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「……未来体験薬ねぇ」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)は、前に被験者として参加した未来体験薬の新たな使い道という事で参加していた。
「……前に見た未来……近付いているのかな?(……信じたいけど)」
 リネンは前回体験した恋人のフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)との幸せな未来を思い出していた。
「今回は想像を鮮やかにするという事だけど……さて、何年後の自分に書こうかしら」
 リネンは便箋とにらめっこをしながらしばらく考える。
 その結果、
「……10年後にしよう……生きていればきっとシャンバラは平和になってるはずよね」
 割と先の未来にする事に決め、ペンを手に持ち思いついた文章をさらさらと綴っていく。
「……こんな感じでいいかしら。平和になった世界に自分がいればいいけど、必ずしもそうとは限らないし」
 誤字脱字のチェックと併せて内容確認も行った。
 リネンの渾身の手紙は
『この手紙を開けたのが自分ならおめでとう。未来を掴めたようね。
もし自分が死んだり何か不測の事態が起きて開けたのが他の誰かであれば、残念なことだけど、一つ頼まれて欲しい。リネンという人間がいた事を世間に忘れられないように伝えて欲しい』
 みたいな内容であった。

「……手紙完成、と。あとはゆっくりとまた未来体験薬の被験者になろうかしら」
 とりあえず出来上がった手紙に満足したところでリネンは手紙を受け取る予定である未来を想像しつつ優しい匂いを楽しんだ。

■■■

 10年後、平和なシャンバラの午後のどこかの空。

「ここで一度、休憩を取るわよ」
 相棒のペガサスで空を駆るリネンは休憩に良さそうな場所を発見するなり後続の後輩達に言い地上に着地する。
「はーい」
 疲れが滲む返事をし、後輩達も続いて地上に降りた。

 地上。

「疲れたぁ。やっぱり足が地についている方がほっとする」
「もうだめですぅ、リネン先輩元気ですねぇ」
 後輩達は久しぶりの大地に安堵する者ばかり。
 彼女達はリネンが経営するペガサスなどの巨大生物を育成する遊牧場に通いリネンに教えを受けている者達である。
「あれくらいで音を上げては、残りの道程大変よ」
 リネンは相棒のペガサスの体調管理しながら呆れたように言った。
「えーーー、まだ険しいんですか」
「はぁ、さすが昔畏れられた元空賊王ですねぇ」
 後輩達は文句たらたらである。実は後輩の育成の一環としてペガサスに乗り遠征していたのだ。後輩の一人が言うようにリネンは、空賊団を平和的に解散しタシガン空峡の空賊王として『天空騎士』と畏れられたのもすっかり過去となり現在は後輩を鍛える先輩であった。
「はいはい、弱音はいいから各々相棒のペガサスの体調管理を怠らないように。道程はまだ長いんだから……でもここまで来られたのは立派なものよ」
 リネンは容赦無く指導するが、褒めるのも忘れない。
「はーーい」
 後輩達は疲れを何とか押さえ、きびきびとリネンの指導通りペガサスの世話を始めた。

「今日は、ここで野営ね」
 リネンは後輩達がペガサスの世話をしている間に野営の準備を始めた。
「…………(今頃、フリューネ達は何してるかしらね)」
 リネンは留守番をしているフリューネと元気な一人娘の事に思いを馳せていた。実はシャンバラが平和になってからフリューネとは恋人ではなく家族となり、新たな家族も増えたのだ。
 そんな時、
「……ん、フリューネ。何かあったのかしら?」
 フリューネから連絡が入った。何というベストタイミング。
「もしもし、フリューネ? そっちはどう?」
 リネンは嬉しそうに訊ねた。
『元気よ。実はリネン宛の手紙が届いたのだけど、あの子が間違って開けてしまって』
 フリューネはリネンに元気に答えた後、電話をした本来の目的を果たす。
「私宛の手紙? もしかして何か重要な物?」
 リネンはわざわざ電話する程の内容だと捉え、少し焦り気味に食い付いた。
『……重要というか、その……見方によっては重要かもしれないわ』
「見方によってってどういうこと? しかも何か笑ってない?」
 妙に笑いを堪えながら内容を説明するフリューネが気になって仕方が無いリネンだが、全く心当たりが無い様子。
 そのため
『……手紙読むわね』
「お願いするわ」
 フリューネが手紙を読み上げるのをあっさりと認めてしまった。
『この手紙を開けたのが自分なら……』
 フリューネは電話の向こうでなおも笑いを堪えながら手紙を読み上げ始めた。
 途端
「!!! ちょ、ちょっと、それ、フリューネ、ストップ、ストップ」
 10年前にあるイベントに参加して書いた物だと思い出し、リネンは焦り混じりに声高く止めようとするが、互いに電話越しであるためというか、すでにフリューネは読んでいるため全くリネンの声は届かなかった。
 そして
『……一つ頼まれて欲しい。リネンという人間がいた事を世間に忘れられないように伝えて欲しい』
 現在のリネンにトドメを刺す恥ずかしい最後の一文を読み上げた。
「……」
 穴があったら入りたい状態のリネンが何か言葉を発する前に
『さすが、リネン。素敵な手紙だと思うわ。もし自分が死んだり何か不測の事態が起きて開けたのが……』
 フリューネがクスクスと最後の一文をもう一度読み上げた。すっかりネタにしてしまっている。
「もう、やめて、本当に勘弁して……というか、そんな手紙捨てて」
 リネンはダメ元で捨てるように言うが、
『折角、自分に書いたのに書いたリネンが読まずに捨てるのはもったいないと思うわよ……それじゃ、リネン頑張ってね。帰って来るのを待ってるから』
 リネンの予想通り聞き入れては貰えず、フリューネは笑いながら励まし、電話を切った。

 フリューネと話し終えた後。
「……はぁ、当分ネタにされる予感。帰ったら何とかしなきゃ」
 リネンはフリューネの様子から当分ネタにされからかわれると察し、手紙を何とかしなければと決意した。
 その後、後輩の指導を無事に終え、久しぶりに我が家に戻った。

 帰還後。
「ただいま」
 久しぶりの我が家にほっとするリネン。
「お帰り、リネン」
「おかえり、リネンママ」
 フリューネと娘が温かく迎えた。
 再会を終えた所で
「それで、手紙だけど……」
 リネンは今一番問題の手紙の件をあげると
「リネンママ、間違って開けてごめんなさい」
 娘が顔をくしゃりとして深刻そうに頭を下げ謝った。
「いいのよ。ほら、もう頭を上げて」
 リネンは笑顔で言って娘の頭を撫でて頭を上げさせた。
 娘が頭を上げた所で
「はい、リネン」
 フリューネが封の開いた手紙を差し出した。
「あぁ、やっぱり、あの時書いた手紙だわ……本当に何であんな事書いたのかしら」
 受け取ったリネンは封筒や中身を確認して予想通りの物だと知り血迷った文章を書いた事を後悔した。それだけでなくしばらくの間、フリューネにからかわれた。

■■■

 想像から帰還後。
「幸せそうで良かったけど……あんな展開もあるのね。本当にフリューネにからかわれて穴があったら入りたくなるわね」
 リネンは幸せな未来であった事ととんでもない事故を見た事に安堵と恥ずかしさを感じていた。
「もうちょっと無難な文面に書き直さないと」
 リネンは恥ずかしい未来形成の原因と目される文面を急いで揉み潰して無難な文面に書き直した。
 そして、
「よし、完成。これなら大丈夫ね……きちんと届けばいいけど」
 すぐに新たな手紙は完成させたが、自由人暮らしに手紙がきちんと届くか少し不安であった。