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第四章
盆踊り会場にて

 祭り太鼓の音は、花火の音に混じって聞こえてくる。
 葦原明倫館総奉行ハイナ・ウィルソンはこの日の為に、太鼓を練習した。本人は仕事の合間にちょっと練習してるでありんすよ、とか言っているが、実際には手にできたマメをつぶしてしまうくらいに全力でやっていた。つまるところ、本気である。
 パートナーの葦原 房姫は心配して、花火師と一緒にプロの太鼓叩きも雇おうと話を持ち出したが、ハイナが楽しそうに、イキイキと太鼓を叩く姿に心打たれ、彼女に一任することに決めた。
 そして今、ハイナはグラウンドの中央に立てられたやぐらの上で、盆踊りの曲調に合わせて太鼓をぶっ叩いている。
 そのやぐらを取り囲むように三重、四重に人の輪ができ、老若男女が楽しく踊っていた。
 時々テンポの激しいダンスナンバーが流れ出して一部の人々がキレのあるタップダンスや息の合ったステップを披露したりと観客を楽しませていた。
 ノーン・クリスタリアと御神楽 舞花がそこに混じる中、異彩を放つ者たちがそこにいた。

 神月 摩耶(こうづき・まや)をはじめとする四人の少女たちだ。
 法被に褌、頭に鉢巻、胸にはサラシ。露出度が群を抜いて高いが、摩耶はこれが祭りでの伝統的な正装だと思っている。
「だから皆もこの格好で行くんだよ!」
 と、パートナーたちに教え、四人ともこの姿だ。もちろん間違いです。
 四人ともスタイルがいいだけに、この格好だと扇情的でとても目立つ。
 摩耶は恋人のクリームヒルト・オッフェンバッハ(くりーむひると・おっふぇんばっは)と向かい合い、盆踊りの曲に合わせて、頬を摺り寄せるチークダンスに腰を激しく揺さぶるような、女性的な部分を強調する踊りを踊っていた。周囲の男たちの視線はすでに釘づけ。
「ふふ、摩耶、もっと行くわよ! ほらほらぁ!」
「よーっし! えい!」
 と、摩耶がクリームヒルトに抱きついた。
 その両手が色々な所をまさぐる。どうやら踊っているうちにどんどん気分がハイになっていったようだ。すでに周囲の視線など気にも留まらない。
 一方、その後ろでは彼女らのパートナー、董卓 仲穎(とうたく・ちゅうえい)翔月・オッフェンバッハ(かづき・おっふぇんばっは)が組となって踊っていた。
 豊かな胸同士を押し付け合って踊りながら、周囲にアピール。時々挑むような強い視線を周囲に送った。
「ちょ、穎殿……」
 そして翔月は、顔を真っ赤にして身体を何とか隠そうと必死に身体をくねらせていた。それが逆に煩悩を刺激しているのだが、どうやら彼女はまとものようだ。
 董卓は摩耶が言った格好に着替えたものの恥ずかしがって表に出ようとしない翔月を無理矢理引っ張り出した。そして両手でしっかりのホールドし、踊りに強制参加。
「あの……こんな恰好……それにもう、許してほしいのだよ〜〜!」
 と言いつつ、表情はどこか嬉しそう。顔の赤みも恥じらいではなく、興奮であるようだ。どうやら彼女も結構ハイになっている様子。
 そのまま踊り続け、四人とも汗だくになってきた頃、じり、と誰かが近づいてくる気配を感じた。
 三人は口元をにやりと浮かべ、翔月だけは顔つきが硬直したものの内心期待で満ちていた。
「摩耶、まだまだよ。皆が花火よりもあたしたちに注目するくらいに!」
「おっけい! ボクがんばっちゃうよ!」
「ほら、翔月様、動きがなってないですわ。もっと大きく、素早く! こんなふうに!」
「え、ええ? こ、こうか?」
 絡み合う摩耶とクリームヒルト、リードする董卓とぎこちない動きの翔月。それぞれが少しずつ特徴の違う踊り方に、周囲の男たちは次第に悩殺され、理性を溶かされていく。

「…………ん?」
 祭り太鼓を叩きながら、ハイナはふと眼下の変化に気付いた。
 あんなところ、空いていただろうか。さっきまで元気な四人の女の子たちが薄着で踊りまくってたと思ったのだが。
 それどころか、あの一帯だけやけに人垣が薄くなっているような気がする。
 気のせいだろうか。
「……気のせいでありんすな、これは!」
 きっと屋台に行ったり、花火を見に行ったりしたのだろう。そんな人がたまたまあそこの大勢いたのだろう。
 うん、きっとそうだ。
 そのままハイナは太鼓を叩き続けた。

 ちなみにその頃、摩耶たちは一部の暴走した男たちに捕獲し、捕獲され、いやに嬉しそうな悲鳴をあげて校舎裏までやって来た。
 そして男たちと、たまたま通りがかった運の悪い(運のいい?)客たちを捕まえたり、巡回中の警備たちまで巻き込んで、祭りが終わるまで濃密にいちゃいちゃし続けた。

■■■

 気が付けば、少し先のほうにいた、過激な格好と踊りを踊っていた人たちがいなくなっていることに綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は気付いた。
「凄かったね、さっきの人たち。どこ行っちゃったのかな」
「きっと疲れて休憩してますのよ。結構激しく動いていらしたし」
 パートナーのアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)も気になっていたようだ。
 二人は現役大学生アイドル。学生に芸能活動にと多忙な日々だったが、たまたま空いた日に祭りがあるということで二人でやって来た。おそろいの、白い生地に蝶と桜の花びらのの模様がちりばめられた浴衣を着て、屋台行列を一通り堪能。
 なによりも、本当に久しぶりの休みだ。射的や輪投げや金魚すくいで、激しくエキサイトしていた。甘いものも美味しいものもたくさん食べた。力いっぱい楽しまなければもったいないというものだと言わんばかりにはしゃでいた。
 その後、盆踊りの行列に参加し、今に至る。
 ゆったりしたリズムに乗りながら、食べた分のカロリーを消費しないとなあと思いながら、さゆみとアデリーヌはあっという間に過ぎていく楽しい時間を噛みしめる。
 彼女らは明日から日常通りの多忙な日々。羽目を外せるのはこういう時だけ。
「…………」
 一緒に踊るアデリーヌに対して、さゆみは時々考える。
 自分とアデリーヌは、そもそも種族が違う。
 アデリーヌは、吸血鬼。寿命はないと言われている。
 それはつまり、さゆみが寿命を迎えて死んでしまった後も、彼女は生きていかなければならないということ。
 もっとも、当の本人は自分が吸血鬼だということも忘れていたりするので、そのあたりの意識は案外低かったりする。
 とはいえ、それは遠い先の話で、でもいつか必ず起こる未来。
「ねえ、アディ」
「……ん? どうしましたの? お疲れですか?」
「ううん、そうじゃないんだけどさ……」
 さゆみは、アデリーヌの前に立つと、ばっと抱きついた。
「わ、ちょ、さゆみ!?」
 人が周りにたくさんいる中でいきなり抱きつかれて困惑するアデリーヌ。
「……最近さ、ちょっと考えちゃったんだ。私は永遠にアディと一緒にはいられないって」
「え……」
「でも、でもさ、思い出くらいは、残してあげられるからさ」
 そしてそのまま、柔らかい唇を重ねた。
 ざわ、と周囲がどよめくが、気にしない。もう耳にも入ってこない。
「…………」
 ――ああ、そういうことですの。
 しばらくそのままの状態で、アデリーヌは気付く。
 忘れかけていたが自分は、吸血鬼だった。この先何年、何十年、何百年生きるだろう。その中でさゆみと一緒の時間は、果たしてどれくらいか。
 いずれ訪れる別れを、意識してしまったのか。
 アデリーヌは、さゆみの目から溢れた涙を指で拭った。
「うん」
 そして自分の目からも、涙がこぼれた。嬉しいのか、悲しいのか。その理由は彼女らのみが知る。
「まだまだ、いっぱい作りましょう? ね?」
 そしてまた、長い長いキスをする。
 祭り太鼓と、美しい花火の夜空を背景に。

 このまま一緒に石像にでもなってしまえばいいのに。

 その願いは、花火とともに儚く散った。