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51


「ふむ……はぐれてしもうたか」
 シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)は、小さく息を吐いた。ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)と祭りに来たけれど、この人混みのせいで別れ別れになってしまったらしい。
 ――道もうろ覚えだし、このままでは迷子じゃのう。
 と思いつつも、割合のんびりとした足取りで祭りの屋台を見ながら手記は歩く。
「あ、あ、の……す、すみ、ません」
 マイペースに歩く手記の足を止めたのは、どもり気味の小さな声だった。
 ん? と振り返ると、そこに立っていたのは――。
「…………」
 短く切った銀色の髪は、ふわふわとゆるくウェーブを描き。
 少し垂れたアーモンド型の目は、月のように輝く金。
 鏡か何かがあるのではないか、と思ってしまうほどに、自分とそっくりな少女が居た。
 格好こそは多少なりとも違うものの、素肌に薄汚れた服を纏っているあたり似ているといえば似ている。
「すみ、ませ、ん。い、いきな、り。あの、えっと……」
 彼女は俯きがちに言葉を紡ぐ。時折手記の顔色を窺うように、ちら、ちら、と見上げてきた。
「ラ、ムズ、さん、に……あ、会いたい、ん、ですけど。ど、どこに、いるか……ご存知、ない、でしょう、か……?」
 あまりにも似た風貌に面食らっていた手記だが、彼女がラムズの名前を出したことで警戒心が少し解けた。
「それがのう、我もラムズとはぐれてしまったのじゃ」
 なので、何食わぬ顔をして彼女の話し相手になることを選ぶ。
 ――少し、気になるし……のう。
 手記の心中など知らず、彼女は消えそうな声で、そうですか、と言った。
「おぬし、ラムズとどういう関係にあるのじゃ?」
「あ、え、……っと。私……、……ラムズさんに、謝らなきゃ、いけなくて、早く、早く謝らないと、……」
 いまいち噛み合わない会話に手記はふむ、と首を傾げる。
「何を謝るのじゃ?」
「あ、私、あの、ラムズさん、を、裏切って……しまって、それで……」
 それで、自害した、と。
 言われなくても手記にはわかった。なぜなら手記はラムズの日記だからだ。
 なので、少しならラムズの記録を見る形で彼女のことがわかった。本当に、ほんの少しでしかないが。
 それは、ラムズが彼女のことを大きな存在としてみていなかった証拠だ。
 死んだことについても、『ニーアが死んだらしい』と伝聞系で書いてあった。それ以外は、何も。
 ……本当に、興味がなかったらしい。
「私、戦争孤児で……それ、で、えっと、路頭に迷っていたんです、けど……ラムズさ、ん、が。私を、買ってくれて……助けて、くれて……

 だけど、目の前の彼女――確か、ニーア――は、死してなおラムズのことを想い、悔い、泣きそうな顔をしている。
「な、なのに、私、は……馬鹿だから、騙されて、しまって……裏切って……」
 裏切りに関して、手記は記録を探ってみる。が、何もなかった。
 代わりに見つかったのは、『興味本位で買ってみたが、案外面白味のない奴だった。もう、どうでもいい』という記述で。
「死んで、逃げて、……だか、ら。わ、私、一言……謝りたくて、でも、見つからなく……って」
 罪悪感に押し潰されていくように、しゃがみ込んで丸くなるニーア。
 手記も、ニーアに目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「もう、許されても良いのではないか?」
 できるだけ、優しく言った。牧師が信者に諭すように。
 けれどニーアは首を振った。それから、一枚の金貨を手記に手渡す。
「代わりに、あ、謝ってほしいなんて……さすがに迷惑でしょうし、おこがましい、ですから……これ、あの人を見つけたときにでも、返して、おいて、ください」
 吃音交じりのたどたどしい言葉だったけれど、力強い意思を感じた。
 ああ、と金貨を握り締めると同時。ニーアは最初からそこに居なかったかのように、ふっと姿を消した。
 ――未だ、後悔しておるのじゃな。
 渡された金貨。それは、ラムズがニーアを買ったときの金額。
 せめて自らの購入費を返そうというのか。
 ――……もう、許されても良いだろう?
 先ほど彼女に言った言葉。もう一度、自分の中で繰り返す。
「手記」
 と、ラムズの声が聞こえた。立ち上がる。
「探しましたよ。こんなところにいたんですか」
「ん」
 言葉一つで返事をし、金貨を大切に仕舞った。
 今手記の目の前に居るラムズは、ニーアが言っていた『あの人』ではない。そんな輩に渡す道理もないだろう。
 消えていった彼女はどこへ行ったのだろう。ナラカには、違いないのだけれど。
 空を仰ぎ見ていると、ラムズが不思議そうな顔をした。それから悪戯っぽく笑い、
「手記、誰かと逢えたんですか?」
 冗談交じりの声で、問いを投げる。
「……ああ」
 肯定の言葉を返すと、ラムズの表情が驚きに変わる。そんなに驚くことか、と手記は苦笑しつつ、
「母に……な」
 逢えたよ、と。
 小さく、呟いた。
 ――我に記録があるならば、我がそれに似て生まれたのならば、そう称しても良いだろう?