リアクション
○ ○ ○ 「わう……わうわうう!?(ちょっと。何で私が犬になってますの!?」 突然地面が近くなり、視界に入った自分の身体を確認してシャロン・ヘルムズ(しゃろん・へるむず)は唖然とする。 「きゃわーん、わわん、わーん(はっはっはっはー。いやー、こうしてみるとメリッサの変身した時の気分が味わえるねー)」 隣にはミニチュアダックスフンドの子犬の姿がある。正体はテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)だ。 「わんわん(テレサさん、さっき渡してくれた食べ物に何か混ぜてました?)」 「わんわんわわん(うん、ちょっとね〜。なってみると面白いねシャロン?)」 「わわわわわんわんわん(面白いとかで人を巻き込まないでくれますか?)」 シャロンは前足でテレサをぺちぺち叩く。 「きゅーん、くんくん(やめやめっ。いいじゃないの、たまにはのんびりウロウロするのも。机に座って仕事ばかりだとカビが生えるぞー)」 「わんわん(遊んでいる暇はないのです。やることが沢山ありますから)」 「わうん、わんわん(遊ぶためってわけじゃないよ。これは変身して、迷子とかうっかりなった人を見つけて、ロザリーに連絡するお仕事なんだよ。うん)」 「わん……。わわん(確かに、捜索のお手伝いとかはできますけれど。ですが、それとこれとはまた別ですので、人に戻りましたらじっくり話をしましょうね)」 「わん! きゃうんくんくん(わかった。とりあえず、相手を警戒させないために、子犬らしく行動しないとねー。こんな感じかな〜)」 テレサ犬はシャロン犬に身体を摺り寄せていく。 「わん、わわわん(犬になり切る必要はないでしょう)」 シャロンは前足でテレサをぺんぺん叩いて、追い払おうとする。 そんなふうに、2人がじゃれついている中に。 「わーーーーい! 私よりちっちゃな子犬さーーーーん。あそぼーーーーー」 ドーンと、茶色のコリーが突撃してきた。 「ふたりともかわいー。ワンワンワンワーン」 コリー――獣人のメリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)は、しっぽを振りながらものすごく嬉しそうに、2人に抱きついてすり寄る。 「きゃう、わんわん(メリッサくすぐったい、くすぐったいよ、あははっ)」 「わん、わわんわん(ちょっと、メリッサさん、こんなことしている場合では〜)」 3匹の子犬がじゃれ合う微笑ましい姿に、通りかかった人々が足を止めていく。 「楽しそうに遊んでいますわね」 穏やかな微笑みで、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)もパートナー達の戯れを見守っていた。 「わわわんわん(楽しくないですよ。嫌がっているのがわかりません?)」 「……言葉がわかりませんが。もっと遊んでいたいと言っているのでしょうね」 「わわわわん(違います)」 「でも、そろそろ巡回に行きませんと」 ……ロザリンドとシャロン犬の会話は全く成立しなかった。 「わう……」 シャロンは前足で地面に文字を書いてみようとしたが、上手く書けない。 「わんわん、わーん、3匹で一緒にお仕事だー。わんちゃん、こねこちゃんと沢山お話ししよー」 唯一、薬を飲まずに犬化している獣人のメリッサだけは、人間の言葉を交えて会話している。 「メリッサ、もしかしてお2人が何をおっしゃられているか解ります?」 「わかるよー。迷子探しするんだって」 「そうですか。それは助かります。ええと……このままでは会話が出来ず不便ですから、「はい」なら1回、「いいえ」なら、2回吠えていただくということにしませんか?」 ロザリンドの提案に、テレサ犬シャロン犬が同時に「わん」と答えた。一緒にメリッサも「わん」と返事をする。 「ふふ、それでは行きましょうか。迷子探しも勿論、ゴミを片付けたり、出来ることは沢山ありますから」 ロザリンドは掃除道具を持って、会場内の巡回に出発する。 「わんわんー」 「くーんくん」 テレサとメリッサは勢いよく走りだし、ロザリンドより先に。 「わーんわん(小さな体を利用して、探さないとね。シャロンいくよ、いくよ、いくよー♪)」 「わわんわんわ……(わかりました)」 シャロンはロザリンドの隣に従……おうとしたが、テレサとメリッサが走り寄ってきて、追い立てられるように、先へ走りだす。 「わん、わんわんわんわん!(おっ、鴉に襲われてる仔発見! 助けに行くよー)」 「わん、わうんわん〜(ケンカはダメ。仲良くしないとー)」 ミニチュアダックスフンドのテレサとメリッサが、襲われている子犬に向かって駆けていく。 「わんわん(鴉のことは2人に任せて、こちらに避難してください)」 ハスキーのシャロンは、うずくまっている子犬を植え込みの方へと導く。 「3人にお任せしておいて、大丈夫ですね」 ロザリンドは、小さな体で奮闘する3人を見守りながら、ゴミをまとめていた。 「わんわん、わんわわーん(なんでそういうことするの? 仲良く遊ぼうよ。きっと楽しいよー)」 「カー、カアー(邪魔するな、毛をよこせ!) 「わん? わわわん(毛が欲しいの? 私のでよければどうぞ)」 メリッサは前足で体を掻いて、毛を落とす。 「カアー! カァカァ!(サンキュー。後で可愛がってやるぜぃ)」 鴉はくちばしで毛を掴むと、遠くへ飛んで行った。 「んー? これで良かったのかな? 毛をあげれば鴉とも仲良くなれるのかな」 そしたら、もっと楽しいだろうなと。 もっと笑顔が沢山で、周りの人達ももっと楽しいはずだと。 メリッサは考えていた。 万博会場には笑顔が沢山溢れている。 「世界もこんな感じで、みんな楽しく笑顔で友達になれたらいいなー」 にこにこ、そんなことを考えていたと思ったら。 「あ、おかしー!」 次の瞬間には尻尾を振って、ロザリンドのポケットからちらりとのぞいているスティック菓子に興味津々。 「わうーん。きゃわんきゃんきゃわーん(マルチーズかな? 可愛いね〜。ごあいさつごあいさつ〜)」 テレサはすっかり犬と化し、保護した子犬にじゃれついている。 「わわん……わん(まったくもう……じゃれついているというより、襲っているようにしか見えませんわ)」 シャロンはそんなテレサを咥えて、引き離そうとする。 「私もあそぶー!」 そこにメリッサが飛び込んで。 「わんわん」 「きゃんきゃん」 「くーんくん」 「わおんわんわん!」 4匹が走り回り、追いかけまわり。戯れる。 「楽しそうですね。先ほどの子犬も元気を取り戻したようです」 ロザリンドが手を止めて微笑みを浮かべた。 人々の顔にも笑顔があふれて。 微笑ましい風景が広がっていく。 ○ ○ ○ 「んー、アレナさん見つからないね」 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)と一緒に、美化活動の見回りをしながら、アレナを探していた。 「空き缶ここでいい?」 「あ、はい。入れて大丈夫です。あとで分けますので」 一般客の問いに、歩は笑顔でそう答えた。 「ありがとう。お疲れ様」 「はい、楽しんでいってください」 ぺこりと頭を下げて、歩は客を見送る。 それから新しいゴミ袋を取り出し、袋を交換して口を結んでいく。 「お持ちしますよ」 「うん、大丈夫。イングリットちゃんはあっちのゴミ箱お願いね」 「はい。あちらもたまっていますわね。鴉が寄ってこないうちに、焼却場に持っていきましょう」 イングリットもゴミ袋を交換すると、ゴミの沢山詰まった袋を持ち上げて、歩と一緒に焼却場に向かって歩き出す。 「お疲れ様ーっ」 一仕事終えた後、歩は冷たいジュースをイングリットに差し出した。歩のおごりだ。 「ありがとうございます。戴きます」 「アレナさんはどうやらわんにゃん展示場に向かったみたい」 白百合団の友人から、電話で聞いた話を歩はイングリットに話す。 わんにゃん展示場では、子犬や子猫に変身する薬を配布しているらしく、その薬を飲んだ場合、しばらく人間の姿には戻れないということ。 アレナはどうやらジュースと間違えてその薬を飲んでしまったらしいということを。 「間違えて飲んじゃった人達の保護も進んでるらしいから、大丈夫だよ」 「そうですか。事件に巻き込まれたのではなくて、よかったですわ」 それから、一緒に近くのベンチに腰かけて、小休憩。 「イングリットちゃんは犬と猫、どっちが好きー?」 「わたくしは犬派ですわね」 「そうなんだ。あたしは猫派! 会場にいる子猫と子犬、ホントとっても可愛くって困っちゃう」 「ええ、子犬も子猫もとっても可愛らしいですわ」 そんなふうに微笑み合い、和やかに会話をしていく。 「イングリットちゃんが百合園に入った理由って、やっぱり家の関係?」 「ええ。わたくしといたしましても、百合園の強いお姉様方から教えていただきたいことや、御手合わせを願いたいとも思っていましたので、反対する理由もありませんでした」 百合園には地球にも名が知られている、強い女性が沢山いるからとイングリットは歩に説明をした。 「そうなんだ……。単純に格闘技の強さだけなら、他の学校の方が学ぶのには向いていると思うんだけど……確かに、百合園には強い契約者が集まってるんだよね」 「ロイヤルガードに任命された方も、志願した方も多いですわよね。素敵な学校ですわ。わたくしは、百合園生となれてとても嬉しいです」 「でも、力のない子も百合園には多いんだよね。……あたしなんかは、基本的に戦うのは……ちょっと」 怖いし、闘いたいという気持ちも、歩はイングリットのように持ってはいない。 目指しているところは違うし、価値観も違う。 だからこそ、イングリットの気持ちをもっと聞いてみたいと歩は思った。 「誰かを守るために、その人のためだけに戦うって言うのは、素敵だしきっと正しい……。でも、それで他の全てを切り捨てることも、正しいなんて言えるほど、あたしは『みんな』を切り離せないし、今はそうしたくないって思ってる。これって八方美人なのかなぁ? イングリットちゃんはどう思う?」 「わたくしは……歩様のように迷う段階まで到達できてはいません。誰かの為に力を使えたら、素晴らしいことだと思います。白百合団も美しく、素晴らしい団体だと思いますわ! ですが、わたくしが強さを求めているのは、単に自分が楽しいことをしている、追い求めているに過ぎません。自分で言うのも何ですが、子供なのです。でもまだしばらく、わたくしは学生でいたいのですわ。歩様はそうしてお悩みなられて、大人になろうとしているのですね」 「大人、かあ……年を取ったら、考え方、変わるのかな」 軽く息をついた後、歩は残りのジュースをごくごくと飲み干して。 「それじゃ、仕事に戻ろうか。皆に楽しんでもらうために」 「ええ、皆様が笑顔で楽しめますように」 頑張ろうねと言って、歩とイングリットは美化活動に戻っていく。 |
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