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リアクション
■ 鹿の子模様に囲まれて ■
空京の新幹線ホームで、ウィーラン・カフガイツ(うぃーらん・かふがいつ)はぴょんぴょんと跳ねている。
「気を付けて! いってらっしゃい!」
ホームに響くような声で叫んでは撥ね、跳ねては手を振るウィーランに、見送られる本宇治 華音(もとうじ・かおん)の方が恥ずかしくなってしまう。
「ウィラ、そんなに大きな声を出さないで下さい……」
これ以上周囲の目を引かないようにと、華音は大急ぎで上野行きの新幹線に乗り込んだ。
「華音、みんなにもよろしくねー!」
乗り込み際、最後にもう一言とかけてきたウィーランに、華音は振り返って頷くと座席へ向かったのだった。
手荷物1つを持って、華音は故郷の町に戻ってきた。
けれどまっすぐ家には向かわずに、ちょっと寄り道。邪魔にならないように荷物も減らしてきたのだし、ウィーランからも『みんな』によろしくと言われてる。
それに何より、今は両親よりも旧友の顔が見たくてたまらない。
夏の日差しで熱くなった道路を華音は歩いてゆく。
道の両側は広々とした緑の公園になっていて、木陰では鹿たちが足を折って休んでいた。
華音がやってくるのに鹿は黒々とした目を向け、そしてよっこらしょと立ち上がった。
華音の実家がある町では鹿は大切にされ、町のあちこちを自由に歩き回っている。
小さい頃からなぜか鹿に懐かれていた華音は、寄ってくる鹿たちに毎日声をかけたりして遊んでいた。
だから華音にとっては、この鹿たちが『旧友』。そしてウィーランが『みんな』によろしくと言ったのもこの鹿たちを指してのことだ。
今日もまた華音の姿に気づいた鹿たちは、一頭、また一頭と寄ってくる。
そんな鹿たちにただいまと声をかけ、華音は近くにあったベンチに座った。
「最初はびっくりすることも多かったんですけれど、ずいぶんパラミタにも慣れました。魔法を勉強してみたいと思ってイルミンスール魔法学校に入ったんですけれど、なかなかうまく行かなくて……今は物理技を磨いているんです」
イルミンスールでのこと、パラミタで出会ったたくさんの人のこと。
思いつくままに華音は話していった。
「それから……みんなに聞いてもらいたいことがあるんです。ウィーランとパートナーになって、超感覚を使ってみたら、なんと鹿耳が生えたんですよ。昔からずっとみんなといたから、うつったのかもしれないですね」
鹿たちの仲間だと認めてもらえたようで嬉しくて、超感覚を使う必要のない時も耳を生やしてみたりもした。
そんな話をしている華音の周囲で鹿たちは思い思いの方向をむいているけれど、耳だけはピンと立てて話を聞きのがすまいとでもしているかのように見えた。
元々華音がウィーランと契約するきっかけとなったのも、この鹿たちだった。
パートナーを探して地球に来ていたウィーランを、鹿たちがよってたかってぐいぐいと押して華音のところに連れてきたのだ。
その頃の華音は退屈な日々にうんざりしていたから、まったく新しい世界なら楽しく毎日を過ごせるだろうと考えてくれたのだろう。
だから、今の華音があるのは鹿たちがいてくれたからこそ、とも言える。
華音にとって、昔からの友だちであり、新たな地へと旅立つきっかけをつくってくれた存在でもあるのだった。
パラミタに行ってからの様々なことを思い出しながら話していた華音は、時計に目をやった。
もうこんな時間。
みんなと過ごしているとどうしてこんなに時間が経つのが早いのだろう。
華音はそろそろ行かなきゃと立ち上がり、ベンチに置いてあった荷物を手に取った。
「ありがとう。地球に戻ってきたときにはまた来ますね」
そう声をかけてから家に向かって歩き出す華音を、鹿たちは静かに見送ってくれたのだった。