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白百合会と未来の話

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白百合会と未来の話

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 2024年12月下旬、大晦日も間近になったある日、冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)は総合病院のベッドの上にいた。
 四角い四人部屋。白い部屋。白いベッドを区切るのは薄いピンクのカーテン。
 窓の外に広がるのは青い空。
 ただし盲目の彼女は、窓の外の明るさで晴れていることを想像することしかできない。
 感じるのは病院の少し高い室温、ベッドの固い感触。
 目が見えない時間は長く、白杖もあり、契約者でもある日奈々は空間の把握にも慣れていた。
 支えてくれる人もいる。
 特別、不便を感じることはなかった。
(昔に一つ決めた事がある。もし、この目が治る時が来たら最初に見るのは彼女にしようって。
 そんな日は来ないとずっと思っていた。もしもの話だと思っていた。けれど……)
 空気が動く。キビキビとした気配を感じた。
「冬蔦日奈々さん、お時間ですよ」
(今日、私は光を取り戻す。
 進歩したパラミタの技術で光を取り戻す事が出来る事がわかって。
 治療するのか、そうじゃないのかを悩んで、決めて)
「………………はい」



 冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は、手術室の上で光る「手術中」の表示をじっと見つめていた。
 目が痛くなるくらい見つめ続けて、ようやく目を伏せる。
 ベンチに座って揃えた脚の上でぎゅっときつく拳を握りしめていたが、握りすぎて手は真っ白に近かった。
(今日、あたしの一番大切な人は光を取り戻す。
 あたしが彼女と出会ったとき彼女はもう光を失っていた。だから彼女の瞳にあたしの姿が映った事はない。
 その彼女が今日光を取り戻す)
 千百合は、日奈々とパートナーで、そして夫婦だ。
(正直なところ少し、怖かった。姿を見られてがっかりされたらどうしようって。
 でもそれ以上に見てほしかった。あなたが手をとってくれたからこそ得る事が出来たこの姿を)



 やがてランプが消え、日奈々は千百合の付き添いを受けながら病室に運ばれた。
 空気の変化を肌に感じながら、日奈々のぼんやりとした意識は、徐々にはっきりとしてくる。
 閉じた目の向こうに彼女の気配を感じて、日奈々は深呼吸をしてゆっくりとまぶたを開き焦点を結ぶ。
 一番初めに見えたものは、見たことのない、でも誰よりも知っている顔。
 ツインテールに結んだ銀色の髪が照明に照らされている。少し影になった白い顔。真っ直ぐに見つめてくる青い瞳は泣きそうだった。
「あたしの事、わかる? 見える!?」
 それは日奈々が想像していたよりもずっと綺麗で美しくて、
「見え、ますぅ……千百合ちゃんの事……想像、してたよりも……ずっと、綺麗な……」
 日奈々の銀の瞳から涙がこぼれる。
 最愛の人の姿が見えることがうれしくて、光を取り戻せたことがうれしくて、涙で視界が歪んで、でもそれすらもうれしくて。
 歪んだ視界の向こうで、綺麗な青い瞳から零れる涙が見える。そして涙声になった千百合の声も聞こえる。
「日奈々……!」
 千百合は日奈々に抱き付くと、そのままぎゅっと抱きしめて、唇にキスをする。
 日奈々はそれでも目を閉じず、涙をこぼしながら千百合の姿を視界にとらえ続けた……。