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森の聖霊と姉弟の絆【後編】

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森の聖霊と姉弟の絆【後編】

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【1章】地上にて:光を求む


<Side-A>

 深刻な顔をしているカイ・バーテルセン(かい・ばーてるせん)と、その前を歩くリト・マーニ(りと・まーに)
 リトの表情が厳しいものになっているのは事実だったが、彼女が今何を考えているのかを窺い知ることは出来なかった。ただ押し黙ったまま、足早に廃村を通り過ぎようと歩を進めている。
 そんなリトを辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)およびアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が追っていたが、二人の後方に続くカイたちにはその姿が見えていない。刹那は【隠れ身】で、アルミナは迷彩バンダナで、それぞれその身を隠していた。
 一方、重苦しい雰囲気の面々から目を転じると、一行の中には元気そのものという風にはしゃぐ少女の姿もあった。
「島には遺跡さんがあるらしいの。今日はみんな遺跡さんに向かうらしいの」
 及川 翠(おいかわ・みどり)が目を輝かせながらそう言うと、すかさずサリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)徳永 瑠璃(とくなが・るり) が彼女の話に食いついた。
「へぇ〜、これから遺跡さんに行くんだ〜……遺跡さんってことは……探検!?  私も探検に行く〜!」
「ふむふむ……遺跡さんですか! なんか違うような気もしますけど……探検はしたいですねっ!」
 翠に同調して声を上げる二人の様子を見て、「またか……」と溜め息を吐いたのはミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)。翠はと言えば、いつも通りの天真爛漫さで天に拳を掲げ、「遺跡さん、探検するの〜!」と意気込みを新たにしている。
「……あのね翠、遺跡に向かう理由分かってる? 分かってないだろうとは思ったけど……探検が目的じゃないのよ? まあ……言うだけ無駄だとは思うけど……」
 そう諦め半分で言うミリアに、翠はきょとんとして「違うの?」と小首を傾げた。

 ――そんな風に様々な契約者たちの一行が、古代遺跡へと向かってくるのを、H-1は目にした。しかし特別なアクションを起こすわけでもなく、少しだけ一行の様子を眺めてから彼女は遺跡の中へと踵を返す。
 小型飛空艇に乗って上空から周囲を観察していたイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)は、来た時と同じ正確な足取りで地下へ降りていくH-1の背中を、その時ちらりとだけ見た気がした。


<Side-B>

 今では全く人の気配が感じられない中央通りも、かつては村人の多くが行き交う場所だったのだろう。住居と共にいくつかの商店が立ち並び、生活の要となっていたことが覗われる。
 そんな中に、村唯一の診療所はあった。そこは同時にソーン・レナンディの姉ハガルが、女医として働いていた場所でもある。
 ソーンの凶行を止めさせようと説得するにしても、ハガルのことを知らなければ話にならない。そう考えたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とそのパートナーたちは、彼女の人となりを示すものを探そうと診療所を訪れていた。
 決して派手さはないものの清潔感にあふれた室内は、何故か最近まで人の手によって整備されていたようだった。小さな待合室も診察室も、病院にありがちな寄り付きづらさは極力排除されていて、小児患者用と思われる手製のぬいぐるみがソファの端に何体か積まれているのも見える。そうして診療所の中を見回してみても、ハガルの人の良さが滲み出ているような気がして、思わずリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は考えていたことを口にしてしまう。
「ソーンが造った機晶姫の体を持って、ヴィズとハガル二人の精神が緑の機晶石の中で仲良く二人とも一緒に居ると良いのにね」
 エースとしても、H−1へ緑の機晶石を組み込むこと自体は反対していなかった。頭ごなしに駄目だと言ってもソーンは止めないだろうし、リトの弟であるヴィズにも躯体は欲しい――そう考えていたからだ。
 しかし、共にリリアの言葉を聞いていたメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)はそれを鼻で笑った。シビアな彼には永い時を生きてきた者として、何か違うものが見えているらしい。
 無論、リリアとしても「それ」が何の解決にもならないのは分っている。それでもーー否、恐らくはだからこそ余計に、メシエの態度に憤りを覚えてしまうのだろう。
「二重人格とかあるのだから一つの体を暫く二人で使ってもいいじゃない」
 そう言ってリリアは、少し憤慨したように顔をしかめて二階へ続く階段を上っていった。
 メシエはといえば、彼女の様子にやれやれと肩を落としてから、【ディメンションサイト】を使って診療所内を調べ始める。
「……」
 二人と別れたエースは診察室に向かい、壁際のデスクを調べるために椅子を引いて腰かけた。
 すぐ際の本棚には患者ごとに束ねられたカルテが保存されており、腕を伸ばせばすぐに必要なものが取れるようになっている。エースはその内の何枚かに目を通すと、患者の訴えが多岐にわたっていることに気付く。島に一つしかない診療所らしく、内科でも外科でも高度な手術を必要とする者以外は、ほとんど全てがここで治療されてきたようだった。
 デスクの上には照明や治療器具が置かれている他に、病気や薬に関する分厚い手引書などが壁に沿って立てかけてある。その中で一番手前の、表紙に何も印字されていない本を手に取って、エースは中身を調べることにした。
 一番初めの扉の部分には、『診療日誌』と書かれている。署名もあり、流れるような字体でハガル・レナンディと記されていた。
 日誌は単に診療記録を並べた事務的なものではなく、治療行為に対する患者の反応やハガル本人の考え、感情なども吐露されていて、日記や手記といった方が正しいような内容となっていた。
 読み進めていくと、例の疫病の感染者について語られたページに差し掛かる。そこには未知の病に対する困惑と共に、患者の不安を払拭するべく最善の治療方法を探していくという、医者としてのハガルの決意が述べられていた。しかし、その日を境に異常なスピードで感染者の数が増え始めると、日ごとに彼女の焦燥の色が濃くなっていく。

 ――××月××日。
 私はまた患者を助けられなかった。
 この島を苦しめる疫病には、いまだ有効な治療法がない。それなのに、感染後発症するまでの期間は短く、致死性も極めて高い。今日見送った患者さんにも既知の抗生物質を投与してみたが、結論から言えばそれは全くの無駄だった。村民は皆知り合いという土地柄、今はほとんど村中がパニックに陥っている。離島を考えている人もいるらしいが、身内を亡くして全てを諦めてしまったような人も……。
 「医者のくせになぜ救えないのか」
 「本当は助けられたのに、お前が殺したんじゃないのか」
 診療所にも、何度かそう言って怒鳴り込んでくるご遺族の方がいらしたけれど、無気力になってしまった人を見るよりは、そちらの方がよほど良い。家族を亡くす辛さはよく分っているつもりだ。
 そういえば、最近になって昔父が言っていたことをよく思い出す。父はこの島に、『永遠の生命』を得る技術が眠っているかもしれないと、そう言っていた。古代――この辺りの島々で争いが絶えなかった頃、先人が発明したものの、今となっては忘れ去られてしまった技術。父は考古学的な興味からそれを調べたかったようだけど、あの日、この島の土を踏むことなく帰らぬ人となってしまった。父がもし、生前にその技術を見つけていたら……どうなっていたのだろう。父も、母も、亡くなることはなかった……? 私や、まだ幼かったソーンを残して、他界してしまうことはなかった……? けれどそれは、人が人であるための倫理観から外れてしまっているような気がする。医者としては確かにとても気になる技術だけど、それはきっと、人が持つべきではない力で……だからこそ、歴史がそれを忘れさせたのではないかと思う。今、私がその技術を手に入れたとして、島の人々を救えたとして、それが島の幸福に繋がるか――よく分らない。

 この記述を最後に、白紙のページが続いた。それでも何か見落としがないか、エースが日誌の後ろの方をパラパラとめくっていると、白紙続きのページの後に再び文章が記されていた。そこに書かれた文字はやはり整っていたが、日誌の前半やカルテに書き込まれていた女性的な流線型と比べると、やや刺々しく神経質な印象の字体である。日付の直後に「ハガルが目を覚まさない」とあることからも、別人による記述であることが覗われた。

『――ハガルが目を覚まさない。
 どこかそれなりの医療機関に連れていくためには海を越えなければならないが、それは負担が大き過ぎて不可能だ。地下室で見つけた時、ハガルの体は既に弱り切っていて、家から動かすことが出来なかった。せめて足が折れていなければ、自力で動けるうちに地上へ出られていたろうに……いや、これは帰りが遅すぎた僕のせいだ。
 しかし、元は島に蔓延する疫病に罹ったことから衰弱が始まったはずなのに、あの薬はいっこうに効いてこない。ハガルが命を賭して開発した薬が未完成だったわけはない。あれのおかげで、今僕は生きている。それなのに、姉さんが作った薬が、何故姉さんに効かないんだ。』

 時が経つにつれ、乱れた文字が多くなってくる。

『――この島に帰って来てもう何日も経ったが、僕は未だ生きている。ハガルの薬に生かされている。
 しかし、未だハガルは目を覚まさない。命を繋ぐ人工呼吸器さえ、その体の負担となっている。』
 
『――どうすればいい。どうすればハガルを救える? 姉さんの命は、今にも消えてしまいそうだ。他に生きている者のいないこの島で、僕だけが残されている。なのに何故、僕は姉一人救うことが出来ない? ……昔、父さんが言っていた。いにしえの時代には永遠の生命を得る技術があったと。それはこの島に眠っているかも知れないと。』

『――遺跡に行った。この島に災厄をもたらした忌々しいあの場所が、希望になるかも知れない。そこで見つけた古文書に、恐らくは精霊の機晶姫化というような内容のものがあった。成功には何らかの犠牲が必要らしいが、解読の価値はあるように思う。』