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白百合会と未来の話

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白百合会と未来の話

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 その後、フランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)たちはヴァイシャリーに帰還し、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の館に迎え入れられた。
「久しぶりだな、従姉妹殿。世話になる」
 フランセットが差し出した手をラズィーヤは取って握手し、
「ご自宅には戻られませんの?」
「いや、今日はその久しぶりの再会を懐かしむという話だったろう。互いに遠く離れ、こういった機会もなかなか持てないことだし」
「そうでしたわね、ふふ」
 ラズィーヤは扇子の影で笑うと、控えていた侍女たちに彼女たちの世話をするように申し付けた。
「お疲れでしょう、ゆっくりお休みになっては? 夕食時に呼びにいかせますわ」
「済まない。ところで、彼女は……」
 フランセットは、侍女の一人に目を止めた。
 部屋にティーポットや茶菓子を乗せたワゴンを運んできた一人の侍女。それはかつて露出度の高いドレスに身を包み、同じ船に乗り、海で戦った百合園生の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)に違いなかった。
「ええ、侍女として採用しましたの」
「驚いたな。彼女と話してもいいか?」
「どうぞ」
 ラズィーヤの許可を得て亜璃珠に近づく。
「“原色の海”では世話になったな。就職おめでとう」
「……お久しぶりです。皆様のお世話係を仰せつかっております。本日はどうぞよろしくお願いします」
 亜璃珠は優雅に礼をする。侍女としては新参だがなかなか板についているようだ。
 フランセットはラズィーヤと血縁と言うこともあり賓客の筈だったが、新米の彼女も、ある程度海軍と面識や親交のある人物ということで、末席に加えてもらうことができたのだろう。
 亜璃珠としても、フランセットはこの通りの性格で礼儀にも煩くないので緊張せずに済んだ。
「……変わったな、いや、変わっていない……か」
 フランセットは彼女そんな彼女にくすりと笑った。
 侍女として胸元を覆った大人しいデザインのドレスを身に付けているものの、その特徴的な見事な縦ロールの黒髪は相変わらず。
 それに、ただの侍女の瞳ではなかった。遠慮がちな赤い瞳に好奇心と悪戯心が疼いているように見える。
「どうぞ、お掛けになってください」
「ああ」
 フランセットは促されてソファに腰を落ち着ける。隣では豪邸がそんなに珍しいのか、落ち着かなげにキョロキョロしている守護天使が、いやぁすごいですねぇとか、へぇとか一人感想を漏らしていた。
 他の部下は先に部屋に案内されて今はいない。
 ラズィーヤがごゆっくりしてらして、と去ってしまったので、亜璃珠は二人の客人たちの前にティーカップを置きながら、
「お部屋の準備は整っております。お召し物につきましてはお部屋に入りましてからご案内いたしますが、夕食時のお召し物もご用意がございまして、もしご希望がございましたら――」
「まさか、私にドレスを着て晩餐に出ろ、と? ……あぁ、だから貴族の暮らしは嫌なんだ」
 フランセットが顔をしかめると、守護天使はいいじゃないですか、と軽く言う。
 そういえば、何故彼がここにいるのか、亜璃珠は詳細を聞いていなかった。もしかして、もしかすると。
 亜璃珠の目が光る。
「……守護天使のボブだかジョージだかなんだかがフランセット女史の婿になると見た!」
 侍女の振る舞いはどこへやら。お茶菓子を置きながらつい昔のノリに戻って言ってしまう。他愛のない冗談のつもりだったが、
「え? 僕、結婚するんですか?」
 目をパチパチさせる守護天使。対してフランセットは呆れた表情を隠しもせず首を振った。
「……何を言ってるんだ。私には結婚はおろか恋人もいないんだぞ。冗談だろうな?」
「冗談よ。……ええっと、じゃあどうしてここにいるの?」
「……族長代理の父の跡を継ぐ兄の補佐をすることになりまして。族長代理補佐代理・兼・ヴァイシャリー臨時派遣員になったんです!」
 胸を張って誇らしげな守護天使だったが、どの辺がすごいのかはさっぱり伝わってこなかった。
 しかし成程、本人が前に言っていた「生まれ変わる」発言が何を差していたのかは理解した。
「まあ、生まれ変わるも何も、その前の印象が全然ないからなあ……その、ジャックさん?」
「ジャックじゃないです、アルカディアです! 覚えにくかったら愛称のボブでもいいですけど」
「そう、じゃあボブで」
 そんな二人のやり取りにフランセットは苦笑すると、亜璃珠を見た。その眼には優し気な光がある。
「しかし君は恐れ知らずだな。そこがいい所かもしれないが」
 紅茶で唇を湿らせると、軽く息を吐き、
「侍女の器には勿体ないと思っていたがな。……いや、それともあの従姉妹殿の『侍女』だ。それくらいでなくては務まらないか?」
 何か言外に含むような言い方だった。
「……?」
「美味しかったぞ。さあ、部屋に行こう。ドレスを選ばなくては、な」
 フランセットは立ち上がる。
 亜璃珠は準備を整え終えた部屋に案内しながら、今後の夕食の時刻や面会予定などを伝えていった。
 部屋に入り、備品の場所を案内し、既に用意されていたドレスを出してはどれが良いか訊ねる。
「どれでも同じ、と言いたいところだが」
「全く違うわよ。ほら、このラインとか。脚が見えた方がいいかしら?」
 二人きりで余計遠慮がないのか、亜璃珠は言葉だけは学生時代に戻ってドレスをお勧めする。勿論口以外は別なのだ。大人になったなぁと自分で思う。
 フランセットはエンパイアラインの、瞳と同じ色のドレスを選ぶと、溜め息を吐いた。
「私は……私がこの齢で中将なのはな、父と――ヴァイシャリー家の血のためだ。それに、国軍に組み込まれたのにも関わらず、ヴァイシャリーが独自の組織であった時の階級のままだったためでもある。
 同時にパラミタ内海で活動をしているのは、厄介ごとを押し付けてやろうという“偉い”方々の意図がある。
 私は従姉妹殿と違い、糸を操ることはない。縛られる者なりの制限の中で、楽しみを見つけただけだ。時に民のために糸を切る覚悟はあるつもりだが」
 亜璃珠はフランセットが衝立の向こうで脱いだ軍服を受け取る。張りのある生地は想像より重かった。
「君も今を楽しんでくれ。いや……君は、つまらないことはしない性質だったかもな」
「……ヘアメイクはどうする?」
「今日は髪を下ろそう。……そうだな、私にはセンスがない。任せよう」





 その後フランセットはヴァイシャリーに暫く滞在した後、部下と共に内海に戻った。
 青い海を渡り、新たな島々を発見し、その探索を楽しんで行っているという。
 相変わらずメイドの花妖精ヴィオレッタは結婚しろと口うるさいようだが。
 船医獣人の少女と何だかんだ口喧嘩しながらも仲良くやっているようだ。
 海兵隊所属のセバスティアーノはこの後、年上の大人の女性から連絡を貰って、船医から羨ましがられて弄られていた。
 主計長のウィルフレードも悪態をつきつつ一緒である。


 そして……フランセットがまだヴァイシャリー滞在中の日のことである。
 ヴァイシャリーの街中では一組の契約者がそれぞれの未来に向かっていた。
「――お前を、シャントルイユ商会の副会長に任命する」
「謹んで拝命致します」
 父を前に、フェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)は緊張の面持ちで立っていた。
 そして会長から親の顔に戻った父は、視線を少し逸らして、
「ところで、……見合いの話だが……この前は済まなかったな」
「……いえ、あれは、事故――ですから」
「二番目の姉のクロエが結婚して暫く経つ。やっと三番目にも話が来てな。お前は……その後で、いいか」
「……そのことはまたの機会に話しましょう。失礼します」
 軽く頭を下げると、フェルナンは父の部屋から出た。
 廊下から窓の外を眺めると、春の穏やかな青空が広がっている。
 彼は、……描きに行きましょうか、と、呟いた。


 シャントルイユ家から馬車で少し走る。
 村上 琴理(むらかみ・ことり)は、パートナーの家から自分の店に戻っていた。
 木材を内装の中心にした、落ち着いた雰囲気のブックカフェ。置いてあるのは紅茶と絵本、童話。そしてそのお話の中のお菓子が出てくる店。
 真新しい、自分だけの店……遂に明日、開店する。
 しみじみとしながらお湯を沸かしていると、扉を叩く音がした。
「はいっ」
 駆け寄って開けると、そこには一人の男性が立っていた。ウィルフレードだった。
「……今、帰りました」
「お帰りなさい。今、お茶淹れるから座っててください」
 琴理は紅茶を淹れて、明日お店に出す予定のアイシングクッキーを小さなお皿に入れて出した。これも物語に出てくるお菓子やアイテムの形をしている。
 彼は周囲を見まわしていたが、窓際の棚の一つに目を止めた。
「この本棚は随分空いてますが――」
「これからあちこちの、それに皆の物語が少しずつ増えていくんです」
 自分が旅先で買った本、出合った出来事。友人が聞いてきた伝承。そんなものをまとめていくつもりだ、と話す。
「……そうですか。知っていたら本を買って来たんですが。……あ、いや、遅れて済みません。開店おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 琴理は向かい側に座ると、自分の分のお茶を淹れた。
 お茶は少し苦い春の味がした。
「その、あの……次は、いつヴァイシャリーに帰って来るんですか?」
 もしも重大な任務の時は、突然出航する。いつ帰って来れるかも、どこに行くかも教えてはもらえない、そういうものだった。
 ウィルフレードは大抵非情に落ち着いた感情の分りにくい表情をしていたが、質問に言いにくそうにしてから、顔を上げた。
「次は一か月後の予定です。暫くこの仕事を続ける予定ですが……何年かしたら……ヴァイシャリー湖に戻って来ようかと思っています」
「そう、ですか。あの……」
「ヴァイシャリー湖なら長い航海はそうありません。海軍の本部に、陸に勤務するかもしれません。ことによっては軍を辞めて普通の商会に勤めるかもしれませんが……先の話は、まだ」
 その中にはフランセットの結婚も含まれているのだろう、と言うことは何となく解った。今の仲間たちとの航海を楽しんでいることは琴理も知っていた。
「それよりも聞いておきたいことがあるのですが」
 彼は言葉を区切ると、ティーカップを置いた。そして彼が口を質問を投げるより早く、彼女は答えた。