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恐竜騎士団の陰謀

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恐竜騎士団の陰謀
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13.新しい目標



 あの大騒ぎから一夜明けたが、まるで何事も無かったかのように闘技場では風紀委員の試験が行われていた。
 昨日までの違いをあげれば、一番高いところにある特等席にバージェスの姿が無いことと、あとは闘技場の一部が崩れて侵入禁止になったことぐらいか。
 どちらも、たった今試験を受けている高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)にはあまり関係の無い事である。
 イリテーターの、一度噛みつかれた二度と離してくれなさそうな牙を掻い潜りながら、一度だけバージェスが居たらしい場所を見上げたが、とりあえず誰かは上から試合を見ているらしい。誰かはわからないが。
 ここも、あと極光の谷という採掘場も、襲撃を受けたのに翌日には平常営業という様子は中々に逞しいと思えるものがある。風紀委員に連行されるのが嫌だから、という発想で試験を受けた悠司ではあるが、案外正解だったかもしれない。
「まぁ、まずはこの試験に受かってからだよな。めんどくせー」
 なんて言いながらも、今までとりあえずこの恐竜の出方を観察したりと抜け目が無い。ある程度のパターンは掴めたと踏んだ悠司は、まずは光術で視界を奪いにいく。
 馬のように顔の左右に目があるため、欲張って両方潰すよりも片方を潰した方がいいだろう。そのまま、潰した目の側に回りこむ。
 この恐竜の武器は、その鋭い牙と、それをびっしり生やした長い口だ。ワニ顔という事は、噛む力もきっとそれぐらいかそれ以上はあるだろう。当然、口の中を攻撃されるなんて経験は一度も無いはずだ。
 そのため、こいつは一度口を閉じたらすぐにまた口を開ける。見えない方に相手がいったこともあって、無駄ともいえるほど大きな口を開けながら、そちらに向き直った。
 それに合わせて、口のところに機晶爆弾を放ってやる。
 目が見えない状況で、口元に違和感。当然、口を閉じる。爆発。
「あり?」
 爆弾に噛み付いたイリテーターは、顎まわりを全部吹き飛ばされ、意外にもあっさりと倒れてしまった。まだこれは準備段階で、このあと二手三手と用意していたのだが、想像以上にイリテーターの顎は脆かったらしい。
「ま、受かったんならそれでいいか」

 戦車のような重装甲、尻尾の先には大きな骨塊がありそれをハンマーのように振り回して戦う恐竜、それがアンキロサウルスである。
 体を覆う堅い装甲は、まぶたの上まで徹底してありながら、鎧そのものには空洞があり軽量化が測られている。防御は最小限にとどめ、強力な打撃武器である尻尾ハンマーにより敵を倒す。それが、アンキロサウルスなのである。
 そして、草食である。
「背中どころか、顔に当ててもピンピンしてるな。骨が折れそうだぜ」
 ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は先ほどから、何発も対イコン用爆弾弓をアンキロサウルスに向かって放っているのだが、効果が実感できない。肉食でもないので、口を開けることも無いため、口内攻撃をするチャンスが来ない。
 軽量の鎧といっても、それは近似種の話であって、アンキロサウルスそのものの防御力が低い事にはなりえないのだ。四天王風に言うのなら、奴の装甲は我々の中でも最も貧弱、である。
 その堅い装甲を活かして、猪のように突進してきたり、体を大きく動かして遠心力の乗った尻尾ハンマーの一撃はどれも当れば一撃でKOしてしまいそうな迫力がある。
 だがしかし、ミューレリアの万策が尽きたかと言えばそうではない。対イコン用爆弾弓の爆発に合わせて、ミラージュを囮にして時間を稼いで仕掛けはしておいた。
 そのままミラージュの囮で誘い込もうかとも思ったが、予想が正しければしっかり当てないと効果が薄くなって失敗するかもしれない。ミラージュを消し、自分の身を持って誘導する。
「ほーら、こっちだぜ」
 声をかけながら、対イコン用爆弾弓で攻撃。当然、ミューレリアに向かって向かってくる。
 ミューレリアが仕掛けたのは、爆弾だ。
 背中に比べれば、アンキロサウルスのお腹まわりはいくらか柔らかそうに見える。だが、足は太くて堅そうで、足で踏んで起爆した場合、予定通りの威力を発揮できない可能性がある。
 そのため、仕掛けた爆弾が丁度お腹のしたに入ったところで、爆発してもらわないといけない。そのためには、誘導から気を遣う必要があったのだ。
 方向良し、距離良し、アンキロサウルスは仕掛けた爆弾の上を通り過ぎるように向かってくる。
「変な動きするなよ………それ!」
 起爆装置代わりに、それと少しでも威力を底上げできるように、対イコン用爆弾弓を仕掛けた機晶爆弾に向かって放つ。矢の着弾までの僅かな間に、ミューレリアは後ろへ飛んでさがる。爆発の追い風のおかげで、思った以上に跳躍距離が稼げて、塀に際まで下がることができた。爆発の余波によるダメージも無い。
 爆発地点は、もうもうと煙があがって中の様子が確認できない。これでも効果が薄いとなると、さすがにもう打つ手が無いので、闘技場から逃げるしかないが………。
 煙の中をじいっと見つめるミューレリアの目の前に、大きな塊が突然降ってきた。
 バスタブぐらいの大きさだ。黒く焦げていて、一見では何か判別がつかないが、ピンときてひっくり返してみると、それがアンキロサウルスの背中の甲羅で間違いなかった。

「行け、あいつの首を噛み切っちまえシャっちゃん!」
 ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)の指示を受け、空飛ぶ魔法↑↑で空中を泳ぎまわるアンデッド:冥界鯱のシャっちゃんが咆哮をあげる。
 それに対抗するかのように、マプサウルスも大地を震撼させるような咆哮をあげる。
 全長八メートルを超えるシャっちゃんに対して、マプサウルスは全長十二メートルはある。互いに巨躯をもつもの同士の戦いである。
 先手を取ったのは、空中を自在に泳ぎまわるシャっちゃんだ。横をすれ違うように見せかけて、尾びれの強烈な一撃をマプサウルスの顔面に叩き込む。どれほどの衝撃があったのか、マプサウルスはたたらを踏んで後退した。
 マプサウルスも負けてはいない。次の一撃をいれようと近づいてきたシャっちゃんに対して、巨大な尻尾を唸らせて迎え撃つ。シャっちゃんは砂埃を巻き上げながら地面に叩きつけられるが、すぐにまた空中へあがって健在である事を見せ付ける。
 互いに一歩も譲らない決闘だ。
 大地が揺れ、空気が震え、そして闘技場が瓦礫にへと近づいていく。
 意地の張り合いのような打撃の応酬が繰り返され、そのたびに闘技場のどこかが壊れていく様は、確かにどこかで見た怪獣映画の場面に見えなくも無い。
 だが、それもいずれ終わる。
 アンデッドであるシャっちんに体力なんてパラメーターは無いが、ダメージを受ければそれが蓄積する。時間を消費すれば直せなくも無いが、この場においてシャっちんのHPは有限だ。
 当然生き物であるマプサウルスは、体力もあるしHPも存在する。戦う時間が長引けば長引くほど、消耗していく。
 決着をつけよう―――まるで、互いに意思の疎通ができているかのように、二頭は距離を取った。先ほどまでの騒音が嘘のように静まり返る。唸り声を互いに口から漏らしながら、好敵手と認めた相手をじっと見据える。
 動きだしたのは、どちらが先だったか。その試合を見ていた誰もが、同時だったと口を揃えて言うだろう。
 ただ真っ直ぐに相手に向かって突っ込んでいく。小細工はなく、技も使わず、お互いが最後に繰り出した技は、魂の篭った頭突きだった。
 額と額がぶつかり、少しの沈黙を持って二つの額はそれぞれ反対の方向へと離れていく。
 決着は、つかなかった。
 二頭の魂のぶつけ合いは、どちらも相手を仕留めるにたる一撃だったのだ。
 そして闘技場には、ゲドーただ一人が万全の状態で立っていた。



「人数が足りないようだが?」
 合格者の控え室には、居るはずの人の姿が二つほど足りなかった。
 だが、風紀委員試験を受けて合格したにも関わらず、興味無いと口にして去っていった人に前例が無いわけではない。
「まぁ、いい」
 ジャジラッド・ボゴルはそう呟いて、今日の合格者の顔をみやる。
 なぜ自分がこんな仕事をさせられているのかと言えば、バージェスが今ここに居ないからだ。昨日の襲撃のあと、ジャジラッドを含む数人に闘技場の業務を任せて、言い換えれば丸投げしてきたのだ。
 もともと、合格者の謁見はバージェスの趣味のようなもので、わざわざジャジラッドがそれを真似て一人一人の顔を見つめる必要は無い。だから、こうして集めておく必要は無い筈なのだが、今回からは通達があった。
 ジャジラッドは、合格者一人一人に数枚の紙を配る。
「なんだ、これ?」
 悠司が紙を見てみると、顔写真が何個か並んでいるだけで、文字は一切記載されていない。一見では全く意味がわからないものだった。
「今から説明してやる。これは、昨日ここに襲撃をかけてきた奴らの顔だ。バージェス様の命を狙ったが、未遂に終わった事はおまえらも知ってるだろう」
 風紀委員試験を受けにきた人が、それを知らないわけがない。
 それぞれに、へぇとかふぅんなんて、あまり感情のこもっていない言葉を口にする。
「昨日ここに居た奴らは使えない奴らばかりだったらしく、バージェス様と戦って消耗していたこいつらを取り逃がしたそうだ。役立たずどもは全員、足りなくなった採掘員の代わりに谷に送ってやったが………本題はそこじゃない。今配った紙に顔写真が載ってる奴らを捕まえてきたら、風紀委員としての役職が与えられる事になった。こいつらは、バージェス様には至らぬが、それでも下っ端の風紀委員よりもずっと力を持っている。それを捕えられるのであれば、風紀委員としても優遇してやろう、そういう話だ。先に言っておくが、生死は問わない。持ち運ぶのが面倒というのなら、首だけ持ってくればそれでいい」
 強者絶対である恐竜騎士団の中だけであれば、互いの強さはある程度はわかっている。だが、今回のように一度に多くの人間を入れている現状、本当のランクがどれ程のものか簡単に判別することができない。
 この指名手配は、それを推し量るためのいい案件だというのが、風紀委員の中での考えだ。実際に手合わせをしたバージェスが、太鼓判をおした面々を倒して持ってこれるのであれば、恐竜騎士団の中でも中の上かそれ以上の力を有している事になるだろう、と。
 つまりそれは、本質的な意味で、この手配書に顔が載っているメンバーを危険視していないという事でもある。
「伝達事項は以上だ。早く偉くなりたいなら、せいぜい急ぐんだな。この先、バージェス様に反抗しようという奴なんて、一人として出ることは無いのだからな」



 ジャタの森外周部―――。
 ある日から、そこには見慣れぬ生き物が我が物顔で闊歩するようになっていた。
 一歩踏み出すだけで地面が揺れ、多くの木をなぎ倒す巨大な生物、マメンチサウルスという名の恐竜だ。
 全長は二十メートルから二十五メートルほどとされ、その全長のおよそ半分を首が占めている。草食性で、普段はあまり動かず大人しい。首だけをのっそりと動かして、草をはむはむしている姿は愛らしくもある。
「あー、この子を家に連れ帰れたらなぁ」
「この巨体を不自由なく生活させるには、どれほどの家が必要になるのか想像もつかないな」
 ここにマメンチサウルスを運び込んだ犯人であるローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の二人は、ここにこの子を放ってから、毎日のようにこうして様子を見に来ていた。
 ローザマリアとマメンチサウルスの出会いは、キマクの闘技場だ。
 首の長い恐竜→かっこいい。という方程式が頭の中にできあがっているローザマリアにとって、風紀委員のあれやこれやなんか微塵も興味はなく、ただ恐竜と戯れたいだけに闘技場に足を運んだのだ。
 しかし、比較的大人しい雷竜では試合にならない、と風紀委員に言われてしまう。雷竜と戯れられないのなら興味は無いと帰ろうとしたその先で見つけたのだ。愛しのマメンチサウルスに乗って闊歩する風紀委員を!!
「しかし、今更言うのもあれではあるが、追い剥ぎみたいなものであったな」
 二人は、というかローザマリアが率先して、その風紀委員を強襲した。
 さすがに、マメンチサウルスを与えられるほどの人物であり、一筋縄で倒せるような相手ではなかった。もつれにもつれて、その戦いを制することができたのはひとえに愛の力故にと言ってもいいだろう。
 倒したあとは、倒されたら風紀委員としての権利が剥奪される、という一文を盾にマメンチサウルスを取り上げたのだ。そして、この子がもう傷つくことの無いように、とジャタの森まで連れてきてあげたのである。
 ここもパラ実の一部ではあるが、ここまではまだ風紀委員は勢力を伸ばしてはいない。いずれまた考える必要があるだろうが、少なくともしばらくは安泰だ。
「しかし、そうは言っても仮住まいなのだよ。ジャタの森への影響も考えるべきがあるが―――」
 そこまで言って、グロリアーナは口をつぐんだ。
 幸せそうにマメンチサウルスを撫でているローザマリアに、ここで野暮な事を言う必要は無いと思ったのだ。それに、彼女が何も考えていないとも思えない。
 今はただ黙って、幸せそうなローザマリアの背中を眺めるのだった。