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あの頃の君の物語

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埼玉最凶の中学生との戦い〜小鳥遊 美羽〜

 緑チェックのプリーツスカートがふわっと舞う。
 その表現のかわいらしさとは裏腹の強烈な蹴りが男に決まった。
「ぐはぁっ!」
 男がくぐもった悲鳴と共に、すでにやられていた仲間にぶつかる。
 倒れた仲間たちも、もはや立ち上がれないダメージを受けていた。
 その男たちを倒したのは、たった一人の少女。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は地に伏した男たちを見下ろして言った。
「これに懲りたら、うちの学校の生徒に、もう手を出すんじゃないわよ!」
「ちっくしょう〜」
 男たちはロクな捨て台詞も残せぬまま、去っていった。
「もう大丈夫だよ」
 美羽の言葉に男たちに絡まれていた女の子がうれし泣きの声を上げた。
「ありがとう! 美羽ちゃんが来てくれて良かった〜」
「うんうん、もう大丈夫だからね」
 美羽は女の子を慰め、彼女たちを送って帰っていった。


 その頃、山葉 涼司(やまは・りょうじ)は幼なじみの御神楽環菜(みかぐら・かんな)に身元を引き受けられて、警察署を出ているところだった。
「……いつまで地面這いつくばってんのよ」
 冷たく放たれた環菜の言葉に、涼司は何も言わない。
 ただ、背中を向けて歩き出し、
「もう迎えに来てくれなくていいんだぜ。俺は臭い飯食って暮らしたっていいんだからよ」
 そう言い残して去ろうとする涼司に、環菜は表情を変えずに言い返した。
「私はあなたと身分が違うの。幼なじみが少年院にいるなんてバレたら、ロクでもない週刊誌のネタにされていい迷惑だわ」
 環菜は迎えの車に乗って去っていった。
「ふん……週刊誌どころか出版社の1つや2つ簡単に潰せるくせによ……」
 涼司はそう呟きながら、自分の根城に戻っていた。


「埼玉に凶悪な中学生がいる?」
 美羽の耳に涼司の噂が届いたのは、それから数ヶ月後のことだった。
 埼玉県で轟いている涼司の悪名が美羽の住むところまで聞こえてきたのだ。
「そうそう、すごいらしいよ。暴れ回るその男を止めるために機動隊が出たとか」
「埼玉県下すべてを恐怖に陥れてるんだって」
「その話を聞いて挑んでいった不良が病院送りになりすぎて、病院がパンクしたとか」
「埼玉を制するものはすべてを制するって言われてるし、その強さを考えると……」
 恐怖を感じたのか、女の子たちの声が小さくなる。
「強さって言っても、それは暴力だよね?」
 涼司の噂に美羽は怯むことなく、立ち上がった。
「凶悪な不良を放っておくわけに行かないよ! 私、埼玉まで行ってくる!!」
 美羽は学生カバンを持って、埼玉へと向かった。


「俺に話がある奴がいる? しかも女?」
 美羽の来訪を聞いて、涼司は鼻で笑った。
「おもしろい……埼玉最強の俺のことを知らない相当な田舎者か、よほどの身の程知らずか」
 不機嫌になるかと思った涼司だったが、あながちそうでもないらしい。
 勝手に涼司にくっついてきている子分の一人が、涼司に恐る恐る尋ねた。
「どうします?」
「会ってやる」
「本気ですか?」
「ああ、向こうも望んでるのだろう? 会ってやる」
 涼司が許可を出したので、美羽は涼司の前に連れてこられた。
「あなたが山葉涼司ね」
 美羽は周囲の空気にも涼司にも怯むことなく、彼に言い放った。
「ここに来るまでにずいぶんとあなたの良くない行いを聞いたわ」
 罪状を突きつけるつもりだったが、涼司は何処吹く風だ。
 これは自分のしてきたことすら覚えてない顔だと思い、美羽は単刀直入に結論だけ叩きつけることにした。
「山葉涼司、こんな真似はもうやめなさい。その強い力は、もっと正義のために使うべきだわ」
「正義…………はっ」
 美羽の言葉を涼司は嘲るように笑った。
「なんだそれは。正義なんてそんなもので何が出来る。何もできやしない。……お前の身、一つ守ることもな!!」
 涼司の拳が繰り出される。
 しかし、美羽は華麗なステップでそれを避けた。
「ほう……」
 涼司が笑いを止めて、美羽を見た。
 美羽も瞳に真剣な色を浮かべて、涼司を見つめた。
「今までの不良とは……格段に違う。伝説はウソではなさそうだね」
 言葉で注意して、涼司が乱暴な行いを止めてくれればそれが最良だったけれど、向こうから仕掛けてきたならば……。
「そこっ!」
 ツインテールを揺らしながら、美羽は中段の蹴りで飛びかかった。
 涼司はガードをしようとするが、それはフェイク。
 そのまま美羽は一つ間をおいて、ローキックに体勢を切り替え、涼司の足を狙った。
「ぐっ!」
 ヒット。
 そのまま身の軽さを生かして大技のハイキック!
 それも決まり……。
「とどめ!」
 かかと落としを入れようとした美羽だったが、ローファーを履いたその足が宙を舞った。
 涼司は美羽のローキックを食らいながらも、素早い動きで次の大技を食らうのを避けたのだ。
「へぇ……なかなかやるじゃない!」
 しかし、そこで攻撃の手を緩める美羽ではない。
 紺色のブレザーを脱ぎ捨て、間髪入れずに動いて、涼司に攻撃を叩きつける。
 涼司も黙ってはいない。
 超ミニスカートから繰り出される美羽の蹴りを避けて、拳を叩き込もうとする。
 バスッ!
 力を込めた拳にも関わらず、予想外の音がして、涼司は驚愕した。
 見ると、美羽は学生カバンで涼司の攻撃を受け止めていた。
「……割と頑丈なんだよ、これ」
 美羽は小さく笑うと、そのカバンをぐっと横に引っ張るようにして涼司の動きを封じ、そこから自らの蹴りを繰り出した。
 涼司は腕でその蹴りを受け止めたが、同時にミシッという音がした。
「ちっ……」
 持久戦になれば、美羽はへばるだろうと涼司は思っていた。
 しかし、美羽は無駄な動きが少なく、体力の消耗が抑えられていて、息が切れずに涼司の動きに付いていっていた。
「……めんどくせえ」
 涼司はそう呟くと、今までとは違う動きをした。
 美羽は直感的に何かが来ると思った。
「…………これで、終わりだ!」
 今まで見たことのないような力を目の当たりにし……そこで美羽の記憶は途切れた。


「…………」
 気付くと美羽は見知らぬ所に眠っていた。
「ここ……は?」
 起き上がろうとすると、背中が痛かった。
 骨が折れているとかではなかったが、あちこち打ち身が出来ていた。
「……もう少し寝ていた方がいいわ」
 顔だけ声の方に向けると、見知らぬ金髪の女性が立っていた。
「誰……?」
「あなたが挑んだ男の知り合い」
 女性の名は御神楽環菜といったが、それを美羽が知るのはずっと後のことになる。
「…………負けたの、私」
「当然よ。あいつは契約者だからね」
「契約……者…………?」
「聞いたことないかしら、浮遊大陸パラミタの話を」
 環菜は美羽に簡単にパラミタと契約者の話をし、涼司は契約者であるという説明をした。
「契約者になると、ああいう風に凶暴になってしまうの?」
「それは違うわね。あれがああなのはまた違う理由」
「違う理由?」
「人の行動には原因と理由があるのよ」
 環菜はそれだけ言うと、出て行こうとした。
「あ、ちょっと待って」
 美羽が引き留めると、一応、環菜は足を止めた。
「あなた何か知ってるんでしょう? あの埼玉最凶って男のこと……」
「……知りたいなら、あなたも契約者になりなさい」
「契約者に?」
「口を開けてエサを待つ雛ではないでしょう、あなたは」
 冷たい声と冷たい表情で答えて、環菜は踵を返した。
「真実を知りたいなら、あれの事が分かりたいなら、自分も進みなさい」
「…………そうね」
 環菜の言葉に美羽は反論しなかった。
 今までだって自分の足で色々と切り抜けてきた。
「人に教えてもうとかじゃなくて……自分で行こう」
 それからしばらく後。
 美羽は蒼空学園への入学を目指すことになり、そこで御神楽環菜が蒼空学園の校長であることを知る。
 

「ふん……」
 山葉涼司は空を見上げた。
 青い空だろうと、今の涼司には灰色に見える。
 でも。
「いてっ……」
 体の痛みは本物だった。
「……体重が軽そうだから、大したヒットにならないだろうと思っていたんだけどな」
 久しぶりに面白い戦いが出来た。
 涼司はそう思っていた。
 面白いという感情が久しぶりなことにも気付かないまま。