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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第41章


「……あ……」


 四葉 恋歌が最初に見たのは、心配そうな顔で覗き込むルーツ・アトマイスの顔だった。

「ルーツ……さん……」

 その後ろには、師王 アスカに救出された七枷 陣の姿も見える。
 おそらく、恋歌にとって最も気まずい二人が揃っていたと言えるだろう。

「陣さんも……ごめんなさい……」

 まだ意識がはっきりと戻ってこない。恋歌はボンヤリとした頭で、しかしはっきりと謝意を述べた。

「ん、ええ。赦す――何しろ、まだ報酬も貰ってへんからな」

 何度もレンカの火花を喰らい、挙句には助けようとした恋歌本人に突き飛ばされて瓦礫の下敷きにされたにしては、軽い許しであった。
 だが、その表情からはその言葉が軽いものではないことが伺える。恋歌もまた、その陣の言葉を受け止めた。

「ん……ありがとう……それに……ルーツ……さん……ごめんね」
 横たわった恋歌の頭を抱きかかえ、ルーツは首を横に振る。
「いや、いいんだ……我が卑怯だった」
 恋歌もまた首を振った。何とか上半身を起こして、ルーツに向き直る。

「ううん……卑怯だったのは私……。
 ルーツさん、わた……あたしね」
 こくりと、ルーツは頷く。

「あたし、地球にいる頃から全く変わってなかった……変われなかったよ。
 いてもいなくてもいいような、存在感のない自分……。
 あたしはパラミタに来て、それを変えたかったのかもしれない。
 でも……変わらなかった。アニーと契約してもあたしには何の力もつかなかったし、できることは増えなかった」
「……」
「陣さんにも言っちゃったんだけどさ……正直言えば、あたしはみんなのことキモチワルイって、ずっと思ってたよ。
 ――ヒドいでしょ?
 でも本当――だってそうじゃん……ただの地球人がちょっと契約したからって、どうして炎出したり空飛んだりドラゴン倒せたりするのよ? おかしいでしょ? って」
「はは……そうすると、我はそのおかしいのの筆頭だな……なにしろ吸血鬼だ……」
 ルーツは苦笑いした。恋歌は一瞬だけ、視線を落として続ける。
「サイテーだよね……みんなのことトモダチだって言いながら、心の底ではずっと思ってたんだ、キモチワルイキモチワルイキモチワルイって……!!」
 ぽたりと、恋歌の瞳から涙がこぼれた。
 一滴、二滴と頬を伝って落ちていく。

「あ……あたしは、コンプレックスの塊だった……キモチワルイとか思いながら、ずっと羨ましかったんだ。
 そうだよ、何でもできる、どこへでも行けるみんなが羨ましかった!
 何で同じ地球人で……同じコントラクターで……あたしにはできないのって……。
 だからみんなとトモダチになって……危ないことはしてもらおうって……あたしはなんにも……なんにもできないから……」
 恋歌の肩が、手が震えている。
 自責と後悔の念で、恋歌は震えていた。

 ふ、とルーツの両手が恋歌を包む。
 少しだけ、振るえが止まった気がした。

「恋歌……覚えているか……初めて会った時のこと……?」
 ルーツの腕の中で、恋歌は頷いた。
「うん……あたま、撫でてくれた……よね……」
「ああ……こうして……人の体温は、不思議と落ち着くものだからな……」
 そうして、ルーツは恋歌の頭を撫でた。
「あは……やっぱ、あたしの言った……とおりじゃん……」
 恋歌は涙声で笑った。
「?」

「ルーツさん……やっぱりあたしに利用されちゃったじゃない……」

 恋歌は泣き止まない。ルーツは恋歌を抱き締めたまま、告げた。
「……利用なんか……されてない……」
「……」
「恋歌……我が、我々がアニーを助けようとしているのは、恋歌の為なんだ。
 君の中にある苦しみを、少しでも和らげてあげたかった。
 だが、すっかり忘れていたよ。
 もし見返りを求めてしまえば、君はそれに全力で応えてしまうだろうということを」

 あたしはその人に、一生を捧げてお返しするんだ。

 いつかの恋歌の言葉が、ルーツの脳裏をよぎる。

「知っていたはずのに……。卑怯で……ごめん。
 仕事の報酬などと……君の言葉の尻馬に乗るような形ではなく……ちゃんと自分の言葉で伝えるべきだったんだ……」
「ルーツさん……」

「アスカに……怒られたよ」

「え?」
 恋歌が聞き返す。
「というか、蹴られたよ。
 我は『四葉 恋歌』という名前に惚れたのかと。
 それとも、我がこうして抱き締めて……共に過ごした少女に惚れたのかと」
 す、と力を抜いて、恋歌の頭を離す。ルーツの視線が恋歌の瞳を捉える。

「あ、はは……やだな……それじゃ、ルーツさんが、あたしのこと好きって、言ってるように聞こえるよ……?」


「好きだ、恋歌」


「……え……」
 二の句が告げない恋歌に、ルーツは続けた。
「四葉 恋歌という存在じゃない。
 この3年間パラミタを渡り歩いた、
 友達をたくさん作った、
 我と共に多くの思い出を持っている。
 ――君が好きなんだ――恋歌」

 ごまかしようのないルーツの告白に、恋歌の瞳から大粒の涙が零れた。

「え……いやだって……困る……あたし……こんなだよ……」
 ルーツはふたたび恋歌を抱き締めた。
「関係ない」
 ぐしゃぐしゃになった顔に構わず、恋歌は首を振る。
「あ、あたしは……落ちこぼれのコントラクターで……何の力もなくて……」
「――関係ない」
「ずっと……ずっとみんなを騙して……いてもいなくても……どうしようもない奴で……」
「――関係ない!」
 ルーツは顔を離して、恋歌を見つめた。

「関係ない!!
 こうして抱き締めればまだ暖かい、君はまだ生きている!!
 もう恋歌は四葉 幸輝の生贄にはならない!!
 君にはそれを跳ね除ける力もある!!
 『恋歌』たちがくれた命もある!!
 我が――みんなが君を助けてくれる――もう……」

「……?」


「もう……ひとりで戦わなくて……いいんだ……」


「――」
 すとん、と恋歌の肩から力が抜けた。
 溢れる涙を拭うこともせずに、恋歌は呟く。
「……いいの……あたし……あたしで……」
 恋歌の問いに、ルーツはまっすぐに応えた。

「一緒に生きよう、恋歌。
 我は君と共に生きたい。我が恋歌の道標になる。
 我とて、一人では何もできない。
 恋歌が我の道標になってくれ。
 互いを互いの杖として――共に歩もう。
 だから……生きることを諦めないでくれ……」

 す、とルーツの唇が恋歌の額に触れた。
 たったそれだけの、やさしいキス。


 だがそれだけで、恋歌の中の何かが弾けた。