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リアクション
【過去からの結末――紅族】
それは、三日目のことだ。
「気をつけてくださいね。この辺りは、戦闘の影響で崩壊度合いが増してますから」
遺跡の調査を続けるツライッツの注意を受けながら、風森 望(かぜもり・のぞみ)はその足を紅の塔へと向けていた。邪龍が随分暴れたから、というよりは邪龍を暴れさせた側にも原因があるかもしれないが調査団の面々から言及はなかった。「戦いの場に赴かない我々が、それについて言う資格は無いですよ」とはツライッツの言葉だ。
記憶の中に見た光景とは大分違ってしまっているが、同時に同じ場所なのだと妙な実感が胸を過ぎった。見地位の幅、添って作られた龍水路、面影を失った町並み。そんなものを目に留めながら、自分に繋がった「彼女」の記憶の断片を思い返していた。
「彼女」は殆ど最初から、アジエスタにティユトスが殺せないことは判っていたようだった。アジエスタはその能力故に騎士団長となり、その容赦の無い戦い方から強く厳しいと思われがちだったが、中身は優しい女性だった。そんな彼女が、幼い頃から傍にあった少女を、役目だからというだけで殺せるはずが無いのだ。だが彼女が殺せなければそこでおしまいという話ではない以上、他の誰かが代役を勤めた筈だ。もし仮に、それが成功してしまえばアジエスタの地位は失墜する。
大切な少女を失い、更に役目まで失うことを、彼女が耐えれるとは思えなかった。だから、彼女に倒されるべき新たな脅威が必要だった。そしてそれは、ただ手をこまねいて待っていられるものではない。だから、自分が――などと。そんなどこか一線を踏み越えたそれを、献身と呼んで良いのかどうか。
「まぁ、流石に言う訳には行きませんよねぇ……」
「“……? 何のことだ?”」
考えている内に、目的地についていたらしい。思わず口に出した言葉を拾って、首をかしげたらしいアジエスタの声に「こちらの話です」と誤魔化すと、手近なところへと軽く腰掛けて、手短に世間話などしに来たと告げると、アジエスタが耳を傾けているのを感じながら望は口を開いた。
「結局の所、貴女は現状、彼女の事をどう思っているんです?」
その言葉に、アジエスタは僅かに返答に詰まったようだった。それもそうだろう、と望は納得する。幼い頃から家族のように思っていた相手。だが当時に、邪龍に自分を食わせ、その自分ごと邪龍を切らせた相手だ。
「“…………どう、と言われても今は……申し訳ないばかりで”」
迷った末、吐き出された言葉に望が軽く眉を寄せていると、今度はアジエスタの方から問いが返った。
「…………あの人は、何を思って、あんなことを?」
「さあ? 存じ上げませんね」
対して、望は肩を竦めた。
「記憶だって断片しかよこさず、思いなんて露ほども。よほど、貴女との思い出も何もかもを、独り占めにしたかったんでしょうよ」
「“…………”」
黙りこんでしまったアジエスタに、望は苦笑がちに笑って見せた。
「結局の所、あの人が何を思っていたのかなんて、貴女の解釈次第でしかないでしょう?」
その言葉に、目を瞬かせているのが気配で判って、望は続ける。
「なら、アレコレ自身を責める解釈よりも、都合の良い解釈でもしておけばいいんじゃないですかね?」
自分のせいだとか、何故止められなかったのか、だとか。そういう事ではなく、彼女は彼女の理由があって、彼女らしくそう果たした。望にはそれは判っていたが、それを告げることもまた彼女の本意ではないだろうからと黙ったまま、考え込んでしまったアジエスタをよそに「さて」と腰を上げた。
「まだ調査の途中ですし、私はこの辺りで失礼しますね」
「“ああ……ありがとう”」
頭を下げるアジエスタの気配に首を振りながら、紅の塔を後にしようと踵を返した望は「ああ、それと」と、不意にその首だけを振り返らせた。
「長年蛇に飲み込まれていたせいかどうかは知りませんが、彼女、くたばってないようですよ?」
その言葉に、驚きに息を飲み込んだ風なのを背中に感じながら、望はふと口元を緩めながら、紅の塔を離れたのだった。
その頃、同じ紅族の騎士の魂と向き合っていたのは、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)だ。
邪龍との戦いの前に拾った剣は、一見しては何の変哲の無いように見えて、実際に使ってみると持ち主の性根が察せられるような、酷く癖のある剣だった。物事の考え方だけではない。戦い方そのものもどこか捻くれていて捕らえどころの無い感じが、どうも自分と反発するようで共通するような妙な感覚があって、小次郎はため息を吐き出した。
が、どうやらその感想は相手の方にしても同じようだ。言い方は悪いが、ぱっと見はどこにでもいそうな印象の無い男だが、そのつもりで見ればそれが繕われたものだというのが判る。どこにでも溶け込み、違和感を与えないように立ち振る舞うように、意識された無個性感だ。
お互いの中にお互いを見るような、方向性は違っていてもどっかで根本に似たものを伺わせる、そんな奇妙な感覚は実際のところ、あまり快くは無いもので、両者の間にじわじわと見えない何かが淀んでいたが、それを先に破ってため息をついたのは、騎士の方だった。
「まあこちらは、既に死んだ身ですからね。今更何が変わるでもなし」
そう言って肩を竦める態度で、今までの空気を霧散させると、小次郎の方も力を抜いた。どうせ本気で警戒したわけではなく、単に反応をうかがった、でなければ本当にただ「そうしてみた」だけなのだと判っていたからだ。
うって変わって力の抜けた空気になった中で、しみじみと思い返すように騎士は笑った。
「まあ、子飼の私兵にしてはそれなりにやれたと思いますよ」
「それなり、と言いますか? あれを」
対して、小次郎の返答は半ば呆れたような響きがある。寄越された記憶を辿るだけでも、方々に恨みを買いそうなあれこれが浮かんで来るのだ。そこに至るまで、どれだけ血やらなにやら流されてきたのか疑いのまなざしを向けたが、騎士の方はしれっとしたものだ。
「それもここまで、と思うと、複雑なものですね。愚痴る趣味はないですが、主人を殺しきれなかったことだけが心残りと言えば、心残りですか」
「騎士とも思えない発言ですね」
その態度は、騎士と呼ぶより暗殺者か何かと呼んだほうがしっくりくる雰囲気だ。今度こそ呆れたように言った小次郎に、騎士の口元は形ばかりの笑みを浮かべた。
「闇に蠢き、影を残さず、下の下を動き続けて最後に……全てを覆して表舞台を乗っ取るのも一興でしょう」
それは野望だったのか、それともただの冗談だったのか判断はつきかねたが、それを少しばかり面白そうだと思った自分もいて、小次郎は息を吐き出した。このまま話を続けていれば、いらないところが影響を受けてしまいそうだ、と肩を竦めると、ため息と共に手を振る。
「……昔話はこの辺りで結構。残り少ない時間を、せいぜい楽しんでください」
「そちらこそ」
踵を返そうとした小次郎に、その声は意味深に響いた。
「人生、意外と短いですよ……後悔なさらないように、ね」
からかうような、引きずり込もうとするような、妙に耳に残るその声に、小次郎はため息を吐き出しながら、その場を後にしたのだった。
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