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ぬいぐるみだよ、全員集合!

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■ そして 【その2】 ■




「まさか実践することになるとは思いませんでしたね」
 言って笑うのは舞花だ。動けないほど疲れていた体は人の姿に元に戻ると少しだけ座ったら簡単に回復していた。
 末端を操作し終えて、荷物からメモ帳を出すと連絡先を書き、シェリーに渡す。
「これが空京警察の番号です」
「やりとりは舞花がやったみたいな感じでいいのね?」
「はい。分かる範囲で出来るだけ要点を絞って、氏名と連絡先も忘れずに、ですね。コツは慌てないことです」
 連絡先を受け取り、「ほー」と声を漏らすシェリーに、お店の代金を支払い終わった陽一が気になったのかやってきた。
「他にも知っておくと便利だったり、万が一にも対応してくれる機関があるからそっちのも控えたほうがいいじゃないか?」
「そうですね」
 シェリエが居るからという安心か、単純にそんなところまで気が回っていなかったのか、関係各所への連絡先を控えておくという事前準備が抜けている。
 事件が発生し、犯人を逮捕することができた今回は本当に良い経験だと事を前向きに捉え、まだ少しぼうっとしているシェリーに舞花と陽一は、これは覚えておいたほうが良いとアドバイスする。
 次男を完膚なきまでに打ちのめしたルカルカは元の姿に戻った勢いそのままに、行進の戦闘まで走って追い抜いて先に居るだろう人物を蹴り飛ばそうと駆けつけたが、既にぐるぐる巻きの刑に処されていた。
 どうにも三人同じタイミングで対処されたようである。
 なので、
「ちょっとオイタが過ぎたようね!」
ルカルカは有り余っていた。
 空京警察に引き渡すまでの間は、
 オシオキタイムだゾ☆
 と茶目っ気たっぷりに宣言されて、誰よりも次男が震えだす。
「マスター、無事に戻ったみたいでよかったですね」
「ああ。皆無事で犯人は捕まえた。事件解決だな」
 言うフレンディスにベルクは頷く。
「それにしてもスキルで移動し続けるってのも疲れるね」
 腹ばいで動くしか無かったジブリールは途中から移動をスキルに頼っていた。
「そうだな」
 同じく猛スピードで駆けるワンコに吹き飛ばされないようにスキルの補佐を受けてその背にしがみつき体勢を保っていたベルクも、ジブリール同様人の姿に戻っても残る僅かな気怠さにそっと息を吐き出す。
 と、ジブリールがフレンディスに向き直る。
「フレンディスさん、オレちょっとシェリーに声かけてくる。まだなんかぼーっとしているみたいだし、こういうの初めてなのかな」
「そうですね。ずっときょとんとしてらっしゃるようですし」
 知らない仲でもないからと挨拶しにジブリールは歩き出した。
「おい?」
「うるさい」
 某の声に、フェイの返答は素早くて、素っ気なかった。
 気持ちはわからなくもないがと某は思うが、フェイに介抱されているシェリエは、もう大丈夫よと優しく微笑む。
「フェイにはいつも助けて貰っているわね」
「……そんな事ないよ」
 ナンパに声を掛けられてから記憶が無いシェリエは、フェイが心配そうに覗きこんでいることで助けられたことを知った。巻き込まれた人々がぬいぐるみにされたことを後で知らされて、大変だったわねと労う。
「あと、某も、ありがとう」
「おう。シェリエに何かあるとフェイが……」
 感謝の言葉に答えようとして、某は言葉を変えた。
「まぁ、なんだ。何とも無くてよかったよ」
 某にシェリエはありがとうと言葉を重ねる。
「クロフォード!」
 行方知れずと聞いていた破名を和輝が連れて戻ってきたことにシェリーは、陽一と舞花に再度礼を重ねてその場から離れた。
「アニス、和輝こっちよ」
 途中ベンチに座っていたアニスを呼び、二人で出迎える。
「って、クロフォード、その頬、どうしたの?」
 左頬を真っ赤にさせた破名に首を傾げるシェリー。和輝はちらっと破名を瞳だけでちら見する。
 結局最後まで連絡が取れず足で探すしか無かった悪魔を発見した瞬間、和輝は破名が自身を連れ去った女の子の母親から音も大きく頬を張られたのを目撃した。ぼんやりとしているせいか破名は状況に流される時がある。人の姿に戻った時にどんな行動をして母親を怒らせたのか。事故な上に誤解されたのだろうな、と結論づけて、破名の名誉の為に女性に「変態!」と叫ばれながらビンタされたことは黙っていようと和輝は思う。
「アニス、少し休もうか」
「うん♪」
 案内を任された。事態が落ち着くまでまだ時間がある。
「お願い……教えて貰えない……かなぁ?」
 軽く手を上げてシェリーを制した破名はポッキーに詰め寄るネーブルの肩を叩いた。
「ん?」
「久しいな。ネーブル。魔法に興味があるのか?」
「うん♪」
 無邪気なネーブルの笑顔に破名が難しい顔をしているのに画太郎は気づいた。
 片膝を地面について破名はポッキーの右手を掴む。
「俺はあまり勧めないな。これは……俺の知り合いが研究用の資金集めと単純な死体集めに売り歩いた呪い魔法だから、結果的に人を殺す。今回は残念だが諦めておけ」
 そんなに楽しいものではないとネーブルに言うと、ポッキーの手を検分していた破名は親指の付け根あたりに丸い小さな円陣を発見した。
「あれは法外な金額をふっかけるんだが……見たところ金があるようにも見えない。金の代わりに代価と見るか。
 まだ支払い中か?」
 聞かれてポッキーは、首を横に振る。
「いや、まだ支払ってもねぇよ。なんだお前あの魔女の知り合いか?」
「そんなところだ。そうか、一人も殺してないのか。運が良かったな」
「へ?」
「代価を支払う必要は無いと言ったんだ。
 ……誰か刃物は持っていないか。カッターでも剣でもいい」
 契約者からナイフを借りた破名はポッキーの手に刃を滑らせ、浮かぶ円陣の一部を切り離した。すぅっと円陣が消える。
 呪い魔法を行使する媒体は緻密で繊細。完成度が高いせいで少しでも傷が入ると法則が崩れて存在意義を失う。
「あ、てめぇ! それ、高いんだぞ!!」
 円陣が消えると魔法が使えないのを知っているポッキーが叫ぶが、破名は取り合わなかった。
「ローン未払いで何を言うか。そのローンも支払う必要も無くなったからな。むしろ喜べ。
 それにこれが俺の仕事だから文句を言われても困る」
 続けて、ドッドの右手の円陣を消して、ルメの笛を叩き折った。
 迷惑な呪い魔法を3つほど世界から抹消できた破名は、シェリエの様子を伺いに三人に背を向ける。
「なんか、大変そうね」
 布目や縫い目に入り込んで上手く叩き落とせず残った香辛料に、元に戻ってから苦しんでいるのはかつみだった。濡れたハンカチをかつみに渡すはシェリーに困ったような顔で頷いた。
「一度きちんと洗わないと駄目かもね。髪の毛や服の中まで入り込んでいるみたいだから」
「そうなの? ごめんなさい。そしてありがとう。いつもかつみ達には助けられているわね」
 所謂悲惨な状態になっているかつみにシェリーは頭を下げてから、ふと、ナオに気づいた。
「ナオ?」
 呼ばれて、シェリーに近づくナオはこんな場だけど報告したいからと、前置きして続けた。
「シェリーさん、俺、薔薇の学舎に通うことになったんですよ」
 少女は大きく目を見開き、
「それは素敵な話ね!」
と、自分より早く学校に通うらしいナオにシェリーは自分のことのように喜び、それでどんな感じなのかしらと詳細を強請った。
「もうちょっと時間かかりそう?」
 美羽に聞かれて誘拐犯達の引き渡し準備を終えた破名はシェリエとふたり振り返る。
「すまない。大丈夫だったか」
「はい、おかげさまで。それと、大変でしたね」
 ベアトリーチェに、破名はシェリー達を助けてありがとうと言葉を重ねる。
 美羽は両手を空に向かって振り上げた。
「あれだね。パーッとできるところ行こう」
「そうですね」
 美羽の提案にベアトリーチェが同意に頷き、きょとんとしている破名ににこりと笑う。
「観光に来ているんですよね。遊ばないと勿体無いです」
「トラブルなんて忘れるくらい遊んじゃおうよ!」
 色々知っているんだからと美羽は自分の胸を叩いた。



 ハウリング三兄弟が空京警察に引き渡すのを確認してから契約者達はそれぞれ解散に散らばっていく。
 再度礼を尽くした手引書キリハ・リセンは、契約者を見送る破名に首を傾げた。
「探しに出かけますか?」
「……」
 聞かれて無言になった破名に、魔導書は真顔を保つ。
「貴方が私に、シェリー達は? なんて『系図』の行方を聞くわけがないじゃないですか。大方待機か何かの命令でも承諾したのでしょう?」
 シェリーを含め院の子供達はその体に系図と呼ばれる古代文字を宿している。そして、その所在を破名は全て把握しており、見失うことは無いのだ。
 追いかけるかと聞いて、動けないと破名は答えた。和輝が連絡が取れなくて苦労したというのも含め、キリハは自分の推測に確信を持つ。
「後は任せる」
「お気をつけて」
 キリハが居るなら大丈夫かと判断して、破名は別行動に雑踏の中へと消えていった。
 命令を受けるか受けないかの選択権があるにも関わらず、命令を受理してしまうのは破名の性格故だ。こう振り幅が大きいと一人で行動させるわけにも行かないのだろうが、それを止める権限をキリハは持ち合わせていない。シェリエに一言断っているのがせめてもの救いか。
「ディオニウス、あとでお話したいことがあります」
「今では駄目かしら?」
 キリハに呼ばれてシェリエはどうしたのと目を瞬いた。
「できれば二人っきりで」
「キリハ、ワタシはあなたは何も話さないと思っていたんだけど」
「クロフォードとは守るべき規則と命令系統が違うと以前に一度。それに、私は取扱説明書ですよ。状況に対応しての情報提供は惜しみません」
 大所帯ねと一緒に観光をしてくれる契約者達にはしゃぐシェリーを眺め、キリハはシェリエにゆるりと首を傾げ、ではまず落ち着ける所に案内してもらいましょうと提案した。
「んー、終わってしまうと寂しいものですねぇ」
 レティシアは自分の両掌をじっと眺め、落ち着きを取り戻し日常に帰っていく周囲に軽く両目を閉じる。
 開けて、そういえばと思いだした。
「ぴよの着ぐるみどっかにありましたっけぇ?」
 続きは家に帰ってからでも遅くないだろうか?
 考えて、レティシアは、ふふ、と小さく笑う。