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春もうららの閑話休題

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第4章


 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)はカメリアの招待を受け、空京からわざわざやって来ていた。

「……だからってイベント参加の予定を変更してまで、来なくても良かったのに……」
 と、さゆみと腕を組んだアデリーヌは思い出し笑いをした。
「だって、ここんとこスケジュールがタイトすぎなんだもの」
 確かに、温泉と聞いてからいくつかのイベントをキャンセルして、ツァンダに飛んできたさゆみの行動は早かった。
 その様子があまりに早く、すごい勢いだったものだから、アデリーヌはなんだか可笑しくなってしまったのだ。

「何よアディったら、私と一緒に温泉に来るのがそんなに不満だったワケ?」

 ふくれるさゆみに対し、アデリーヌは微笑で返答した。
「あら、ごめんなさい。わたくしだって、一緒に旅行できて嬉しくない筈がありませんわ」
 拗ねてしまったさゆみは、アデリーヌを横目で軽く睨みつける。
 よほど日頃の仕事と学業の両立で疲れていたのだろうか、と考えたアデリーヌは、さゆみの耳元でそっとささやいた。
「それじゃあ今夜は……たくさん遊んで、温泉でゆっくりして行きましょうね……もちろん二人きり、で」
 そのささやきに、笑顔で頷くさゆみ。
「うん……降る筈のない雪に、ある筈のない温泉……ない筈の時間で二人っきり……とても……」
 アデリーヌの腕をきゅっと引き寄せて、さゆみは窓の外の雪景色を眺めた。

「特別な気分……だわ」


                    ☆


「……ここは来るたびに何かしら起こってるな」
 匿名 某(とくな・なにがし)は雪が積もったカメリアの神社を眺めて、呆れを通り越して感心したように呟いた。
「ふふ、そうですねぇ。でも、私は嬉しいですよ?」
 パートナーの結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は某の手を取って同じく神社を見上げている。
「雪が? それとも温泉が?」
 次々にかまくらを作っていくウィンターを眺めつつ、某は訊ねる。今は、ウィンターが二人のために家族用のかまくらを作ってくれているところなのだ。

「ところで、かまくらはどういう風に作るでスノー?」
 作りながら、ウィンターは首だけ某を振り返った。
「どういう風……っていうと?」
「基本的には天井に透明な氷を作って空が見えるようにしてあるでスノー。あとはかわいい形にしたり、外から覗けるような仕掛けを作ったり……」
「……まぁ、天井の窓はつけてくれると嬉しい……どうせなら露天風呂っぽくして欲しいかな。外見にこだわる必要はないよ、自分達が使えればいいだけだから……つか外から覗けるようにってどういう需要だよ?」
「世の中、どんな人がいるかわからないものでスノー……」
 神妙な顔をして首を振るウィンター。ほどなくして某たち専用のかまくら温泉が完成した。
「ありがとう、ウィンターちゃん」
「お安い御用でスノー……特別な時間をゆっくりと堪能するといいでスノー」
 綾耶のお礼に対してぺこりと頭を下げ、ウィンターは去っていった。

「んじゃ、ありがたく使わせてもらうとするかな」
 某はさっそくかまくらの入口をくぐって中に入ろうとした。

 きゅっ。

「?」
 見ると、某の手を握ったままの綾耶が、某をじっと見つめている。
「……特別な時間、ですね」
「……そうだな」
「某さんと、一緒にいることですよ」
「?」
「私がここに来られて嬉しいのは、雪景色でも温泉でもなくて……某さんと一緒にいられること……それが嬉しいんです」

 その手をきゅっと握り返して。


「ああ……俺もだよ」


 とびきりの笑顔で返した。


                    ☆


 その近くでは、ウィンターに頼んでかまくらを作っている秋月 葵(あきづき・あおい)がいる。
「あ、そうそう。そのへんもうちょっと丸くならない?」
「こうでスノー?」
 せっかく作るなら、と葵は可愛い雪ウサギの形をリクエストしていた。
「うん、いい感じっ♪ あとでウィンターちゃんも一緒に入ろうよっ」
「わかったでスノー。おおむね片付いたら遊びに来るでスノー」
 と、そこにスプリング・スプリングが通りがかる。
「お、なかなか可愛くできたでピョンね」
「あ、スプリングちゃん久しぶりっ、元気してた〜?」
 明るく手を振る葵に、笑顔で応えるスプリング。
「元気と言いたいところだけど……まぁ、ちょっと疲れてるでピョン。それこそ温泉にでも入ってのんびりするでピョンよ」
 色々な事件の後遺症を引っ張ってやや疲れ気味なスプリングに対し、葵は気遣いを見せた。
「そうなんだ……ね、スプリングちゃんも後であたし達のかまくらに遊びに来てよ、パートナーたちも紹介したいし」
「……うん、ありがとうでピョン。必ずお邪魔するでピョン」


 その様子と雪ウサギのかまくらを眺めて、南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)はウィンターの分身を捕まえた。

「おいウィンター……かまくらはどのくらいのサイズまで出来る……?」
「んー……雪の在庫は早めに消費したいでスノー……ちょっと時間をかけても良ければ、けっこう大きくてもいいでスノー……?」
「ほう……なら、こういうのはどうだ……?」
 ヒラニィは足元の雪に簡単な図面を引きながら、ウィンターにこそこそと相談した。
「ほほぅ……これは面白そうでスノー……他の分身も集めて手伝わせるでスノー……」
 二人はくすくすと笑いながら、秘密裏に作戦を進めるのだった。間違いなく、ろくでもない類の。

 これはこれで、微笑ましいと言えなくもない。


                    ☆


「こら、走らないの!!」
 カメリアの旅館に到着した蓮見 朱里(はすみ・しゅり)アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は、さっそく走り出した子供達をたしなめ、荷物を置いている。
「順番に家族風呂に案内するから、ちょっと待っていて欲しいでスノー」
 ウィンター・ウィンターの誘導に従って、朱里とアインは腰を下ろした。ちょっと目を離すとあっという間に飛んでいってしまうであろう、元気な子供達を膝の上に乗せて。
「思ったより人出が多いわね、はぐれないようにしなきゃダメよ?」
 そう言い聞かせる朱里だが、彼らとて幾多の冒険を超えたパートナーだ。
「まぁ、そう心配しなくとも大丈夫だよ」
 と、アインも一応は注意しながら、子供達の様子を見守る。あまり過保護になると子供の自立心が育たない、という考えもあるのだろう。
「そうね。でも、他人様にご迷惑をかけるようなことがあってはならないわ。少しずつユノにも団体行動も教えていかないと」
 ユノは、二人の間に産まれた子供の名である。

 そんなことを話していると、散々な目にあって逃げてきたカメリアが何食わぬ顔で通りがかった。

「おう、お主らも来ておったのか……久しいの」
 軽く挨拶をしたカメリアに、アインと朱里は笑顔を向ける。
「やぁカメリア、せっかくのお招きだったのでね。家族旅行とさせてもらったよ」
「今回は招待してくれてありがとう。でも、こんな温泉や旅館、無料でなんて本当にいいの……?」
 朱里の言葉に、カメリアはひらひらと手を振った。
「ああ、よいよい。温泉を出したのはスプリングじゃし、かまくらはウィンター……儂は場所を提供しただけじゃからな」
 ゆっくりして行け、というカメリアに対し、朱里は頭を下げた。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね……ほらアイン、手を離さないで?」
「ああ……すまない」
 会話しながらも仲睦まじい様子の二人を見て、カメリアは顔をほころばせた。

「お主らは、変わらんな……出会った頃から、ずっと」

 一瞬の間のあと、アインはカメリアの瞳を真っ直ぐ見据えて応えた。
 カメリアの笑顔の中に、何かを感じ取ったのだろう。
「ああ――そうだな。僕たちを取り巻く状況はいつも変化しているけれど……。
 僕が朱里や家族と共に在りたいという意志は決して変わらない。そのためになら僕は何を変えてもいいし、僕自身がどう変わってもいい。
 一番大事なものさえ……僕の傍にいてくれるならば」
 アインと、その愛情と信頼の元に寄り添う朱里。
「そうか……それは素晴らしいことじゃな。
 ほれ、順番のようじゃぞ……ともあれ、今宵はゆっくりと骨休めするがよい……またな」

 二人を見送ったカメリアに、挨拶をしてきた男がいる。
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)だ。
「こんばんは、カメリア」
「おお――陽太ではないか、これまた久しいな。何かと忙しかったようじゃが、元気にしておったか?」
「ええ、おかげさまで最近はちょっと落ち着きまして……妻と共にツァンダに戻ってきたんですよ」
 パートナーのノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は、すでに温泉の様子を見に行っているようだ。
「おお、そうかそうか。ならノーンもウィンターとちょくちょく遊べるの」
「ええ……とても喜んでくれています。それで今日は、ノーンがカメリアの旅館に泊まりたいというので……」
 カメリアは、軽く肩をすくめた。
「それでわざわざ挨拶に? お主もいちいち律儀な男よの、相変わらず」
「いえ、当然のことですよ……それにウィンターにも。いつもノーンのことを、ありがとう」
 通りがかったウィンターにも、陽太は頭を下げた。
「スノー? 私は何もしてないでスノー」
 残念ながらウィンターの言葉は謙遜ではない。そもそもウィンターに謙遜という機能はついていない。今回のことにしても、いつもウィンターは何か特別なことをしているつもりはない。というか、どちらかというとノーンには助けられっぱなしだ。
「いつもノーンと遊んでくれているでしょう? 俺はついつい妻とか家族のこととかを優先させがちだから、ノーンに寂しい思いをさせているんじゃないかって……だから、いつも遊んでくれているウィンターには、とても感謝しているんです」
 それを聞いて、ウィンターは胸を張った。
「よく分からないけど、遊んで礼を言われるなら、こんないいことはないでスノー! これからももっと遊ぶでスノー!!」
「ははは……そうですね。これからも、ノーンと遊んであげてください」
「任せるでスノー! 遊ぶことにかけては誰にも負けないでスノー!!」
 更に胸を張るウィンターは、陽太への挨拶もそこそこにノーンを探しに行ってしまった。

「……いいのか。あの言い方では、半分くらいしか伝わってないと思うがの」
 カメリアはウィンターの背中を眺めながら、陽太に語りかけた。
「いいんですよ、ノーンに寂しい思いをさせているのも事実ですし、本当にただ遊んでくれているだけで、ノーンには大きな助けになっている筈ですから。それに、いつも仲良くしているウィンターなら、ノーンに何かあってもきっと力になってくれると思いますし」
「やれやれ、大した保護者っぷりじゃ。そういう感情はさっさと子供でも作って、そっちに全力で発揮したらどうじゃ」
「……いや、それが……実は」
 カメリアも陽太がかつての恋人、現在の妻を溺愛しているのは知っている。からかうように言うカメリアの視線が、陽太の横顔に止まった。
「お、ついにか?」
「はい……この間、産まれました」
 先日、陽太と妻の間には子供が産まれていた。ノーンの挨拶のついでに、陽太はそのことをカメリアに報告しに来たのだ。
「そうか、それはめでたい! おめでとう、おめでとうな!!」
「い、痛い痛いですよ!」
 つい興奮したカメリアにバンバンと背中を叩かれて、陽太は悲鳴を上げた。
「あ、すまぬすまぬ。……いやあそれにしても、陽太もついに父親か、あの奥手な男がのう……」
 大きく頷くカメリアに、最近の妻と子の様子を語る陽太。その様子があまりにも嬉しそうで、カメリアもまた自然に笑顔を浮かべた。

「カメリアには、機会を見て話したかったんですよ。……以前言われたじゃないですか」
「……?」
「ほら、『儂の時代ならお主ほどの年で子供の3?4人はこさえておったぞ?』って」
「!!」
 カメリアは軽く噴き出した。まさか二人が始めて出会った時のことを持ってこられるとは思わなかったのだ。

「……そ……そんなこと、覚えてなくていいわい……!!」
 カメリアにとっては、今の友人達と出会う前の、少し恥ずかしい記憶だ。
「いやあ、そう言われてもアレは忘れようがないですよ」
「……い、いやその……早めに……忘れて……くれぬ、か?」
「はは……わかりました。でもね、俺はああ言われてそういう未来も意識するようになりましたし……。
 そして実際に父親になって……このツァンダで、親子ともども幸せに暮らして行こうって、そう思ってるんです」

 その横顔は以前の純情青年のままではなかった。幾多の試練を乗り越え、そしてひとつの幸せを護り抜いた、男の顔だった。

「そうか……お主は……変わったのじゃな……」
 ぽつりと呟くカメリア。しかし、陽太は少しだけ頬を赤くして、笑って見せた。


「いえ……俺は何も変わってませんよ……きっとね」