百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

白百合革命(第1回/全4回)

リアクション公開中!

白百合革命(第1回/全4回)

リアクション


第2章 白百合団再結成の相談

 百合園女学院の生徒会室では、白百合団員達が役割分担について話し合っていた。
「オレは瑠奈が進めていた議会提案の件、事務仕事を進めとく。
 裏の面倒事は引き受けとくから、風見団長たちが心配なヤツは遠慮なく出かけていいぜ」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、年長者として、感情を抑えて団員達に穏やかにそう言った。
 本当は、ゼスタと瑠奈を探して、飛び出したかった。
 だけれど、年長者として行うべき事は――瑠奈の仕事を引き継ぐこと。
 団を支えることだと信じて、自分を制した。
「立場はヒラのイコン班だけど、教育実習でそういうのは慣れてるからな!」
 心配げな団員にそう声をかけて励まして。
「行っておいで」
 感情を抑えて、穏やかな顔で皆を見送った。
 その後は――一変して、厳しい顔つきになる。
「ゼスタ、瑠奈が消えて……優子達も倒れている。
 これって、この大事な時期に団のブレーン……腹芸、駆け引きができる人間がこっそり消えてるってことなんだよな。どうも偶然の一致とは思えねぇ」
 そのあたりも、ミケーレ・ヴァイシャリーに尋ねてみよう、と思うシリウスだが。
 ミケーレとは全く面識がなく、白百合団員として役職を持っているわけでもないから。
「いきましょう」
 副団長のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が資料を手に立ち上がる。
「ああ、同行させてもらうぜ」
 イコンとパワードスーツなら関係も近い……かもしれない。
 そんなことを思いながら、シリウスはロザリンド、それから班長の桜月 舞香(さくらづき・まいか)に同行し、ヴァイシャリー家へと出発した。

 ヴァイシャリー家の壮麗な門扉の前に馬車が止められていた。
 出迎えに訪れた、パイス・アリルダの誘導のもと、馬車に乗ってミケーレが待つ館へと到着を果たした。
 3人が通された部屋は、小さな――といっても、12畳くらいの広さはある――応接室だった。
 すぐにミケーレが姿を現す。
「白百合団で副団長を務めております、ロザリンド・セリナです。どうぞよろしくお願いいたします」
「同じく、班長を務めております、桜月舞香です。お忙しい中、お時間をいただきまして、ありがとうございます」
「自分は、イコン班のシリウス・バイナリスタです。初めまして、お世話になります」
 起立して、3人は頭を下げた。
「ミケーレ・ヴァイシャリーだ。初めまして、こちらこそよろしくお願いします」
 ミケーレは微笑みを浮かべて、3人に座るように勧め、自分は向かいに腰かける。
 そしてメイドによりお茶が出され、側にパイスを控えさせたまま、相談は始められた。
「風見団長が進めていた方向の維持で進められたらと思います」
 シリウスは瑠奈がゼスタ達とまとめていたという資料を手に言う。
「資料に載っていないことで、風見団長と何か相談をしていたことはありませんか?」
「警察の発足についてはヴァイシャリー家としても、望ましいことだとは思うが、瑠奈さんの案はまだまだ弱いと指摘していた。議員達を納得させるような……事例かなにかがないとね」
「はい、議会でのプレゼンの準備といたしまして、このようなものを作成してきました」
 ロザリンドは、現在の成人、ないし卒業した百合園女学院の契約者、白百合団員での戦闘経験がある者、警察機構的な組織でも動けそうな人について、まとめてきていた。
「そして今も、白百合団員は事件の解決の為に動いています。こちらも実績として報告できるものと思います」
 ミケーレはロザリンドの言葉に頷きながらリストを見る。
「……かなりの人数がいるね。特に戦闘面で活躍した団員が多いのは――桜谷団長の時期らしいね」
「はい。当時、戦闘面での指揮を執っていたのは、ご存じのとおり神楽崎優子元副団長です」
 当時、前線で活躍した者の多くが、短大を卒業し社会に出ている。
 鈴子は既に働いているし、優子も来年の3月には百合園を卒業するだろう。
「風見団長は、学生達だけで守れる体制はもう作れないと察したんでしょう」
 ミーティングの時の瑠奈の言葉を思い返し、シリウスが言った。
「それで、生徒会執行部をなくし、生徒会を一般的な生徒会のみとして、警察の下部組織としての白百合団の再結成の提案と話が進んだようですが」
 ロザリンドは、これまでの活動を思い浮かべながら語る。
「今までも白百合団が様々な活動をする際に、警察の権限がないために、制限を受け、受け身に回ることや、浅い調査しか行えないということが多々ありました。警察と同程度の動きが出来るようになれば、それらの問題を未然に防ぐことが出来るかもしれません。
 それから、国軍に編成されたヴァイシャリー軍や他校である教導団に比べると、何らかの事態の時に独自に動いたり、ヴァイシャリーの意向を反映させやすいという利点があるかと思います」
「……ふむ」
 ミケーレは手を組んで考え込む。
「議会の承認を得るための、ヴァイシャリー側の利点をもう少し考えてみようか」
「はい。政治に詳しい友人に聞いた話の受け売りなんですが、警察組織の概要とそのメリットについてまとめてみました」
 舞香がノートを開いて、読みあげる。
「『生徒会の執行部たる今の白百合団は、あくまで学校という私的領域内の秩序維持に当たる自警組織でしかありません。
 校外で起こる事件に対処し捜査や逮捕等を行う権限は本来無いのです。

 契約者も多い組織であり、ヴァイシャリーでは高い知名度と信頼を有する組織という事もあって、契約者への依頼という形をとる事である程度の越権行為は黙認されてきたのが実態です。
 しかし、凶悪な事件が増える中で、組織としての権限と限界を曖昧にしたままでは組織の信任を揺るがし、ヴァイシャリーの治安維持にも支障を生じる事になるでしょう。

 軍隊と警察の最も大きな違いは、軍隊が外国の侵略からの防衛や反攻に当たるのに対して、警察は国内の治安維持に当たるという事だとされています。
 国内法の及ばない外国で活動する軍隊はその性格上、超法規的な活動がある程度是認されるのに対して、警察は司法警察官なので議会等の定めた法規に拘束されます。
 それ故に、警察組織は議会の制御下に置かれて、議会の定めた政策を遂行する実行部隊として、政策の実効性を高める効果が期待されます。』」
「なるほど、議員が受け入れやすい案だね。
 ただ、まだ少し……何か説得力というか、やはり事例が足りないかな」
 ミケーレは舞香の提案に2、3度頷いた。
「ただ、デメリットもあります。
 ミケーレ様は、学生運動ってご存知ですか? 地球ではかつて、学校の自治や戦争放棄などを掲げた学生達が警察と激しく衝突したことがあるんです」
 ミケーレの頷きを確認してから舞香は言葉を続ける。
「当時の学生達はみんな、自分達の愛する学校や、友人や、平和の為に、正義と信じて戦ったのです。でもそれは、警察の掲げる社会秩序とは相容れなかった……。
 学生の未熟な正義感など尊重するに値しないと切り捨てられたのです。
 学校に警察権力を介入させるというのはそういう事だと、教えられました」
 舞香は不安げにミケーレを見る。
「それでも白百合団を警察にするべきなのか。
 あたしは、自分で自分の提案に自信が持てません……」
「他にも、問題はあります」
 ロザリンドもミケーレを真剣な目で見る。
「下部組織とはいえ、従来警察的な権限を持っている者にとっては、面白くないところもあるかと思います。
 そして、権限使用了承の有無の判別が付きやすくなければ、傍目には権利を持つのか分からない点。
 こちらにつきまして、ミケーレ様のご意見をお聞きしたいです」
「従来警察的な権限を持っている者……とは、軍のことかと思うけれど、こちらに関しては、議会の承認が得られた際には、ヴァイシャリー家に任せてもらって構わない。
 現在は警察的な役割も、国軍が担っているが、軍人の中で治安維持に努めたいと思う者がいるのなら異動という形で、警察官になれるよう配慮できると思う。
 権限については、学生に与えられることはないだろうが、指揮をする者――教官や、団長は組織の管理職をつけ、その者の指揮により、もしくは承認により権限が発生するようにしてはどうかという案を貰っている。学生以外には、普通の警察官と同じ権限が発生するよう、それを証明する警察手帳が発行されるだろう」
 ティーカップに手を伸ばし、一口紅茶を飲んだ後、ミケーレは続ける。
「学生運動に関してだけれど。
 地球の学生運動は、例えば日本なら、日本の政治と、未来の日本を担う日本の学生達の戦いだったんじゃないかな?
 百合園と、ヴァイシャリーは違う。
 今の白百合団は、実質、君達、地球から訪れた留学生の女の子達が中心となった戦闘組織だ」
「違います。白百合団は……」
 舞香が反論しかけるが、ミケーレが遮る。
「だが、多くのヴァイシャリーに住まうシャンバラ人からすると、ヴァイシャリー1の戦闘能力を誇る外国人団体であることに変わりはないんだよ。武具の取り扱いや、戦術の授業があり、イコン格納庫があって尚、君達は違うと思っているんだね」
 ミケーレは案じるかのような表情を浮かべて言う。
「つまりはね、風見団長の案は、白百合団の指揮権を、ヴァイシャリーに移すというものでもある。これまで、地球人が握っていた白百合団の長としての権限を、キミの言う、ヴァイシャリーの議会の制御下に置くというものだ」
 舞香は不安気に眉を寄せた。
「戦術を学ぶことも、イコンの設備があることも、多くの百合園の学生は望んでいないんじゃないかな?
 ただ、友を守るためにと、契約者としての力を有しているから、戦う力があるからという理由で、君達は戦いに駆り出されていた。
 百合園は本来の姿に、――『お嬢様学校』に、戻っていくべきだと思う。
 学生は学生としての、友の守り方がある。
 自らの意志で、戦って守ることを望む者がいるのなら、白百合団に所属して仲間を守るために戦っていけばいい。
 そして、卒業後も百合園やヴァイシャリーを守り続けたいと考えてくれるのであれば、そのまま警察に就職してくれれば、ありがたい」
 ミケーレは3人の顔を見回して、問いかける。
「戦闘行為を治安維持活動を、学生活動だと思っている子はいないか? 卒業したら、現役の学生に任せればいいと思っている子はいないか? ……思い込まされていないか? 大人達に」
「……ある程度の年齢で、白百合団を離れる者は実際、少なくはありません」
 ロザリンドが神妙な顔で答えた。
「大人も、政治家も君達のようにピュアじゃない。ヴァイシャリーの防衛は君達に任せておけばいいと考えている大人もいる。戦いは嫌いだから、傷つくのは嫌だから、地球人の精神的に未熟な若者が傷つき、血を流せばいいと。力を持っているのだから当たり前だと、その為に地球から訪れたのだろうと、自分も力を持っていたら前線に立つのにと言い訳しながら」
 百合園には契約をしていないパラミタ人も多く通っている。
 その子供達を守るのは、本来保護者であるはずだが、登下校の警備などは、保護者会ではなく当然のように白百合団が担っている。
 そうせざるを得ない。
「そういう大人達も納得できる案である必要がある。
 それからね、百合園の生徒が所属する白百合団は警察になるわけじゃないんだよ」
 ミケーレは不安げな表情の舞香に優しい目を向ける。
「警察的な権限を有した者が教官や顧問としてつくだけで、学生の白百合団の役割は今と変わらないんだ。
 ヴァイシャリー側としては、準警察官として、ヴァイシャリーの治安維持に努めて欲しいと思い、風見団長と交渉をしたんだが彼女は絶対に譲らなかった。
 『学生達が力を用いるのは友達を守るため。自分の大切なものを守るため、だけ』だと。それは絶対に譲れないと。警察からの『任務』にも応じない。学園内部の事件以外の協力の依頼は、生徒会を通し、生徒達の自由意思で、協力するか否か決めるという形……今まで通りだよ」
 続いて、ミケーレはロザリンドとシリウスに視線を移す。
「学生以外の契約者が所属する百合園配属の治安維持部隊、こちらは警察の一部だ。ひとくくりに白百合団と呼ぶかどうかについては、まだ聞いてないし、学生達の団についても白百合団という名を使うのかどうかも、風見団長と、キミ達が決めることだ」
「色々と、難解ですね……」
 シリウスはエセンシャルリーディングの能力で、要点を頭に叩き込みながらも唸り声を上げる。
「やはり風見団長達の力は必要でしょうね。ミケーレさんは、風見団長達が失踪した事件について、何か心当たりはありませんか?」
 カンでしかないが、失踪事件が白百合団の再編と何らかの関係があるのではないかと、シリウスは感じていた。
「ご存じのとおり、風見団長とゼスタ・レイラン先生が行方不明になっています。
 そして、レイラン先生のパートナーである、神楽崎優子隊長が不調で倒れています」
 ロザリンドもそう説明をした。
「ゼスタ・レイランとは俺も親交がある。彼には何度か連絡を入れたが、まだ返事はない。厄介な事件に巻き込まれているようだけれど、2人の行方について、俺には見当がつかない」
「そうですか……この件につきまして、何かご指示はありますか? 白百合団で得た情報をお伝えした方がいいでしょうか」
「聞かせてもらえれば助かる」
「わかりました。それにしても……」
 ロザリンドはため息をついて続ける。
「団長は恋人出来たりヴァイシャリー家の方から指輪をプレゼントされたりした所に行方不明ですから、お二人とも心配されてるでしょうね」
「恋人に……指輪?」
 怪訝そうな顔をするミケーレに、ロザリンドは、瑠奈に恋人が出来たこと。
 そして8月末には合宿で、違う男性――ヴァイシャリー家の男性から、指輪を渡されたらしいことを、話した。
「……何やってるんだ、あいつは」
 ミケーレは軽く苦笑しただけで、この場では何も語らなかった。