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湖の家へいらっしゃい

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湖の家へいらっしゃい

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「準備体操はしっかりしてくださいねぇ〜」
 人が集まり始めざわざわとした中で通る託の声を聞きながら、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)と共にビーチに足を踏み入れた。
 サンダルごしに踏みしめる砂はこの近隣でよく見るものとはどこか違い、真っ白にキラキラと輝いている。
 これだけ大規模な物が一日で現れ、消えるのは、魔法による効果だそうだから、この輝きも魔力を孕んでいるお陰なのだろうか。
「綺麗ですねぇ……」
 まったりと呟けば、ミスティがにこりと微笑みかけてくる。
 今日は家族も別の場所へ出掛けて行った。たまには二人でゆっくり海水浴でもとやってきたのだ。
(折角の休日ですし、ミスティさんも疲れてるから二人でゆっくりシますかねぇ)
「死海っていうと、潜水はむりでしょうけどねぇ?」
 ビーチを見回りするミルディアのライフセーバーの水着姿を目にとめ、レティシアは託の注意の呼びかけを思い出して、片手でぐっと腕を引っ張り伸びをする。
「レティ?」
 こちらを不思議そうに見つめているミスティの視線に気がついて、レティシアは彼女に背中を向けた。
「準備体操ですよぅ。ミスティさんも、ちゃんとしておいたほうがいいですよぅ?」
 言いながら、背中に背中を合わせるように動きで促す。ぴたりと背中をくっつけると、レティシアが丸まってミスティの身体を持ち上げた。
「あー…………」
 筋肉が伸びて行く気持ちいい感覚を覚えながら、ミスティは快晴の空を見上げている。
 レティシアに誘われた時点で何か事件があるのではと疑ってかかっていたのだが、この青空――どうやら今日は、本当にただの休日のようだ。
 何も無いなら、素直に楽しませて貰った方が良いだろう。
(本当に何も無ければいいのですが……)
 キラキラと眩しい太陽が目に入り掛け、ミスティはじんわり痛む瞳を閉じた。



「おい見ろよあれ!」
「うっわ何アレ、超カワイーじゃん!」
「行く? ナンパ行っちゃう?」
 新調したばかりのビキニに身を包んだ神崎 輝(かんざき・ひかる)の、名前の通り輝くばかりの可愛らしさに、ビーチの男性達は沸き立っている。
 そのうち二十三重と取り囲みだし、余りの様子にスヴェトラーナが割って入った程だ。
 そしてこのレベルの可愛さの前には『だが男だ』という冷静を諭す言葉も意味が無いのだと、彼女は理解する。仕方なく砂浜の地面を拳圧で抉り取るという芸当を見せたところで、漸くなんとか出来た。
「いやあ……アイドルさんは大変ですね」
 追い払ったばかりの背中を見送りつつ、スヴェトラーナは振り返り様に見た輝の姿ににんまりと唇を歪めた。
「そこのライフセーバー、犯罪者にしか見えない目で女の子? を見ないでくださ〜い」
 空かさず飛んで来た託の声に、スヴェトラーナは首を横に振り「ではお気をつけて、楽しんで下さい」と挨拶を残し去って行った。

 それにしても輝目当てのナンパ途切れないのは、もう一つ理由があるだろう。輝は今日、パートナーの一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)七瀬 紅葉(ななせ・くれは)、友人の本名 渉(ほんな・わたる)雪風 悠乃(ゆきかぜ・ゆの)とビーチへ遊びに来ていた。
 だが、彼等は彼等でデートに忙しい。
 輝の方でも気を遣うので、必然的に一人――無防備――になる場面が増えているのだ。
 渉と瑞樹は歌菜がジゼルへ提案してメニューに加えられた、『一つのコップに二つのストローが入ってる例のドリンク』という定番アイテムをビーチで楽しみ、紅葉と悠乃もそれに対抗するが如くぴったりと身を寄せ合う。
「……デートか……いいなー」
 妻が不在な事に少しの寂しさを感じつつも、輝はパートナー達の一日を、微笑ましく見守っていた。



 あおぞらの裏手、倉庫にあたる場所で――
「あーもう何でバイトしなきゃなんないのよ!?」
 微笑ましいカップルも、夏の日差しも気に入らないとむっつりした表情でそう言ったのはセレンフィリティだ。
「セレンが無駄遣いしたからでしょ」
 セレアナがもっともな事を冷静なトーンで諭すのものの、セレンフィリティの曲がったままの臍は元に戻らない。
(本当なら死海で浮いた、浮いたとか言ってはしゃいでいるはずなのに……!!)
 何故今自分はこんなところで、裏で、仕事に勤しまなければならないのか。残念な事にセレアナの言う通り、原因の大部分というか全ては自分にあった。
 曰く。
 つい先日、セレンフィリティはどかんと入った夏の給料全額を、どかんとはたいてパラミタサマージャンボ6億ゴルダに挑み、どかんと玉砕したのである。
 その豪快さが彼女の良いところだが、悪いところでもある。愚痴を言ってみるものの、その都度――
「新婚生活に入って早々いきなり経済的ピンチを迎えるとかあり得ないわよ!」
 飛んでくるセレアナの呆れた態度の突っ込みは胸に痛いし頭に響く。
「はぁ…………う、うん……そうよね……私がやったのよね」
 遂に自分が悪かったと嘆息し、セレンフィリティは青い空を仰いだ。
(うん、こんな気分で表に出る訳にはいかないわね……)
 望まざるものであろうと仕事は仕事だ。 
 こんな顔で客の前に出て、彼等の気分を害してはならないと、セレンフィリティは頬をぱちんと叩き、気を取り直して中へと戻って行く。
「さって、と。
 気分を変えるには料理が一番よね!」
 腕まくりするような仕草で、厨房へ入ろうとするセレンフィリティ――殺人兵器級料理人――を、バイト仲間達が真っ青になって全力で止めに入った。
「えー、なんで!?」
 セレンフィリティ・シャーレット――
 その豪快かつ破壊的なセンスに気付いていないのは、何時も彼女ばかりらしい。