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その頃、運営は


「遠泳大会は予定どおりの時刻に始まりました」
「ん、そうでありんすか」

 時計を確認し、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が告げる。
 ハイナの秘書見習いとして、朝から傍に寄り添っていた。

「それでは俺達も小島へ向かいましょう。
 ボートに乗ってください」
「ありがとうございます、ダリル」
「じゃ〜んぷっ!!」
「うわっ!?」
「きゃっ!」

 房姫の手を引き、ボートへの橋渡し。
 続けて、ハイナはまさかの跳躍乗船。
 小さなボートは大きく揺れ、ダリルと房姫に海水を被せる。
 足もとられて、房姫は尻餅をついてしまった。

「大丈夫ですか、房姫様っ」
「えぇ、なんとか」

 すぐさまダリルが駆け寄るも、お尻を軽く打っただけのよう。
 ただすぐには立ち上がれず、房姫はその場で座り直した。
 隣に、ハイナも腰を下ろす。

「ハイナ……」
「お、あぁ、済まぬ!」
「気を付けてください。
 貴方が怪我でもしたら……」
「房姫……」
「あの〜」

 わざとなのか否か、いい雰囲気をぶち壊した者。
 今日も強制的に運営側の、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)である。

「なんじゃ?」
「この炎天下でこんなタイトスケジュールとか、無理がありますよ!」
「大丈夫じゃ。
 なんのためにお前がおる?」
「ああ、うん、分かっています、なんとかしますよ……」
「頼りにしておる」

 ハイナに物申したトコロで、なにかが変わるわけはない。
 そんなことは、唯斗もとっくの昔に悟っていた。
 ただ、自分の意見を、きちんと伝えておきたかったのだ。
 返答によって、無理難題を押し付けられるために自分がいるのだと、再認識したかったのだ。

「ダリル、船を出してくれ」
「承知しました」

 ダリルが櫂を押し引き、ボートを波へ乗せる。

「唯斗さん、わたくしからもお願いしますわ」
「かしこまりましたっ!」

 房姫からも頼まれてしまい、ひくにひけなくなってしまった唯斗。
 忍らしく片膝をつき、首を垂れてみせた。

「さて……」

 背中を見送り、上げた黒瞳に宿る覇気。
 鍛えた俊足で以て、本部テント脇の物品置き場へと駆ける。

「ゲイル、午後の準備をしてもいいですか?」
「かたじけない、頼む」
「朱鷺も手伝いますよ」

 ラルウァ 朱鷺(らるうぁ・とき)も加わり、手空きの者達でバレーコートをつくり始めた。
 柱を2本立てて、あいだにネットを張るのだが。

「唯斗、もう少し引いてください!」
「よっ……これでどうですか?」
「大丈夫です」
「ではそちらを止めていただけますか?」

 ぴんと張るのが、意外と難しい。
 朱鷺と互いに指示を出しあい、紐を引く唯斗。
 どちらにもたゆみがなくなれば、あとはその位置で固定するだけ。

「私がやりましょう。
 朱鷺殿はそのまま力一杯引いていてくだされ」
「分かりました」

 ゲイルが助けに入ってくれて、作業は順調に進んだ。
 あとはラインを引き、得点板と審判席を並べて、完了。

「ありがとう、朱鷺、ゲイル。
 あとは……審判団と得点係をしてくれる人はいませんか!?」
「朱鷺、得点係ならできますよ?」
「致し方ない。
 ラインくらいなら、観てやらぬこともないぞ」
「そうですね。
 私も、唯斗さんの力になりたいですから」

 一緒に準備をしてくれたメンバーへ呼びかけると、これまた続々と手が挙がる。
 朱鷺に加えて、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)紫月 純(しづき・じゅん)も参加。
 パラソルの下でまったりしていた2人は、夫のピンチに駆け付けたのだ。

「エクスに純も……奇跡だっ……」
「なんじゃと?」
「あ、あの、唯斗さん、それはどういう?」

 純は、まだ分かる。
 まさかエクスが、自ら助けにきてくれるなんて。
 絶対にその場から動かないし、運営に加わるなんてあり得ないと思っていた。
 妻達の助力に、唯斗は少なからず感動する。

「まったく……しかし、ほかにもやりたい者がおるようじゃえ。
 皆、おぬしの働きにココロ動かされたのであろうて」
「なっ……俺の苦労、少しは報われましたかね……」

 そしてそれにも増して、必要なメンバーが続々と集まってきたことにも感激。
 最終的には、得点係2名とライン4名に、主審は唯斗がおこなうことで決まった。

「お疲れさまでござる、唯斗殿」
「打ち合わせにはミーナ達も参加します〜」

 あとは進行担当の佐保と、補佐のミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)の主導で詳細まで相談して。

「……うん、以上だよ〜」
「予定より少し押して始まることが予想されます」
「スムーズな運営をお願いするでござる!」

 資料を閉じて、ミーナが告げる。
 唯斗は、時計と睨めっこ。
 佐保の言葉を最終に、いったん解散となった。 

「それにしても佐保、いつもの服装じゃ暑いでしょ!?」
「確かに……けど、運営だから水着になる必要はないのでござるよ」
「え〜佐保も水着になろーよ!
 今日はとっても暑いよ?
 ミーナとおそろいの水着用意しました!
 さ!
 更衣室へ行きましょう!」
「ちょ、ミーナ殿っ!?」

 いい感じに丸め込まれて、半ば強引に更衣室へ連れ去られる佐保。
 婚約者からの申し出ということもあるが、着替えるきっかけがなかったのも事実だ。

「……ど、どうでござろう、似合うでござるか?」
「わぁ〜可愛いですぅ〜っ!!」

 ミーナが着ている、水色セパレートと色違い。
 紫とも青ともとれる、微妙な色合いがとても綺麗だ。

「ビキニにするには、ミーナ達はすこ〜しお胸が足りませんから……」
「そうでござるな。
 しかし、この水着は可愛い、と思うでござる」
「気に入ってもらえました?」
「勿論でござるよ。
 ただちょっと、胸が窮屈……」
「む〜佐保ばっかり胸が成長してずるいです〜」

 ぽかぽかぽか……と、その胸へ降り注ぐミーナの拳。
 非難の的となった辺りは確かに、佐保の方が少々、大きかった。