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森の聖霊と姉弟の絆【前編】

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森の聖霊と姉弟の絆【前編】

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 無事に屋敷の中に潜り込んだ宵一は今、当主の書斎と思しき部屋を探っている。
 ソーンが富豪一家を誘拐した際に何か落としてはいないかと思ったが、特にそれらしきものは見当たらなかった。もしかしたら『灰色の棘』の連中だけが誘拐の実行犯で、ブレーンであるソーンはこの屋敷には来ていないのかも知れない。
 それならアルバムでも探してみようと宵一は本棚を見回して、隙間なく並べられた書籍類のタイトルを目で追っていく。そして丁度下段の中央で背表紙に何も書かれていない本を見つけた。
 外箱に入れられた重厚な装丁のその本は、手に持つとずしりと重みを感じる。分厚い緋色の表紙をめくると、スーツ姿の男性と小さな男の子の姿が収められた写真が目に飛び込んできた。その隣には「エリク4歳の誕生日。自宅前にて」と書かれた紙が貼り付けられている。恐らくこの写真の二人は、富豪親子なのだろう。
 そしてその少し後のページに気になる写真を見つけた宵一は、リイムが調べているはずの隣室へ移動することにした。
 隣の部屋は誰かの寝室らしく、丁度リイムは隅っこに放置された観葉植物から話を聞き終えたところだった。
「あ、リーダー。ここは息子エリクの部屋でふよ」
「そうか。何か分かったか?」
「うーん……父親もそうでふけど、息子もあんまり性格が良くなかったっぽいでふ。小さい頃からいじめっ子で、大人になってからも高慢ちきな性格だったらしいでふね。それから、この屋敷の植物は一家がこの街に引っ越してからのことしか知らないので、ソーンのことは分らないみたいでふ」
「なるほどな。ああそうだ、これを見てくれ。アルバムなんだが、ここに書いてある名前……」
 宵一は先程のページを開いてリイムにある写真を示す。
「……レナンディ夫妻の置き土産。この日、幼い姉弟に住まいを与えてやった……?」
 写真には、カメラに向かって深々とお辞儀をしている銀髪の少女と、彼女の腕に縋りながら泣いている弟の姿が収められている。二人の背後にあるあばら家が、「与えてやった」と書かれている住まいなのだろうか。
「こっちのは『助けてやった恩も忘れ反抗的に振舞うガキを、エリクとビルトが懲らしめてやったらしい。さすが我が息子』って書いてあるでふ……これが噂のモンスターペアレントってやつでふか?」
「後ろの方の写真も見てくれ。この白衣の女性、大人になってるけど銀髪の姉の方だよな?」
「『私の援助で医者になれたことを感謝せよ』って書かれているやつでふね。僕、この人見覚えある気がするんでふが……ちょっと調べてみまふ」
 リイムはそう言ったが、調べると言うほどの時間はかからなかった。籠手型HC弐式・Pの画面には、すぐにフラワーリングでデータ化されていたソーンの写真が表示される。
 そして間違いなく、ソーンの隣で微笑む銀髪の女性は、緋色のアルバムにあった写真と同一人物であった。

 一方その頃、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とパートナーのメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)の三人は、港町唯一の図書館を訪れていた。
 図書館の周囲を見回していたリリアは、ふとソーンの写真に写っているのと同じ草花が道端にひっそりと息づいていることに気付く。ソーンの故郷とされる灰色の島はこの島の隣に位置するらしいから、恐らく植生が似ているのだろう。――ということは、やはり写真が撮られた場所は灰色の島らしい。
 リリアは図書館のすぐ脇に生えた樫の老木に目を留めると、【人の心、草の心】で灰色の島のことやそこに出現したという遺跡について尋ねることにした。もしかしたらこの樹が、人の目線では分らないことを知っているかもしれない。
 (――隣の島の遺跡かい? 確かにここらの群島には、昔々から人が暮らしていたからね。そういうものもあるんだろう。ずっと昔から排他的な人間が多いのもあって、戦いも多い地域だったから、今に至るまで古代の建物が良い状態で残っていることはあまりないと思うけれど。君の言うその遺跡にしても、それこそ地震なんかのきっかけで姿を現さなかったら、一生忘れられたままだったかも知れないね。――ああでも、前にその島に遺跡があるはずだとか言って、調査に行こうとしていた考古学者が居たっけな)
「考古学者……?」
(そうそう、レナンディ教授とか言ったかな。確か、もう二十何年前のことだよ。大陸から家族を連れて来ていたんだけど、隣の島に渡る前にここの図書館にも寄ったんだ。古いものが好きらしくて、僕にも話しかけてきたから覚えているよ。……だからね、その後教授を乗せた船が難破したって聞いたときは悲しかった)
「船が難破? それで、そのレナンディ教授はどうなったの?」
(ほとんどの乗客は亡くなったらしいよ。子どもなんかは優先的に助けられたらしいけど、その辺りのことは僕には分らない。あまり力になれなくてごめんね)
 リリアは老木に礼を言うと、頭の中で情報を整理しようとその場を離れた。老木の言う「レナンディ教授」が探し人と同じファミリーネームを持つ、無関係な赤の他人である可能性はどれだけあるだろう。それに思い返してみればソーンは以前、自分の専門は産業考古学だと言っていなかったか。
 そんなことを考えながらリリアが館内に入っていくと、エースとメシエはすでに調べものを開始していた。
 ――灰色の島に出現したという遺跡。遺跡があるということは、その島には昔からずっと住んできた人間が居たのではないだろうか。メシエはその考えに則って、必要な資料を見つけ出そうとしている。
 遺跡の時代の「血」が濃い人間は、病原菌に対して抵抗力が他の人より高かったのではないか。
 時代を下るとともに他の島からの混血も進み、島民もそんな区別は全くしていなかっただろう。だが、元々その島に居た民であれば機晶石とのリンクに際して他の民よりも親和性が高いかも知れない。
 つまり実験する対象は誰でも良いわけでは無かった、という可能性が出てくる。
 エースもさらわれた富豪とソーンの出身地が同じ島であるという憶測は立てていたので、メシエの考察は十分にあり得ることだと思った。他に考えられることといえば、リトやヴィズが実験されたのがその島の遺跡施設の可能性――だろうか。
 エースが調べたい事柄を司書の女性に伝えると、館内の案内図を指で示しながら一つ一つの質問に答えてくれる。
「灰色の島を含めたこの辺りの群島の資料なら、こちらの郷土資料コーナーにございます。過去に起きた大きな災害についての新聞等もこちらに保管してありますので、お探しの地震に関する記事も見つかると思いますよ。それから……ああ、灰色の島から避難して来た人々についてですか。戸籍調査については書庫で保管しておりますが、こちらは持ち出しと複写が禁じられておりますので、これも新聞等でお調べになった方が宜しいかと思います」
「大体の移住先が分ればいいんだ」
「大体……ですか。灰色の島では地震と疫病でかなりの数の村民が亡くなったそうですが、運良く島を出ることが出来た人々は近くの島々に移住したようですよ。当然、この街に来られた方もいます」
「ありがとう。じゃあ、疫病の治療記録もそこにあるかな? 出来れば灰色の島の遺跡についても知りたいんだけど……学芸資料として遺跡の物品なんかは図書館に保存されていないだろうか」
 その問いには首を横に振って、司書は「残念ながら」と続けた。
「あの疫病に関しては、現在に至るまで治療の成功例は存在しておりません。病の存在が明らかになってからこの島から灰色の島への渡航は禁止されていますし、あちらから移住された方の中で感染の疑いありとされた人々は施設で隔離されたまま息を引き取られたようです。町長がその方たちを隔離するために街から離れた場所に施設を作られたのですが、そこも現在は使われておらず、あえて近づこうとする人もいません。灰色の島から持ち込まれたもの――つまり遺跡から持ち出されたものも含めてですが、遺留品は全てその隔離施設に放置されている状態だと記憶しております」
 つまり、リトやカイが向かっているという廃屋に遺跡の物品が眠っている可能性がある、ということか。
 エースとメシエが司書から聞いた郷土資料コーナーへ向かおうとしていると、何かを見つけたらしいリリアが慌てたように駆け寄ってくる。
 ひたすら理詰めで考えている二人を見かねて、女の勘と持ち前の【博識】を武器に書籍を漁っていたリリアは、遂に見つけたと言わんばかりの表情で一冊の本を彼らに提示する。
「『考古学のススメ』……何だいこれ?」
「考古学者のレナンディ教授が書いた本よ。ほら、この献辞の部分を読んでみて」

 ――最愛の妻であり、古代の医療に関しても深い洞察を与えてくれた医師ヒルダ
   そしていつでも最高の喜びをくれた子供たち、ハガルにソーン
   私の愛する家族へ捧げる。

 献辞にはそう記されていた。