百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

リアクション公開中!

【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

リアクション

第9章 全解除へ


「かぱー(お疲れでしょう)かっぱぱー(軽食をどうぞ)」
 仮本部では、『カッパで執事』の画太郎が、忙しく立ち回る捜査官や協力する契約者などのために立ち働いている。【晩餐の準備】で、一息ついてもらうために軽食を用意していた。
 ネーブルも同じように空間スキャナーを見ながら、しかし周囲が慌ただしくなってきたことに心ざわめくものを覚えていた。どうやら、結界を解除したその瞬間に、『丘』に陣取るコクビャクに対して一気に攻勢をかけるというつもりで、その準備のために捜査官が動いているのだ。島の守護天使の自警団の幹部も、打ち合わせのために本部に出入りしている。
 事態が一気に動く、その時が近付いているという空気が、ひしひしと伝わってくるのをネーブルは感じていた。
(上手くいけば…いいけど……)
 事態が動くことで、警察側が一気に有利になればいい。
 けれど、向こうに何か算段があって、それが裏目に出るようなことがあったりしたら、今、交渉のために相手の本拠地にいる人たちは……
(みんなが……無事帰りますように……)
 懸念を抑えて、ネーブルは祈った。



「特定できた。この位置だ」
 ダリルから、その「機晶動力源」の位置が示された空間地図が、動力源捜索に関係する人員の通信機器に送信された。
「マーカーを付けた個所は、エネルギーが信号化して流れている地点だ。これらだけは、流れに実体がないから、必ずしも通路がここに沿っていると限らない。注意してほしい。
 ……そして、動力源回収の手筈が揃った時点で、『丘』の戦線にも合図を出す。
 相手に悟らせる暇を与えないために――すべてが同時に、動く」



 そして、通信を通じて指示を出すと、自分は端末を持って天幕を出た。
 そこから、冬竹が開いた擬似ナラカ空間通路の臨時出入り口はすぐだった。そこは、エネルギー地脈が地表に近い場所でもある。
 ダリルは地中に端末を突き入れた。







「俺は、様々な事件に遭って、コクビャクのやり方を見てきた」
 静まり返った小屋の中に、キオネの言葉が響き渡る。
「目的のために多くの命を危険に晒して何とも思わない契約詐欺から始まって……君らの手段は常に非情だった。
 どうしてもエズネルの魂の欠片だけが必要だというなら、君らはとっくに卯雪さんを手にかけ、魂を捌いて欠片を摘出していただろう。
 そんなことを今更ためらうコクビャクだとは思えない」
 キオネは落ち着いた様子で立ち上がり、卯雪の喉元に短刀を突きつけたままのタァを、臆することなく睨みつけた。

「なのに、今になってわざわざ、卯雪さんの命を盾に、俺に何とかしろと要求しているいうことは……
 『欠片を取り出す』ことが自力で出来ない事態が起こってるってことじゃないのか?」

「最初、君にもともと魂を扱う技量がないのかと思った。
 でも、たとえそうだとしても、わざわざ俺に頼む理由にはならない。
 君らの仲間には魔族が多くいる。スカシェンは拘束されたが、魂を弄繰り回すような事ができる奴もひとりくらいはいるだろう。
 少なくとも、リスクを冒して俺に接触する必然性はないはずだ」

「それがエズネルだから、俺に依頼しなければならない理由。それがあるんだろう!?」


 しばらくの間、小屋の中はただ静寂に満たされた。


『さすがだな、まがいたんてい』
 やがて、タァは短刀を持った手を下ろした。
『かくしごとはできないな。いいだろう、つつみかくさずはなそう。
 じつは、エズネルのかけらいま、ひどくふあんていなじょうたいにある
「不安定……?」
『なぞめいたふるえをおこしてさだまらず、いまむりにとりだせば、こなごなにちってきえかねない。
 げんいんはわからないが、ふあんやきょうふでどうようしているのではないかというのが、コクビャクにいるまがいぎしのたいはんのいけんだ。
 むかしなじみのともであるそなたのてでなら、そのふあんをなだめ、あんぜんにとりだせるだろうとふんで、たのんでいるのだ』





「こっちだ!」
 虚空の通路に声が響く。ダリルから送られた最新の空間地図を確認していたルカルカが見ると、ジェットドラゴンに乗った宵一が、通路の別の分岐から現れた。
 冬竹と一緒に通路を行くルカルカは、冬竹の奈落人の嗅覚によって空間が「脆くなっている」部分を避けながらここまで来ている。ので、そのような危険個所には当たっていなかった。だが、主としてリイムの地脈捜査による地図画像を頼りに動いていた宵一の方は、それなりに危険になっている部分に遭っていた。
「向こうは消滅しかかっている!」
 今来た方を指差しながら宵一が言う。そっちに向かおうとしていたルカルカは慌てて軌道修正するため再びHCの地図を覗いた。
「あらら、目的地まではこっちが早道だと思ったのにー」
「仕方ない。回り道をするしかない。
 そなたらはナラカの空気に耐える装備をしてはいるが、この空間は奈落人でない者の侵入に耐えるような備えはしていない
 なるほど、それで負荷がかかって消滅が早まっているのかもしれんな」
「そういうことは早く言ってよ!」
 結局、宵一に示された方に向かうことになる。
『動力源を見つけてからの作業は秒刻みになる。急げ』
「急かさないでよダリルー、精一杯急いでるんだから!!」
 HCの通信に返事しながら、ルカルカは駆け出した。






「あの……それで取り出せたとして、その後どうするの?」
 おずおずと、アデリーヌが口を開いた。
 本来なら自分の意見でもキオネに発言してもらう方がいいという気がするが、そんな空気ではない。思い切って自分から言ってみた。
「魂の欠片が、あなたにも扱えないほど不安定になっているのを、無理矢理取り出して……
 でも無事に取り出したところで、あなたのもとに置いておくのなら、不安や動揺は続くから、不安定な状態はいつまでも止まないんじゃないかしら」

 ――テレパシーで会話した結果、さゆみはアデリーヌに、『「人質を取っていることで逆にコクビャク側の不利益になっている」と思わせる示唆を行い、その優位性を執行せしめる様に』してはどうか、という提案をしてきた。
 向こうが卯雪を放出したくなるように仕向けられないか。
 今までの話を聞いていて、卯雪をタァが進んで手放す気になる……かどうかは分からないが、少なくとも「卯雪が無条件でコクビャクの役に立つわけではない」という観点に繋がりそうな糸口は見つけた、とアデリーヌは思った。

「例えキオネが傍にいて宥めて、不安を和らげたとしても、それは一時的なこと。
 むしろ、キオネは傍にいるのにいつまでもあなたの指示に従ってばかりで自分を安心させる状況に導いてくれない……としたら。
 いずれはキオネの抑止力も効かなくなるような気がするわ」

(……、このあとは、どう話をしていけばいいかしら……)
 取り敢えずここまで意見を述べてはみたが、どう展開するか、やや読めない。アデリーヌは再び口を閉じる。
『ここはひとまず、タァの出方を待ってみて』
 さゆみから、励ましの気持ちも籠ったアドバイスがテレパシーで届く。アデリーヌはこっそり頷き、キオネと、アデリーヌの言葉を脳内で噛みしめているような風情のタァ(外見は卯雪だが)を観察する方に戻った。
 キオネに虚勢を見抜かれ、なおかつ今後の見通しの不安を誘うような言葉を聞かされて、タァは少なからず心が揺れているはずだ。
 ……ただ、完全に頽れるほどの揺れ方かどうかは、まだ分からない。






「到着したわ、ダリル」


 安全な通路を選び、各所から送られた情報を集約して本部で纏められた最新の空間地図と首っ引きで道を探しつつ、ルカルカと冬竹、宵一はついにその場所に辿りついた。
「これが……動力源?」
 それは、せいぜい……紙のサイズならA4あたり、といった感じの大きさの、黒い石版だった。
 それが、虚空に浮かんで見える。
 ――しかし、周囲に凄まじいエネルギーが渦を巻いている気配があった。

 ダリルの説明が始まった。

『今から、地脈のエネルギーを樹に流している弁を外し…もしくは破壊し、「丘」周辺に流れていたエネルギーを遮断して元々の流れに戻す。
 同時に、「丘」に駐留する警察機動隊や島の自警団にそれを知らせる。
 この時点で、現場判断で「丘」の結界が消えていたら、即座に突入してもらう。そうすればコクビャクは、こっちのしていることに気付く余裕が持てないだろう。
 結界が完全消滅しない限り警察の人間には重力負荷がかかるが、結界が正常化すれば魔族が構成員のコクビャクにはそれ以上の負荷がかかるからな。
 五分か、僅かにこちらが有利だ。

 さらに同時に俺が【機晶脳化】で出力を下げる。
 安全のためには1分はかけてゆっくりやりたいところだが、何しろ急を要する。10秒でやる。
 そうして十分出力が下がったら、動力源を周辺組織と離断し、摘出だ』

「周辺組織、に当たるものは見当たらないんだけど。石版のようなものが浮かんでいるだけで」
『不可視処理をしているのか、もしくは非物質で構成された組織があるのかもしれん。
 そこからのエネルギーを幾つもの張り巡らせた回路に送り込んでいるわけだから、ただ石版ひとつで何とかなっているとは思えんな』
「リイム、どう思う?」
 話を聞いていた宵一が、HCを通じてリイムに振る。マイスターのクラスにあるリイムの見解を聞こうと思ったのだ。
『んとね、流れてるエネルギーは、純粋に機晶エネルギーだけではないと思いまふ。
 使われている動力は機晶エネルギーでも、結界が呪詛によって作られているなら、要所で呪術による操作も反映されているような気がしまふ』
 相変わらず強風の中にいるらしく、ごうごういう音の間に、リイムの声が聞こえてくる。
「呪力による制動装置、か。なるほど、不思議なことを考えたものよのう」
 冬竹はそれで納得したらしく、面白い見物でも見るかのような目で、空中に浮かんだ石版を見ている。
「ダリル、どうする?」
『呪力か。それで石版を固定しているなら、ある程度は具現化しているはずでもあるから、【覚醒光条兵器】なら充分だろう。石版を切り取るようにやってみてくれ』
 分かった、と、ルカルカは頷いた。


「よしっ!」
 ダリルの合図を聞くや、待機していたエヴァルトは即座に動いた。

 【ドラゴンアーツ】による豪放な一撃。それが、結晶化したエネルギー体の“弁”を打ち砕いた。