百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

リアクション公開中!

【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

リアクション


第4章 三人の娘たち 4

 鴉たちはモモとサクラの攻撃に反撃しないながらも、全力でそれに立ち向かった。
 すなわちそれは、武器を捨てた捨て身の戦いである。何度、モモとサクラに吹き飛ばされても、彼は立ち上がって彼女たちに踏み込んでいった。一歩、一歩と、その距離が徐々に近づいていく。
 それでもなお吹き飛ばされる鴉の身体を受け止めるのは、アルティナだ。
「主……無茶は、しないでくださいね」
「分かってるよ」
 鴉は微笑を浮かべながらうなずいて、更にナベリウスたちに向かっていった。
 そこには、サクラと同じ名を持つサクラ・フォーレンガルドもいる。彼女もまた、鴉と同様に、モモとサクラを傷つけようとはせず、ただひたすらに立ち向かっていくだけだった。
 対して――明子は違う。
 彼女はレヴィを魔鎧状態でまとって、巨大な剣〈ヴァルザドーン〉を振るいながら立ち回った。モモとサクラの攻撃の間合いは、その鋭利な爪による近接戦闘の間合いである。その距離を把握した上で、彼女は身体を硬化する麒麟化を施し、剣だけではなく肘や拳の体術さえも駆使する。
 “生きる森”はモモとサクラの感情の高ぶりに合わせて彼女を邪魔しようとするが、強烈な気を放つ修羅の闘気が、近づいてきた枝や幹を吹き飛ばした。
 ナベリウスとの全力の戦い。自分でも知らず知らずのうちに、明子は笑みを浮かべていた。
 彼女は、相手の道理で勝負した上で話を通すことが筋だと思っている。相手の土俵で、そして相手のやり方で。
 会話だけなんかじゃ通じない相手に、真正面からぶつかっていくことが、彼女がこれまでの経験で学んだことだった。
(ま、怖いもの知らずってだけでもあるんだけどナァ)
 レヴィは心のなかで苦笑しながらそんなことを思った。魔神とだって、このやり方で同じ場所に立たなくては、きっと、満足しないのだろう。
 パラ実仕込みのやり方は、バッタバッタと森を破壊しながら戦う猛獣同士の戦いだった。


 モモとサクラと“遊ぶ”契約者は他にもいる。
 それが、スウェル・アルト(すうぇる・あると)アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)だった。
 どこか儚い美少女のような外見でもあるスウェルは、右手を横につきだした。
 すると、その手の甲に契約印の光がにじむ。紫陽花の形をした紋様を光の線がなぞると、淡く紫陽花の色に光った空間からアンドロマリウスが現れた。
 彼女たちはナベリウスを見つけると、彼女たちと遊びを始める。
 アンドロマリウスは半ばそれを楽しみにしていたように、ウキウキとした表情で彼女たちの遊びに付き合った。
 しかし――彼女たちが爪でアンドロマリウスの身体を引き裂き、楽しそうに笑うたびに、彼はつまらなそうな表情になった。楽しい楽しいとはしゃぐ彼女たちに、アンドロマリウスは口を尖らせる。
「えー何も楽しくないですよ、つまらないですー」
「……どうしてー?」
 本当によく分かっていないようで、モモとサクラは首をかしげた。
「私も、楽しくない」
 アンドロマリウスに合わせるように、スウェルも言う。
 すると、余計に彼女たちは当惑した表情になった。
 きっと、彼女たちはこれ以外の“遊び”をさほど知っていないのだろう。だから、これがきっとみんなが喜ぶ遊びだと思っているのだ。
(他の、楽しい、こと……)
 スウェルは彼女たちの目の前にしゃがむと、ある思い出を語った。
 それは、アムトーシスの芸術大会でのことである。彼女は、その街で芸術家修行に励んでいたレドという少年と一緒に作品を描いた。それはまるで一時の幻のような時間で、忘れられない楽しい思い出だった。
「楽しいかどうかは、やってみないと、分からない。だから、ごめんなさい。戦争は、私には、楽しくなかったの」
「……楽しくないはずないのー! だって、戦うってとっても面白いことなのー!」
 スウェルの言葉を聞いて、しかし、ナベリウスは理解できないというようにバタバタと手をふった。
 と――。
「にゅ……っ」
 ペチっ、ペチっ! と、優しく、しかし痛みを含むように、モモとサクラ、二人の頬が平手打ちで打ち鳴らされた。
 しかし、彼女たちの頬を打ったのは、スウェルではない。
 アムトーシスで彼女たちと一緒に遊んでいた杜守 柚(ともり・ゆず)が、打ったのだ。そして彼女の横には、同じくナベリウスたちと遊んでいた杜守 三月(ともり・みつき)の姿あった。
「痛いのは頬? それとも心?」
 柚は涙を浮かべながらナベリウスに言った。
「遊びにはね、人を楽しませる遊びと悲しませる遊びがあるの。そんなこともわからないようなら、気軽に人を傷つけるようなことをしちゃダメ」
 その声は厳しい。
 しかし同時に、温もりにも満ちていた。
 柚にとって、二人は妹同然の存在だった。遊んだのはほんのわずかな時間でも、彼女たちと過ごした時間はかけがえのないないものだ。
(柚やボクにとっても……そしてモモちゃんたちにとっても、ね……)
 三月はしゃがみ込んで、彼女たちの赤くなった頬にそっと触れた。
「柚の言ってること、わかるよね?」
 ナベリウスはこくりとうなずいた。
 彼女たちだって、本当はどこかで分かっていたのかもしれない。それから目を背けることが、彼女たちにとって当たり前だっただけで、そうすることでしか、自分というものを認めてもらえなかったのかもしれない。
 三月だけではなく、レイカが彼女たちを優しく見つめた。
「モモちゃん、サクラちゃん……それが……哀しいという気持ちなんですよ」
「哀しい……?」
「そう。好きな人を傷つけちゃうかもしれない。好きな人がいなくなっちゃうかもしれない。それはとっても、哀しいことなんです」
 レイカは自分自身にも言い聞かせるように、静かに言う。
「ねえ、ナベリウスちゃんたち」
 レイカの横で少しだけ膝を落として、詩歌が口を開いた。
「今日の戦いと、アムトーシスで遊んだこと、どっちが楽しかったです?」
 答えなど、決まっていたのかもしれない。
 あのとき、アムトーシスでみんなと一緒にドーナツを食べたその時から。
 答えはすでにモモたちのなかにあったのかもしれない。きっとそれは、今まで自分たちが“楽しい”と思っていた遊びよりも、柚たちの笑顔で幸せそうだったから。
 互いに楽しいと思えることが、幸せなことなんだと、分かってしまったから。
 ぼそりと、聞こえるか聞こえないかの声で答えをつぶやいたナベリウスたちに、詩歌は笑いかけた。
「もし、ナナちゃんたちが今感じてる気持ちが何なのか知りたいなら、私のところに来てほしいのです。そしたら、その答えを教えれるかもしれないですし、それ以外の戦うことより楽しいこととかもいっぱいいっぱい教えてあげるのです。それで、一緒にその遊びをするのです。そしたら戦いという『遊び』をしなくてもきっと……楽しい気持ちになるんだよ」
「楽しい、気持ち……」
 呆然としたようにナベリウスたちはつぶやく。
 その視線が、詩歌の後ろに動いた。
 彼女の後ろにいたのは、それまで優しげに彼女たちを見守っていた神条 和麻(しんじょう・かずま)だった。アムトーシスでナベリウスたちに“思い出”をくれた青年は、あの時は聞けなかった答えを聞こうと思っていた。
「俺は……目の前でよく分からずに選択して大事なものを失おうとしてる奴を、見捨てる訳にはいかない。だから………」
 ナベリウスの目に映るのは、自分のために傷ついた人たちだった。
 それでも、彼らはここまでやって来た。
 彼女たちのために……。
「お前たちの想いを、教えてくれ」
 和麻が言った。
 アリカや柚が。一緒に遊んだ人たちが。そして今日、彼女たちに呼びかけた人たちが。ナベリウスの答えを待っていた。
 そしてそっと――モモとサクラは和麻の手を握った。
「ナベリウスちゃん……」
 アリカが涙を浮かべながら、二人に抱きついた。
「もう……もう……離さないんだよ!」
「うん……」
 サクラと同じ名を持つ娘も、同じように二人を抱きしめる。
 ナベリウスは泣いた。まるで、捨てられていた子猫がようやく飼い主を見つけたときのように。
 暗闇のなかで生きていた二人の娘は、光を見つけて、泣き続けた。