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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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 33 太陽は昇る

     〜1〜

「これは……」
 ライナス達は、運ばれてきたアクアの機体に唖然とした。酷い損傷だ。これで、機晶石が亀裂で済んだのは僥倖としか言えない。いつもの車椅子に座ったファーシーが、心配そうな表情で言う。
「……修理出来る? アクアさん……また、話せるようになるかな」
「それは、大丈夫だけど……、実験データも身体データもあるから、完全に同じ……とはいかないけど、近い状態にする事は出来るよ。うん、でも、メティスからは非武装の状態に戻して欲しいって言われてるし、えっと……衿栖? 達もそうなんだよね」
 モーナに確認され、衿栖とレオン、朱里は頷いた。
「はい。実験データがあるなら、最初の状態にすることも可能なんですよね?」
「実験データといっても、流石に5000年分は無いがな。だが、危険なパーツや武装パーツであれば、ある程度こちらで判断も出来る」
 機体の診断をしながら、ライナスが言う。一方、ファーシーはモーナの言葉の中にあったメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)の名前に驚いていた。
「メティス? メティスさんが来てるの?」
「ん? 来てるけど……あれ? 今、此処には居ないみたいだね。どうかした?」
「ううん……」
 ファーシーは少し俯いて、それから言った。
「ちょっと、会いたいなと思っただけ」
「すぐに会えるよ。同じ場所に居るんだからさ」
「うん……」
「それでね、ファーシー、あなたの脚の事なんだけど……」
 未沙も加わり、4人でこれまでの経過について説明を始めた。機晶石の相性について、バズーカの機能について、エネルギーの流れについて、等々。そして、彼女達の隣では、優斗が隼人と話をしていた。
「……ということで、隼人、アクアさんの壊れた部分のパーツ、今回も用意してもらえますか?」
 隼人はアクアの身体を見て、迷わずに了承する。
「ああ、もしどうしても足りないようだったら、廃研究所の方にも使えそうなのがあったしな。何とかなると思う」
「よろしくお願いします」
「ひびの入った機晶石については、ライナスが予備があるって言ってたからそれを使えば問題ないだろ。本当は、相性の良い石が一番合うんだろうけど、これまでに何度も移植されてるわけだしな」
「あ、待って、その石の事なんだけど……」
 そこで、ファーシーが話に割って入った。相性の話なら、彼女達も丁度していた所だ。元巨大ゴーレムから石を切り出してきた事も聞いた。
「わたしの相性を調べる為の石……、アクアさんに使ってもらえないかな。わたしは実物を見たことないけど……わたしがそうなら、アクアさんも最初、その大きな機晶石から造られたかもしれないわ。じゃなくても、きっと、近い所から……。だから、使ってほしいの」
「……良いのか? 石の相性が悪いのも歩けない一因かもしれないんだぜ」
「うん、大丈夫……今までこの石にお世話になってきたんだし、わたしもそれなりに愛着あるし。わたしはこれで……これが、いいの」
「そうか、じゃあ……移植だけは、早目にやった方がいいよな」
「では、これから私達で行おう。その間に、話すことがあったら済ませておくといい」
 ライナスと隼人、助手達の手でアクアの機体が運ばれていく。そこで、未沙とモーナは頷きあった。
「ファーシー、ちょっと別室に来れるかな。確かめたい事があるの」
「え、う、うん……」
 妙な雰囲気に戸惑いつつ、ファーシーは2人についていく。そして、検査が終わり――

「どうだった?」
 戻ってきたファーシー達に和原 樹(なぎはら・いつき)が声を掛ける。フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)も気になったようで集まってきた。
「うん……あったわ、子宮。やっぱり、思った通りエネルギーの状態が悪いからまだうまく機能していないみたい」
 笑顔で言う未沙に、樹達はほっとしたような顔をした。
「何? わたし、良く分かってないんだけど……子宮って、何?」
 未沙達は、男性と女性の間に遺伝子の繋がった子供を作る為の機能なのだと、彼女に丁寧に説明した。その上で、ファーシーとルヴィとの子供の話をする。
「え? ルヴィとの……子供?」
 彼女は、目を白黒させる。
「子供って……え? こども? ちょっと待って……」
 子供という意味が判らないわけではない。子供って……ピノちゃんみたいな……じゃなくて、あれも大きくなった姿で……え、赤ちゃん? 赤ちゃんっていうこと?
 ファーシーは混乱する。その様子を見て、未沙が言う。
「銅板のデータを使えば、それも可能じゃないかっていう話……いえ、可能だと思う。でも、どちらにしろ、子を宿すかどうかはファーシー次第よ」
「え? え? 待って、整理を……」
 あたふたとする。頭がぐるぐるして、どう答えたらいいのか分からない。
「すぐに結論を出す必要は無いわ。とても大事な話だから……」
「だーかーら! 子供なんて駄目だって言ってるだろ!」
 そこで、ラスが耐えかねたように言った。ソファの上から一歩も動こうとはしないが。
「出た、父親」
「父親言うな!」
「え、駄目? 何で、駄目なの……?」
 今度は、ファーシーは少し悲しそうな顔をした。頭ごなしに否定されると、不安に近い気持ちになる。
「…………なんでって……」
「それはですね、ファーシーさん……」
「メイベル、言うな、それ以上余計な事言うなよ! 何でかは言わせんな、お前自身で考えてみろ」
「わたし自身って……」
 反対するだけして、それはずるい。そう思うファーシーに、ラスは土偶を突きつけた。
「いいから、お前はこの土偶とでも会話してろ。もう1人のお前だ。細かい機晶石の中に残ってた魂も吸い出して1つにしてある」
「機晶石? 細かい石? 何それ?」
「ラスさん達が、元ゴーレムの巨大機晶姫から回収してきた石ですぅ。その中に、魔物化したファーシーさんの魂が入っています。足りない魂の分を補うために、集めてきたんですぅ」
「え? あの時の……?」
「……別に、俺は何もやってないし」
 確かにやってない。いぢられて騒いでたけど。
「ちなみに、今、ファーシーさんが座っている車椅子もラスさんが……むぐ」
「……口にガムテープ2人目だな……兎に角、だ。その土偶は記憶が曖昧になってる。で、今は元気が無い。細かい方の魂こねくった結果、『砕けた後』の記憶が戻ったらしくてますますだ。2人で話し合って、受け入れるか入れないか、決めろよ」
「え、それって、選べるの……?」
「最初、本人が別の機体を欲しがってたからな」
「別の機体……」
 そうして、ファーシーは土偶を受け取った。
『……何よあんた、すっかり可愛くなっちゃって。わたしだって……』
「口が悪い……?」
「……昔の自分を思い出してみろ」
「な、何よ……わたしこんな……こんなんだったかな? ねえ、わたし、わたしが子供作った方が良いと思う?」
『な、今それをわたしに聞く!? こっちはそれ以前の状態なんだけど! わたしはね、わたしが子供……あれ、わたしが……? それよりわたし、わたしね、あんたの持ってない記憶持ってるのよ、知ってる?』
「? あ、あの後の事……?」
『そうよ、でも、わたしには教えてあげないわ』
 こうして、非常にややこしい会話がしばらく続いた。

                           ◇◇

「えっと、ファーシーちゃんのしゅうりって、おねーちゃん達でいいのかな?」
 モーナ達が土偶と会話するファーシーを見ていると、ノーンが声を掛けてきた。
「あ、うん、そうだよ。どうしたの?」
 ノーンは携帯電話と、バスケットからラブセンサーを取り出す。携帯の画面を見せながら、言った。
「おにーちゃんから、こんなお返事が来たんだけど……」
 そうして、示された画面には、こういった趣旨の事が打ち込まれていた。
 ――ファーシーを歩行可能にする為のエネルギー供給策として「ラブセンサー」を中心に組込んだ【好意稼動式電力発生装置】を提案。
 ――電気エネルギーを補助動力として活用できないだろうか。
「ラブセンサーで、電力……?」
 メールには、ノーンの銃型HCに設計プランを作成して送ったと書いてある。ノーンの銃型HCを見ると、添付ファイルとしてプランが送られてきていた。どうやら、陽太は以前にもラブセンサーから【好意稼動式扇風機】というものを造っているらしい。
「好意稼動式扇風機……?」
「それなら、知ってるですぅ〜。ひどい目にあったですぅ〜」
 聞き覚えのある単語に、エリザベートが近付いてくる。
「夏に冷房が壊れて、私を涼しくするように頼んだんですけどぉ、風が強すぎて、氷に襲われて大変だったんですぅ〜」
「そ、そうなんだ……」
「あれ? でも、この設計プラン、その辺の事は克服されているようですよ?」
 未沙が言う。確かに、添付ファイルには『出力制御や余剰エネルギーの備蓄及びサイズミニマム化の課題を克服し、機晶姫のパーツとして搭載可能に調整を施した』とある。余談であるが、陽太はこれを「ナゾ究明」「記憶術」「R&D」「先端テクノロジー」を活用して研究したらしい。
 つまり、ラブセンサーの機能を解析し利用し、誰かからの善意や好意を受けた時の反応によってエネルギーが発生。これを、「外部から充填されるエネルギー」にあてる、ということになる。
「メールの方に、『好かれれば好かれるほどエネルギーがきょ、きょ……?(供給)されるのは、何となく良い感じかなー、と思うんだ』って書いてあるよ!」
 それを聞いて、モーナ達は顔を見合わせた。
「うーん、あまり量は期待出来ないかもだけど……、補助としては充分に使えるかもしれないね」
「機晶姫の動力に電力は使えないから、別の形でエネルギーを発生させるようにして変換する形になりますね」
「うん、ちょっと造ってみようか。リングの方は、もう殆ど出来てるから、アレンジを加えよう」
 こうして、パーツ開発組に続いて、アクアとファーシーの修理も本格的に始まって数日が経った。
 この数日の間に、陽太はナラカから戻ってきて、療養中の御神楽 環菜(みかぐら・かんな)に付き添いながらこちらと時間を決めて何度か屋上伝いに連絡を取った。
 そして――

                           ◇◇

「へー、これがチャージリング……結構、可愛いわね」
 施術の終わったファーシーは、寝台の上に起き上がりって指と腕、脚についたアクセサリーのような装置をそれぞれきょろきょろと見回した。
「ファーシーさん、どんな感じなのか教えてほしいの」
 朝野 未羅(あさの・みら)が言う。ファーシーは、脚の検査や修理の過程で、未沙の手伝いをする彼女とすっかり仲良くなっていた。
「うん……? まだ、よく分からないなあ……」
「バズーカのエネルギー充填システムも一部使ってるから、ラブセンサーを利用した装置と併用っていう形になるかな。さっき検査した感じだと、エネルギーの通りもそう悪くないみたいだし、少し、歩いてみる?」
「う、うん……」
 集まった皆が注目する中、ファーシーはゆっくりと寝台から足を下ろす。銅板から魂とデータが移植された時――モーナの工房では何の疑問も持たずに歩こうとして、転びかけた。その時の事を思い出して、ちょっと緊張する。
 まず、座った状態で足を振ろうとしてみた。以前は、それすら出来なかったから。
「……わっ!」
 足が、ぶんっ! と動いた。
「…………びっくりした……」
 しばらく固まり……少し嬉しくなって、胸が温かくなる。それから、そっと、そろそろと床に足をつけてゆっくりと歩き出す。
 1歩。2歩。
「…………」
 皆が固唾を呑んで見守る中、彼女は少しずつ歩を進める。
 3歩。4歩。
 自分の中に、今までと違うものが流れている気がする。心許なかったものが形になり、自分を支えているのが、わかる。
 ふらふら。ふらふら。と歩き――
「……きゃっ!」
「ファーシー!」
 転びかけたファーシーを、正面にいたミニス・ウインドリィ(みにす・ういんどりぃ)が素早く支える。
「あ、ありがとう……」
「べ、別に、たまたま前にいたから支えただけよ!」
「足は動くみたいだね。歩くのは……しばらくは、リハビリが必要かな。それまでは、車椅子も使っていくといいよ。室内では、なるべく歩くようにして」
「う、うん……」
 モーナはそう言うと、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の方に向き直って話を始めた。
「あ、後ね、歩行補助装置の方は外しちゃったけど……」
「ああ、それは、最初からそのつもりだったからな。問題は無い」
「そっか……。あの装置、サンプルとして貰えないかな? 色々と研究してみたいんだけど。ファーシーみたいにエネルギーに問題があるタイプじゃなくて、部品の代えがきかなくて歩けない子もいるから」
(何か、難しい話してるな……)
 モーナとダリルが段々と専門的な話をしていく中、ファーシーは一度自力で車椅子に戻った。もう少しお世話になるね、と心で呟きながら。
 落ち着くと、彼女は応接テーブルに置かれている土偶に目を遣った。もう1人の自分が、そこにいる。この装置があれば、別々のままでも歩くことは出来る。足りない分は、補われる。
 だけど、やっぱり足りないものが――彼女にはあった。