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木蔭のお茶とガーデニング

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木蔭のお茶とガーデニング

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 小さな花を無数につける、背の低い花――アリッサム。秋ごろに植えて夏まで楽しむ、甘い香りの可愛い花。
 鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が選んだのは、そんな花だった。
 白、赤、紫。三つの色をそれぞれひとつ、合計三つのプランターに植えて、温室の周りに飾る。温室の完成祝いのプレゼント、温室の中も外もにぎやかになってくれればいいなと思う。
「原産は地球の地中海沿岸なんだって。初心者にも育てやすいみたいだから、ボクでも育てられるかも」
 会長としてあちこちに声を掛けて回っているアナスタシアに、ヨルはそんなことを言った。
「ヨルさんは園芸はされませんの?」
「花は摘んだことならあるけど、育てたことはないんだ。アナスタシアはある?」
 アナスタシアは首を横に振って、
「いいえ、ありませんわ」
「なら一緒だね」
 ヨルはちょっと笑って、昨日までに調べたことを手を広げながら説明する。
「アリッサムは小さな花がいっぱい咲くんだよ。
 背丈も低いから、ひろーい面積で一斉に咲くとまさに花の絨毯みたいになるんだって。でも、ここでそれは困るだろうからプランターにしたんだ」
「植物も色々ですのね……」
 水を飲む量、欲しい肥料の量、気温に日当たり、同じように見えて随分違う。枯れやすかったり、丈夫だったり、他の植物がいなくなってしまうくらい生い茂ったり。
「ところで、琴理から聞いたんだけど、また何かに影響されてブツブツ言ってたんだって? 今度は何を読んだの?」
 プランターに無事に移植し終えたヨルは、アナスタシアを誘ってカフェにお茶を飲みに行こうと歩き出した。
 アナスタシアはわざと憤慨したように少し頬を膨らませ、
「もう、私もいつも本に影響されているわけではありませんのよ。ただ、図書館でガーデニングの本を見付けましたから、読んでいましたら……」
 彼女は藤製の椅子に座り、ガラスの天板の上で指を組んでもじもじさせる。
「……読んでいましたら、様々な花を見たくなりましたのよ。旅立たれる方やあの方のことも気になって」
「すぐに影響されちゃうアナスタシアって、かわいいね」
「か、か、かわい……」
 ヨルはさらっと言ったつもりだったが、そんなことを言われた事が無くて、アナスタシアは顔を真っ赤にした。
 ……そして、そんな彼女の顔がなぜかいつもより可愛く見えてきて……。
「……あれ、何だろう。何だかアナスタシア見てたらドキドキしてきた。動悸、息切れの魔法でもかけた? 変な悪戯しちゃダメだよ」
 薄ピンクのハーブティーの入ったガラスの持ち手をこれも何故か意味もなく弄りながら、釘を刺す。
「そんな魔法かけてませんわ」
「でもこれ、動悸とかのドキドキじゃないような……?」
(何だろう、胸の奥がきゅっと甘く苦しくなるような。……えー、ボク、アナスタシアにそんな気はないはず。ボク、普通に男の子のほうが……)
 どうしてだろう。お茶のせい? それとも秋だから? 魔法?
 自分の変化に戸惑いながら辺りを見回すと、さっきハーブティーを入れていた守護天使と目が合った。
 光翼を除けば平凡な彼だが、普段の二割増しくらい格好良く見える。仕草が色っぽいような……。
(……あれ、ボブを見てもドキドキするよ)
 ヨルは軽いパニックを起こして頭を抱えて声を上げた。
「どうしよう、二股から始まる恋!? うわああ!」
 いきなりヨルが叫んだので、アナスタシアは慌てて椅子から立ち上がって、彼女の肩を優しく椅子に押しとどめた。
「どうしたのかしら、お加減が悪いのではないかしら……ヨルさん、しっかりなさって……そこの守護天使さん、手伝ってくださらない?」
 呼ばれてやって来た守護天使は、ヨルのハーブティーがだいぶ減っているのに気付いて、自信たっぷりに胸を叩いた。
「ドキドキしたんですね。きっと最近ドキドキ分が足りなかったんですね」
「ドキドキ分……?」
「大丈夫ですよ、長くても一時間くらいで落ち着くはずですから」
 アナスタシアは守護天使に運ばせた冷たい氷水をヨルに少しずつ飲ませつつ、まだ赤みの残る顔で尋ねた。
「お返事を伺ってなかったから、聞かせていただきたいことがありましたの。……来年の春、迎えに来てくださるの?」
 ヨルは目だけで見上げた。ヨルはまだ胸を抑えて、ドキドキと息を整えようとしている。
「こんな時ですけど……へ、変な意味ではありませんのよ! もし、そうでなければ、卒業後は暫くヴァイシャリーで暮らそうかと思っていますの。
 探偵……は、止められてしまいましたから、探偵小説を……」
 アナスタシアは、ぼそぼそとそんなことを言ってから、誤魔化すように、熱を冷ますように氷水をぐいっと飲み干した。





「ブルーズ、張り切ってるね」
 ガーデニングは好きなのだろうか、世話をするのが好きな性質なのか……。
 黒崎 天音(くろさき・あまね)はパートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、ドラゴニュートの体躯に長袖長ズボン、長靴に手袋、ガーデグエプロンに沢山付いたポケットから道具が覗いている。
「お前も、ちゃんとした格好をしておかねば汚れるぞ」
 ブルーズはこれを貸すからと、シャツにスラックスの天音を着替えさせると、
「さあ、行こう。どれから植える?」
 張り切っているのはブルーズの方だが、けれど、主導権……というか、参加しようと言い出したのは天音の方だった。
 持って来たのは、ゼラニウム。様々な形と色の中から、天音が気に入った品種を幾つか持って来た。
「日当りが良くて、水はけのいい所に植えてあげよう」
 青みのある紫色がかったピンクのもの。白く可憐なもの。ライラックのような色と多数の花を咲かせるもの。コサージュのように丸くて華やかな、薔薇のように咲くもの。
 香りの色々あるものでも、特にローズゼラニウムは、細めのピンク色の花弁に紫の模様が入り、薔薇の名が付く通り薔薇に似た香りがする。
「ゼラニウムは寒さにそこまで強くないけれど、四季咲きだし次々と色鮮やかな花をつけるから、華やかな一角になると思うよ」
 天音が選んだのはそれだけが理由ではないけれど――思いは胸に秘めておく。
「植える……のはいが、ローズゼラニウムは少し扱いが違う。別の場所に植える事にするぞ」
「ブルーズの方が先輩だね」
「任せておけ」
 天音はタシガンではこういったことはブルーズに任せきりで、あまり土弄りとかした事なかったが、張り切っているブルーズの指導の甲斐あってか、それなりに器用にこなすことができた。
(……おっと)
 一度、土のついた軍手で顔を拭いそうになったけれど。直前で付いて無事だった。汚れること自体もそうだが、ブルーズにお小言を言われながら顔を拭かれたら、口元のケチャップを拭かれている子供のようだ。
 それからもう一つ、いいこともあった。
 天音と、ブルーズも先日気にしていたボサボサ頭の女の子も今日は姿を見せて、元気良く花を植えていたからである。やはり友人の姿が見えるというのはいいものだ。
 二人は一通りの作業を終えて一息つきにカフェに入った。
 何だか人気でお勧めらしいハーブティーを天音は注文する。
 良い香りとハーブティーらしい爽やかな口当たりで、口の中がさっぱりした……けれど。
(少し胸の辺りがすっと冷えるような気がする)
 すっと目を細めた。
(やはりこの光景の中に、椅子に腰かけ優雅にティーカップを傾けながら、微笑んで眺めている姿が無いからだろうか)
「どうかしたか?」
 天音が漂わせている雰囲気が少し冷えた気がして、ブルーズは尋ねた。
 ブルーズの前にはアイスティーがある。氷はちょうど良く、冷えすぎたと言うこともなさそうだったが……。
 天音は軽く口元だけで微笑んだが、ブルーズには目が泳いでいるように思えた。視線を追う。天音は周囲を見ていたが、一番豪華で華やかなテーブルに目を止めていた。
 豪華と言っても、少しだけ。誰もいないのは偶然に過ぎない。なのに、そこはまるで誰かのために用意されている席のように、誰かが欠けているように――その欠けた誰かを天音は見ているように、ブルーズには思えた。
 天音は、そんな視線をブルーズに向けられて、僅かにはっとした様子で「何でもないよ」と首を振る。
(……ふむ)
 ブルーズには、何を考えていたか何となく分かる。
 いつもそこにいた人がいない穴の空いたような感じが、ある。
「植えるのも終わったし、内海から寄贈されたものを見に行くか? どんなものだろうな」
 気を遣って誘うブルーズに、天音はああ、と小さく答えた。
 確か“原色の海”の樹上都市から送られた、花妖精の族長の咲かせる花でもある白と紫、二色の菫だと聞いている。
「菫だそうだけど……楽しみだね」
 天音は立ち上がって、ささやきに近い小さな声を憂いと一緒に吐き出した。