百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

地球に帰らせていただきますっ! ~4~

リアクション公開中!

地球に帰らせていただきますっ! ~4~

リアクション

 
 
 
 ■ 年越しホームパーティ ■
 
 
 
 京都行きの新幹線。
 車窓から見える冬枯れの景色に、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は去年と同じように、今年も紅葉を見逃してしまったことを思う。
 携帯に届くメールを去年と同じように処理し、同じように到着した駅に降り立つ。
 去年とそっくり同じような帰省だけれど、決定的に違うことがある。
 それは……その足が1つではないこと。
「結構寒いですね」
 駅を出た途端に冷たい風にさらされ、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)がちょっと身をすくめた。
「京都は盆地だから、冬は寒くて夏は暑いんだよ」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)がそう教えると、ふかふかしたコートを着た七瀬 巡(ななせ・めぐる)が聞き返す。
「それっていいとこ無し、ってことだよねー?」
「何? 巡は亜璃珠のすんでたところに文句つけたいの?」
 ぴきっと崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)が反応して巡に絡む。
「別にそんなこと言ってないけどー」
「巡ちゃん、京都はね、昔からのものが大切にされて残ってる素敵な場所でね、冬は寒いけど、良いとこもいっぱいあるんだよ」
 楽しみだよねと歩に言われ、巡は素直にうんと頷いた。
 1つではないどころか5つに増えた足たちは、近づいては離れ、離れては近づき、それぞれの位置を変えながら弾むように亜璃珠の家へと向かった。
 
 両親が三が日過ぎにしか家に帰ってこない予定ということで、それまでの繋ぎも兼ねて亜璃珠はホームパーティを開くことにした。友人たちを家に呼んで、賑やかに新年を迎えようというのだ。
「のんびりしたお正月が過ごせるっていいですよね」
 パラミタでは色々と慌ただしいことが多かったから、とロザリンドは一年を振り返ってみる。
「東西が統一されてやれやれと思っていましたら、帝国からの宣戦布告がありましたし。ゾディアックを巡る戦い、パラミタと地球の分断を止めるための戦い。万博でイベントを頑張ろうとしましたら、ブライトシリーズを集めて尽きを目指すことになったのですよね。その中でもまた戦いが……」
 本当に多くの戦いがありました、とロザリンドはシャンバラが経てきた戦いを思う。
「そうね。リンの言うように今年も慌ただしかったし、今年もきっと忙しくなるわ」
 だからこそ一緒の時間を大事にしないと、と亜璃珠が言うと、ロザリンドもしみじみ同意する。
「一緒の時間……好きな人と一緒にいたり、皆さんと他愛もないことをお喋りしたり。そういったことがずっと続けばいいですね」
 そんな小さな幸せの時間こそが、人にとって必要なものなのだから。
 
 到着した亜璃珠の家は豪邸だった。が、京都という立地の割りに和風情緒はそれほどなく、近代的な屋敷だ。
「こんにちは、お邪魔します」
 ロザリンドのかけた声に、まずは使用人が出てきていらっしゃいませと頭を下げた。その後、家の奥から亜璃珠の弟、崩城 大悟が顔を覗かせる。
「ただいま。お友だちを連れてきたのよ」
 亜璃珠が手で示すと、大悟は気圧されたように、どうもと口の中で呟いた。去年の一件以来すっかり女性恐怖症になってしまった大悟にとって、女の子ばかり……に見える一行は目の保養というよりは心臓に悪い。
 逃げ腰になっている大悟に、歩がぺこりと頭を下げる。
「年末年始の慌ただしい時にすみません。お世話になります」
「いや、その……どうぞごゆっくり……」
「これはパラミタ名物、って訳じゃないんですけど、ヴァイシャリーの友だちがオススメしてるお菓子です。カエルパイって言って……」
「か、カエルぅ?」
 大悟の声が裏返り、歩は慌てて説明する。
「あ、名前はあれですけど、ちゃんと美味しいんですよ」
「そ、そうなんだ……ありがとう」
 歩から渡された箱の端っこの方を持って、大悟は奥に引っ込んでいった。
 
 部屋に荷物を置くと、亜璃珠は皆をキッチンに案内した。
「ここにあるものは自由に使ってもらって構わないわ。おせちの材料も仕入れてもらったから」
 例年ならおせち料理は、使用人が作るか、料亭やホテルに注文しておくのが常だ。けれど今年は、やりたがっている子に任せたいからと、材料だけを用意してもらっておいた。
 歩はともかく……ロザリンドを厨房に入れることに亜璃珠は不安があるのだけれど、ちゃんと手ほどきを受ければ大丈夫……なはず、というかそうあって欲しい。
「大きなキッチンだね。ここなら一度にたくさん料理が出来そう」
 歩はエプロンをしめると、ネットで探してきたレシピを調理台の上に広げた。
「ボクも手伝うよ」
 巡は歩とお揃いのエプロンをすると、ちび亜璃珠に呼びかけた。
「おーい、歩ねーちゃんたちのお手伝いするよー」
「いちいちよばなくっても、ちゃんと手伝うわよ」
 おせちははじめてだけれど、料理はそれなりに出来るつもりだから、ちび亜璃珠も当然手伝うつもりでいた。けれど、先に巡に呼ばれてしまったことがちょっと面白くない。
(でも、そんなことで不機嫌になるのは大人のたいおうじゃないわ)
 お姉さんなのだからと、ちび亜璃珠は余裕の笑いを浮かべてみせた。
「ほうちょうはあぶないから、気をつけてね。私がつかいかた教えてあげてもいいのよ」
 お姉さんぶるちび亜璃珠に、自分とほとんど同じくらいの背なのにと、今度は巡がむくれる。こっそりと自分とちび亜璃珠のどちらが大きいか、目で測ってみたけれどどちらが背が高いのか、巡には判別がつかなかった。
(見てろよー、今に絶対ボクの方がおっきくなるもん!)
 もしかしたらもう自分の方が高いかも知れないし、と巡はそれからも気になる様子でちび亜璃珠の身長を推し量るのだった。
 
「黒豆って大豆を醤油かソースで色づけすればいいのでしょうか?」
 どちらの方がより黒く色づけできるかと、ロザリンドは醤油とソースを見比べる。
「……私もおせちははじめてだけど、少なくとも醤油で色づけはちがうと思う」
 調味料で染めて黒豆の黒さを出すのは無理そうだと、ちび亜璃珠が言うとロザリンドはそうですねと醤油を下ろす。
「ではソースでいきましょうか」
「そっちはもっとちがうと思うの」
 それなら何で染めれば良いのかと、調味料を探そうとするロザリンドを歩が笑いながら止める。
「こっちに使用人さんが水戻ししてくれた黒豆があるよー。お豆ってね、前の日から戻しておかないと固くて使えないんだよ」
「色づけしなくても、最初から見事な黒なんですね」
「そうだよー。でも味付けにお醤油を使うのは当たり〜♪ お砂糖とお醤油で味付けするんだよっ」
 危なっかしいながらも、ロザリンドは歩に教えてもらいながらおせちを作ってゆく。
「伊達巻……あ、知っていますよ。日本の一地方の領主と同じ名前なのですよね? その方が考案しました?」
「好物だったっていう説もあるみたいだけど、どうなんだろうー? 伊達政宗の英霊さんに聞けば分かるかなぁ?」
 そんな会話をしながら、ロザリンドたちは普段作らないおせち料理に取り組んだ。
 
 おせち料理が出来ると、パーティの始まりだ。
「大悟もせっかくだからいらっしゃい」
「俺はいいよ」
「何言ってるのよ。ほおら、こんなに百合園の乙女がたくさん、しかもハーレムよ。男だったら一度ぐらいは夢見るってものじゃない」
 尻込みする大悟を、亜璃珠は無理矢理場に引っ張り出した。
「なんかたよりなさそうな弟ね……」
 パラミタ進出を目指して欧州に留学しているとのことだけれど、こんなのがパラミタでやっていけるんだろうかと、ちび亜璃珠はちょっと心配になる。
 けれど亜璃珠が聞いた限りでは、大悟は大悟でちゃんとやっているようだ。
 海外での一人暮らしは大変だけれど、それ以上に新鮮さが尽きないと話す大悟は、去年会った時よりもずっと活き活きしている。
 そう言うと、大悟は姉さんこそ、と言い返す。
「姉さんさ、地球にいち頃はこんな顔してなかったよな。もっとこう、隙がなかった気がする」
「ふうん……いっぱしの弟みたいなこと言っちゃって。さては姉を口説く気ね? ……いいのよ?」
 亜璃珠が強く身体を絡ませると、大悟は絶叫した。
 そんな姉弟のスキンシップをロザリンドはニコニコと眺めた。
「姉弟っていいですよね」
 大悟が嫌がっているのも、亜璃珠がわざと身体を絡ませているのも、どちらも照れの裏返しなのだろうとロザリンドは思う。それにしては大悟の悲鳴が大きすぎる気もしたけれど、まあ、その辺りはスルーして。
「よかったら、あたしたちが作ったおせちを味見してくれませんか?」
 亜璃珠から解放されようとじたばたしている大悟に、歩はおせちの取り皿を差し出した。
「あ、ありがとう……」
「えっと、どうでしょう? 甘すぎたりしないです?」
 色々と気遣ってくれる歩が、大悟には天使に見えた。
「うん、美味いですよ。コレだけでも巻き込まれた甲斐があります」
「良かった。あ、この黒豆はリンさんが作ったんですよ。関東と関西で黒豆の煮方って違うんですよね」
 そんな会話をするうちに、歩も大悟もうち解けてゆく。
「パラミタを目指してるって聞きましたけど……」
「ああ。進学先は薔薇学がいいな……。男ばっかりで気楽そうだし」
「あ、薔薇学とかすごい似合いそう。白馬に乗ったりとかー」
 大悟の警戒も歩の敬語もいつの間にか解けて、パラミタの話で盛り上がったのだった。
 
 
「今日はこれでお開きにしましょうか」
 亜璃珠はパーティを締めると、明日はみんなで初詣に行きましょうと誘った。
「初詣、楽しみだよね。みんなは何お願いするのー?」
「そういう歩さんは決めたんですか?」
「うん。あたしはもう決まってるよー」
 明日の初詣の話等をしながら騒がしくお風呂に入り、そのままベッドルームに雪崩れ込む。
「今年が終わる前に、決着をつけておきたいことがあるんだ」
 巡は真剣な表情で、ちび亜璃珠と自分とどっちが背が高いか測って欲しいと頼んだ。
「どっちが高いのか、ねーちゃんたち、ショーニンだからね!」
「しょーにん……商人? 売っちゃうの?」
 さっぱり分からないうちに、ちび亜璃珠は巡と背中合わせにさせられて、背比べ。
「ちび亜璃珠ちゃんの方が少し高いかな」
「えー、歩ねーちゃん、もっとちゃんと測ってよ」
「私にもそう見えますね」
「リンねーちゃんまで〜!」
「私の方が背が高いってみとめなさいよ」
 背比べするまではかなりドキドキしていたのだけれど、自分の方が高そうだとみて、ちび亜璃珠が胸を張る。
「はいはい、電気消すからみんな大人しくして」
 亜璃珠が笑いながら手を叩く。このまま放置しておくと徹夜して初詣になってしまいそうだ。
 皆それぞれに布団に潜り込み、明日の初詣を楽しみに目を閉じる。
 ――新しい年もよい年であるように。
 ――こうして皆と仲良く過ごせるように。
 同じ想いを新しい年に託して。