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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第5章


「おい待て、しっかりしろ!!」
 匿名 某(とくな・なにがし)は叫んだ。パートナーの大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が突然地下施設からビルの上階部を目指して走り出したからである。
「康之さん、どうしちゃったんですかっ!?」
 結崎 綾耶(ゆうざき・あや)も声をかけるが、返事はない。黙々とビルのそこかしこに空いた穴をくぐって、ビルを駆け上っていく。
「別にいいだろ、昇りたい奴は勝手に昇らせておけば。バカと煙は高いところが好き――その通りじゃないか」
 フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)は一人冷淡だが、このままでは一人置いていかれてしまう。仕方なく綾耶の後を追った。

「……」

 康之は黙々とビルを昇っていった。追いながらフェイは呟く。

「――何をするつもりか知らんが、あのやかまし馬鹿も普段からこれくらい黙っていればいいんだ。
 その方が効率がいいし、私もうるさくなくて済む。
 ホレ見ろ、あっという間に上の階に上っていく。まるで憑かれたように黙々と――」
 その言葉に、綾耶は振り向く。
「憑かれた、ように……?」
 さらに、某が叫んだ。
「大変だ! あいつ取り憑かれて暴走してるんじゃないか!!」

 そう、一人ビルの上階を目指す康之は、早々に『恋歌』の亡霊に取り付かれていたのである。
 康之に取り付いた亡霊は、鍛えられた肉体を駆使して軽やかにビルを昇る。

『これはいい……軽くて、強いからだ……これで……殺せる……お父さんを……四葉 幸輝を……!!』


                    ☆


「シェイド、何をしているのです……?」
 同時期、パーティ会場で神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)が呟いた。会場をフワフワと漂う亡霊たちを追い払おうと、パートナーのシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)と共に光術や弓による攻撃を行っていたところ、突然シェイドの攻撃対象が変わったからである。

「……亡霊たちの狙いはあいつだ。……なら、あいつがいなくなればいいんだろう?」
「シェイド……?」
 見ると、シェイドの焦点が微妙に合っていない。亡霊を攻撃する隙を突かれ、『恋歌』の1体に憑依されたのだ。

 ぎり、と弓を引き絞るシェイドの手に力がこもる。

 それをどうにかして押し留めようとする紫翠。
「……駄目です……正気に戻ってください……シェイド……」


「死ね」
 紫翠の制止をものともせず、シェイドの弓から矢が放たれた。それは、ヴァルや社、衿栖や鳳明たちに炎を放った幸輝に向けて一直線に飛んでいく。


                    ☆


「……あ、ああ……兄様……!!」
 雪風 悠乃(ゆきかぜ・ゆの)の身体がビクンと跳ねる。
「悠乃ちゃんっ!?」
 一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)はいち早く悠乃の様子に気付いた。地下施設の警備機器を利用して恋歌の言葉をビル中に伝えた、本名 渉(ほんな・わたる)と悠乃であるが、そこを幸輝に雇われた警備のコントラクターに襲われ、苦戦していた。
 そこに現れたのが神崎 輝(かんざき・ひかる)レナ・メタファンタジア(れな・めたふぁんたじあ)、そして瑞樹である。
「瑞樹っ、どうしたの!?」
 コントラクターたちの攻撃をディフェンスシフトで防ぐ輝も、施設内の異常に気付く。
 輝やレナたちが現れたことでおおむね戦況は好転していた。そして更に幸輝からのコントラクターたちへの命令の変更、事態は時間と共に収束していく筈だった。

「……マスター、渉さん! 悠乃ちゃんが!!」

 倒れた悠乃を抱きかかえ、瑞樹が悲痛な叫びを上げた。
「悠乃っ!!」
 渉がその叫びに反応する。恋歌の要請で彼女の声を放送しながら、警備の機晶ロボの停止を行っていた渉だったが、その恋歌もすでに亡霊に憑依され行方不明、機器の操作はすでに終了している。

「い、一体どうしちゃったのぉ!?」

 それでもまだ警備のコントラクターを全て倒したわけではない。彼らも仕事でここにいる以上、侵入者を放置していくワケにもいかないのだ。
 輝と共にコントラクターたちをサンダーブラストや六連ミサイルポッドで押し留めるレナもまた、悠乃の様子を心配して声をかける。

「……分からない。でも、悠乃さんに何かあったんですよ!! ボクたちも早くここを片付けて行かないと……!!」
 焦りを言葉の端ににじませる輝。
 その時。

『……憎い……』
「え?」

 何かの声が輝の耳元でささやく。一瞬の出来事に視線を逸らすと、視界の端に何かが写った気がした。
「輝っ!!」
 しかし、それが輝の隙に繋がった。一瞬の逡巡を捉えられて、輝は敵の攻撃を防ぎ損ねてしまう。

「うわあっ!!」
「このぉっ!!」
 すかさずフォローに入るレナ。その一撃で戦況をひっくり返されることはないが、何らかの変化があったことは確かだった。

「……これは……!!」
 先ほど輝の視界に入ったものが具体的に見えてきた。

『悲しい……許せない……殺す……死んで……殺す……』

 それは、かつての『恋歌』たちの亡霊だった。

「うわっ!!」
 その時、警備のコントラクターたちが声を上げた。何者かが輝たちとは反対側、施設の入口の方から攻撃を仕掛けたのである。
「輝っ、助けにきたよっ!!」
 輝のパートナー、シエル・セアーズ(しえる・せあーず)だった。
「シエルっ!!」
 シエルの呼び声に輝も反応した。意外な苦戦を強いられていた輝は、イザという時の為にシエルを呼んでおいたのだ。

「う……何これ……? 警備の敵だけじゃない……亡霊の数も多い……。
 でも私が来たからにはもう大丈夫っ!! レナさん! 行っくよーーー!!」
「よーし、ボクも頑張るよーっ!!」

 気合を込めて、我は射す光の閃刃を放つシエル。それに合わせ、レナもまた凍てつく炎で亡霊を攻撃する。
『ヒアアアァァァ……!!』
 恨みがましい叫びを残して、とりあえず輝やレナに憑依しようとしていた亡霊を撃退できた。突然の応援にコントラクターたちも散り散りになっていく。

「よしっ!」
「やったね!」
「……まだ安心できません……!! 悠乃さんが……!!」

 喜ぶシエルとレナ。しかし輝は警戒を解かない。急ぎメジャーヒールをかけ、施設内部を覗き込んだ。
 まだ悠乃が倒れたままなのだ。


「悠乃ちゃん、しっかりして!!」
 倒れた悠乃をゆさゆさと揺さぶる瑞樹。傍らに片膝をついた渉が、悠乃の顔を覗きこんだ。
「悠乃……聞こえますか……?」
 ぴたぴたと悠乃の頬を軽く叩く。
「ん……」
 長い睫がぴくりと揺れた。悠乃の愛らしい顔が苦痛に歪んでいる。

「にい……さま……」
「……悠乃……?」

 つぅ、と。
 悠乃の瞳から、涙がこぼれた。
 その涙の意味も、わからないままに。


『……悲しいです……にいさま……』


 悠乃は立ち上がった。
 ぽろぽろと涙を流しながら。
 その手に剣を構えて。そして。


「悠乃!?」
「悠乃ちゃんっ!?」


『だから私は……幸輝さんを……殺さなくては……』


 愛すべき仲間に向けて、その狂気を振るい始めた。