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うるるんシャンバラ旅行記

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うるるんシャンバラ旅行記

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 ヒラニプラ鉄道は、空京島までの鉄橋をひた走っていく。
 夕刻をやや過ぎた頃、定刻通りに鉄道は空京へとたどり着いた。
「うわぁ……大きな街……!」
 最新鋭、という意味では、今まで通った中ではツァンダに近いかもしれない。だが、それよりもさらにこの都市は巨大で、さすが西シャンバラ王国の首都だけある。
 その中でもひときわ巨大に、天を突くように伸びた超高層建築。それこそが、シャンバラ宮殿であり、目的の軌道エレベーター『天沼矛』の入り口でもある。
 今回は、このまま天沼矛でまっすぐに海京へ行くのが目的だ。それまでの案内役として、駅まで出迎えに来てくれたのは、清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)だった。二人は、契約者である騎沙良 詩穂(きさら・しほ)に頼まれ、レモたちを待っていた。
 花火大会が近いせいか、いつにもまして人が多い空京ではあったが、長身でたおやかな美女と、あきらかにカタギ風ではない強面の男の二人連れというのは、そのなかでもかなり目立っている。そのおかげで、すぐにカールハインツは二人を見つけることができた。
「お待ちしておりましたわ、レモ様。カールハインツ様」
「宮殿まで案内するじゃけぇ、ついてこいや」
「え……」
 セルフィーナはともかくとして、こわもての青白磁の迫力に、一瞬レモはついて行っていいのやらと迷ってしまう。そこにあわてて、「あ!大丈夫です、人は見かけではないのです」とセルフィーナが言う。
「あ、ご、ごめんなさい。失礼しました」
 レモもぺこりと頭をさげ、非礼を詫びる。
「いつものことじゃけん、気にするこたぁない」
 ごつい顎のあたりを撫でつつ、青白磁は微笑んだ。実はかなりの子供好きなのだ。
「車を用意しとるけん、送るわい」
「よろしく頼むぜ」
 一行は用意していた車に乗り込み、シャンバラ宮殿を目指す。その間も、レモは好奇心いっぱいに、街の外を眺めていた。
「鉄道の旅はいかがでしたか?」
「すごく楽しかったです! 飛空挺や車とは、また感じが全然違うんですね。海を渡る橋も、すごいなぁって」
 興奮気味に、レモが語る。
「お前がそんなに鉄道に興味を持つとは思わなかったぜ」
「カールハインツさんだって、工場見学ではしゃいでたよ」
「さぁな?」
「はしゃいでたってば!」
 じゃれる二人に、セルフィーナは目を細めた。
 レモという少年には、過去に色々あったと聞く。だが、こうして目の前で話している姿は、いかにも普通の一生徒だ。
 とくに、カールハインツとは、この旅行を通じて親しみを増したらしい。信頼感のあるやりとりは、とても微笑ましいものだった。
「もうすぐ着くけんのぉ」
 青白磁が告げる。見れば、あの巨大な宮殿は、車のフロントガラスごし、もうすぐそこまで迫っていた。

「ようこそ、シャンバラ宮殿へ!」
 厳重なチェックを抜け、たどり着いた一行を、笑顔の誌穂が出迎えた。
「ずいぶん警備が厳しいんだな」
「うん。だってね、ここは、アイシャちゃんが今もシャンバラのために祈り続けている神聖なところですから!」
 そう、誌穂は胸をはり、それから。
「あ、安心して、神聖なところといっても祈りの間じゃなければアイシャちゃんならお客さんが来てくれるのはす〜っごく喜んでくれると思うから☆」
「広いところ、ですね……」
 レモは完全にあっけにとられて、宮殿内を見回している。広く吹き抜けになったホールは、天井がわからないくらいだ。
 天沼矛に乗る前に、軽く案内をするということで、誌穂たちはレモを連れて宮殿内を移動した。と、いっても、なにしろ巨大な宮殿だ。場所を絞らなければ、一日以上かかってしまう。
 そのなかで、誌穂が最優先したのは、アイシャの公務室だった。
「今は使ってないけど、アイシャちゃんがお客様に対応したり、何かあったらテレビで中継されるからここは特に念入りに手入れしているの。もちろん、その何かあったらという事態がないのが一番いいんだけどね」
 清潔に、すみずみまで整頓の行き届いた公務室は、華美ということもないが、上品な調度品ばかりが揃い、ふんわりと柔らかい雰囲気がある。アイシャという人物の人柄なのだろうか、とレモは少し思った。
「アイシャちゃんも、出身はレモくんと同じタシガンなんだよ」
「そういえば、聞いたことがあります……」
 レモはアイシャと知己ではない。しかし、こうして彼女がいた場所を訪れ、ルーツが近いと知ると、なんだか少しだけ、彼女という存在と距離が近くなった気がするのが不思議だ。
「どう、綺麗に掃除してあるでしょ? 多くの人目につくから、今日みたいに人がいらした時にアイシャちゃんが恥をかかないようにしないとね♪ 元々メイドだったアイシャちゃんも、自分で掃除しているんだよ☆」
「女王様が? 意外だな」
 カールハインツが目を丸くする。
 また、誌穂の言葉に納得もした。この部屋は、主が不在という雰囲気はかけらもない。飾られた花は活き活きとしているし、空気も新鮮だ。それは、誌穂が常にこの部屋を気にかけ、同時に、アイシャのことを思い続けているからなのだろう。
 それから、コンベンションセンターを軽く視察し終えたところで、レモとカールハインツは天沼矛に向かうことにした。そろそろ海京に向かわなければ、真夜中になってしまう。
「あ、詩穂は用事があるから、ここでみんなと分かれるね」
「今日はありがとうございました」
「どういたしまして☆ またね〜」
 詩穂は明るく手を振り、レモたちを見送った。
 軌道エレベーター、天沼矛までは、青白磁とセルフィーナがついていれば大丈夫だろう。
「さて、っと!」
 元気よく踵を返し、詩穂はまっすぐに、とある場所へと向かう。それは、アイシャのプライベートルームだ。
 詩穂は、公務室だけではなく、この部屋も時々、こっそりと掃除していた。綺麗好きのアイシャが、いつ戻ってきても良いように。
(……アイシャちゃんが祈りの間に入ってから、もう8ヶ月になるのかな)
 掃除の手を止めずに、詩穂はふと考える。
 大好きな、大切な、彼女のことを。それはいつでも、詩穂の胸の内に、暖かい光となるようだった。
(大丈夫、必ず戻ってくるって信じているから、…その為にはパラミタの崩壊を止める為にも、みんなの為にも、頑張らないとね☆)
 詩穂はそう、強く思うのだった。