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神楽崎春のパン…まつり 2023

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神楽崎春のパン…まつり 2023
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第6章 夜桜の中で

 日が沈みかけた頃に、ゼスタとアレナの桜茶屋は店を閉じた。
「沢山お客様、来てくださいましたね。完売です」
 パンダパーカーを纏ったまま、アレナは嬉しそうに微笑む。
「パン屋さんの方も、もう殆どパン、残ってないみたいなので、こっちの片付けが終わったら優子さんと一緒に夜桜を見ている人達に、配っちゃおうと思います」
「配りに行かなくても、店頭でパンいかがですかーと、アレナちゃんが声掛けをすればすぐなくなるさ。でも、その前に」
 ゼスタは他の手伝いに来てくれている人達には聞こえないよう、小さな声で言う。
「少し、時間もらえるか?」 
 そして賑わってる桜の木々の方とは反対の方に目を向ける。
「……はい、私もゼスタさんと話したいこと、あります」
 2人は、荷物を乗り物に運ぶ振りをして、そっとその場を離れた。
 屋台の裏側の、照明が設置されていない方へと歩いて。
 暗いベンチに、並んで腰掛けた。
「今日はこの間の様に警戒してないんだな」
 笑みを含んだ声で、ゼスタが言った。
「外、ですし。優子さんも近くにいますから。……それで、お話ってなんでしょう?」
 ゼスタは彼女の顔を見て微笑み、距離を詰めた。服と服が触れるくらいまで。
「そろそろ君の考えが聞きたいと思って、な。秋に君と話をした後、神楽崎に俺の気持ちは伝えた。良い返事はもらってねぇけど」
 ゼスタはアレナの目を見つめながら、小さな声で問いかける。
「アレナは、どう思う? 1人部屋は辛いだろ? 神楽崎が百合園を卒業したらまた一緒に暮らせるようになるかもしれない。その時、俺も一緒に……っていうのは、駄目かな?」
 普段、出すことのない優しい声で、ゼスタはアレナに語りかける。
「ヴァイシャリーのロイヤルガードの宿舎の方は、時々使わせてもらってるんだ。空京の神楽崎の部屋――つまり、君が暮らす部屋にも、寄らせてもらってもいいか?」
「優子さんがいない時にも、ですか?」
「神楽崎とはあまり一緒に行動してないからな」
 頷きつつ、ゼスタはそう言った。
「……優子さんがいいっていうのなら、駄目じゃない、です」
「そっか」
 くすっとゼスタは笑みを見せる。
「あの……私、色々考えたんですけれど」
「ん?」
 半年ほど前、ゼスタはアレナにいつか、一緒に暮らそうと話をしていた。
 人間である優子がナラカに行った後も、この地で大好きな彼女のことを語り合いながら、一緒に生きようと。
「こういうのは、どうでしょうか……。
 私は、封印の術を知っています。術を教えてくれた先生も、健在だと思います。
 もしも、優子さんと一緒に私がナラカに行けなかった場合……私のことが好きって言ってくれる、今、私が大好きな人が生きている間は、生きていたい……ような気もします。皆、いなくなってしまった後――私の使い手である、優子さんが起こしてくれるまで、普通の剣の花嫁のように眠っていれたらって思うんです。不完全な眠りは絶対に嫌、だし……利用されるのも嫌、なので。ゼスタさんに護ってもらえたらって……。
 お礼は、優子さんと、生きているうちに沢山沢山するので、どうでしょう、か」
 アレナの言葉に、ゼスタは一瞬暗い目をした。
 それから軽く目を伏せ、苦笑する。
「なんか、俺とアレナ、似てるところあるよな」
「似てるところ、ですか?」
 顔も体格も性格も何も似ていない、とアレナは思い、不思議そうな顔をする。
「じこちゅー」
 ぼそりとゼスタの口から出た言葉を、アレナは聞き取ることができなかった。
「いいよ、それでも。とりあえずはな。神楽崎が生きてるうちは、2人にじゃんじゃん尽くしてもらえるってことか? 幸せだなー。くくく」
 悪戯気に笑い、ゼスタはアレナの顔に手を伸ばした。
「アレナさん、お迎えに参りました」
 彼の手が触れるより早く、声が響き――どこからか、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)が現れた。
「少し早いかと思いましたが。あ、ごきげんよう、ゼスタ先生」
 ユニコルノはにっこりゼスタに微笑む。
「やあ、ユノチャン。アレナチャンと夜の約束をしていたのかな?」
「仕事が終わった後、夜桜見物をしようって約束してたんです……っ」
 アレナが立ち上がり、嬉しそうに答えた。
「ふーん」
 ちらりと、僅かに鋭さを感じる目で、ゼスタはユニコルノを見た。
 ユニコルノはにこにこ笑顔を浮かべているだけだった。
「それじゃ、こっちのことは任せて、楽しんでおいで」
 そう言うと、ゼスタは、ぽん、ぽんとアレナ、ユニコルノの頭を叩き、屋台の片付けに戻っていった。
「ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げて見送った後。
 アレナがユニコルノの顔を見ると……彼女の顔にはもう笑みはなく、真顔でゼスタの後ろ姿を見ていた。
「ユノさん……もしかして、さっきの話、聞いてました?」
 アレナの問いにユニコルノは頷いた。
 密偵を雇って、ゼスタとアレナの様子を見守っていたのだ。
 2人に動きがあったと知らせを受けてからは、ユニコルノ自身が隠形の術で隠れて、気配を殺して2人を尾行していた。
(ゼスタ様は、全く気付いていなかった……なんてことはないと思うのですが。そんなそぶりは一切見せませんでしたね)
「ええと……」
 なんと話したらいいのか、迷っているアレナに。
「それじゃ、夜桜を見物しましょう。私もパンを作って来たんですよ」
 ユニコルノは微笑みかけて、手を引いて歩き出す。

 暗い場所から、明かりがついている場所へ出て。
 ピンク色の花を沢山つけた桜の木の下に、シートを敷き。
 ユニコルノは、ハムと野菜、たまご、ツナなどのミニサンドイッチを取出して。
 兎や猫、花の形に焼いた可愛い菓子パンを入れてきたバスケットを開けた。
「美味しそうですっ」
 並んで座って、食べ物を間に挟み、夜桜観賞を楽しむ。
「お昼の桜は綺麗でかわいかったです。夜の桜は、ええっと……艶やか、です」
 月と、ライトの明かりに照らされた桜を見ながらアレナが言った。
「お茶、どうぞ。パンも食べてくださいね」
 温かな紅茶を入れて、ユニコルノはアレナに渡す。
「ありがとうございます。いただきます。白いうさぎさん、可愛いです」
 アレナはお茶を一口飲んで、ほっとした微笑を見せた後。ユニコルノのパンを1つ手に取って、にこにこ眺めてから食べ始めた。
 彼女が選んだのは、可愛い兎のパンだった。
「あれー? 二人ともここでお花見してたんだー。ぐうぜーん」
 棒読みな男性の声に、2人は振り向いた。
「何処が偶然なんですか」
 ユニコルノが冷ややかな口調で言う。
「何食べてんの? あ、パン? アンパン? 兎のアンパンかなー」
 シートに置かれたパンを見つつ、普段通りのなれなれしさでその男――ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は2人の向かいに腰かけてひょいっとたまごサンドに手を伸ばした。
「呼雪さんは一緒じゃないんですか?」
「あ、うん。呼雪は今日は来てないよ」
 ユニコルノとヘルのパートナーの早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は会場に訪れてはいなかった。
「そうですか……桜、とっても綺麗ですから、呼雪さんもお花見できるといいですね」
「うん」
 ヘルは重そうに花をつけた、桜の枝を見上げる。
「桜ってさ。咲いてもすぐに散っちゃって、儚さを偲ばれたりするけど、そういう生き方をしようって決めたのは、桜自身なんだよね」
 紅茶の入ったカップを両手で持ちながら、アレナも桜を見上げる。
「アレナちゃんは、もし十二星華じゃなくなる事が出来たら……」
「えっ?」
 アレナがヘルに視線を移す。
「ただの剣の花嫁として生きることが選べるなら、そうしたい?」
 ヘルの問いに、アレナは首を縦に振った。
「でも、十二星華のままの方が、優子さんの力になれるのかもしれないとも、思うんです。だから、十二星華じゃなくなる方法があったとしても、迷う、とは思います。
 十二星華じゃなくなるためには、星剣、だけではなくて。女王様の血を受け継いでいるこの身体を無くさなければならない、です。やっぱり、優子さんと一緒に、無くなるのがいいのかも、しれません。でも、繋がりがそこで切れてしまっていいのかなとも、思うんです……」
 アレナは桜茶屋があった方に目を向けた。
 ユニコルノは空になったアレナのカップに、紅茶を注いであげる。
「ゼスタ様が本当に欲しいものは、きっと……」
 それから、ちらりと桜茶屋――ゼスタがいる方を見る。
「今のままでは、手に入れるのは難しいものなんだと思います」
「ゼスタさんの、本当に欲しいもの……」
 アレナはちょっと眉を寄せる。
 彼女はゼスタの気持ちを全く捉えていない。
 そして、ゼスタはアレナの気持ちを利用しようとしている。
「それでも固執してしまうのは、心の何処かに痛みを抱えているから、だと思います」
「痛いんですか?」
 アレナはそっと自分の胸に触れた。
 アレナにはゼスタは楽しそうに生きているように見えるから、ユニコルノの言葉が不思議だった。
「……でも、いつか必ず答えは出ます。きっと。
 彼も、あなたも」
 ふっと微笑んで、ユニコルノはアレナに言った。
「だから、私はずっとここにいます」
 ユニコルノの言葉に、アレナはこくんと頷いて。
「ずっと、一緒が良いです」
 少し切なげに微笑んだ。
「さ、せっかくですから、サンドイッチも食べてください」
「はい、ありがとうございます」
 アレナは、ハムと野菜のサンドイッチを手に取って、食べ始める。
「おおっ、あっちにも美味しそうな食べ物があるー。それじゃ僕はもう行くよ。2人とも遅くならないようにね♪」
 ヘルは明るくそう言うと、知り合いの所に向かって行った。
「わざとらしいですよ」
 くすっとユニコルノは笑う。
 心配して見に来てくれたのだろう。
「ユノさん、この動物さんのパンの焼き方、教えてください……っ。綺麗な形にするの、難しい、です」
「はい。今度一緒に作りましょう。若葉分校の授業でも調理実習あったらいいですね」
「提案してみるといいかもです」
 ふふっとアレナは微笑んで。
 艶やかな夜桜の下で、少女の姿をした可愛らしい2人は微笑み合い。
 優しい会話と、小さなパンと温かい紅茶を楽しんでいく。

○     ○     ○


 キャンディスは、段ボールに、沢山の写真と手紙を入れて封をした。
 そして持ち上げた。
 途端、底が抜けた。
 どすどすと、落ちたものが足の上に落ちる。
 が、着ぐるみの上だったので無問題だ。
「重すぎネ! 配達員も持ち上げられない重さヨネ。2個に分けるべきカシラ〜」
 パン…まつりの様子、アレナが作ったパンのレシピと完成品の写真。
 手紙には、『本当はミンナで焼いたパンを贈りたかったのだけど途中で駄目になるからゴメンネ。お手紙を参考に自分で作ってみてネ』という言葉と、借りパン競争では惜しくも優勝を逃した話(出なかったから)、アレナのイチゴ柄のパンは、普通にパンだったので同封できなくて残念だという話などを書き連ねてある。
 話は面白く脚色してあり、自分の事は都合よくカッコよく書いて。
 ビデオレターの再生環境があるのなら、次からは動画も用意するとも記してあった。
 それらの書類と、パンの代わりに――キャンディスは小麦粉を50Kg程度送ろうとしていた。
「オーブンとか使わせてもらえるのカシラ? 駄目なら、調理してもらってネー」
 相手に話しかけるように言いながら、キャンディスは再び梱包をして、いく。
 エリュシオンの、刑務所に送るために。
 友人である、クリス・シフェウナに届ける為に。

 花びらが一枚落ちて、段ボールの中に落ちた。
「クリスさん、お花見をしたことあるカシラ〜?」
 キャンディスはそのまま、封をした――。

担当マスターより

▼担当マスター

川岸満里亜

▼マスターコメント

シナリオへのご参加ありがとうございました。
2、3か所に登場している方もいますので、一通りご確認いただけましたら幸いです!

今年は桜の開花がとても早くて、こちらを書いている今はもう、ほとんど散ってしまいました。
皆様のお住まい付近はどうでしょうか? 桜前線と一緒に東北、北海道の旅行に行きたいよーと思っております。

ことしのパン…まつり、如何でしたでしょうか。
借りパン競争優勝者が借りてきたパン…は、かぼちゃのパンツとなりましたので、そのようなものをアイテム化していただき、後日皆様にお届けいたします!

貴重なアクション欄を割いての私信等、ありがとうございます。
大切に読ませていただいております。
お返事があまりかけておらず、申し訳ありません。

次のシナリオですが。
4月19日(金)シナリオガイド公開予定で、冷泉GMと合同で種もみの塔を舞台としたシナリオを行わせていただきます。
名義は冷泉みのりマスターとなります。
こちらでも皆様にお会いできましたら嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。


■4月11日(木)
記念アイテム「パンプキン☆パンツ」を配布させていただきました!