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月下の無人茶寮

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月下の無人茶寮
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思い出と、わいわいと(前編)


 店の奥に、ひときわ大きなテーブルが用意され、賑やかな一団がこの席に着こうとしていた。

「これが魔法による飲食施設……
 どうやったら相手の欲しい食べ物がわかるのか、その辺りの魔法学的仕組みを解明したいでござりやがりますね」
 と、やや鼻息荒く、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)はそう言って、店内の様子を見回している。
「ねえ、ウェルナート様!」
 呼ばれたベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は、「あぁ、そうだな」と短く返事すると、隣りでやはり興味ありげにきょろきょろしているフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)に、席に着くように勧める。フレンディスのきょろきょろは、ジーナの学究的興味とはやや違う、純粋な好奇心だった。
「マスター、皆様方、此処は一体如何なる料理が出されるのでしょう?
 私、大変興味深いです!」
 興味を高ぶらせて眼を輝かせているフレンディス。
「なるほど、ジナママが来たがったのはそういうわけか……」
 緒方 太壱(おがた・たいち)は、ようやく合点が言った、というようにひとりごちた。それまで、「自分で作るのが好きなのにどうしてわざわざ……」と不思議に思っていたものである。
 そんなジーナのプッシュで、「記憶から料理が引き出される」というよく分からない魔法の飲食施設なるここに、皆でやって来たのだが、太壱たちのパートナーである緒方 樹(おがた・いつき)は体調不良で来ていない。
(「3人と、誰かを誘っていけ」)
 などという言われ、送り出されたのだった。
 そういうわけで、
「ここに座れよ、ツェツェ」
 誘ったセシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)をエスコートして座らせ、隣りに自分も座る。
 やはり彼女のパートナーアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)は不在である。
「ありがと、タイチ。
 へぇ、こういう店なんだ……フレンディスさん、こっちに座る?」
「あっはいっ。何か変わったとこみたいですねっ」
「ねー、面白そうな所ね」
 女の子2人が楽しそうに、しかし施設の魔法の仕組みにはあまり関心なさそうに喋り合っているのを横目に、ベルクが密かに微笑んでいると、
「何そんなとこで突っ立ってる、邪魔だ」
 レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)の棘のある声が飛んでくる。
 げ……となるベルクだが、これは座らないと因縁をつけられそうだと感じ、慌ててフレンディスの隣に座る。
「へぇ、魔法で何でもねぇ……
 ぶっちゃけオレ様は、喰えるモンなら何でもOKだったりするんだけどな」
 呑気な様子で呟きながら新谷 衛(しんたに・まもる)が、空いていた太壱の隣りにつき、ひとまず目視で様子を探ることを終えたジーナがその反対隣に座り……

 一旦全員が席について、ほんの一瞬、場は静かになった。
 が、次の瞬間にはもう、わやわやと、先程まで以上の騒がしさに盛り上がることになる。


「わぁ、席に座った途端に出てきやがりましたね……!」
 ジーナの言葉通り、席に着いた途端、全員の前に様々な皿が出てきたのである。
「す、すごいな」
 ベルクがジーナの前のそれを見て吃驚して絶句する。
「これは、覚えてやがります! 樹様と初めて食べた『ジャンボクリームパフェソーダ』です!
 甘いものが苦手でしたのに、樹様につき合って頂きまして、一緒に食べやがりましたのです!」
 その前置きは?? と何人かが思う。ジーナの顔が真正面から見えないほど高く、クリームがソーダのグラスから聳え立っている。ほとんど冬の峰だ。
「ひえひえのあまあま……いや、あの時は大変でやがりましたのです! おっとぐずぐずしてると溶けやがるのです!
 で、バカマモは何を……、! って、それはっ」
 大盛りにクリームを掬った匙を咥えたまま、衛の方を見たジーナの顔が真っ赤になる。
「ん? うん、ジナポンのメシ、ネギ増し増し炒飯(卵スープ付)。
 オレにはこれが一番だっつーの」
 やっぱり食うならこれだね、と、平然とまぐまぐ食べている衛である。
 あまり意味深な記憶にかかわる食はなく、いつも普通に食べて普通に「美味い」と言っている料理こそが、彼女には精神が必要とする重要な食であるとみえる――
「恥ずかしい話しやがるんじゃないですこのバカマモ!」
 赤面するジーナの『超絶ツッコミハリセン』が、炒飯を頬張る衛の頭に炸裂する。
「あでっ」
「うーあーっ、バカマモのバカっ」
「うでっ、頼むからハリセンで突っ込むのやめてくんね?」
「恥ずかしすぎて顔が熱くて、ソーダのクリームの冷たさがやたら気持ち良く感じられやがりますですっ!!」
「良かったじゃねえか……」
「2人とも……落ち着いて食おうぜ」
「何だか分からないけど楽しそうですねー」
 太壱がたしなめ、よく分かっていないフレンディスが目を丸くしている。


「はぁやれやれ……。んで、たいっちーのは……?」
 ようやくジーナのハリセン攻撃が一段落して、衛は太壱に水を向けた。
「って……え? 何だこりゃ? ガキのお遊びか?」
 衛の頓狂な声に、ジーナも興味を引かれたように見る。

 太壱はぶすっとして、目の前にあるプレートを睨んでいる。
 隣でどういうわけかセシリアが腹を抱えて大笑いしている。
「笑うなよツェツェ!」
 彼女の前にも、全く同じプレートが置かれてあった。

 子供用の小さなコップに、吹き零れて縁に白い膜をくっつけたホットミルク。
 黒焦げのパン。
 黄味がぐちゃぐちゃの……多分、ハムエッグ。


「あはははは、ごめんごっめーん、思い出したらとっても笑えちゃって……」
 笑いすぎて出てきた目尻の涙を拭いながら、セシリアが謝る。
「2人とも同じものってことは、たいっちーとせしるんの思い出の飯ってことか?」
 衛に訊かれて、太壱は気まり悪そうな顔のまま、一度咳払いしてそれでも首肯した。
「あー、んーまあ、これが俺と…ツェツェの、思い出の飯だ」
「まさかこれが本当に出てくるなんてねー」
 ようやく笑いが止んだセシリアが同調する。
「そうね、思い出の味……だけど、未来の味なのよね」


 物心ついたとき、わたしが丁度6歳ぐらいの時かな?
 パパーイのパートナーから怖い目に合うことが多くて、タイチの家に、逃げてくることになったの。

 ツェツェが『緒方家』に来て最初の夜だったな。
 お袋も、一生懸命頭を撫でて寝かしつけてくれたんだけど、大人達が全員任務に行った後、結局夜中に目覚めちまってな。

 こっちとは違って、まだタイチのお母さんも教導団にいてね。
 最初は何を見ても怖くて怖くて、わんわん泣いていたわ。

 本当、リビングでわーわー泣いててな……
 しょうがないから、泣き止んでくれるように、って思って夜食作ったんだ。フライパンと電子レンジで。
 でもなぁ、9歳のガキンチョが作るモンだ、たかがしれてるだろ?
 ……ホットミルクはマグカップから豪快にこぼれるし、パンは焦げ焦げ、ハムエッグは黄身が崩壊して。

 まさにそれなの。それがこの味……

「懐かしいな、味付けもそのまんまよ」
 黒焦げを一口食べて、セシリアは微笑んだ。
「そうだな。それでも、二人して平らげて…
 …な、そのまま寝ちまったんだ、リビングで」
 頷いた太壱も、ぐちゃぐちゃの卵を一口食べて、「やっぱ美味くねーな」と苦笑いでこぼした。


「そうね。あの時と同じ。
 ……美味しくなかったけど、嬉しかったの。
 こんなちっちゃな子がわたしのために作ってくれたことがね」
 セシリアは独り言のように、夢見るような目で呟き、そして太壱にその目を向けた。
「その時から、わたしも好きになったのかな、タイチ」
 それを受けて、“改めて言葉にするのは気恥ずかしい”というように、ごにょごにょと口を動かした後、「まぁ……」と太壱はその口を開いた。
「あの時から、運命共同体って言うか…そんな関係だ」

「へーへー、わかりました、おあついこって」
 ごちそうさまでした、という表情で衛が言いながら、肘鉄でぐりぐり太壱を小突いた。
 そして、いててと小さく埋めていて顔をしかめる太壱の方に身を寄せると、小声で、
「でもまあ、そこまで惚れた相手だったら、何があっても護らなきゃな……」
 そして、強引に肩を組んで、
「それがオトコってモンよ! なーたいっちー!!」
 と言うと、「えいえいおー!!」と無理やり引っ張って2人で雄叫びを上げた。



 ………

 パパーイ、パパーイ、あたしかえりたい、かえりたい…
 ここおうちじゃないもん、あんたなんかいやだもん、あたしかえるー!

 ……パパーイ……う…っ……ぅ


「…ほらよ、腹へってんだろ?」

 ……。
 ……なにこれ、こげまんじゅー? ……たべられるの?

「俺がいっしょーけんめい作ったんだ、いらねーんなら俺がくうぞ!」

 ……。う……っ。
 う! こげまんじゅーだー……ミルク、あっついまんまー……
(はひ、はひぅ、コップのふちにしろいのくっついてる)

「…まずかったら残してもいーぞ。……俺がしょぶんするし」

 いい、ごはんはむだにするなって、パパーイのパートナーにいわれたもん。
 あたしだってレディーだもん
 よくしてくれた人に、しつれいなまねはできないわ!
 ううぅ……ひぃ……っく……

「…泣くなよ、俺が護ってやるから……ぜってー何とかしてやるから……」

 ……(ずずっ)。
 ……大じょーぶ、おなかいっぱい……
 ありがと、タイチ……おやすみなさい……

「(ソファーで寝ちまった……あ、こげこげトースト持ったまんま)……。
 毛布、持ってこようかな……ツェツェ、寝ちまったし」

「俺も、ここで寝るか……。
 ツェツェが泣かないように、な」

(……パパーイ…あたし、いつか…おむかえに…いくからね……)



 ………

「(ふふふ)」
「まーだ笑ってんのかよ」
「だって。……あの時、一生懸命だったなぁって思うと、何だか可笑しくって」
「9歳での料理だぞ。一生懸命でないとできねーよ」
「違う違う。タイチももちろんだけど、ワタシも……
 あの時、タイチにはただ泣いてただけに見えただろうけど、あの時いろんな思いで心一杯、子供なりに戦ってたなぁ……って」
「……バーカ。分かってたよ」
「ほんと〜? ……ってごめんごめん、そうだよね、分かってたからご飯作ってくれたんだよね。
 あの時はそれが精一杯だったって、解ってるんだけど、振り返るとやっぱり、その一生懸命さがおかしくて。
 あの時のワタシたちが知ったら、笑われるなんて不本意かもしれないけど……
 こうやって振り返って『あぁ一生懸命だったなぁ』って笑えるのって、なんだか……幸せだって、思わない?」
「……あぁ。そうかもな」





「んぬ?」
 フレンディスは、ふと、店の廊下の奥の方を見た。
「どうした?」
 レティシアに訊かれ、フレンディスは視線を戻して首を傾げる。
「んーはい、知っている人たちの影を見たような気がしたのですが……」
 だが、気を取り直して笑顔になった。
「きっと、あちら様がたもご家族でお食事に来てるのでありましょうね。帰りに挨拶して参りますですっ」


  **思い出と、わいわいと(後編)につづく**