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リアクション
『和食処』
教室から、温かな香りが流れてくる。
地球の、特に多くの日本人が足を止め、のれんが掛けられたドアをくぐって、部屋の中へと入っていく。
「いい雰囲気だ。なんだか軽く敗北感を感じるよ」
その部屋――度会 鈴鹿(わたらい・すずか)がリーダーを務める『話食処』に入った神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は感嘆の声を漏らした。
見慣れた教室のはずのその部屋は、垂れ幕や置き物、小物で和の雰囲気が醸し出されており。
日本の旧家で育った優子には、懐かしさを感じる空間になってた。
「敗北感、ですか?」
不思議そうな顔で、問いかけてきたのは、鬼城 珠寿姫(きじょうの・すずひめ)。鈴鹿のパートナーだ。
「百合園側でも、もっと日本の文化を取り入れた出し物を行えばよかったなって」
今年は百合園生で日本文化を前面に出した出し物を行うグループは非常に少なかった。
百合園が変わりつつあるからでもある。
「神……優子さん、こちらへどうぞ」
調理を担当していた鈴鹿が、仕切りの後ろから顔をだして優子を案内する。
「招待ありがとう。お勧めの料理、頼めるかな?」
「は、はい。お口に合うかどうかは分かりませんが……どの料理も手を抜かず、入念に作りましたので、お好みのものを選んでいただければと思います」
「そうか、それなら全部戴こう……などといったら、雰囲気を崩してしまいかねないから、この定食をお願いするよ」
優子はそう微笑んだ。
彼女が選んだのは、肉じゃがの定食だった。
「あと、食後に、栗羊羹をいただこうかな」
「はい、畏まりました」
鈴鹿は伝票に注文を書き記すと、深く礼をして急いで仕切りの先の調理場へと戻っていく。
「ようこそ、お越しくださいました」
茶を持って、珠寿姫が優子の席に近づき、テーブルの上に漆塗りの茶托と、京焼きの湯呑を置いた。
「こちらこそ、ご招待ありがとうございます」
優子は礼を言って、微笑み、湯呑を手に取ると、香りを楽しんでから茶を口にした。
「美味しいお茶だ」
百合園生や、客たちがちらちらと優子を見ている。
彼女は今日、ロイヤルガードの制服でもなければ、和服でもない。
シンプルで上品なシャツと、グレーのスラックスといった普通の格好だった。
それでも、華やかとは少し違う輝きを放つ存在だった。
「そういえば、珍しい格好をしてるね。キミはまだ若いから、そういう格好も似合うよ」
優子の突然の言葉に、珠寿姫は思わず照れてしまう。
普段は男勝りの格好ばかりしている珠寿姫だが、今日は鈴鹿とお揃いの臙脂色の小袖に白いフリルエプロン姿、そして髪は三角巾で纏めている。
「……お褒めに与り、光栄です」
否定するのは無礼と考え、堅苦しい挨拶をすると、優子はまたふふっと微笑んだ。
「お待たせいたしました」
少しして、鈴鹿が定食を持って戻ってきた。
きのこの炊き込みご飯に、豚汁、肉じゃがからは優しい湯気がたっており、温かな香りに優子が目を細めた。
おしんこ、筑前煮の小鉢もテーブルに並べると、鈴鹿は「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げる。
「ありがとう。いただいます」
言って、優子は定食に箸をつけていく。
「味付け、如何でしょうか。遠慮なく言ってください。次の機会に活かしたいので」
鈴鹿の問いに、優子は笑顔でちょうどいいと答え、こう続ける。
「個人的な好みでは、薄味が好きかな。量を沢山食べる方だから」
優子はどちらかといえば、あっさりした物の方が好きなようだった。
ただ、あまり少量の場合は、しっかりした味のものも喜んで食べるようだ。
(とても上品な食べ方ですけれど、普段は少し違うのかもしれませんね。任務中はゆっくり食事をとっている時間、ない事も多いですし)
鈴鹿は優子を見ながら、そんなことを考えていく。
鈴鹿はロイヤルガードの一員だ。
アルカンシェルの事件や、シャンバラ宮殿に市民が押し寄せて来た時も、優子と共に戦い、護ってきた。
とはいえ、これまでは任務に関すること以外、会話らしい会話というものをしたことがなかった。
そのため、この学園祭を良い機会と思い、こうして優子を誘ったのだった。
「素材の味が引き出ていて、美味しい。産地は葦原かな?」
「はい、今朝採ってきたものも使ってるんです」
鈴鹿は嬉々として優子に素材の説明をする。全て、葦原島で採れたものだ。
それから。
「もし、賞を取ることが出来ましたら、和服とお作法をテーマにしたイベントを、百合園女学院と葦原明倫館で合同で出来ないかと、提案してみるつもりです」
「それは是非、行ってほしいイベントだな。変化は望ましいことでもあるけれど、百合園は少し、和の心から離れてしまっているところがあるから……私が筆頭なのかもしれないけれど」
クスリと笑う優子に、鈴鹿も微笑んだ。
「栗羊羹、お持ちしました。追加のご注文、ありますか?」
食べ終えるのを見計らい、珠寿姫が栗羊羹とお茶を持って現れた。
開いた器や箸を下げて、甘味とお茶を出すと、鈴鹿と珠寿姫は2人そろって頭を下げて「ごゆっくりどうぞ」と微笑んだ。
「お言葉にあまえて、のんびりさせてもらうよ」
優子はそう答えて、お茶を飲み、息をつく。
「店員さん、注文お願いー」
「こっちも、頼むよ!」
「というか、手伝おうか〜」
気付けば店は沢山の若者であふれていた。
うち何人かは、握手やサインを求めて優子に近づいていく。
安らぎを与えてくれる和の空間に加え、優子効果で鈴鹿達の『話食処』はより繁盛していく。