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リアクション
27
もしも死者に会えるなら、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)は奈月 誉に会いたいと願うだろう。
秋日子の憧れの人であり、奈月 真尋(なつき・まひろ)の実の兄である彼に。
果たして、願いは叶った。今秋日子の隣には誉の姿がある。
「それにしても二人とも、すっかり変わっちゃってまあ」
にこにこ笑顔の誉が、秋日子と真尋を交互に見て言った。
無邪気で素直な誉の笑顔を見ていると、顔立ちは似ているけれどやっぱり彼と雰囲気は違うなと秋日子は思う。
――なんていうか、誉さんの方が明るいや。いや、要が暗いっていうわけじゃないけど。
心の中で抱いた感想に、自身でフォローを入れたりしていたら、
「秋ちゃんも真尋も、なんていうか大人になったよなー」
相変わらず屈託のない笑みを浮かべ、誉が言った。
「当たり前でしょや。兄さんが居らんようなってから、なんぼ時間が経ってると思てはりますの」
つんとした態度で真尋が返す。と、誉が苦笑した。
「その妙な喋り方は変わってないんだな。直したほうがいいぞ?」
「う、うっつぁしい! ウチはもとからこげな喋り方どす!」
「いやいや、昔からそうじゃなかっただろー? もっとなんていうか、女の子らしい可愛い喋り方してさ」
「ああもうせからしか! ほかっといてよ!」
心なしか、真尋の態度は他の男性に向けるよりも柔らかい。それもそうかと秋日子は頷いた。だって実兄なのだから、仲が良くて当たり前じゃないか。
微笑ましいなと二人の会話を見守っていると、
「そうだ。恋人……ってか好きな人とかできた?」
誉が、突拍子もない質問をしてきた。一瞬心臓が跳ねたが、これは真尋に向けられた問いなのだろうと秋日子は知らん振りをする。
「ねえ秋ちゃん、どうなの?」
が、名指しされてしまった。
「わ、私ですか?」
できるだけ平常心を保とうと、声のトーンを下げた。
「ええとええと、それはそのう……」
「……ははぁ。その様子だと秋ちゃんには好きな人が居るっぽいな。誰誰? 俺の知ってる人?」
「あう。え、う……っと」
勝手に顔が赤くなる。
――っていうか、誉さんが言わないで!
だって、誉は要と同じ顔をしているのだもの。
本人に問われているような錯覚を起こしてしまって、満足に受け答えもできない。
顔立ちが誉に似ていることを教えて、曖昧にはぐらかそうとも思ったけれど、それはそれで誉のことを好きと言っているように聞こえなくもないし、何より恥ずかしいし。
結局、
「そ、そういう話は妹の真尋ちゃんに聞くのが普通じゃないんですか?」
矛先を無理矢理変えさせてみた。
「何? 真尋にも好きな相手できたの?」
「そうです。真尋ちゃん、最近男の子の友達ともよく話すようになったんですよ!」
「へえー。何、どんな奴なの?」
よし。上手く話が別方向に向かってくれた。
しかし話を振られた真尋はと言うと、
「冗談はやめてつかぁさい!!」
真っ赤な顔と大きな声で、思い切り否定。
「ウチ、男ん人は二次元しか興味ねぇんです。あんなん友達やあらしまへん! むしろ敵ですよ!」
「……え、友達じゃないの? うーん、趣味も合うみたいだし、お似合いだと思うんだけどなー」
「んな! あんなただの腐れ男と似合ってたまりますかね! もっとこう、ウチはですねぇ、……ええと、とにかく違ぇんです!!」
息巻く真尋を見て、「そこまで否定しなくていいだろ」と誉が苦く笑いながら言った。
「相手が可哀想だぞ?」
「知りまへん! どうでもよか相手ですから!! 兄さん、秋日子さんの言っとるこたぁ嘘ですけんね! 真に受けたらあきまへんよ!」
ここまで頑なに否定するなんて、よほど誉のことが好きなのだろうな、と秋日子は思う。
好きな相手に、また別な人が好きだと言うのは気が引けるものだ。
貴方よりも気になる人が居る、と言外に言ってしまっているようで。
誉もそれをわかっているのか、
「そういやお前、昔は俺にべったりだったもんな〜」
しみじみと思い出話を零した。「へぁ!?」と素っ頓狂な声を真尋が上げる。
「あれ。そうなんですか?」
「そうそう。秋ちゃんが家に遊びに来るって知ったらさ、必ず『お兄ちゃんがあきちゃんにとられちゃう』とか言って俺の服引っ張って離さなかったりして」
「ちょ、な、なんば言いよっとね!? つか何年前の話を持ち出しはりますの!? いやそれ以前に嘘ですからねこれ! 嘘ですから! 秋日子さん信じんといてね!? ウチ、兄さんなんかより秋日子さんの方が好きですから!」
慌てふためく真尋。ここまで慌てさせるとは、中々やるなと変なところで感心してしまう。
「否定すんなよ事実だろ」
「違うってば! 嘘ばっかり言わないでよもうっ!!」
ついに、真尋が標準語になった。焦りすぎているのがはっきりとわかる。
「私は本当に兄さんより秋日子さんのが好きなんだからっ! お願い信じて秋日子さん!」
そのセリフと、縋り付かれている現状だけを見たらどこぞの三角関係のようだ、なんて思った。
よしよし、と宥めるように真尋の頭を撫でながら、
「でもさ。真尋ちゃんと誉さん、昔からすごく仲が良かったからさ。むしろ私が嫉妬しちゃってたんだよ」
ぽそ、と呟くと、真尋の顔がさらに赤くなった。誉が、ほれ見たことかとにやりと笑う。
「〜〜っ、もう知らない!」
最終的に、真尋がそう言い捨てて黙ってしまった。
「で? 秋ちゃんの好きな人は?」
「あは。ここで話、戻します?」
「ちゃんと聞いてないからなー。居るんだろ?」
確信しているのに問うなんて意地悪だなあ、と思いながら秋日子は頷く。
頷く秋日子を見て、そっかそっかと誉が嬉しそうな声を上げた。
「俺、そろそろ帰らなきゃいけないけどさ。もしまた今度があったら、紹介してよ」
「はい。ちゃんと、紹介します」
でも、対面したらあまりに似てるから驚いちゃうんじゃないかなあ。
いや、誉と要なら驚かないで面白がるかもなあ、なんて考えていたら、
「……兄さんもう帰りよるん?」
真尋がじとりと誉を見上げた。
「ん。帰るよ」
「せからしい人やわ。ゆっくりしていけばええのに」
「そういうわけにもいかないのが厄介だよなぁ、死者って」
「……また来てつかぁさい。うっつぁしい兄さんやけど、……やっぱ、会えないんは寂しい、……かもしれねぇです」
俯いた真尋の頭を一度だけ撫でて。
「その変な口調が直る頃にまた来るかもな?」
意地悪に、笑う。
「だからっ! 口調は前からこうだって言うてるでしょ!」
「お兄ちゃんは心配だよ、こんなへんてこ口調の娘が嫁入りできるかどうか」
「嫁っ……!!」
「じゃ、そういうことで。いつまでもこうしてると帰りたくなくなるから、もう行くよ」
最後まで真尋のペースを乱して、誉。
「今日は誉さんに会えてよかった。お元気で……っていうのは、変かな? ……またね、誉さん」
「うん。またな、秋ちゃん」
さよならじゃ次がないような気がしてしまって、だからまたねと手を振って。
遠のく背中を、真尋と二人で見ていた。