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リアクション
8
大地はシーラ・カンス(しーら・かんす)に手伝ってほしいと呼ばれて撮影の手伝いに来たわけだが。
――やることやっちゃいましたし、どうしましょうかね?
手伝えること――小道具や大道具の作成は全て終わった。あとできることはシーラが撮影する際にサポートすることくらいで、今現在やれることはない。
「大地さーん、次は何をすればいいでしょうか?」
ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)が、目を輝かせて問うてきた。少女らしい表情に、自然と頬が緩む。
「ティエルさん、楽しそうですね」
「えへへ。楽しいですよ〜、ふわふわひらひらがたくさんで、見ていてとっても癒されるんです」
へら、と笑ってティエリーティアが言った。ふわふわひらひら。ウェディングドレスのことだろうか。だったら。
「別の部屋でドレスの展示会をしているそうです」
式場のパンフレットにそんなことが書かれていたことを思い出して、大地は言った。
「撮影までもうやることはないようなので。よければ一緒に見に行きませんか?」
「いいんですかっ?」
「はい。楽しそうなティエルさんが見られますしね」
にこ、と笑って手を差し伸べた。頬を赤くしてはにかんだティエリーティアがその手を取る。柔らかくて小さな手を握り、歩き出した。
ドレスの展示コーナーには様々なドレスがあって、
「うわあぁ……」
ティエリーティアは感嘆の息を吐いた。見たい、と逸る気持ちを抑えられず、大地の手を離してドレスを見に早足。
やはりというか、ドレスは純白のものが多かった。その次に多いのは女の子らしいパステルピンク。
逆に形は様々なものがあった。
すっきりとした印象を与えるスレンダータイプのもの。Aラインドレス。マーメイドラインのもの。
ドレスの裾の広がり方の違いや、使われている生地の違いも見ていて面白い。
ビーズがちりばめられていたり、薔薇の花の意匠があしらわれていたりと、細かなデザインも心躍る。
――綺麗だなぁ、可愛いなぁ。
うっとりとドレスを視て歩いていたのだが――うっとりしすぎて、足元がお留守だった。かすかな床の凹凸に足が引っかかり、つまづく。
「わっ……」
転ぶ、と思って目を閉じた。が、衝撃は来ない。代わりに心地よい体温が伝わってきた。そっと目を開く。
「あ、わっ。大地さんっ」
「大丈夫ですか?」
「ご、ごめんなさい、僕……」
「こんなに素敵なドレスなんです。目を奪われたって仕方がありませんよ。でも、危ないので手を繋いでいましょうか」
「はいっ」
再びきゅっと手を繋いで、今度はゆっくりと見て回る。
二人きりで手を繋いで歩く。
似たようなシチュエーションがついこの間あったなと思い出し、顔が自然と赤くなった。
ちら、と隣を見ると、大地も顔を赤くしていた。二人そろって思い出しているようだ。
「…………」
「…………」
言葉もないまま、見つめ合って。
さらに、顔を赤くして。
「……えっと。そろそろ、撮影ですね」
「で、ですねっ。行きましょうか」
照れからぎこちなく会話して、展示コーナーを後にした。
*...***...*
また一方で、ティエリーティアたちがPV撮影をしている件に関わる気のなかったフリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)は、ファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)を誘って結婚式場を見て回っていた。
パラミタでもジューンブライドがある。その事実がとても興味深く、またファーシーに結婚式を見せたいと思って。
「おー、スッゲースッゲー。どこも派手にやってんなー!」
「うん、そうね……」
フリードリヒの言葉に、ファーシーが夢見心地な声を上げた。
綺麗なドレスや模擬結婚式の様子に幸せを感じているようである。
「あ。あっちでもやってるのね」
「今日はどこもかしこも、だな」
別の部屋で行われている模擬結婚式を見て、また別の部屋へ行って。
ふらりふらりと見て回る。
不意に、袖をつままれた。式に心を奪われながら、無意識にそうしているようで。
フリードリヒは、少しだけ歩くペースを落とした。
――結婚式、か。
ファーシーは式を挙げる人々を見て、ぼんやりと思う。
――わたしもいずれ……また、あそこに立つ日が来るのかな?
フリードヒリを見上げた。
彼は、これから生まれてくるハンデを全部背負ってくれると言った。
ファーシーは、わたしが出来ないことを、代わりにやってくれる? と答えた。やってほしい、と告げた。
それは、ずっと一緒に居るということで。
これからずっと、一緒に居たいということで。
それを考えれば――おかしなことじゃないのかもしれない。
――でも。
ファーシーは立ち止まった。立ち止まって、フリードリヒの袖をつまんでいた手を離して胸に当てる。
前を歩くフリードリヒの背を見つめて。
――やっぱり、結婚とか……意識、してるのかな……?
考えた瞬間、心臓がきゅっとした。どきどきと、いつもより少し強く鼓動を打っているのがわかる。
「どーした? オマエ、結婚式は前にやっただろー?」
振り返って、フリードリヒが問いかけてきた。
揶揄するような、軽い言葉。慌ててファーシーは首を振る。
「ち、違うわよ! ただ、わたしはあのドレス、綺麗だなって……!」
――って! 何が違うっていうの……! まだ何も言われていないじゃない!
でも、なんだか、見透かされている気がするのだ。
――……わたしのことなんて、お見通し、みたいな。
「ん? ウェディングドレスが気になんの? やっぱ女はそーだよなァ? ちゃんとしたドレス、着てねーもんなァ?」
にやにやと、フリードリヒが意地悪に笑う。
「…………」
ファーシーは黙ってうつむいた。顔が赤いことに気付かれたくなくて。
「で、オマエはどんなドレス着たい?」
「!?」
唐突な質問に、顔を跳ね上げた。
「ど、どんなって……そ、そんなの、まだ考えてないわよ」
つんとした物言いだけど、声が上ずる。
ああだめだ、これじゃ浮ついていることがバレる。緊張していることも、意識していることも、バレてしまう。
「何よ、ちょっと……気が早いんじゃない? ……じゃなくて、い、1号は1号でもフリッツは下僕なんだから! 結婚とかそんな……」
だから余計につんつんした言葉で相手と距離を取ろうとするのに、
「おいおい、勝手に話をすっ飛ばすんじゃねーよ。誰も俺と結婚しろなんて言ってねーぜ?」
……嵌められた。
「まぁ結婚したいって言うなら仕方ねーな。ブーケでも取ってくれば?」
おまけに半強制で見知らぬ夫婦の式に行かされた。どうしろと、と焦りながらもかつての結婚式を思い出す。
ブーケトスの意味は、『次に幸せな結婚が出来る』『幸せを分ける』だ。
――幸せ、かあ……。
――ちょっとだけ、本気で狙ってみようかな。
ふわり、飛んでくるブーケに手を伸ばす。
ファーシーは見事、ブーケを取れたようだ。
嬉しそうな声が聞こえたし、たぶんもうすぐフリードリヒの許に笑顔で戻ってくる。
「…………」
フリードリヒは自身の手のひらを見つめた。
右手には、小さな箱。
左手には、指輪キャンディ。
「…………」
数秒の間それらを見比べて、右手をポケットに突っ込む。
「フリッツ! 取ったわよ!」
得意満面で戻ってきたファーシーに、ぽい、と指輪キャンディを投げた。
「ま、今はまだこんなもんだろ」
聞こえないように、ぽそり。
何よ、いきなり投げないでよ、というファーシーの声に、ふっと笑う。
*...***...*
花嫁が誰かは教えてもらわなかったのだが、
「だからか」
花嫁衣装の衿栖を見て、リンスは呟く。
衿栖はというと、一目リンスを見てからぴたりと固まって動かない。
「?」
疑問に首を傾げても、じっとこっちを見たままだし。
「どうしたの」
さすがに少し心配して問い掛けると、はっと我に返ったように少し身体を震わせた。意識をどこかに飛ばしていたようだ。
「え、っと。いや、うん……タキシード、その、結構似合ってる、じゃない。髪まとめてるのもいいわよ、暑苦しくなくて」
「そう?」
堅苦しい格好はあまり好きじゃない。動きづらくて拘束されているようだし。なので似合っていると言われてもあまり嬉しくなかったりする。
「何よ。嫌なの? ……新郎」
「嫌なのは格好。新郎役はもう割り切った」
「あ、そ」
素っ気なく返事をして、衿栖が一度視線を外した。それからまた探るようにリンスを見る。
「あ、ちょっと。タイ弄ったらダメよ、歪んじゃう」
きっちり締められたタイを指でつまんでいたら指摘された。といわれても、やっぱり息苦しい。それでもこのままじゃなきゃいけないなんて。
「厄介だね」
「じゃあドレスにする? 楽よ、意外と軽いし」
「絶対ごめんだ」
どうしてそんな女の子らしい格好をしなければならないのか。そういうものは可愛い女の子が着ていればいい。
なのでつまり、
「似合うね。ドレス」
「なっ、えっ、あ?」
素直に感想を言う。と、衿栖の顔が真っ赤になった。一歩二歩後に下がり、顔を押さえた。
「何してるの」
「……なんでもない。うん、なんでもない」
というわりに、顔から手をどかさない。聞かれたくないことだろうか。何か変なことを言ったっけ? いや言っていない。
「具合悪いの? 撮影止めとく?」
「止めない!」
即答された。声も大きく張りがある。頬も赤いし元気そうだ。ならば良し、と衿栖を見ていたら、ぷいっとそっぽを向かれた。今度は何だ。
「か、勘違いしないでよねっ。これは、さ、撮影のために着てるんだから! 結婚願望とかそういうのじゃないんだからね!」
わかってるよ、と言いかけて口を開こうとしたら、
「そ、そう!実際に着てみたら人形の衣装を作る時の参考になるかなって!」
さらに言ってきた。そんなに力強く主張しなくてもわかっているって。ああそうか、それだけ必死なのだ。人形作りに関して。
真面目なのはいいこと、とリンスは頷く。衿栖がほっとしたような、でもどこか複雑そうに「わかればいいの」と言った。
「そういうことなんだから」
付け足すように加えられた言葉は、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
それならさっさと撮影を終わらせよう、と社のいるところへ向かおうとして、
「……でも」
衿栖がぽつりと呟いた。
「でも、リンスにそう言ってもらえるのは……その、嬉しかった、な。……ありがと」
真っ赤な顔で、そっぽを向いて。
口をへの字にして、不服そうな顔なのに嬉しそうに。
「……変な顔」
「ちょっと!? 女の子に向かって何それ!」
「そっちの方ががいいよ」
くす、と笑って前を歩いた。
衿栖の足音が、近付いてくる。
*...***...*
テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)が846プロから初めてもらった仕事は、新婦役をやらないかというもので。
その時テスラは誘いを断った。
先日告白をしたばかりだから、新婦役を務めることはできないと。
新郎役が誰だったのか、その時は決まっていなかったので知らなかったけれど。
「リンスくんだったんですね」
ぽつり、誰にも聞こえないように呟く。
よかった、と思った。
だって、PV撮影のための模擬とはいえど今実現させてしまったら。
――夢から覚めてしまいそう。
けれどやっぱり気になって、ちらちらと何度も見てしまう。
かっこいいなあ、似合っているなあ、とか。
隣に立つ衿栖を、少し羨ましく思ったりも、心を痛めたりも、して。
そのたびに頭を横に振った。
歌を、奏でなければ。
新婦役は無理だけど、と代わりに受けた仕事はPVのBGM担当だ。
深呼吸をして気分を切り替えようとしている時に、
「お嬢様、お忘れなきように」
マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)が静かな口調で話しかけてきた。
「お嬢様は、名門マグメル家が娘。その家が決めた婚約者の存在、それが貴方にあることを。
貴方が一方的に破棄したものとしても、それが生きていつの日か貴方を縛る」
「…………」
「私は、貴方のパートナーであると同時にマグメル家の家令でもあります」
ですので、お忘れなきように。
テスラの肩に薄手のショールを掛けながら、マナが淡々と囁く。
「貴方にも、無限の時間がなきことを」
テスラはそっと、目を閉じた。マナの言葉を反芻する。
それから目を開けマナを見た。
「わかっています」
はっきりと、きっぱりと、言い切る。
「父様に言ってください。
私は、私の意志でここに居ます。例え今この瞬間は苦しい想いをしようと、貴方の娘の決断を信じて欲しい、と」
言ってから、これじゃ結婚に関してのことを言っているようだと思って内心焦る。が、慌てるのもなんだか悔しいので背筋を伸ばしたままマナを見据えた。
「わかりました。では、お嬢様の仕事ぶりと併せてお伝えしておきます」
「よろしくお願いします」
軽く頭を下げてから、改めて深呼吸して声を出す。
口から零れるのは、聞く人皆が幸福を予感する歌。
この腕が紡ぐのは、聞く人皆が魂を振るわせる音。
何よりも、聞く人皆にこの先の素晴らしい未来を予感させる希望の曲を。
それらを演出できるのは、幸せな気持ちを与えてくれる人が確かにこの胸に居るからで。
自分の気持ちと、この地で培った全てを以ってして、出し切る。
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