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夏のS-1クライマックス

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リアクション


【五 ショービジネスとは】

 ラウンドガールとしてリング内を回り終え、場外へと降り立ったフィリシアは、複雑そうな色を浮かべて入場ゲート方向に面を向けた。
 次はいよいよ、夫ジェイコブの試合なのである。
 対するは、魔女っ子ヒート・ろざりぃぬとして地下闘技場でも名高い、長曽禰 ジェライザ・ローズ(ながそね・じぇらいざろーず)であった。
 一筋縄ではいかない、どころか、勝てるかどうかも分からない相手であろう。
 まず最初にジェイコブが入場ゲートから花道を軽快に駆け抜けてきて、颯爽とリング内に足を踏み入れた。
 次に、ろざりぃぬだが――彼女はいつも通りローライダーに駆っての登場であり、熱狂的なヒートネイツに愛想を振りまきながらリングサイド手前で降車し、軽やかなステップで一気にコーナーポスト上へと駆け登っていった。
「やほ〜、お待たせ〜ッ! 魔女っ子ヒート・ろざりぃぬだよ〜ッ!」
 いつの間に握っていたのか、或いは最初から用意していたのか――ろざりぃぬは右手に握り締めたマイクを通して、ヒートネイツを含む全ての観客に向けて、いつもの明るい声で呼びかけた。
 観客も心得ており、魔女っ子ヒートの登場を受けて、これまでで一番の大歓声が場内に沸き起こった。
 一方、リングサイドの審判本部隣には、選抜予選開始前から冬月 学人(ふゆつき・がくと)がスペイン語での実況席を設けていたのだが、ろざりぃぬの登場で学人のテンションも三倍程度にまで一気に上昇していた。
 学人もプロレスのショービジネスとしての特色をよく理解しており、必ず数人のレスラーが実況席を破壊しにくると予測していたのだが、これまでのところ、まだ誰も実況席での破壊パフォーマンスを実行には移していない。
 まだ選抜予選ということで、控えているのかも知れない。
 だが、ろざりぃぬは違う。
 彼女は選抜予選であろうが本戦であろうが、お構いなしに実況席を壊しにくるだろう。
(そろそろ……この試合辺りから用意しておかないと、いけないかな)
 学人としてもその辺は心得ており、破壊の際にレスラーの邪魔にならぬようにと、実況席上は最初から綺麗に整理整頓してあった。
 ついでにいえば、予備の机も準備してある。
 徹底的に破壊されても、すぐに実況席を復旧させる手筈は整えてあった。
 尚、この試合を裁くのは、主審判の正子である。
 正直、ラブではショーとしてのレフェリングに不安を感じていたろざりぃぬだったが、正子であれば安心して任せられると、内心で胸を撫で下ろしていた。
 そしていよいよ、ゴングが鳴った。


     * * *


 ジェイコブとろざりぃぬの対戦を、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)夏侯 淵(かこう・えん)のふたりは観客席の最前列でじっと凝視していた。
 もともとこのふたりはルカルカの試合をメインに観戦し、更にダリルは撮影したビデオ画像から今後の試合運びに関しての分析を行う為に、リングサイドの最も見やすい席を確保していた。
 ところが、ルカルカが炎魔人魔異都を相手に無難な勝利を収めた為、多少手持無沙汰になりつつあった。
 そこでふたりは、ヴァンダレイが最も警戒する相手と称するろざりぃぬの研究もしておこうということで意見が一致した。
 沸きに沸く他の観客達とは異なり、ダリルと淵は試合展開にのめり込むことなく、冷静な分析を進めつつあった。
「何っつぅか……今までのろざりぃぬとは、試合運びが随分と異なるなぁ」
「いつものクレバーな戦いぶりではなく、プロレスラーとして真正面からぶつかるスタイルに、変えてきているようだな」
 淵の感想に、ダリルが自らの分析を加えた。
「序盤はグラウンドからの展開かぁ。ズルして騙して奪い取れ、のスタイルが、今日はすっかり影を潜めちまってるな」
 物販テントから買い込んできたポップコーンを頬張りながら、淵がダリルの分析結果を肯定するように言葉を繋いだ。
 何か心境の変化でもあったのか――そう思える程に、ろざりぃぬの試合運びが、オーソドックスそのものに変じていた。


     * * *


「おいおい、どうした? お前の技はこんなものか?」
 地獄突きからシャイニングウィザードと続け、コーナーポストに押し込んだところで浴びせ蹴りを叩き込んだジェイコブが、リング中央に位置を取り直してろざりぃぬを挑発する。
 ろざりぃぬは、コーナーを背にしてゆっくりと立ち上がりつつあった。
 その動きを見て、ジェイコブは自ら間合いを詰めて再度、地獄突きで体力を奪いにかかったが、流石にこれは油断が過ぎた。
 ろざりぃぬはジェイコブの貫手をするりとかわすや、背後を取って、美しい曲線を描くバックドロップで一気に形勢を逆転させた。
 ジェイコブが組み立てる試合展開は、全てろざりぃぬの対処範囲内だったといって良い。
 派手な受け身で観客を沸かせつつ、技を仕掛ける側のジェイコブに体力を消耗させていたのは、矢張り試合玄人のろざりぃぬならではであろう。
 ジェイコブがスタンドポジションから強引に腕ひしぎ十字固めを狙おうとしても、ろざりぃぬは逆に腕を絡ませてジェイコブの長身を宙空で回転させ、ケブラドーラ・コン・ヒーロ(風車式バックブリーカー)で切り返した。
 堪らずジェイコブは場外に逃げた。すかさず追いかける、ろざりぃぬ。
 ふたりは実況席前での場外戦に入った。
「あぁっと、ジェイコブ選手ッ! ろざりぃぬを抱え上げ、実況席の机の上に跳び乗ってきたぁーッ!」
 実況用マイク片手に、学人は準備万端だとばかりに椅子から立ち上がる。
 ジェイコブは、卓上ツームストーン・ドライバーを敢行した。
 ろざりぃぬはジェイコブが卓上で軽く跳び上がった瞬間、頭をジェイコブの膝の間から外し、卓上への直撃をかわした。
 実況席はジェイコブの両膝に叩き割られる格好となり、結局ダメージを受けたのは、ツームストーン・ドライバーを仕掛けたジェイコブの両膝だけ、という結果となった。
(ぬぅ……矢張り試合巧者だな……)
 先にリング内へと戻ったろざりぃぬを追うように、エプロンサイドからリングインを果たしたジェイコブだったが、形勢不利は否めない。
 観客も、真っ二つに叩き割られた実況席の無残な姿から、ジェイコブが両膝にダメージを受けていることを知っている。
 そこへろざりぃぬが容赦のない足四の地固めで、ジェイコブの両脚を更に痛めつけるセオリー通りの展開に、大歓声が沸いた。
 苦痛に耐えて咆哮を上げるジェイコブと、ぐいぐいと締め上げながら雄叫びをあげるろざりぃぬ。
 場内はジェイコブコールとろざりぃぬコールで、二分された。
 だが、これ以上は無理だ――ろざりぃぬはジェイコブに怪我をさせては拙いと、主審判の正子にちらりと視線を送った。
 ジェイコブはその性格上、決してタップしないだろう。
 だから正子にレフェリーストップをかけさせるよう、視線で要求したのだ。
 正子も、その辺は心得ている。
 レフェリーストップならば、ジェイコブも納得せざるを得ないだろうことは承知しており、ジェイコブにギブアップの意思がないことを確認した上で、ゴングを要請した。


     * * *


 ―― 選抜予選、第六試合 ――

 ○魔女っ子ヒート・ろざりぃぬ (13分07秒、レフェリーストップ) ジェイコブ・バウアー●