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リアクション
【リネン・エルフト&ヘリワード・ザ・ウェイク&フェイミィ・オルトリンデ】
「フリューネ! リネン! いる!?」
突然そんな切迫した声とともにロスヴァイセ家のドアは大きく開かれた。
内側にたたきつけられたドアが大きな音をたてて跳ね返る。ばたばたと走ってくる足音がして、何事? という表情でフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)が玄関ホールに現れた。
「あなた、ヘイリーね。フェイミィも。
どうしたの? いきなり。驚くじゃない」
フリューネは、そうして飛び込んできた相手がヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)とフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)であると知った瞬間、驚きの表情を緩ませ歓迎の笑みを浮かべかける。しかしそれも一瞬のこと。すぐさま2人の様子が尋常でないことに気づいて、さっと笑みを消すと彼らの元へ早足で駆け寄った。
「どうしたの? 何かあった?」
「フリューネ、リネンは一緒じゃないの?」
「いないわ」
「そうか」
フリューネの返答に、フェイミィの表情が沈み、瞳が陰る。
「もしもと思って来たんだけど……」
ヘリワードも同じだ。
2人の様子にますますフリューネは胸を掻き立てられた。
「彼女に何か起きたのね? もしかして――」
「ああいや、そうじゃないんだ。命の危険はない……たぶん」
「命は? でも危険な状態にあるのね?」
これにはどう答えたものか。考えあぐねて思わず視線を合わせた2人を見て、フリューネは自分の言葉が正鵠を射たのだと知った。言葉として聞かなくても分かる。リネンは危険な状態に陥っているのだ。
「彼女に何があったの? 言葉を濁さずはっきり言って!」
「リネンは……どうやら、さらわれたらしい」
それからのフリューネの行動は迅速だった。
空賊のコスチュームに身を包み、愛馬エネフに飛び乗って瞬く間に空へ駆け上がる。
フェイミィの言葉を聞いた当初、フリューネは、リネンがさらわれるなどおかしい、リネンほどの人を連れ去ることができるような相手ならみんなに救援要請をかけるべきだと言った。しかしこれに、なぜかフェイミィもヘリワードも難色を示した。
『いや、それは……』
と、歯切れも悪い。
『どうしたの? あなたたち、リネンのことが心配じゃないの?』
パートナーである2人がリネンを心配していないはずはない。なのにこの態度。
『まだ何かあるのね?』
フリューネは直感し、詰め寄った。
『犯人は分かってる……おそらく、居場所も……』
「――まさか、同じ空賊団の者たちだなんて」
いら立ちがそのまま言葉となったようなつぶやきがフリューネの唇から洩れる。
彼女の瞳は怒りに燃え上っていた。それは、恋人をさらわれたということだけに限らず、それをした相手がこれまでずっと仲間と思ってきた者たちであるという衝撃からでもあった。
弱きを助け強きを挫く。それが空賊団、義賊のモットーだ。とる手段は犯罪と紙一重かもしれない。しかし、心まで犯罪者になったりはしない。それが誘拐などに手を染めるなんて。
「リネンは空賊団を再編しようとしてたの」
背中越しにもフリューネの発する怒りの気をひしひしと感じたヘリワードは、その背中に向かい、理解を求めようと説得を試みる。
「始めたのは去年の冬だったかな……。このままだとタシガンの裏の顔に祭り上げられかねないってね。シャンバラ、タシガン空峡の治安も良くなって、国も安定してきた今、義賊という立場を残すのはよくないだろうと」
「だから!? 私たち空賊団はそのために結成されたでしょう? それが叶い、私たちは不要となった。喜ぶべきことだわ。なのに今度は自分たちが犯罪者となるというの!?」
「それは……」
「本末転倒もいいところだわ。まさかそんな者たちだとは思わなかった!」
「…………」
「なに? キミたちは彼らの味方なの!?」
自分と2人の温度差を鋭く感じ取って、フリューネの詰問が飛ぶ。
「そういうわけじゃ、ないけど……」
フリューネはこのことについて今知ったばかりということもあり、腹を立てきっている。しかし数カ月前から渦中にいて、説得にあたっていたヘリワードとフェイミィは、彼らの言い分を聞き、話し合ってきたせいか、こう動かずにいられなかった彼らの気持ちも分かる気がしていた。
彼らだって、本当は分かっているのだ。
さらって、閉じ込めて。無理やり手元に引き止めて、何も起きなかったことにしようとしたって、どうにもなりはしない。リネンは心を決めているし、事態は引き返せないところまで動いている。もはや『シャーウッドの森』空賊団解体は避けられない。
「古くから有力な山賊や海賊が名家の籍を得て体制側となったように、ロスヴァイセ家の名を得る形ならきっと文句も出ないわ」
リネンにそう言って、焚きつけたのはヘリワードだった。迷っていたリネンの、あれが最後のひと押しになったに違いない。だけどそれはただの希望的観測にすぎなかった。
リネンたちと同じものを見てきた者たちだ。同じものを聞き、同じことを感じていたはず。そんな彼らがリネンたちのように気づいていなかったはずはない。彼らだって自分たちの役割が終わろうとしていることをひしひしと感じていたはずだ。そして内心あせり、ジレンマにとらわれていたそこで、はっきりとリネンが解体を告げた。はっきりと目の前に突きつけられて――彼らはただ、混乱してしまったのだ。
混乱し、自暴自棄になってしまった結果、後先も考えられずにこんな行動に出てしまった。
事態を引き起こしてしまったのは考えの足らなかった自分たちだと思うと、やはり事件にはしたくなくて。きっとリネンもそう思って、彼らに従っておとなしくついて行ったのだと思う。彼らを説得するために。
彼らはきっと、今ごろ自分たちに負けないくらいこの事態にとまどい、パニックを起こし、自分自身対処できずにいるに違いないだろうから……。
重いため息が出た。
このことをフリューネに話すつもりはなかった。
フリューネの言うとおりだ。彼らは決してしてはいけないことをした。いくら衝撃的だったとはいえ、己の信念に悖る行為だ。そのことに言い訳はきかない。
それに――もしかしたら、彼らはこうされたかったのかもしれない。無意識的にかもしれないが。
自分のたてた推測がほぼ正しかったとヘリワードが悟ったのは、郊外の工場跡地のような彼らのアジトへ正面から乗り込んだときだった。
フリューネはまったく容赦がなかった。鬼神のごとき怒りで槍をふるい、そこにいる者をねじ伏せ、はじき飛ばした。
「義賊としての矜持がまだ少しでも残っているのなら、恥を知りなさい!」
ダンッ!! と石突きで地面を打つ。
「だってよう……」
フリューネの放つ怒号に意気をくじかれた男がついに目じりに涙をあふれさせ、ひざをついた。連鎖するように次々と男たちはその場にひざをつき、目をおおって泣き出す。
彼らの姿にフリューネは思い切るように一度目を閉じ、開いた。
「リネンはどこ?」
男の1人が2階を指した。フリューネは壁にしつらえられた階段を駆け上がっていく。その途中で1度だけ振り返ったとき、ヘリワードがうなだれた彼らの丸まった背中に手を伸ばしているのが見えた。
あの場はヘリワードに任せるのが一番いい、そう思い、フリューネは残りの階段を駆け上がった。
「ごめんなさい、フリューネ。あなたを巻き込むつもりはなかったんだけど……」
大分あとになって、ロスヴァイセ家のベランダで2人だけになったとき。リネン・エルフト(りねん・えるふと)はあらためてそう謝罪した。
「私、ちっともうまくできてないわね」
自嘲の響きで少し笑うリネンをフリューネが見つめる。
「リネン。この前、近いうちに会えないかって訊いてきてたわね。話したいことがある、って。今してることにある程度目途がついたら、って……。
それって、このこと?」
「それもあるけど……違うわ」
「違うの?」
「ええ。今度のことについてはいろいろ説明しないといけないのは分かってるけど……でも、それより……一つだけ今言わせて」
さあ、言うのだ。
リネンはベランダの柵に置いた手にぎゅっと力を込め、静かに息を吸い込み、止めて、振り返ると一気に言った。
「フリューネ、結婚しよう?」
「いいわよ」
リネンの決意と比べてやけにあっさりと、フリューネは答えた。
リネンは少々あっけにとられてしまう。どんな答えが返ってくるか想像できていたわけではないが、少なくともこんな風ではなかった。
「……いいの?」
「私、そう言わなかった?」
気が抜けた様子のリネンにフリューネはくすりと笑う。
「なぁに? 断ってほしかったの?」
「あの……でも、私たち、まだ付き合いだして日が浅いし……」
「そうね。でも私たちは、それまでの間が長かったから。私はもう十分、リネン・エルフトという人を知ってる。これ以上時間をかける必要なんて、私たちにはないんじゃないかしら?」
暁に焼けた空を背に、フリューネはそう言って、静かに笑った。
その会話をバルコニーの下で聞く者が2人。
「あーあ。あの2人もついにゴールインかぁ。……ととっ」
気配りが足りなかったかと、ヘリワードはあわてて自分の口を押さえる。
そんなヘリワードを見て、笑って、フェイミィは肩をすくめて見せた。
「いいんだ」
「へぇー。あんたもずい分聞き分けがよくなったのね」
「なんだそりゃ」
「だってあんた、リネンにぞっこんだったじゃない。でしょ?」
「まぁな。けど、自分でも不思議なくらい、胸は痛まねえ。ああ、来るべきときが来たなあ、って思うくらいかな」
いつかこうなるのは大分前から分かっていた。その「いつか」が今日だったというだけだ。
それは、前もって何度もこの光景を思い浮かべ、シュミレーションしていたせいなのかもしれないし――フェイミィのことを優しいと言ってくれた、彼女のおかげなのかもしれなかった。
自分自身、心から2人の幸せを祈れることがうれしく、誇らしい。
このことを話したなら、きっと彼女は「よかったわね」と笑ってくれるだろう。今度空大へ訪ねて行ってみようか?
夕方の風が、さあっとほおをなでていく。
「ああ。もう春も終わりだな」
フェイミィは風を追うように空を見上げ、ふっきれた笑顔のままつぶやいた。