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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~
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リアクション


第2章 眠りし女王 10

 千代田区の地下にあるとされる謎の空間に向かって、地下トンネルを進む一団があった。
 その中心たるは石原肥満金 鋭峰(じん・るいふぉん)である。その地下空間にはアムリアナ女王が眠っているとされており、来たる15日の決戦のために彼女の力を借りようと石原たちは考えているのだった。
 その道中、護衛役の一部が石原に呼びかける。
「石原さん」
 声をかけたのは、貴族的な上品な雰囲気と達観したような視線の不思議な魅力を持った、一人の青年だった。名は――黒崎 天音(くろさき・あまね)。興味の対象に対する知的好奇心が旺盛な、歳にしては実に老獪な性格を持ち合わせた青年だった。
 振り返った石原に対して、彼は静かに語りかける。
「衝突するだけで、またすぐ離れるはずだったパラミタと地球を繋ごうとするあなたに、いくつか聞きたい事があるのだけれど……良いかな?」
「……なんじゃ?」
「この時代のあなたも既に気付いているとは思うけれど、契約者……つまり、“コントラクター”となった地球人は強力な異能を得る事になる。それは素晴らしい事かもしれないけれど、同時に利益を独占しようとする思惑に人生ごと翻弄され、稀有な才能を持っていたばかりに今も解けない呪いに身を蝕まれる者もあれば、契約者に対する差別を生む事にも繋がった。『化け物』と呼ばれる事なんか……珍しくもないしね」
 まるでこれまでのことを思い返すように、彼は続けた。自嘲的な笑みさえもこぼす。
「確かにそう、化け物じみているよ。望んで得たわけではないものの為に、地球に居場所が無くなった契約者も少なくはないと思うね。しかも、コントラクターになれる可能性が高い地球人は、若年者であるほど割合が多い――これがどういう事態に繋がるか、想像がつかないあなたでもないでしょう?」
 望もうが望まざるがに拘わらず、異能の力を身につけてしまう契約者たち。若い力というのは活力だが、同時に幼い精神性が危険にさらされることも意味する。
「それを予想し理解していながら、2009年6月15日――世界を繋ぐだろうあなたの真意を知りたいと僕は思っている。彼がそう願っているように、『契約者は危機状態にある二つの世界を救う為に現れた』のかな? もっとも、そんな事を望んで契約者になったんじゃない、っていう人が大方だろうけどね」
 天音は皮肉げな笑みを浮かべる。
「あなたは、実際のところどうして二つの世界を繋げようと思ったのかな?」
「それが、わしの宿命だからじゃよ」
「……宿命」
 天音は感情無く零した。肥満が続ける。
「パラミタと地球を繋げることで様々な事が起こるじゃろう。良い事も悪い事も、取り返しのつかぬ事も。言い分けなどする気は無い。特に“君たち”にはな。もっとも、元より、そんなことができるほど身綺麗に生きてきたわけでも無いが」
「良い死に方はしなそうだね」
 天音の言葉に、肥満は少し笑ってから、皺だらけの片目の瞼を僅かに上げた。
「わしは、まだ見ぬ『友人』に助けを求められ、そして、あの若き日に描いた夢を忘れていない……だから、ここにおる」
 肥満の答えはそこで終わった。
 彼は歩みを進める。その背中を見つめながら、天音は自分の問いをもう一度振り返っていた。
 と――ふと、別の声が天音に囁いた。
「お前は、我との契約を忌まわしいものだと思っているのか?」
 声を発したのは、天音の隣にいたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だった。彼は哀しげにも見える光を瞳に湛え、天音を見つめていた。
 もしも――もしも、二つの世界がなかったことになり、この未来もなかったことになったならば……ブルーズと出会えることもなかっただろうか?
「馬鹿だね」
 天音は薄く笑った。
「僕は…………ブルーズと出会えて、感謝しているよ」
 その答えにブルーズは顔を真っ赤にする。モゴモゴと何か言っていたが、それがハッキリと言葉になることはなかった。
 と、天音との会話が終わって先を歩む石原の身体に、ある女がすり寄ってきた。
「ふふっ……あなたって、難しいこと考えてるのね」
 それは、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)という女だった。
 無論、契約者である。だが、彼女は鋭峰団長の作戦下にあって行動しているタイプではなく、むしろ自由を好む美女だった。石原たちと合流したのも、他のヤクザ者たちをその美貌と魅力で傘下に置いていたことがきっかけになっている。
 腕をからめてくるやけに親しげなリナリエッタの様子に石原は好々爺然と笑んでいた。
 リナリエッタは石原に絡みながら世間話をする。本当に、他愛のない話だった。好みのタイプや、好きな食べ物、彼女は石原の答えの一つ一つに愉快げにくすくすと笑う。
 だがやがて――その目が細まったとき、彼女はある質問を投げかけた。
「そういえば……観世院公彦って知ってる?」
「…………」
 わずかに、肥満の眉が寄った。古い傷跡に触れられたような、そんな顔だった。
「彼がどうなったのか、私、知りたいの」
「どうしてじゃ?」
「ちょっとした……知り合いだったからね」
 ふと、その言葉を口にするときだけは、リナリエッタの顔が哀しげに歪んだ。
 肥満は、ああそうか、と悟った。
「あの男が死んだのは、『あれから』すぐのことじゃった」
「……」
 リナリエッタがゆっくりと息を落とす。彼女の手は肥満の腕から離れていた。
「生まれも育ちも住む世界もまるで違うわしと同じ夢を持ち、わしが這い上がるために随分と便宜をはかってくれた。死した後も、彼が育てた人材はあらゆる方面でわしを助けてくれたものじゃ。振り返れば、互いの出会いは運命とでもいうべきものだったかもしれんよ」
 リナリエッタにとってはわずかな期間の出来事でも、肥満にとってはすでに何十年も前の話だった。すでに彼の中では決別も踏ん切りもついているのだろう。遠い記憶を遡って語る彼の姿は、公彦との思い出の美しさを思わせた。
「そう……」
 妖艶な美女はその影を薄くし、押し黙った。
「そういえば、観世院の筋でアラブに居るあの子は公彦に良く似ておったな。外見だけではなく、心の底に持つものもまた似ておるようにも思う」
「……それって……」
 つぶやくが、それ以上のことを彼女は口に出来なかった。
 やめよう。いまは、公彦の死を抱えることで胸が一杯だった。
「…………」
 リナリエッタは黙ったまま、肥満から離れて後方に下がる。
 その姿を一度だけ見やって、肥満は先へと歩んだ。