百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

そんな、一日。~台風の日の場合~

リアクション公開中!

そんな、一日。~台風の日の場合~
そんな、一日。~台風の日の場合~ そんな、一日。~台風の日の場合~ そんな、一日。~台風の日の場合~

リアクション



14


 今回の台風が随分と大型のようだから、今日の仕事は休みね。
 今朝方バイト先からあった連絡に、瀬島 壮太(せじま・そうた)は思わずよっしゃ、と呟いた。すかさず紺侍にメールする。今日、遊びに行っていい?
 返事は早かった。風すごいんで、気ぃつけて。
 はいよと返して鞄を手繰る。大きめの鞄の口を明け、色々なものをぎゅうぎゅうと詰め込んだ。
 壮太の住んでいる下宿先から紺侍の住む蒼空学園の寮までは、飛空挺を飛ばせばそう時間はかからない。カッパを羽織って鞄を背負って、目的地までいざ行かん。


「なんてェか、『台風なんでこれから引きこもります』感満載スね」
「なんだそりゃ」
「いや壮太さんの格好が」
 玄関で出迎えた紺侍に笑われながら、部屋に上がる。引きこもります感満載? そりゃそうだろう、そのつもりで用意してきたのだから。
 部屋の真ん中に陣取って、鞄の中から飲み物と食べ物を取り出してテーブルの上に並べていく。よく持ってきましたねェ、と紺侍が感嘆したような目で見た。
「あ、オレこのクッキー好き」
「って言ってたの思い出して買った」
「オレ壮太さん大好き」
「おまえやっすい」
 上に詰めたものをのけて、最後に出たきたものはゲームだった。バイト先の人から安く譲ってもらった型の古い携帯ゲーム機だ。ゲームはすでにセットしてある。最近流行の狩りゲーだ。
 ふたつあるうちのひとつを紺侍に渡すと、紺侍はゲームを裏返したりしてまじまじと見つめた。
「おまえ今日休みだろ? だよな?」
「そういやなんっも確認しないで突撃してきましたよね。バイトだったらどうするんスか」
「休め」
「出た横暴」
「で、どっち?」
「幸い休みっス」
「オッケ。じゃ、今日一日中オレとゲームな」
 壮太がゲームの電源を入れると、それに倣って紺侍も電源を入れた。液晶に表示されたタイトルに、「オレこれやったことねェや」と紺侍がぼやく。
「え、やったことねえの? 結構前から流行ってんのに」
「あんまゲームやんねんスよね。地球にいたときはゲーセン行ってたけど今は全然だし。もうあのステップ踏めない気がする」
「ふうん。まあいいや、知らなくても。時間いっぱいあるし、教えてやっから早く一緒に狩りに行けるようになろうぜ」
「ういっス」
 オープニングを流し見て、さくさくとプレイヤー情報を登録して。
 武器は何がいいだとか、笛ってなんだ笛って、と小さなことで笑いながらプレイを進める。
「おまえやったことないって言う割りに上手いじゃん」
「いや結構必死。それも楽しいけど」
「うん。オレも楽しい」
「てか壮太さん、機嫌いいスね」
 紺侍の言葉に、そりゃ機嫌も良くなるよ、と壮太は思った。何しろ最近ろくに会っていなかったのだ。他愛のない内容のメールと、たまにする電話くらいしか繋がりがなかった。
 会えたとしても授業やバイトの都合で数時間だけだったりと、こうして丸一日一緒にいられる機会は本当に久しぶりだ。台風という珍しい天候も、少し影響しているのかもしれない。
 まあなー、とのんびり返すと紺侍が笑った。
「何」
「べっつにィ」
「んだよ」
 小突いたりして笑い合っている時だった。
 どこか遠くで嫌な音がした。
「…………」
 壮太はぴたりと動きを止めて、ぎこちなく窓の外を見た。カーテンの開いた窓からは、外がよく見える。雨はざあざあと音を立てて降っており、それに紛れて遠くの方から、ぴしゃん、と妙に甲高い、音が。
「……え、いま雷鳴った?」
「鳴りましたね」
「なんで?」
「台風だからじゃないスか」
「台風って雷鳴るもんだっけ?」
「壮太さん顔色悪いスよ。悪いつか、白い」
 うん、とだけ返して、壮太は逃げるように部屋の隅に移動した。膝を抱えて顔を埋める。
「壮太さん?」
 少し上から紺侍の声。顔を出すと、紺侍は膝を屈めて壮太を見ていた。心配そうな顔をしている。
 何か言おうと口を開きかけたが、その瞬間稲光が部屋を照らした。来る。身体を硬くして間もなく、先ほどよりも近くで雷が落ちた音。少しして、また落雷。追い詰めるように間隔を狭めてくる雷に心が乱される。
 壮太の様子を見て察したのか、紺侍がカーテンを閉めた。根本的解決はしていないが、少し気が楽になった。ゆっくり長く息を吐く。
 それにしてもなんなんだ。壮太は胸のうちで吐き捨てる。次いで、台風だろ? と誰にともなく問いかけた。台風って、雷鳴ったっけ? 雨と風だけじゃなかったっけ? なんで鳴ってんの? なんで光ってんの? せっかく久しぶりに紡界と遊べると思っていい気分だったのに。
「壮太さん」
 紺侍の心配そうな声音に、壮太は項垂れた。ああ、もう。こいつには弱点を見せたくなかったのに。こんな、弱いところを見せたら頼ってもらえなくなるかもしれない。ただでさえ紺侍は抱え込むようなタイプなのに。ああもう。
 壮太が膝を抱えてじっとしていると、肩に体温が触れた。少しだけ顔を上げると、紺侍が隣に座っていた。
「壮太さん」
「…………」
「オレ、ここにいるよ」
「……知ってる」
「じゃ、なンで膝抱えてんの。ひとりで抱え込んでんの、壮太さんじゃないスか」
「怖ぇもんは怖ぇし」
「でもオレに縋ってくれたっていいでしょ。傍に居ンだから」
「…………」
 少し考えて、それもそうか、と思った。どうしてひとりで膝を抱えたのだろう。決まっている。今までこうして耐えていたからだ。だけど別に、今そうする必要はない。
 無言のまま、壮太は紺侍の腕を掴んだ。紺侍の体温は高い。そのことにひどく安心した。