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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!

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「へぇ、この花を集めて、香料に?」
「そうです。蒸気でもって、アロマオイルと水へとわけるのです。水にも香りがあり、ローズウォーターといいます。これは日持ちがしませんので、流通はできませんが、お土産におすすめしておりますよ」
 バラ園で熱心にワルドを質問攻めにしているのは、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)だった。生真面目に答えにひとつひとつ頷いては、またさらに次の質問をぶつけている。ワルドが丁寧に受け答えするタイプだから良いが、うるさがられる一歩手前、というくらいだ。
「薔薇は育てにくいといわれますが、まめに手をかけ、愛情をそそげば、美しく咲いてくれる植物なのです」
「なるほど。愛が重要なのか」
「ええ」
 ワルドが微笑む。そこへすかさず、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)がわってはいった。
「トマス坊ちゃま。質問もけっこうですが、実際に触れて感じることも必要かと思いますよ。なにごとも実学が基本です」
 子敬のすすめに、トマスは頷くと、赤い薔薇の花びらに手を伸ばし、そっと指先で触れてみている。ひんやりとした花弁が、白い指先で可憐に揺れた。
「では、私は失礼します。ごゆっくり、お楽しみくださいませ」
 ワルドは優雅に一礼をし、バラ園に併設された建物へと戻っていった。
(ふぅ……)
 薔薇と愛の関係だなんて、深くつっこまれて考えられては困る。なんとか中断はできたものの、子敬としては、いちいちひやひやものである。
 そう。実は未だに、トマスはBLについて正しく理解していない(しなくて良いのです!by子敬)。そのくせ、持ち前の旺盛な好奇心で、探求をこれっぽっちもあきらめてはいないのである。
 そこそこタシガンにも出入りし、薔薇の学舎の生徒にも顔見知りはできたものの、未だ同性愛という意味に辿り着かないのは、ひとえに子敬の涙ぐましいまでの努力のたまものであろう。
「そういえば、この薔薇園には、特別な薔薇もあるそうですね。坊ちゃん」
「らしいね。ああ、そういえばそのことを聞くのを忘れちゃった。……もしかして、それがBLなのかな」
「え?」
 突然ここにきて、何故かトマスの思考が飛躍した。
「Bっていうから、BLACKの黒って思いこんでいたけど……青だって、Bだ。青い薔薇って、なんだかいかにも特別な感じがするし」
「そうですね。青い薔薇には、かつては「ありえないこと」という意味もあったかと」
 子敬の言葉に、トマスは俄然張り切った。
「よし! それなら、僕も探してみよう!」
「そうですね」
(ですが、薔薇はROSEで、Rですよ坊ちゃん……)
 内心でそうは思っても、決して口にはださない。とりあえず、真の意味にさえ辿り着いてくれなければ御の字である。
 そうと決まればと、二人はずんずんと薔薇園を奥へと進んでいった。特別というからには、そう簡単に目につく場所にはないだろうと踏んだからだ。
 どうかそこで、破廉恥な光景など目に入りませんように、と子敬がひそかに祈っていたことを、トマスは知らない。

 さて、一方。
「見つからないな……」
 眉根を寄せ、そう悩むリア・レオニス(りあ・れおにす)と、彼を手伝いについてきたレムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)の二人だ。
 リアはどうしても、秘密の薔薇を手にしたいと心に決めていた。他の誰でもない、アイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)
へ捧げるためだ。
 旅行中は、すすんでルドルフ校長の手伝いとして、点呼や確認などをしていたが、ここでだけは単独に行動することを許してもらっている。
 なんとしても。
(秘密の薔薇に想いを込めてアイシャとの恋を叶えたいんだ!)
 リアの心は、その一点に燃えていた。
 そのためなら、たとえモンスターがいようと、火の中水の中だろうと、どこへだって突き進む覚悟だ。
 ……だが。
「ここもなさそうだ」
 すでに刈り取りの済んだ、今は枝葉ばかりが残る薔薇園の一角で、リアはしゃがみ込んだ。あちこちの隙間にまで潜り込み、探し回ったせいで、すでに制服はあちこち汚れ、薔薇の刺にほつれている。
「リア、傷が」
 衣服だけでなく、棘に手や頬もひっかき傷だらけだ。レムテニルがヒールで応急処置を施すと、リアは「ありがとう」と礼を言った。
「敷地もかなり広いですし、手がかりがもう少し欲しいところです。……ところで」
「なんだ?」
「当然ですが、その薔薇がどんなものかは知ってるんですよね?」
「…………」
 レムテニルの言葉に、リアはしばしぽかんとして、それから。
「いや?」
「……嘘でしょう?」
「そういえば、きいてなかった。どんなだと思う?」
 なんにせよ、正直で一直線、思い立ったら即実行! なのはリアの美点ではあるが、夢中になるあまりそこを見落としていたとは、レムテニルにしても盲点だった。だってまさか、そんな。
「で、でもさ! きっと一目でわかるくらい、特別なんだと思うんだ」
 そうでなきゃ、恋を叶えるなんて伝説はできないだろうし、なによりも。
 アイシャに似合う薔薇だろう。そう、最初からリアには不思議とイメージが固まっていたのだ。だから、迷うことなく探し続けることができた。
 アイシャの喜ぶ顔を、思い描き続けて。
 リアのその一途さに、呆れるよりもむしろ微笑ましくなり、レムテニルは「どんなイメージなんですか?」と尋ねた。
「そうだなぁ……可愛らしくて、可憐で、だけど強さもあって、……そんな薔薇かな」
 そう呟き、目を伏せた時だった。
「……あ」
「どうかしましたか?」
 地面につけたリアの左手。その、ほんの少し後ろに。
 小さな、ほんの小さな薔薇があった。オールローズだろうか、普通の薔薇とは少し違う八重咲きの花だ。しかし、透明なほどに淡いピンク色をしたその花は、まるでリアに気づかれたのが嬉しいかのように、微かに揺れた。
 はにかんで笑う、繊細な彼女に、それはどこか似ているようにも思えた。
「これ、だ。絶対!」
 リアはそう確信する。少なくとも、この薔薇を、彼女に捧げたい……強くそう思ったのだ。
「それでは、急ぎませんと」
 香料にしてもらうには、それなりに時間もかかる。なにより、ぼろぼろになった制服は着替える必要もあるだろう。
 リアは頷き、薔薇にそっと手を伸ばす。乱暴につみ取るのは気が引ける。そっと、そうっと、花びらひとつ、散らさぬように。
 そうして、リアは薔薇を手にすると、レムテニルとともに花園を引き返していった。