する事は出来ない」
瞬間、ルシェードの形相が変わった。
「はなちゃんの意地悪ぅ!」
絶叫に、契約者達は仲違いかと目を見張る。中でも和輝は風向きの悪さを感じた。ルシェードが今までに無いほどに怒り心頭だ。青年の発言が少女の逆鱗に触れたらしい。絶叫を受けた破名が、今までの流れの中で何に反応して、ルシェードに何を求めているのか見当がつかず、仮面の下で唇を歪める。
「なんでそんな事言うのぉ! なんで、『今』また言うのぉ!!」
襲う死者達から移動手段を奪いながら契約者達は、隙あらば接近したいのだが破名が居る為迂闊に近づけず、ただ二人の遣り取りに耳を傾けていた。
「すまない」
「謝って済むとでもぉ?」
聞くと無言で返されてルシェードは苛立ちを顕にする。
「前のはなちゃんならぁ、そんな言い方絶対しなかったのにぃ! ねぇ、さっき聞いた情報って本当なのぉ? ねぇ、あたしの研究も『絶対成功しない』って言うわけぇ?」
契約者達の侵入する直前、しようとして止めた詰問をルシェードは持ちだした。『ダンタリオンの書』から提供された情報は彼女にとって確認せずにはいられない重要事項だった。
責められて破名は、顔を持ち上げてるのさえきついと机に伏した。
すまない。と謝る声は小さくぐぐもり果たして誰がその続きを聞けただろう。
「……すまない。無から有は造れない。それは……絶対だ。頼む。ルシェード。理解してくれ。
……系図は存在を分解再構築して一段上の存在として創るのが原理の技術。
存在の情報に含まれていないモノは認識されない。
……新たな情報を組み入れると破綻するんだ。頼む、俺を必要とするなら、捨ててくれ。俺はお前を選んでも一向に構わない。 ――頼む」
ルシェードを見上げて懇願した。
破名は少女を裏切る事はできても、失くすことが事ができない。道具として使用される至福を忘れられず、その欲望を少女の手で暴かれて以降、破名は選択することすら諦めていた。ルシェードがひとつでも頷けばその手を取るだろう自分を知ってしまった。
「だぁめぇ。あたしぃ、怒ってるのぉ。それにぃ、道具が人を選ぶなんて言語道断だわぁ」
しかし、意見が合わないことも知っていた。
破名が居ても少女の研究は『成功しない』のだ。だが、ルシェードはそれを受け入れる気は全く無い。
断言されて、続けようとした破名の言葉は行き場を失う。
「運んでぇ」
セレンフィリティとネーブルの視線を受けて、ルシェードは支配下に置いている破名に言う。
「気が変わったわぁ。は、こ、ん、でッ!」
帰る家は此処だけ。逃げこむ家も此処だけ。そう笑っていたルシェードが下した命令に、和輝は逃げる決心がついたかと安堵する。契約者相手の時間稼ぎは負担が大きい。
「……範囲は?」
逃げるなら破名の転移が使われるだろうことは想像に難くなく、青年の弱々しい質問はまあまあ妥当な内容で、
「おうちごと!」
返ってきた答えが乱暴であったからこそ、誰もが息を飲むように驚いた。
「……目的地は?」
破名自身も驚いたのか先程よりも問いかけの声が小さい。
「誰も追いかけてこれない場所ッ!!」
「………………わかった」
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