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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

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第一章 猛進

(1)キシュの神殿−1 , 橋頭堡−1

 北カナン、キシュの神殿。
 パイモン軍により包囲された橋頭堡。常駐する兵たちを救うべく、孤立する兵や契約者を救い出すべく兵を出す。当然の事のようにイナンナ・ワルプルギス(いなんな・わるぷるぎす)は決断した、しかし―――
イナンナ
 室内に入るなり長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が報告した。彼の足下にピタリと添い歩み入りてきた『パラミタペンギン』が場を僅かに和ませた。
「兵の準備が整った。いつでも出発できる」
「そうですか」
 柔らかくなりかけた空気が一気に引き締まる。腰を上げて歩みを始めるイナンナ、それは無言であろうとも「出兵の合図」。常駐する兵たちを救うべく、孤立する兵や契約者を救い出すべく兵を出す、それが彼女の判断、しかし、やはり―――
「待ってくれ」
 迷っている時間はない。沖田 聡司(おきた・さとし)は女神の決断に異を唱えた。
「君がどんな決断をしようが俺はそれに付いていくつもりだ、しかし……これは危険すぎる」
 パイモンの要求は「イナンナの身柄を差し出すこと」、さすれば橋頭堡の破壊も兵の安全も約束すると。
「兵を率いると言っても、数で圧倒できるわけじゃない。そもそもそんな数を集められるわけがない」
「いや、上限いっぱいにまでかき集めた」
 応えたのは淳二イナンナの指示の元、兵を集めるのに最も尽力したのは彼だ。「おかげで要所の警備は薄くなったがな」
「それでも! 君が出向く必要はない!」
「救いたいのです、兵たちを」
「そっ……それは俺たちだって同じだ!」
 心配なのは彼女が自らの身を差し出すという決断をすることだ。戦況によっては……いや今だってそのつもりかもしれない、だから現地に行くなどと。どんな事があっても、それだけは阻止しなければ―――
「わたくしも反対です」
 聡司に助け船を出したのはエミリア・ヴィーナ(えみりあ・う゛ぃーな)、士官としてイナンナに協力している。
「あなたさまの身に、もしもの事があれば、カナン全土に計り知れない影響が出ることでしょう。イナンナさまをお守りできるだけの戦力を整えた上で無ければ、出撃などすべきではありません」
 されば、ならば。橋頭堡の兵は見殺しに?
「まさか。わたくしは「とにかく急いで救援に駆けつけよう」という意見には賛同できません。出撃はせめて「西カナン軍」が到着するまで待つべきです」
「しかし、こうしている間にも橋頭堡の兵たちは……」
「要求を突きつけている以上、早まったことはしないでしょう。もっとも、確証はありませんが」
 あくまでも希望的観念。しかしエミリアは策があった。
「しかし、西カナン軍がどれだけ急いでも、ウヌグからキシュまでの道のりとなると、最低でも数日はかかってしまいます。そこで、提案があります」
 パートナーであるコンラート・シュタイン(こんらーと・しゅたいん)に指先を向けた。彼女は携帯電話を耳に当てて話し込んでいたが、電話の相手は西カナンの「ザルバ」だという。
「軍に問い合わせて、救援部隊の編成などを聞いてもらっていたのですが、やはりザルバ様に代わられたようですね」
 ザルバドン・マルドゥーク(どん・まるどぅーく)の妻であるが、彼が国を空ける際には内政や軍務も代わりに執り行うという。今回の救援部隊の編成も彼女が行ったそうだ。
「確認とれました。可能だそうです」
 コンラートは冷静ながらも弾んだ声で、
「救援部隊の中には契約者も居るため『小型飛空艇』もあるとのこと。それらを含めて、空いている飛空艇やトラックなどを使えば、少数でも先兵、いえ、遊軍として出向くことは可能であると」
「ここから橋頭堡までは、急ぎで数時間。何かあれば急行することも可能です。西カナン軍の本隊が到着するまでの応援として先に遊軍を派遣する、というのがわたくしたちの案です。如何でしょうか」
 西カナン軍本隊が到着次第、万全の戦力で橋頭堡を目指す。それまでは遊軍を含め、橋頭堡を護る兵たちなら持ちこたえてくれると信じて。
「わかりました、そのように致しましょう
。手配をお願いしてもよろしいかしら?」
「もちろんです」
 西カナンのザルバへ正式に遊軍の要請をすると、彼女はすぐに魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)に連絡を入れた。
「なるほど、遊軍ですか」
 橋頭堡への援軍要請の使者として西カナンを訪れた魯粛は、そのまま援軍を率いて北カナンのキシュを目指していた。
 イナンナの意向を正確に、また的確に伝え交渉を行った魯粛だからこそ、ザルバは彼に遊軍の先導と案内役を担わせたのだった。
「えぇ。えぇ、可能でしょう。えぇ、なるほど、分かりました。えぇ、すぐに。はい」
 話の最中だというのに「遊軍の編成と移動手段、またその振り分け」までもが、内容に盛り込まれていた。魯粛からすれば殆どが頷くだけで済むような内容だったが、一点だけ、彼女の試算よりも多くの契約者が遊軍に参加できるだろうという思案を彼女に伝えた。
「それは心強いわ、ぜひお願い」
「わかりました。整い次第、すぐに出発します」
 一時進軍を止め、策を伝える。難しいことではないが、できるだけ時間をかけずに編成を済ませたい。
「なぁるほど、面白ぇこと考えるじゃねぇの」
 魯粛と同じく【龍雷連隊】に属するテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が荒く笑った。
「よぉし、そんじゃあ、さっさと分かれようぜ。おっと、言っとくが遊軍になった奴は別に「選ばれた」わけじゃねぇ。仕事が変わっただけだ、役割は変わらねぇんだ。どっちになろうとも腐るなよぉ! むしろ全員でアゲてくぜぇ!」
 特技である「演説」はこんな所でも役に立つようだ。応用技……とでも言うべきか、いやただの人柄だろうか? どちらにせよ、兵の志気は下がっていない、むしろ高まっている。
「では行きましょう」
「おうよ、橋頭堡なんざ、あっと言う間だぜ!」
 数機の『小型飛空艇』を筆頭に、西カナンの遊軍が橋頭堡を目指して発った。
 その頃、橋頭堡では―――
「均等ではない……か」
 敵陣を見つめてハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は呟いた。
 橋頭堡はすでに四方を敵兵に囲まれていたが、今もこれまでも一度も開戦には至っていない。包囲するだけしておいて、一向に仕掛けてこないのだ。要求を突きつけた手前、猶予を与えているのだろうか、それとも本気でこちらがイナンナを差し出すとでも思っているのだろうか。
「まぁ、それならこちらも好きにさせてもらうさ」
 西カナンの遊軍がこちらに向かっているとの連絡は先程受けている。西カナンの本隊も北カナンの軍勢も、おそらく到着には時間がかかる。それまでは何としても守り抜かなければ、それも今ある戦力で。
「ただいま」
 尖塔最上階のこの部屋に、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が戻ってきた。
「仕掛けてきたわ、東と北に。塹壕がなくて苦労したけど」
 ハインリヒのパートナーであるクリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)も、彼女と同じく罠の設置を行っていた。罠は地雷、と言っても爆発物を埋設するだけのシンプルなもので、塹壕の中に設置するならそれは決して難しい事ではないのだが。
「そうか、そういえば無かったな、塹壕。どうやったんだ?」
「兵壁に隠れて仕掛けてきたのよ。掘ったり埋めたり、コソコソとね。まぁ、バレてるだろうけど、やらないよりはマシよね」
「もちろん。敵の足を取れれば、それで十分」
 上手く罠にかかれば敵数は減らせる。うっかり自軍の罠にかかるような兵がいたとしたら……
「しっかり説明はしてきたわ。それでもかかるなら……知った事じゃないわ」
「まぁ、そうならないに越したことはないがな」
 そんな事を言っている間にクリストバルが戻ってきた。役目通り、南と西の塹壕に爆発物を設置してきたという。
「ついでに南の塹壕を掘り進めてもらうようにお願いしてきましたわ。場所によって深さを変えること、それから落とし穴も掘ってもらうようにお願いしました」
 南の塹壕は浅く、そして幅が広い。水を張った方がよっぽど良いのではないかと思えたが、クリストバルは逆にそれを利用した。たやすく通れるなら敵が通ることを前提に罠を仕掛ければよい。
「西は爆発物の設置よりも、土嚢を積んで壁を高くしたり足場を作ったりする事を重視しました。敵陣にグリフォンが多く見えましたので」
「やはりそうか。敵は場所によって歩兵と空中兵の配分を変えている。こちらも少し動かそう」
 このまま開戦が起こらなければ、と期待はするが……検討中として引き延ばすにも限度がある。何としてもその前に防衛準備を整えなければ。
セレアナ。物資の配分は、たしか均等にしたんだったよな?」
「えぇ、もともとそんなに多くはなかったけど。食料、武器、医療物品は四方に均等に手配したわ」
「それなんだが、東と北の割合を増してくれないか。グリフォンの数が少ない分、地上戦が激しくなるだろうから、こちらも兵の割合を増やす」
 グリフォンの相手をするなら契約者の方が適任だ、故に東と北はカナン兵の割合を増やす。物資の移動はそれに伴うものだ。
「了解。すぐに手配するわ」
「悪いな、頼む」
「それなら、あたしはダンスでも踊って兵の志気を高めてやるわ」
 待機という状態は陣営の志気が下がりやすい、それを見越してのセレンフィリティの心意気は素晴らしいものだ、しかし―――
「あたしの踊りを見れば、あのスケベ野郎共は発狂して喜ぶだろうぜ」
 と、口は最悪に悪かった。それが彼女なりの「叱咤」に「激励」でもあり「吹き飛ばしたい不安な気持ち」から来るものということも分かってはいるのだが。さすがにセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は苦笑いせずにはいられなかった。
 援軍が到着するまで、開戦の時まで。時間は無くとも出来るだけのことを。
 当たり前のことだが、それが生死を分けると肝に銘じて。各々がそれぞれに準備を進めるのであった。