校長室
人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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24 和気藹々と、第三者は遠く。 楽しい買い物タイムが終わったら、今度はこちらが楽しませる番である。 未来は、舞台裏からちらりと観客席を覗いた。いつもとだいぶ顔ぶれが違う。普段は十代から二十代が多いのだが、今日は家族連れが目立っている。客層の違いは良い経験になるだろう。そう思い、未来は微笑んだ。 「わぁ、おきゃくさんいっぱいだわ」 「あのね、やー兄が言ってたよ! まんいんおんれい、だって!」 「えっ、すごいね! あたしちょっと緊張してきたかも……!」 一番手を飾る小さな少女三人組がぽそぽそとやり取りをしているのが聞こえた。そちらに目を向け、「大丈夫よ」と言ってやる。三対の目が未来を見上げ、続きを待っていた。 「いつも通りでいいの。いつも通りの、輝く私たちを見せてあげましょ?」 輝く、という言葉に「輝く?」「きらきら!」と楽しそうに笑う彼女たちは無邪気で純粋で可愛くて、本当に、ありのままの姿を見せてくればいい、と思った。 「よーし! 円陣組もうか!」 テンションが上がってきた。声をかけると、さっと衿栖が隣に並ぶ。続いて鳳明が並び、一拍遅れて三人組が輪に入った。 「さーもうすぐ本番よ! みんな、楽しんでいきましょう! 846プロ〜! ファイト〜!」 「「「おー!」」」 千尋、ピノ、クロエの三人組は、『トライアングル・パレット』というユニット名で最初に登場した。 色違いの衣装を着て、即興の振り付けとは思えない動きを交えて歌い、最後には笑顔で観客を魅了する。 自分たちの子供の世代でもあるからか大人客にもそれなりに受けが良く、ステージを去る時は盛大な拍手が送られた。 「ねえリンス、どう?」 隣に座っていた朱里が含み笑いを浮かべながら訊いてきた。どう? とリンスは首を傾げる。 「クロエちゃんたちの勇姿。なんか感想くらいあるでしょー」 「……、……可愛いね」 「わかりきったこと言うー。あっ、衿栖の出番だ!」 声につられてステージを見ると、鳳明、未来、衿栖の三人がステージに立っていた。 「あの三人もグループなんだね」 「違うよー。普段衿栖は『ツンデレーション』ってコンビ組んでるし、鳳明は『ラブゲイザー』で活躍してる」 「じゃあなんで今日はあのメンツなの?」 「ファンサービスと大人の都合じゃない? ほら、ファンは喜んでるし」 朱里に指差された方へと視線を向ける。すると、休日の家族、恋人連れに混じってなんだか濃い顔ぶれが見えた。 「暑い季節でもないのにうちわ持ってる」 「アピールだよ。だれだれちゃん見て! って」 「はちまきは?」 「それもアピール」 「手に持ってる棒は?」 「サイリウム。光るから、ライブハウスなんかで持って振ると目立つし綺麗なんだよ。今日は屋上での屋外ライブだから、あんまり……っていうか全然意味ないけど」 「ふうん」 目に付いた疑問をぶつけていると、マイクが入る音がした。再び視線をステージ上へ向ける。 「えーえー、こほん。……今日は集まってくれて、ありがとー!」 ボーカルで、マイクを持っていた衿栖が観客へと挨拶する。未来もファンサービスたっぷりに笑顔を振りまき手を振り、鳳明は普段見せない真剣な顔つきでベースを撫でていた。 鳳明がステージに立っていることは、なんだか意外だ。先頭に立ったり目立ったり、というイメージがあまりないせいだと思う。 そのせいだろうか、なぜかこっちが緊張してきた。膝の上に置いて組んでいた指を、ぎゅっと握り締める。 リンスの心配はよそに、ライブは淀みなく進んだ。 鳴り響くギター、ベースの音。そこに乗る声。邪魔をし合わない、調和の取れたハーモニー。 「好きだな」 「え? リンス、何か言った?」 「何も」 未来もそうだったが、衿栖もかなりファンサービス旺盛らしい。人形を躍らせ、あるいは観客席へ向かわせ、ドリンクを配ったり席で歌ったり、とパフォーマンスも交えながら歌っている。 そんな、全身全霊でみんなを楽しませようとしているライブも佳境を越え、終わりに向かっていた。 歌が止み、楽器の音が余韻を残しながら消え、そして、拍手。静寂。一礼。再びの拍手。 「……はー! 良かったね! あの組み合わせってなかなかないし、みんな楽しめたんじゃないかな! あっねえねえリンス見た? 後ろの方でさ、合いの手とか掛け声とかしてたやつ! あれねー」 朱里はライブの興奮冷めやらぬといった様子でまくし立てている。リンスは、ああ、とか、うん、とか、生返事で対応しながらステージの上を見た。 去り際の鳳明が振り返り、ばちりと目が合った。ライブの熱で上気した頬が、林檎のように赤い。 一秒ほど見つめ合った後で、鳳明が小さく手を振った。振り返す。その後すぐに、鳳明は舞台の向こうへと去っていった。 「ほうほう」 「何」 「そういう手練手管か」 どういう意味、と返す前に、見知った姿が近付いてきたのが見えて言葉を止めた。 「隣、いいか?」 「どうぞ」 見知った相手――レオン・カシミール(れおん・かしみーる)はリンスの隣に座り、ステージを見つめている。さっきまでの熱狂とは打って変わってしんとしたステージを。 「衿栖のライブはどうだった?」 「ん……すごかった。なんて言えばいいのかな。ええと。……」 自分が見たものなのに、上手く表現できなくてもどかしい。言葉を探していると、レオンが笑った。 「今のアイツをしっかりと見てやってほしい」 「?」 「いつまでもパラミタに居られるとは限らないのだからな」 その言葉には、いきなり後ろから頭を叩かれたような衝撃があった。 同時に、ああそうか、と納得する。 時間は進んでいる。止まってくれやしない。 進めば進むほど、何かが変わる。 出会いもあるし、当然、別れもある。 わかっていたはずなのに、忘れていた。今の関係が心地良くて、考えないことにしていたのかもしれない。 感動を口にしようとした時よりよっぽど言葉が詰まって声が出なくなったが、かろうじて平常心で「そうだね」と返した。レオンは短く「ああ」と頷き、立ち上がる。 もう行くのかと見上げると、レオンは「まだ仕事がある」と言って上空を指差した。空の上には飛装兵が飛んでおり、手にはカメラがあった。ライブの様子を撮影していたらしい。 「大変だね」 「そうでもないさ」 「無理はしないで。それじゃあ――」 別れの言葉を口にしようとした時、サイレンの音が聞こえた。不安を煽る、嫌な音色だ。 「なんだ? 救急車に消防車、パトカー……フルコースだな」 「何かあったのかな」 「まあ、あったから来たんだろうな」 「それもそうだね」 「どこも平和とは限らない。日常の裏側を見たことがあるか?」 「怖いこと言わないでくれる?」 「ははは。じゃあな。また」 「うん。また。…………」 立ち去っていくレオンの後姿を見送った後、リンスはしばらく椅子から立ち上がれなかった。