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春もうららの閑話休題

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第18章


 視点を変えてもう一度。


 変熊 仮面のパートナー、巨熊 イオマンテ(きょぐま・いおまんて)は目覚めた。


「よく寝たクマーッ!!!」


 爽やかな目覚めと共に、イオマンテの声が山間部にこだまする。
 なにしろ、体長18mの巨体を持つイオマンテが立ち上がって精一杯伸びをしたものだから、それは旅館に影のひとつもかかろうというものだ。

「ぐもももーっっ!!!」

 ちょっと寝過ごした冬眠明けの涼やかな夜。グッドモーニング的な挨拶を放った後、イオマンテは足元の温泉に気付いた。
 ――おお、いつの間にか温泉が湧いとる。こりゃあ入らんといかん。
 すると、次の行動は自ずと決まってくるというものだ。


「寝起きの朝風呂としゃれ込むかいのーっ!!」


 するとその足元で、誰かの声が響いた。

「おお、イオマンテ、貴様も来ていたか!!」
 パートナーの変熊 仮面である。
 イオマンテの足元に近づいた次の瞬間、変熊は鋭く異変に気がついた。

「おお……これは一体!?」
 変熊は驚いた。それもそのはず、いつのまにか自分の巨大な影がイオマンテの隣に映し出されているではないか。

「こ、これは……ブロッケン現象!?」

 ブロッケン現象とは、太陽などの光が背後から差し込み、影の側にある霧や雲によって光が拡散され、まるで光の輪をまとった影のようなものが見える現象の総称である。この場合は、カメリアの旅館をライトアップしていたライトの前に立った変熊が、ちょうど濃くなってきた白い湯煙にその影が投影されて発生した現象であった。

「はーっはっは!! 俺様、まるで神様みた〜い!!」
 わかりやすく図に乗った変熊は、イオマンテの隣に立ってその巨大っぷりを堪能した。
 これだけ巨大ならば、温泉に入っている誰の目にも映ろうというものである。

「風呂の前には準備運動ーーっ!!!」
 この一人と一体が揃った今、やることはひとつであった。
「そ〜れ、俺様も準備運動〜!!!」

「ほ〜れほ〜れ、良く見んか〜い!!」
 イオマンテが腰を振るたびに、決して腰にくくりつけたバナナではない何かが、ブルンブルンと豪快な音を立てて男らしく震えた。
 さらにベチンベチン!! と音だけ聞けば気持ちのいい音が山間に響き渡る。

「腰を大きく振って股間の運動〜!! 右! 左!! 右左右左!!!」
 そして変熊が腰を振るたびに、決して腰にくくりつけた可哀想なバナナではない何かが、ぷるんぷるんと可愛らしい音を立てて可憐に震えた。
 そしてぺちんぺちん! と小さな音が誰の耳にも響かない程度に鳴った。


「何だか俺様の擬音が悪意に満ちている気がするのは気のせいかっ!!?」


 ――やだなぁ、気のせいですよ変熊さん。
 ただブロッケン現象で大きくなって見えているだけですからね、音の方は響き渡らないだけですよ。


 そんな風景を眺めていたのが、テディ・アルタヴィスタの怪我を治療している皆川 陽とユウ・アルタヴィスタの二人である。
「普段はサイズが違うから気付かなかったが……熊×熊もありかな」
 よく分からないことを言うユウに、陽は突っ込んだ。
「……どっちも同じだよね、それ」
「……リバもアリで」
 さらに専門用語を畳み掛けるユウ。
「いや、あんな大きいの入らないっていうか、もうどうでもいいよ」
 もう何がなにやら。

 それは余談としても、そんなモノの揃い踏みを見せられる方はたまったものではない。
 そろそろ温泉も終わろうという時間に夜風呂を楽しんでいた面子からは、叫び声も聞こえる。
 いや、見えた程度の被害ならまだ可愛い。

 変熊のそれと違って、イオマンテのほうは実物として存在しているのだ。
 そして、イオマンテは先ほどまで山で寝ていたワケだから、身体にうっすらと雪が積もっている。
 当然、問題の偽バナナ部分にも、である
 さらに当然のことに、それは目覚めたイオマンテの体温で溶け、それを振り回したことによって満遍なく周囲に撒き散らされていた。


                    ☆


「アディ……綺麗よ……」

 先ほどの仕切りなおし、とばかりに露天風呂を愉しんでいるのは綾原 さゆみとアデリーヌ・シャントルイユである。
 もう営業時間は終了とばかりに、ウィンターはお弁当を食べに旅館に引っ込んでしまった。
 だが、もはや周囲に人影はなし。

 ならば誰はばかることもなく、空いている温泉を楽しんでしまおう、というわけである。

「あん……ずるい、私ばっかり……私だって……」
「あ、ちょっと……ふふ……アディったら……」

 というわけで、二人はその辺の空いている露天風呂を楽しみつつ、二人だけの時間の続きを愉しんでいる真っ最中であった。
 豊かな愛情を持って絡み合う二つの肢体は美しく、しかし二人の熱気にあてられたかのように噴き出してきた湯気に覆われて、徐々に見えなくなっていく。
 まったく周囲からは見えないことをいいことに、より一層二人は愛情を交し合う。

「ああっ、素敵……うん……」
「もう……ううん……もっと……」


 べちゃ。


 そんな二人の頭部にまるで冷や水をぶっかけるかのように、冷や水がぶっかけられた。

「――何コレ」

 さゆみは呟いた。もはや嫌な予感しかしない。
 空から聞こえるブルンブルンという豪快な音に気づき、ふと見上げるとそこには巨大なイオマンテの姿が。

「きゃーーーっ!!!」

 さらに間の悪いことに二人が入っていた温泉はちょうどイオマンテの真下であった。
 つまり、イチャイチャする二人の上空でイオマンテがただひたすら、一心不乱に腰を振っていたのである。

 シュールな光景であった。

「……まさか……」

 もはや説明の必要もなかろうが、さゆみとアデリーヌにさきほどぶっかけられた冷や水は、イオマンテの偽バナナ的な部位の先端から飛び散った雪解け水である。


「何これ、キタナーイ!!」
「い、いい加減にしてくださいーっ!!」


 二人はすでに攻撃する気も起きず、急いで温泉から上がっていく。

「もう、何なのよ今日は、台無しじゃない!!!」
 旅館に入ったさゆみはぷりぷりと激昂した。
 まぁ、せっかくのイベントをいくつかキャンセルしてわざわざ空京から来てみれば、憩いの温泉は凍り猫によって破壊されるわ、夜の温泉は巨大バナナ的な何かの雪解け水に邪魔されるわで、ひとつもいいところがないのだから、怒りたくなる気持ちは充分に判る。

「けど……ふふ……」
 けれど、アデリーヌは少しだけ笑いをこぼした。
「もう……何がおかしいのよ……」
 さゆみにしては笑うどころではない。踏んだり蹴ったりで、むしろ泣きたいくらいだ。
「ごめんなさい……けど、こんなこともあなたと一緒なら……楽しいかなって」
「……もう……」

 せっかく二人きりで、特別な気分に浸りに来たのだ、さゆみは気を取り直した。
 そこに、アデリーヌが優しく囁いた。

「あ、ほら。小さいけど旅館の裏に小さな温泉を作ってあるみたいよ。
 身体だけ洗って、続きはお部屋で……ね?」
「……うん」
 小さく頷くさゆみ。


 ここまでされても気を取り直してイチャチャしようというのだから、見上げた根性であった。


                    ☆


 ところで、イオマンテと変熊のお騒がせコンビがどうなったかというと。


「おおー、なんじゃこりゃーっ!?」
 物部 九十九は水着を着て女湯の温泉に入っていた。
 しかし、そこで瘴気の効果が現れてしまったのである。その効果は巨大化であった。

 結果として、全長18mくらいの巨大水着少女が誕生したのである。

 事態は混乱の一途を辿っていた。
 月夜に浮かぶ謎の熊シルエットと謎の男のシルエットと謎の大小バナナのシルエット。
 そこに巨大水着少女まで現れたのだからもうたまらない。

 ライカ・フィーニスが見たらさぞ喜んだだろうが、彼女はすでにレイコール・グランツによって強制寝かしつけの最中である。

「ぐももももーっ!!!」

 イオマンテは叫んだ。別にその少女に何か敵意があったわけではない。
 しかし、冷静かつ客観的に状況を検分すると、自分の立ち位置としてはどう考えても『怪獣側』である。

 そして向こうはもともと、戦うヒロイン風衣装を身にまとって戦う鳴神 裁に憑依している九十九である。
 その九十九が今は水着姿で巨大化までしている。


 どう考えても怪獣役はこちらだろうと、本能が告げていた。


「シェアッ!!」
 九十九も、何故かナラカの闘技を応用したレスリングスタイルでイオマンテに組みかかった。

「グオアァッ!!!」
 引き倒され、マウントポジションを取られたイオマンテ、九十九のチョップが二度、三度と顔面を襲った。
「ふがぁっ!!!」
 何とかそれを引き離したイオマンテ、反撃とばかりに股間の雪解け水を噴射する。

「シェアッ!!」
 しかし、ゴッドスピードを身につけた九十九にその攻撃は当たらない。軽々と攻撃をかわされ、焦るイオマンテに勝機はなかった。

「……ジェアッ!!!」
 気合を込めた九十九の右手が光る――エナジーコンセントレーションだった。

「……グオアアアァァァアアァァァッ!!!」
 ジャンプした九十九から振り下ろされる、必殺のチョップが炸裂した。
 豪快な叫び声と共に、ゆるやかに倒れるイオマンテ。

「え、ちょっと危ないってわああぁぁぁ……」

 もちろん、その際に変熊 仮面を巻き込むことを忘れてはいない。


 ぷちっ。


 何か、この世界の中でとても小さな存在が潰れる音がしたが、それに気付く者は誰一人としていなかった。

 ついにイオマンテは倒れた。ズシンという轟音と共に、続いて何故か爆発が起こった。

「……シェアッ!」
 その様子を見守った九十九は、やがて瘴気の効果が切れて、元のサイズに戻っていく。
 すっかり元のサイズに戻った九十九は、その一部始終を見ていたリンダ・リンダに訊ねるのだった。


「……何、今の?」
「……さあ?」