First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
第4章 心は渡り合う
天幕が並んだ陣営の片隅で、カーリアはぼんやりと、膝を抱えて地面に座っている。
巨大な刃の破片やその刃を失った柄は、もう彼女の傍にはないが、その眼はどんよりと曇って地に向かっている。
ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)は、気遣わしげに彼女の様子を見ている。
「――なんでこんなに、力が入らないんだろう」
カーリアは、ぽつりと呟いた。
「どこも怪我したわけじゃないのに。
立ち止まっててもしょうがないって分かってるのに、体が動きたくないって言ってるみたい」
風が吹いて、赤い髪が揺れた。
「剣がなくなったら、あたし自身が何のためにここにいるのか、急に見えなくなっちゃった」
「あれはあたしが生まれる前からずっと……あたしと千年瑠璃の間にあった杭だった」
ヨルディアはカーリアの前屈みこんで、その顔を覗き込んだ。
「でも、あなたは生きてここにいる」
「呪いの結晶の剣が壊れてしまったことには、きっと何かしらの意味がある。
それが良い意味なのか、それとも悪い意味なのかはわからない。
このことで千年瑠璃がどうにかなってしまうのか……それもわからない。
それでも、わたくしはあなたの苦しみを支えるわ。一緒に」
ぼんやりと見返すカーリアの目をじっと見つめる。
「……どうして?」
「?」
「どうして、そこまでしてくれるの?」
不思議そうに尋ねるカーリアに、ヨルディアは笑いかける。
「そうせずにはいられないからよ」
「あたしにはもう何もできないかもしれないのに?」
「……何もしなかったとしても、あなたは、あなた。
でも、それをあなたが心苦しいと思うのなら、何ができるか、一緒に考えましょう。じっくりと、答えが出るまで」
誰も気付いてはいないが、丘の上の大樹の根は、少しずつ変化している。
人の目につかない程度ののろのろとした速度で、根元を太くすることで、地中に伸びた根の先がさらに奥へと伸びるよう支えている。
……だからもちろん、それにつれて、根は丘の周辺の土を押しのけ、崩している。
十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は、丘の上に辿りついていた。
ここまでの道のりは、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)とコアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)が援護してくれた。
リイムは【陽動射撃】で『軍神のライフル』を連射して敵の注意を引きながら、その一方で【優れた指揮官】で『ラビドリーハウンド』と『ブルーティッシュハウンド』に攻撃させ、敵を殺さずにその位置取りを調整した。
『反対方向から数人、新しく来たわ! 槍兵だから、間合いに気を付けて』
コアトーからのテレパシー。【ディメンションサイト】でいち早く見つけたらしい。彼女は『蒼氷花冠』で敵の攻撃を防ぎながら、【グラビティコントロール】で遠くの敵の手を止めさせ、飛び道具での攻撃を封じている。
「了解でふっ」
あっという間に【要塞化】で守りを固めると、従者を操って見える範囲の敵を一か所に固め出す。遠距離から狙う弓兵たちをもその視界の延長線上に捕えたところで、
「行きまふっ!」
溜めるに溜めた【滅技・龍気砲】をぶつけた。エネルギー弾の直撃を受けた兵たちは八方に吹っ飛ぶ。その隙を突いて、宵一は丘まで駆け抜けたのだった。
「お兄ちゃん頑張ってね〜!」
「後はお願いしまふっ」
2人の声援を受けて、丘の頂上へ。
(思ったより小さい穴だな。中はどうなっているか分からないし……
ドラゴンを出すのはもう少し進んでからにするか)
宵一が選んだのも、さゆみらが通ったのと同じ、一番大きな穴だった。
入る前にふと、宵一は立ち止まり、連合軍の陣営がある方に視線を投げた。
(カーリア……ヨルディア、上手くやっているんだろうか)
B.Bがそこに来た時、カーリアは、何の話をしていたのか、ヨルディアに頭を撫でられながら大人しく座っていた。
不思議そうに見る視線に気付いて顔を上げたカーリアは、B.Bを見とめると、緩慢な様子でではあるが立ち上がった。
「例の、抗体作りってヤツよね? 今行くわ」
「カーリア」
「……大丈夫か?」
ヨルディアに続いて、B.Bも懸念げに声をかける。大剣を失ったカーリアの様子は、彼も予め聞いていた。
「大丈夫。……今は、頼まれごとでも、やることがある方が気も楽なの」
ヨルディアにそう言った後、カーリアは、ちょっと言いにくそうに口ごもった後、思い切ったように切り出した。
「でも……終わるまで、待っててもらっても……いい?」
ヨルディアは立ち上がった。その顔には笑みが浮かんでいた。
「もちろんよ」
カーリアは、ホッとしたように息を吐いた。そしてB.Bの方を向いて「で、ラボってどこ?」と訊いた。
「こっちだ。俺も行くから、案内するよ」
先に立つB.Bの顔を、カーリアは一瞬見た。そして、肩をすくめて、
「まさかこんな場所で、あんたと再会するとはね」
少しいつもの調子の戻った、小憎げな調子で言って、小さく笑ってみせた。
「……違いないな」
B.Bも否定せず、苦笑した。常に存在に不安定感を抱え、別世界とパラミタを行ったり来たりしていた自分なのだから。
歩いていく魔鎧2人のあとを、少し遅れて歩きながら、ヨルディアはテレパシーを送った。
『カーリア、少し立ち直ったみたいよ。これから抗体製作を手伝うと言っているわ』
『……そうか』
僅かに安堵したような応えがあった。
テレパシーでカーリアの様子を聞き、ひとまずホッとした宵一が穴の中に入るとすぐ、土の壁に亀裂が入っているのが見えた。
細く穴が開いているので、向こう側を覗いてみたが、真っ暗で何もわからない。
(丘の中の地上階部分だろうな。こんな小さな穴じゃ、向こう側に出ることも出来なさそうだ)
力づくで壁を破ってみたところで、結果壁のみならず天井まで崩れて埋まるようなことになったらつまらない。
宵一は考えたが、ここは放っておいて先に進むことにした。
ラボの天幕の中に入ると、歌が聞こえてきた。
抗体製作作業に入ったニケが歌っているのだった。【幸せの歌】だ。
(「皆様の精神と肉体を支えるお手伝いもいたします」)
そう言ってニケは、自分に割り当てられる分以上の仕事をこなそうとしているのだった。
片隅に、魔鎧でもスタッフでもない人物が椅子に座っていた。
「御機嫌よう、カーリア様、B.B様」
中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)である。
常のように纏っている漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)。彼女もまた、現在、抗体製作に参加しているのだった。
やや面喰らって曖昧に頭を下げるB.Bと、目を丸くしているカーリアに、綾瀬はにっこり微笑みかけた。
「今、ドレスも抗体を製作しておりますわ。
ですから私、ここで皆様が安全に作業に集中出来ますよう、万が一の有事に備えて控えておりますの」
――正直なところ、常に万事を傍観する綾瀬には、黒白の灰による被害を食い止めるために積極的に動こうという気持ちはなかった。
被害が出たなら出たで、その状況を見て楽しむ、そのくらいの思いだったのだが。
「皆様は何の心配もせずに抗体作りに専念して下さいな?
……言葉通り、私が『見守って』差し上げますわ」
見守って――つまり『観て、守って』。
そう、綾瀬がここに来た理由はただ一つ。「見たかった」のだ。
カーリア、そしてB.Bも抗体製作の作業に入る。抗原を接種した後、それぞれ鎧の形状に還る。
B.Bの鎧形態は、その前身である魔道書の面影を汲み取るような白色の地。クリーム色をほんの一滴落としてた溶かしたような白だ。そこに、金色で紋様のような意匠にデザインされた古代文字が、連なって細いリボンに見えるように並び、それが全体にぐるりとめぐらされ、金色のリボンをかけた知識の贈り物、とでもいう風情だった。文字の並びは只の飾りかも知れないし、読めば何か意味ある文になっているのかもしれない。けれど、見極めようとしてじっと凝視すれば、並んだ文字の音なき迫力に圧倒され、意識が活字の螺旋の中に吸い込まれてしまいそうな、そんな錯覚も覚えるような鎧だった。
「ずいぶん久しぶりよ、この姿は。……錆びついてたりしたら嫌だな、なんか変にドキドキする」
常に一人で行動してきたカーリアには、鎧状態を取る機会が今まであまりなかった。それでそんなことを呟き、やや戸惑いがちに、幾百年かぶりの鎧形態をとった。
燃え盛り荒れ狂う炎に似た、真紅と深紅のグラデーションが鮮やかな軽鎧。赤系の色は波のようにうねりながら、その下にある深い蒼い地を侵食している。つまり蒼い地が人体に直に接する第1層で、その上により硬い赤色の装甲を乗せているのだ。その2層構造にも拘らず、無骨な厚みはない。青い海に躍りかかる炎を思わせた。そして、光の射し方と見る者の角度によっては、赤い装甲は下の青地を透かし、炎の中心の青い核のようにも、夕陽を沈めた海の水面のようにも見えるのだった。
「これが魔鎧アーティストの意匠……なるほど、一風変わっていますわね」
2つの魔鎧を見ながら、綾瀬は呟いて、観賞を楽しむ目を細めた。
――『炎華氷玲』シリーズの魔鎧の鎧形態を観賞する。そのために、綾瀬はラボに来ていた。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last