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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!

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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!
魅惑のタシガン一泊二日ツアー! 魅惑のタシガン一泊二日ツアー!

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2.


 カフェでは、各自がコーヒーを楽しみつつ、お喋りに興じていた。
 ここでは普通のコーヒーと、トルココーヒーの二種類が楽しめる。
「これがタシガンのコーヒーの味なのですね」
 非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)が、興味深げに呟いた。
「そうだね。ブレンドによって多少味は変わるけど……どちらかといえば、酸味があって、スパイスっぽい香りがするのが特徴的だね。って、これはボクも今回調べて知ったことなんだけど」
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)がそう答え、カップを傾ける。たしかに、シナモン系に似た香りがほのかに感じられるようだ。
「お調べになったの?」
 ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)に問われ、「少しね、しおりの手伝いをしたんだ」とクリスティーは答えた。
「今回の【旅のしおり】は、とても興味深かったです。作った人も、参加しているんですよね?」
「それが……本人は、しおり作りに熱中しすぎて。熱を出して、欠席なんだ」
「まぁ、お気の毒に」
「是非、よろしく伝えてください」
「ありがとう。本人も喜ぶと思うな」
 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が、そう近遠に礼を言う。
「薔薇の学舎の方は、いつもコーヒーなのかと思っていたのだよ」
 イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が小首を傾げる。
「確かに、うちには大きなカフェもあるしね。タシガンコーヒーは高価で貴人の飲物と聞いてたから、学舎で簡単に飲めたの驚き……だったって、クリスティーが」
「え?」
 言ったっけ? という顔をしたクリスティーに、こほんと小さくクリストファーは咳払いをした。
「あ、うん。そうだね」
 慌ててクリスティーは頷く。
「非不未予異無亡病さん、いかがなさいましたの?」
 一方、コーヒーを一口飲んだあと、黙り込んでいる近遠の顔を、アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が伺った。
「この味は……最近飲むコーヒーと同じ?」
「確かに。言われてみれば、そうなのだよ」
 近遠とイグナの言葉に、アルティアはもう一度両手でカップを持つと、しずしずと口に運んだ。
「……で、ございますね」
「昔飲んでいたコーヒーとは違うので、何処産だろう?とは思っていましたけれど」
 不思議がる三人に、さらりとユーリカが答えた。
「ええ、そうですわ。このところ、取り寄せておりましたの。やはりコーヒーと言えば、タシガン産のものが最も有名ですから」
「それは、光栄だね」
 クリストファーはそう笑った。
「そう言えば、もうストックが少ないのでしたわ。折角現地を観ているのですし、買って帰りますわ」
「そうが良いと思うのだよ」
 この味が気に入っているのか、イグナもそうユーリカに薦める。
「なんだ、ボクよりよっぽど皆さんのほうがこのコーヒーに詳しいんだね」
 クリスティーが照れくさそうに笑う。とうの本人は、今回挽きたてのコーヒーを口にして、ようやくその美味しさを感じたところだというのに。
「ボクはコーヒーより紅茶の方が好みなんだよね。英国ではやっぱり紅茶が一番スタンダードで……」
 ごほん、と再びクリストファーが咳払いをし、はっとしてクリスティーは一旦言葉を切る。そして。
「……って話をね、色々とクリストファーから聞いて、興味をもっちゃってね」
「ああ、そうだな」
「以前、本で読んだことがあります。英国人は、紅茶の時間を大切にするって」
 近遠の言葉に、もっともらしくクリストファーは「うん、そうなんだ」と微笑んで答えている。
「そういえば、タシガンはどう? 楽しんでもらえてるかな」
 クリスティーがそう水をむけ、話を若干そらした。
「そうですね。近寄りがたい雰囲気は、減った気がします。それに、陶芸やコーヒーのことを学べて、とても楽しいです」
 どんなことに対しても知識欲旺盛な近遠が、率直に答える。
「バラ園はとても素敵でしたわ! あたし、大好きですわ」
「ええ、アルティアも、そう思うのでございます」
 ユーリカは声を弾ませ、アルティアも控えめにそう口にする。
「それはよかった」
 クリストファーは心からそう言うと、微笑んだ。薔薇の学舎もこの地も、クリストファーにとって大切なものだ。こうして賞賛を聞くのは、心から嬉しかった。
 タシガンコーヒーの味が、ことのほか今日は美味しく感じるのは、旅先の開放感だけではないだろう。
「ボクたちも買って帰ろうか、せっかくだからね」
「ああ」
 クリスティーの提案に頷いて、クリストファーはゆっくりと、カップの中のコーヒーを飲み下した。



「ええと、魔道書さんが言ってたのって、ここかな?」
 農園の見学を終えて、高峰 結和(たかみね・ゆうわ)エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)エリー・チューバック(えりー・ちゅーばっく)とともに、カフェへと戻ってきた。事前に、占卜大全 風水から珈琲占いまで(せんぼくたいぜん・ふうすいからこーひーうらないまで)に、ここに寄るように言われていたのだ。
「…………」
 エメリヤンが、ぎゅっと結和の袖を掴んだ。その表情は、ひどく渋いものだ。
(別にセントなんかの誘いに乗ること、ないのに……。前みたいにスカートめくり…は今回はないかもだけど、どうせ、たいしたことなんか考えちゃいないんだろ)
「そんなことないよ、エメリヤンたら」
 表情から感情を読み取って、結和は肩を軽くすくめて笑いかけた。なんだかその笑顔は、いつもより沈んでいるようにエリーは思う。
 昨日のバラ園で、ペンダントを握って、ひどく真剣に結和は薔薇を探していた。けれども、結局彼女は、薔薇を選びきれなかったのだ。それはまるで、結和自身が、これ以上の関係についての望みを曖昧にしているが故のようでもあった。
(……ボクはそいつに会ったことないけど、たぶん結和にとっては凄く大切な人なんだろうな)
 いつも穏やかで優しい結和を、こんな風に悩ませるなんて。
(……ずるいなぁ)
 エリーはそう、内心で呟き、ぎゅうっとエメリヤンとは逆の方から、結和の腕に抱きついた。結和は少しだけ不思議そうにしたが、エリーがエメリヤンに対抗するようにべたべた甘えてくるのはいつものことで、彼女は口に出してはなにも尋ねなかった。
「あ、魔道書さん!」
 辿り着いたカフェのテーブルの一角では、占卜が支度を調え、三人を待ちかねていた。
「おお、来たな。さて【ティータイム】の【準備は整っております】ってな!」
 ばさりと白い布を外すと、トルココーヒーのセットができあがっていた。
「これも、コーヒーなんですか?」
「そう。いわゆるトルココーヒーってやつだ。砂糖は多めのほうがおすすめかな」
 三人の口にあうように、テーブルのアルコールランプにかけた湯沸かしに、占卜はさらさらと砂糖を入れた。それから、細かなコーヒーの粉を入れ、ランプに火をつける。
 やがて、鮮やかな手つきで占卜は三杯のトルココーヒーを振る舞った。高い位置から、サイコキネシスも少しばかり使い、小さなカップに注ぎ入れると、エリーが「すごいすごい!」と歓声をあげて跳ねた。
「さぁ、どうぞ。上澄みだけを飲むようにしてな」
「ありがとうございます、いただきます」
「…………」
「いっただっきまーす!」
 それぞれカップを手にすると、ゆっくりと口に運ぶ。砂糖の甘みとコーヒーの苦みが、口の中に広がった。
 占卜が用意したお菓子とともに、結和はしばしトルココーヒーの味を楽しんだ。
「美味しかったです。ごちそうさま」
 ふぅ、と満足げに息をつき、結和がカップを戻す。すると、占卜は「ああ、ちょっとまてよ」と声をかけた。
「むしろ、これからが本番だ」
 占卜はふふっと笑うと、ソーサーをカップの上に逆さまにかぶせた。そして、どろりと残ったコーヒーの粉が垂れ落ちる。頃合いを見てカップを持ち上げ、残った模様を占卜はじっと見つめた。いわゆる、コーヒー占いというやつだ。まさに彼の十八番の一つである。
「ああ、見えてきた」
「……どう、ですか?」
 尋ねる結和は、本人は気づいていないが、真剣そのものだった。
 よほど、『彼』のことで思い悩んでいるのだろうと、容易にうかがえるほどに。
「そうだな、……ドアが見える」
「ドア?」
「ああ。幸福へのドアってやつだ。結和ちゃんの願いを、後押ししてやろうって奴もいる」
 その言葉に、ぱぁっと結和の瞳が輝いた。
「…………」
 エメリヤンは無言のままだが、それなりに占いに感心しているらしい。
「ボクのもやってー!」
 エリーが催促する。エリーには、『順風満帆。細かいことは気にせずに』、エメリヤンには『焦りは禁物、自分のあり方を見直すように』というようなことを、占卜は告げた。
 しかしその間も、じっと結和は黙ったまま、なにごとか考えている様子だ。
「…………」
 占いを終えても、まだじっとしている結和の袖を、エメリヤンが軽くひいた。
「あ、そうね。お土産も見に行こうって言ってたね。……ありがとうございました! コーヒー、すごく美味しかったですっ」
 結和は笑顔になってそう言うと、エメリヤンを連れて、売店へと急ぐ。その足どり、心なしか、先ほどよりも軽いものだった。
 その背中を見送りながら、占卜は不思議と、自分が彼女の恋心が他にむかっていると気づいても、それほど気落ちしていないことに驚いていた。
(初めて会ったあの時、護りたいと…運命を感じたのは、恋だと思ってたけど……)
 違ったのだろうか。それは、著者の血筋を、本能で感じ取ってただけ、だとしたら。
「どしたの?なんか元気ないじゃん」
「なぁ。エリ子は、結和ちゃんのこと、好きか?」
「うん!ボクは結和が大好きだよ!だってボクの『お姉ちゃん』だもん」
 アリスという種族の、それが習性なのだと知ってか知らずか、エリーは無邪気に即答する。
「……ガキはいいよな」
 ぽつりと呟いた占卜に、「ガキじゃないようるさい占トのばかー!」とエリーが騒いだ。
「だァから『ト』じゃねぇ!『卜(ボク)』だっつってんだろ!」



「そろそろ出発の時間だな。……あ、あーマイクのテスト中」
 頃合いを見計らい、佐々木 八雲(ささき・やくも)はこっそりと佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)に連絡をとった。すでに弥十郎は、次の目的地である牧場で待機中だ。
 ややあって、「……。意味がわかんないけど?」と弥十郎の返事がくる。
「そろそろ腹をすかせた野郎供が押し寄せるぞ」
「準備はいつでもOKだよ。あ、いつもの様に僕はごまかしといてね」
「わかってる。トイレから戻ってこないと伝えておいた」
 八雲の言葉に、弥十郎は「ありがと」と答えた。
 バーベキューの準備は、あらかた済んでいる。あとは到着を待つばかりだ。
 高く昇った秋の太陽が、柔らかに彼らを照らしていた。